第124話、救出作戦
人質を自分たちで助けることは決めたけど、正面からの強硬策はとれない。
慎重に、確実に、先にある程度の情報収集が必要だ。行き当たりばったりじゃなく、考えてから実行に移ろう。
「みんな、まずは手っ取り早く魔力感知を各自でやって、人の居場所を大雑把にでも把握しておきなさい」
そうだ。私たちには鍛え抜いた魔力感知の技能がある。全員が私のレベルで使えるわけじゃないけど、大雑把には状況が掴めるはずだ。
ただ、魔力で個人まで識別できるわけじゃないから、それが敵なのか人質なのかの判別はつかない。それでも大体の配置や、多く集まってるところに人質がいるってことくらいは読み取れるだろう。
「……人質は校舎三階の両端でしょうか。多く集まっていますけど動きがないことから間違いないと思います」
「左端と右端に囚われているか。だが、それ以外にもいるかもしれん」
「あとは校舎内に散らばっているのが敵だとは思うけど、隠れている子供や教職員の可能性も捨てきれないってことね。ユカリ、どうしようか?」
敵だと確定するには、結局のところは乗り込んで直接確かめるしかない。
そして三階建ての校舎の最上階、その両端の部屋には多くの人質が囚われてる。これの解放をまずは目指したいわね。
やらなければならないのは同時に襲撃すること。一方を相手にしてる内に騒がれて、もう一方に何か被害が出ては意味がない。
「戦力をいくつかに分散するわ。最初の襲撃を同時に仕掛けて、一気に勝負を決める。異存はないわね?」
敵の戦闘力は不明だけど、強者がいる感じはないし私たちが負けるとは思わない。それに敵の人数が多いと思われるところには、こっちもそれなりの戦力をあてるつもりだ。問題ない。
突入の班分けをしようとしてると、救援信号を見た第二戦闘班が駆け付けた。
「みなさん、どうなっていますか!?」
「遅くなった!」
班長のメアリーと副長のブリタニーだ。
救援信号が見える位置にいたのか、ちょうどいいところに来てくれたわね。これだけいれば、もう十分だ。
メアリーたちにざっと状況を説明すると、さっそく班分けに取り掛かる。
校舎三階、左側の人質救出には、ソフィとメアリーを中心にして、若衆をサポートにつける。
ソフィは阻害魔法のスペシャリストだ。今や王都の暗部で活躍したゴーストよりも、魔法の腕だけなら上だと太鼓判を押せる。魔法の阻害から行動の阻害まで、相手は身動きすらできなくなるだろう。
そこにメアリーの戦闘力が加われば、下手を打つ可能性は著しく低くなる。
校舎三階、右側の人質救出には、私とヴェローネを中心にして、同じく若衆をサポートにつける。
私はともかく、ヴェローネは支援魔法と汎用魔法を使った超技巧派の魔法使いだ。彼女と訓練以外でコンビを組むのは初めてだけど、絶対確実に上手くいかせる自信はある。それだけヴェローネの実力を信頼してる。
校舎内の探索には、ヴァレリアとリリィ、ロベルタとヴィオランテの二組で探らせることにした。
この二組は、それぞれに別れて点在する魔力反応を確かめに向かう。敵なら排除し、学校関係者なら救出する役目だ。
ヴァレリアは直接的な戦闘力に優れるし、リリィは応用の利く花魔法が頼りになる。組み合わせとしては、なかなかに強力なはずだ。
ロベルタとヴィオランテは、キキョウ会に入る前からのコンビだ。実力だって次の幹部候補として考えられるくらいに成長してる。こっちもなんの心配もなく任せられる。
アンジェリーナには若衆とこのまま正門を固めてもらう。もし誰かが出てきたらその対処をし、逆に誰かが入ろうとするなら阻止する役目だ。
ブリタニーには残った若衆と裏門を固めてもらって、正門と同じく、出入りを監視する。
学校への出入り口は正門と裏門だけ。今のところ私たちを除けば、校舎内にしか人はいない。全周警戒の要員も立てておけば、人の出入りは完全に把握、阻止できるだろう。
人質の確保さえできれば、あとは敵を倒すか捕縛するだけだ。一人たりとも逃がしはしない。
「心配ないとは思うが、守衛を倒した手口が不明だ。気をつけろよ」
あ、そういやそうね。私もどうやら少しばかり焦りを感じてるらしい。アンジェリーナの警告に、さっき引っかかってたことを思い出した。
いくらなんでも、腕利きが数人は詰めてたはずの守衛室が、争いの痕跡もなしにやられるとは考え難い。それに校内にだって警備の人間がいたはずなんだ。それが戦闘が起こった形跡もなく全員やられた?
私にはそうは思えない。ましてや子供を盾にして身代金を要求するような不良冒険者如きに、そんな芸当ができるはずがない。
ということは、なにかがある。
敵がメッセンジャーを送ったってことは、まだ時間に余裕もある。魔力感知で探ってる限りでは、校舎の中で特に不穏な動きもなさそう。
「アンジェリーナの言う通り、敵の手口が気にるわ。救出の前に、それだけ確かめてくる」
「……そうですね。確実を期すためにも、そうした方がいいと思います」
気が気でなさそうなソフィも、冷静さは失っていないようで賛成してくれた。
幸いにも守衛室は目の前だ。それでも大勢でぞろぞろと移動すると目立つから、ここは私だけでいい。手口には何となく想像がつくからね。
さらっと一人で守衛室に侵入する。出入り口は元から開いてたみたいで、壊された様子もなかった。
受付のような場所の床に倒れる屈強な男。奥の控室に倒れる男たちもいる。
全員が武器を取り出すでもなく、戦闘があった様子は全くない。
テーブルの上にあったはずのものが散らばってたり、椅子が倒れてたりする。もがき苦しんで死んだってのも何となくわかる。
状況からして可能性は絞られる。そして、私は薬魔法の適正持ちだ。答えはすぐに出た。
「なにか分かりましたか?」
「具体的な名称とかは知らないけど、あれは毒ね。それもたぶん、遅効性のを飲まされてる」
室内に毒が拡散した様子がなかったから、毒ガスじゃなくて経口摂取するタイプの毒だろう。それも飲まされて時間がたってから効果が出るタイプ。
毒物の詳細はともかくとして、警備の連中の食事とか飲み物とかに仕込まれてたんじゃないかと思う。
「毒? いったい誰がどうやって?」
不良冒険者にそれが可能だったとは思えない。それができるのは。
「……まさか、学校関係者なのか?」
裏切者がいるってこと。不良冒険者と裏切者は確実につながってる。さらに、その裏切者は一人だけとは限らない。
きな臭いわね。だけど私はもう、しばらくそういう陰謀じみたこととは関わりたくない。動機だとか真相究明とかにも興味ない。
「裏切者、内通者がいるのは間違いなさそう。だけど、守衛を倒した手口が毒だった以上、不良冒険者どもの実力が特別だって可能性は薄いわね」
「それでしたら悩む必要はないですね。冒険者は叩き伏せ、学校関係者であっても距離を置いて油断しない。これだけです」
シンプルで大変よろしい。さすがはメアリーだ。
いずれにせよ私たちがやるべきことは、サラちゃんの救出が最優先。ついでに他の人質も助け出す。その他のことは私たちの出る幕じゃない。学校の責任者には裏切者の可能性を伝えはするけど、その後の処理は任せるしかないだろう。
それでもウチのサラちゃんが通う学校だから、きっちりとケジメを付ける気がないなら考える必要は出てくるけど。有力者の子息が通う学校なんだから、さすがにきっちりとやるはずだ。
あとは具体的な救出作戦だ。
「連携は難しいから手順は簡単にしよう。三階の両端に突入する班は、非常階段から屋上に上がって、そこから同時に奇襲をかける」
闇雲に突っ込むんじゃなく、まずは偵察。部屋の中にいる敵の配置を調べるんだ。そしてソフィの阻害魔法とヴェローネの技巧に頼ることになる。
不意打ちで敵の行動に制限をかけたところで、メアリーと私と若衆が一気に無力化する算段だ。
その突入を合図にヴァレリアたちも校舎に侵入して、点在する敵を叩く。
大勢が決まってしまえば、あとはどうとでもできる。
「第一の目的は人質の救助。サラちゃんを最優先としつつ、他の子供たちも優先して救い出す。さらに言えば子供たちの学び舎を血で汚すのは極力避けたいわね。武器の使用は最小限にして、派手な流血沙汰は避けようか。まぁ、余裕があればだけど」
「それもそうね。不良冒険者とはいえ、子供の目の前で惨たらしく殺すのはちょっとね」
私たちの所業が、子供のトラウマになってしまうのは避けたい。子供たちの前で惨殺するようなことはせず、スマートに収めよう。殺すにしても人目のないところで一撃で、なるべく後始末が楽になるように。
「見張りはどうする?」
校舎の屋上には見張り役なのか敵がいる。邪魔だから排除して上に行きたい。
魔力感知によれば、屋上にいるのは二人だけだ。気づかれないよう、ここから片づけてしまえ。
「ソフィ、メアリー、いい? 始める前に肩慣らしと行くわよ。屋上の敵はここから狙撃する」
「はい、目にもの見せてくれましょう」
「地獄で後悔させます」
普段は穏やかなソフィも、今回ばかりは頭にきてるらしい。いつになく好戦的だ。メアリーは戦いのときは修羅になるし、こんなもんね。
間抜けな屋上の二人がこっちに顔を出して見下ろしてる。まるで狙ってくれと言わんばかりだ。
「いきますっ」
ソフィから屋上に向けて放たれた不可視の魔法は、対象の人物を即座に束縛したはずだ。白昼の金縛りって感じね。
幾度も重ねた訓練で、どうすればいいかはメアリーも私も分かり切ってる。同時に動いて、同じ結果を導き出した。
敵の頭に風穴を開ける結果をね。
私がやったのはシンプルに投擲。棒状の針を投げて串刺しにした。
メアリーは得意のウォータージェットで、私と同じような大きな針を飛ばしたんだ。極めて強力な水圧で噴射された針は、正確なコントロールで敵の脳天に突き刺さった。もう神業といっていいレベルね。彼女の技の冴えと向上は、もう賞賛するしかない。撒き散らされた水しぶきの煌きだけが、魔法の痕跡を残してる。
最初の邪魔者は片づけた。始めよう。
「ロベルタ、校舎に近づく私たちの姿を隠して」
「はい、もう行けます!」
校舎にノコノコ近づくのがバレちゃ、しょうがないからね。そこでロベルタの幻影魔法が役に立つ。
幻影魔法によって単純に姿を隠蔽してくれるから、普通に歩いて近づけるようになるんだ。私たちは魔力の制御も高レベルで実現できるからね。そうしてなるべく気配を絶ちながら屋上に上がる。
突入班全員で屋上に上がると、偵察の開始だ。
姿はまだ幻影で誤魔化されてるから、普通に窓から覗き見た。
「どうやらこっちは教職員がまとめて捕まってる部屋みたいね。子供の姿が見当たらない」
「子供たちは逆の部屋みたいね」
反対側の偵察を終えたらしいソフィたちと屋上の真ん中で合流。状況を確認したところ、子供と大人とで部屋を分けて捕まってるらしい。
どっちがどっちを助けるかは、そのままの配置とした。
私とヴェローネが教職員の部屋で、ソフィとメアリーが子供たちがいる部屋に突入する。
幻影魔法の効力が切れて屋上の両端で合図を送り合うと、さっそく作戦開始だ!
こっちの先手はヴェローネがとる。彼女の魔法の面目躍如だ。
「……目と耳を塞ぐから、あとはお願いね」
部屋の中にいる敵は、ヴェローネの魔法が発動後に私と若衆とでそれぞれ仕留める。
バルコニーの端にこっそりと降り立って準備万端。いつでも踏み込める。
ヴェローネの魔法適正は感覚強化魔法。人が備える感覚に特化して強化することができるし、逆に弱めることもできる。それは自分自信だけじゃなく、他人に行使することも可能だ。彼女のレベルになると、疑似的な阻害魔法として使うこともできてしまう。
今回やるのは敵の視覚と聴覚を限界まで強化するんだとか。そして、そこに加える攻撃は――。
次の魔法発動前にヴェローネから合図があると、私たちは目と耳を塞ぐ。
そこに起こったのは瞼越しにも眩しい光と、鼓膜を揺るがす凄まじい音の奔流だ。
光と音自体に大きな殺傷能力はないんだけど、それ自体が視覚と聴覚をくらませる攻撃となる。さらには感覚強化をされてた敵にとっては、目と耳が潰れてもおかしくないレベルのダメージ。あれだ、これはまさしくスタングレネード。
武器を取り落として苦しむ不良冒険者は、もう脅威でも何でもないから殺して無力化する必要さえない。
「捕縛っ」
不良冒険者たちには適当な暴行でダメージを与えつつ、ワイヤーで手足を縛って目隠しに猿轡も咬ませる。これで反撃はできないだろう。
人質もスタングレネードの影響を受けてるけど、時間が経てば問題なく回復する。文句があるなら、あとで聞いてやろう。言えるもんならね。
「ヴェローネ。校舎内の制圧が終わるまでは、この場と安全の確保を頼んだわよ。もし怪我人が居れば手当もしてやって。あと、うるさい奴がいたら黙らせていいから。私が許すわ」
「ふふ、大丈夫。ここは任せて。誰か、ユカリに付いて行って」
この場所はもう任せておけばいい。ヴェローネなら何が起ころうと上手くやる。私は残った敵の排除をしに行こう。
ソフィとメアリーの方は、もっとソフトに解決できてると思う。
強力な阻害魔法で行動を封じてから、メアリーたちが一気に無力化するはずだからね。スタングレネードとは違って、子供にはなんの影響も出ないはず。
それとヴァレリアたちの侵入も、もう始まってる。このまま予定通りにいけば、問題なく制圧は完了するだろう。
……でも、なんだろう。
妙な違和感があるような。何かを見逃してるような、勘違いしてるようなもどかしさがある。
上手くいきすぎてるってのとは違う。思った以上に敵は弱かったし、この程度の連中相手に私たちが楽勝なのは当然だ。
とすると、うーん、なんだろう。
簡単なことのような気もするんだけど……。
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