第123話、学校×テロリスト?
夏の日差しが少しずつ優しく変わりつつある今日、本部の空中庭園でゆっくりとした時を過ごす。
偶にはこういうのもいい。傍らにはヴァレリアとフレデリカ。それに暇だった若衆も何人か。
リリィが整えた見事な花々を眺めながらのティータイムだ。なんて優雅。
テーブルにはお茶のお供に可愛いケーキが並ぶ。お菓子作りが趣味とかいう、キキョウ会のメンバーとは思えない特技をもった娘がいたんだ。
さすがにプロ級とまでは言えない見栄えだけど、素人にしては十分な腕前だ。どれどれ。
「……うん、美味しい。見た目はもう少しだけど、味は十分なんじゃない?」
「本当ですね。もう少し完成度を高めれば、ウチの店で使ってみてもいいかもしれません。甘味は喜ばれますからね」
ヴァレリアも感想は言わないけど、黙々と食べてる様子からして美味しいと思ってるはずだ。
緊張して私たちが食べるのを見てたケーキを作った本人が、頬をやわらげて嬉しそうに微笑んだ。
「良かったらまた食べて欲しいです」
どことなくソフィに似た雰囲気を持つ、優しそうで綺麗な女の子だ。どうしてウチに入ったのか分からないって娘は案外多い。それぞれ事情があるんだろうけど。
ま、天使の笑顔から一瞬にして悪魔のように凶悪で獰猛な笑顔に変わる戦闘狂がたくさんいるからね。我がキキョウ会においては今更の話だ。
かしましく最近話題の甘味処やら新しくできた商店の話やらをしてると、まだ日の高い昼間にも関わらず、盛大な花火が打ちあがった。
花火と言っても懐かしの夏の風物詩じゃなく、ただの光魔法による信号弾だけど。キキョウ会独自の合図だから、関係者以外に意味は伝わらない。
「あのパターンは救援信号ですか! なにが起こったのでしょう?」
「……お姉さま、サラの学校の近くです。迎えに行った誰かからでしょうか」
昼間から穏やかじゃないわね。まったく、せっかくの優雅な時間もここまでか。
でも、急ぐ必要があるわね。きっと、ただ事じゃない。ちょっとしたトラブル程度なら簡単に片づけてしまうウチのメンバーからの救援要請なんだ。
「先に行って様子を見てきます!」
鍛えられた若衆が即座に動き始める。頼もしいものだ。
「今日の迎えは誰の予定だったか分かる?」
「確か、第一戦闘班が見回りがてら迎えに行くと言っていたはずです。それだけいて、救援要請がでるというのは……」
「緊急事態ね。動かせるメンバーですぐに出るわよ」
第一戦闘班が見回りがてらってことは、隊長のアンジェリーナと副長のヴェローネも同行してるはず。それに幹部を除けばもう古いメンバーに該当するロベルタやヴィオランテだっている。
それでも救援が必要と判断したってことは、相当な厄介事だろうね。
味方の救援要請であっても、本部を空にするわけにはいかないし、通常営業を疎かにすることだってできない。脅威度にもよるけど、今はまだ全てを放り投げる判断をする状況じゃない。まずは事態を確かめないと。
屋上から階下に向かおうとしてると、ジークルーネが上がってきた。
「ユカリ殿、どうする?」
単刀直入ね。どこからか救援要請を見たか、若衆に聞いたんだろう。説明の手間が省ける。
「私が行く。留守を頼んだわよ。それでも、もし戦力が必要になったら呼ぶから、出る準備だけはしておいて」
「了解した。しかし救援要請か、珍しいな」
「うん、まずはなにが起こってるか確かめないと」
事務室に入ると、ソフィが顔を青くしながら私を見る。
「ユカリさん! 学校の方での騒ぎらしいですが、サラは、サラは大丈夫でしょうか!?」
最近のソフィは昼間は本部で働いてくれてる。事務班が多忙を極めてるんで、事務局長の役職を持ってるソフィが、本来の務めを十分に果たすべく戻ってきてるんだ。王女の雨宿り亭は完全に軌道に乗った状態だし、ソフィがいつまでも一日中張り付いてる必要がもうない。
「まだなにが起こってるか分からないわ。確かめに行くから、ソフィも来なさい」
「はい、もちろんです!」
サラちゃんだってそう簡単にどうにかなるようなタマじゃない。まだ子供だけど、私たちがそれなりに鍛えてるからね。
そしてもう一人。
「リリィ、あんたも来なさい。って、もう準備万端ね」
「当然です~、サラちゃんのピンチとあれば~、やっちゃいますよ~」
リリィもソフィと同じく、最近は本部に顔を出してもらってる。のんびりとした女に見えても、エレガンス・バルーンを急成長させた経営手腕の持ち主だ。
実は事務能力にも長けてるし、本来の所属は本部付事務班の若衆だからね。
それに、サラちゃんはキキョウ会メンバーみんなに好かれる少女だけど、リリィとは特に仲が良かった。
本部から救援に向かうのは、私とヴァレリア、ソフィ、リリィ、それから空いてる若衆が十人余り。先行した若衆もいるし、別の場所を見回り中の戦闘班も合流してきそうだ。今の時点でも、もう十分な援軍が入るだろう。
現地には第一戦闘班が居るはずだから、合わせた戦力はそこそこ大きなものになる。ただ、第一戦闘班だけで対処できない事態ってのが、なんなんのか。全てはそこね。
装備を整えると、ジープやバイクに分乗して現場に急行した。
救援信号が上がった辺りに到着すると、その場所はまさしく学校だった。
学校の目の前にはお馴染みの墨色と月白の外套を着た連中がたむろしてる状況だ。特に戦ってるわけでもなく、そこに集まってるだけ。どういうこと?
ブルームスターギャラクシー号で乗りつけると、第一戦闘班の前でバイクから飛び下りた。
「アンジェリーナ、ヴェローネ、なにが起こってるの?」
珍しく困り顔のアンジェリーナ。普段は黙々と働く巨体の女で、愛用の斧も背中に背負ったままだ。説明がしづらいのか、副長に助けを求める。
アンジェリーナが視線を向けたのは、第一戦闘班の副長であるヴェローネ。
ヴェローネは穏やかなお姉さまタイプの女で、元はオフィリアの冒険者パーティーに所属してた経歴がある。細長く凶悪な棘付きのメイスを武器としてるけど、支援系の魔法を得意とする技巧派の魔法使いだ。
「ふぅ、ユカリも来てくれたんだ。なら、もう大丈夫かな。実はサラちゃんのお迎えに来たんだけど、誰も出てこないから不思議に思って近いづいたら……」
目を向けたのは学校の門、その脇にある守衛室だ。
ここは行政区にある金持ちだけが通う施設だから、警備はそれなりに厳重だ。貴族や金のある商人の子息しか通ってないから、それも当然。守衛も元騎士、元冒険者や元傭兵なんかの、現役でも十分に通用する連中が詰めてるはず。
それが、今は誰もいない……いや、そういうことか。本来なら、誰もいないなんてあり得ない。
「ここからじゃ見えないけど、殺されてる?」
「わたしらが来た時には、もう手遅れ。学校の中には守衛を殺した犯人がいるみたいだし、下手に手を出せなくて」
「……ああ、どうやら子供たちを人質にとった連中がいるらしい。あたしたちが中に入ろうとしたら、子供を盾に警告された」
なるほどね。子供たちは人質状態か。
一体どこの誰がやってるのか。それと、わざわざ人質を取るような面倒な真似をするくらいなら、なにか要求があるはずだけどね。
それにしても、人質を取られるのはかなり厄介だ。制圧するだけならキキョウ会の戦力でできるだろうけど、まさか人質を無視するわけにはいかない。
人質の中にはサラちゃんだっているし、その友達かもしれない子供を危険にさらすのは私だってやりたくない。
「サラはどうしているんでしょう?」
一番心配してるのは、親であるソフィだろう。
「人質に手を出すことはしないはず。ソフィ、必ず助け出すわよ。そのためにも、とにかく敵の事が知りたいわ」
敵は誰か。人数は。配置は。装備は。目的は。できるところから探っていくしかないわね。
集まったキキョウ会メンバーの前で方針を決める。
「敵の事でなにか分かってることは?」
第一戦闘班は敵との接触がある。僅かな接触であっても、分かることはあるはずだ。
「はっきりと姿を現したのは一人だけ。布で顔は隠していたけど、装備や物腰からあれは冒険者だと思う」
元冒険者であるヴェローネがそう言うならそうなんだろう。冒険者ね。ということは、また不良冒険者?
「魔力感知で探っては見たが、敵と人質の判別があたしではつかん。どっちにしても人数は多そうだがな。それと守衛を倒した手口が分からん。余程の手練れなのか、争った形跡すらない」
アンジェリーナでも分からない手口か。想像以上に荒事に長けた連中なのは間違いなさそうだけど、守衛だって腕利きのはず。それを争った形跡すらなく倒すとは尋常じゃない。少し引っ掛かるわね。
人質がいい大人であれば、犯人ごと吹っ飛ばすって手も使える。死にさえしなければ、治癒できるからね。でも、さすがに子供相手には使えない。
「あ、誰か出て来ました」
話してると校舎から出た誰かが、こっちに向かって歩いてくる。
状況からして、犯人の要求を伝えるメッセンジャーかな。
格好からして教員だろう。顔は紫色に腫れあがって、出血も激しい。歩みも遅くてぎこちないし、酷く暴行を加えられたんだろうね。
私たちの目の前まで、よろよろとやってきた教員らしき青年。顔の怪我の所為で分かり難いけど案外若い。
かなりの怪我を負った教員が何か話す前に、中級回復薬のビンを手渡してやる。
口や鼻からから血を垂れ流しながら話をされてもね。
回復薬を飲み干して効果に驚いたようだけど、そんなことは今はどうでもいい。
「子供たちは大丈夫なんですか!?」
我慢ができないようにソフィがまず聞く。
「は、はい。みんなは無事です。あなた方は、その」
「自己紹介は手短に頼むわ。私たちはキキョウ会。ここの生徒の関係者よ。あんたは? それとどうしてここに?」
「僕は教員のキャメロンです。あいつらから伝言を命令されて……」
教員の青年はまだ恐怖が抜けないからなのか、教員の癖に説明が下手だった。要領を得ない話だったけど、要は金だ。なんの面白みもない、極々普通の身代金目的の立てこもり。そして金の要求だった。
ただし、額だけは常軌を逸したアホみたいな金額だ。吹っ掛けてるのか、本気なのか。
ここには隆盛を極めるエクセンブラにおいて財を成す、大物の子息が何人もいる。考えられないような高額な要求をしたって、ひょっとしたら払えてしまうのかもしれないけどね。
まぁ、金でカタが付くならそれでもいい。
私たちの懐が痛まないのであれば、どこぞの金持ちがどれだけ搾り取られようが知ったことじゃないしね。
取り敢えず、保護者には知らせた方が良さそうね。金の要求をしてるってことは、子供たちの親に話が伝わらなきゃ始まらない。
ただし、だ。サラちゃんに指一本でも触れてたら、地獄に送ってやることは確定だけど。
「とにかく一刻も早く助けられるよう、行政区と保護者に相談してきます。あなた方も余計な手出しはしないでください!」
呆けたような感じから立ち直った教員が、焦りも露に走り出した。私たちの乗り物を使おうとしないところを見るに、まだ正常な判断ができてないっぽいけど。
それにしても、余計な手出しか。
「ユカリ、どうしようか? 行政区が事件を解決できると思う?」
「……言えているな。守備隊がしゃしゃり出てきたところで、事態が上手く運ぶとは思えん。そもそも守備隊は出てくるのか?」
まぁね。今まで大抵の荒事はギルドや裏社会に丸投げだったんだ。今回も解決しようとするなら、結局はどこかに丸投げして終わりだろう。そいつらが上手く収めてくれればいいけど、下手を打てば最悪な事態も起こり得る。
「お姉さま、わたしたちで助けることはできませんか?」
最初はそのつもりだったけど、金でカタが付くならと思ってしまったんだった。しかも他人の金だ。
ヴァレリアが積極的に助けようと提案すると、ロベルタとヴィオランテも同調する。
「わたしたちならできますよ!」
「ユカリさん、手はあると思います。それに人の親を悪く言うつもりはありませんが、親にも色々いるはずです。家庭の事情もあるでしょうし」
そうね。素直に金を払おうとする親と、嫌がる親とで揉める可能性があるか。
行政区から依頼を受けた救出チームだって、私たちが納得できるレベルの腕利きが来るとは限らない。金を持ってるお偉いさんからの要請とはいえ、腕利きがタイミングよく暇を持て余してるなんて可能性は相当に低いはずだ。
「あ、それと今日は自由登校日だって、サラちゃんが言ってました。生徒の数も少ないはずですから、十分にカバーできるはずです!」
なるほど。救出対象が多くないのは朗報ね。
もう決まったようなもんだけど、ここは子供の親に決めさせるべきだろう。
「ソフィ、あんたが決めなさい。このまま誰かに任せるか、私たちでやるか」
自分で言っててなんだけど、答えは決まってるわね。
「わたしは自分の手で助けようと思います。でも、それにはユカリさんや皆さんのお力が必要です。手を貸していただけますか?」
無論だ。様々な肯定の言葉が瞬時に飛び交った。
うん、やっぱり人任せにして後悔するより、自分たちでやってみる方が全然良さそうに思えてくる。それにサラちゃんの安全を誰かに託すなんて、やっぱりあり得ないわね。
人質の救出なんて私たち向きじゃないけど、いいわ。やったろうじゃない。
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