第119話、厄介な現状認識

 王都からエクセンブラに向けての帰り道。

 なにやらトラブルの気配を感じつつも、懸命にそれらを無視してひた進むキキョウ会一行。

 トラブルに遭いやすい星の元に生まれた奴が確実に混じってるわね。一体誰よ、ホントにもう。


 ブルームスターギャラクシー号やデルタ号、目立ちまくる車両の集団を走らせながら、私たちはとうとう帰り着いた。

 遠目からでも分かる長大な外壁に、門には街へと入るための長蛇の列。どうやらピーク時にかち合ってしまったみたいね。

 私たちは住民だし門番とは顔見知りだから、簡単な荷物のチェックを受けるだけで済むけどね。それでも並ぶ必要はあるけど……。


 久々の凱旋で気分のいい私たちは、不平も言わずに待って門を抜けると、やっと街に入る。

 やっぱりエクセンブラは活気がある。瓦礫の山なんてもちろんないし、道だって綺麗なものだ。

 目立ちまくる車両群に、私たちの帰還はすぐに知れ渡るだろう。



 各々で車両を停めた後、本部に集合する。

 私とヴァレリアは直接本部に、デルタ号は外縁部の倉庫、その他大勢は六番通りの大駐車場など。バラバラに駐車せねばならない私たちからすれば、巨大な敷地の本拠地を持ってる五大ファミリーが少しだけ羨ましい。


 夜まで通常営業のキキョウ会本部に残ってる人員は少ない。タイミングにもよるけど、この時間だと事務班しかいないかもね。

 近所のおばちゃんが送ってくる挨拶を軽くかわしながら、いよいよ本部に帰還だ。


 まずは私が中に入ると、エンジンの音で気が付いてたらしいフレデリカが真っ先に駆け寄って、

「ユカリっ!」

 身体を受け止めて感じる、この何とも言えない感じ。ああ、久しぶり。

 フレデリカとは一番付き合いが長い。この少々残念なところのある金髪メガネ美人も久しぶりに見ると、なんだか見違えたような気がしてしまう。

「随分と熱烈な歓迎じゃない。寂しかった?」

 なぜか感涙にむせぶ友を若干面倒に思いながらも抱きしめ返して宥めてやる。

「会長、ヴァレリアさん、お帰りなさい!」

 他の事務班の娘たちにも歓迎されつつ、帰還を果たしたのであった。



 私たちの帰還をどこからか聞きつけたらしい、他のメンバーも早めに本部に集まりつつある。

 いちいち大袈裟な再会の挨拶を交わしては、ゼノビアの姿を見て驚いて喜ぶといった光景が繰り返された。

「今夜は王都での戦勝記念とゼノビアの歓迎会だぜ! 《王女の雨宿り亭》に集合な!」

 帰って早々に宴会の仕切りを始めたオフィリアによって、予定が決まってしまう。

 店長のソフィには急で悪いかもしれないけど、ちょうどいい。身内の店で食事会がてら、ゼノビアの紹介をやってしまおう。



 宵の口、少し遅めの時間から貸し切りにしてもらった《王女の雨宿り亭》は、相変わらずの美しい店構えだ。

 大きな窓に白の外壁。そして白色に彩りを添える緑のツタと赤いバラ。掃除やメンテナンスが行き届いてるのか、綻びは全く見当たらない。


 そしてここの主。彼女の美しさには、惚れ込んでしまう常連客が大勢出るのも頷けるってもんだ。

「ユカリさん、みなさん、お疲れさまでした。今日はスタッフ一同で腕によりを掛けますから」

「うん、ありがとう。でもソフィはキキョウ会のメンバーで、しかも幹部なんだから今は働いてたらダメよ」

 ポニーテールにエプロン姿は男性諸氏には非常に人気があるし、私ですら見とれてしまうけど今は働かせない。

「お姉ちゃんお帰りなさい! お母さんも今日は休んでて!」

 子供の成長は早いからか、久しぶりに会ったサラちゃんは大分成長したように感じる。


 幹部一同、若衆一同、見習い一同、多すぎたメンバーは店に入りきらず、外にテーブルまで出す羽目になってしまった。後でゼノビアには全てのテーブルを回ってもらおう。挨拶は大切だからね。


 ソフィ配下の従業員が忙しくグラスや料理を配り終えると、副長のジークルーネから挨拶が始まった。

「まずは会長を始めとして王都で頑張ってきてくれた皆、良くやってくれた。手紙で概要は知っているが、ぜひ直接その武勇伝を語って聞かせてくれ。そしてゼノビア。わたしは初対面だが、ここにいる幹部の多くとは知り合いと聞いている。キキョウ会一同、君の加入を歓迎する!」

 それを受けてゼノビアが立ち上がる。

「ありがとう、あたしがゼノビアだ。王都では傭兵をやっていたが、ここでは新人だ。先輩となる皆さんには順次挨拶させてもらおう」

 ちょっと笑いが起こるけど、これをそのまま受け取る子がいても困るからフォローしておこう。

「みんな、ゼノビアは私の訓練仲間の第一号でもあるわ。実力は私が保証する幹部候補よ。明日からの訓練で、思う存分確かめてやって」

 たくさんいる戦闘狂がそわそわしだすのを無視して宴会を始める。ああ、今夜も長くなりそうね。



 ふと目が覚める。テーブルに突っ伏して、いつの間にか眠ってしまったのか。

「……ふぁ、ふわぁ~あ」

 久しぶりのエクセンブラと仲間たちのいる空気に気が緩んであくびがでる。誰も見てないし、別にいいか。

 あ~、節々が痛い。シャワー浴びたい。水飲みたい。早朝というにも早すぎる夜中の変な時間に目が覚めてしまって、しばしボーっとする。


 改めて見る死屍累々とした店の中。完全に酔いつぶれて倒れてるのが何人もいるようね。

 毎度のように反省しない阿呆どもだ。まぁ、今回は私もいつのまにか寝てたし、あんまり人のことは言えない。

 従業員のみんながやってくれたのか、テーブルの上や床は粗方片付いてて雑然としたところが少ない。そこらで倒れたり寝てる阿呆どもがいなければ、店内は綺麗なものだ。


 なんとはなしに薄い灯りの店内を見てると、人の気配が近づいて来る。

「あ、ユカリさん起きてたんですか」

「ソフィも早いわね。もしかして、ずっと起きてた?」

「いえ、ついさっき目が覚めました。わたしはサラと上で休ませてもらっていましたけど」

 そういや上の階は従業員用の部屋がいくつもあったわね。

 うーん、まだ早いけど開店準備とかもあるだろうし、こいつら叩き起こすか。これから普通に通常営業だってあるし、身嗜みを整える時間だってあるわけだし。

「ユカリさんは先に戻られますか? みなさんはもう少ししたら、わたしが起こしておきますよ」

 ソフィに優しく起こされるなんて贅沢すぎる気もするけど、それも偶にはいいか。私に起こされるよりか百倍いい目覚めだろうしね。

「そうね、じゃあ頼むわ。あとは、気まぐれだけど今日だけはサービスしてやろうかな。二日酔いに効くから、起きたら飲ませてやって」

 水差しにしゃっきりとする回復薬を生成すると、自分だけさっさと本部に戻ることにした。


 夏だけどまだ夜明け前の時間帯で風が気持ちいい。

 少し眠たい体を起こすために走って本部に戻ると脱衣所で服を脱ぎ棄てて、いつでもお湯がたっぷりの湯船に体を沈めてしまう。

「あ”~、気持ちいい……」

 ひとりの空間でなら許される、気の抜けきった姿だ。


 のぼせる前に上がって冷たいシャワーで頭も覚ますと、さっそくいつものように地下で訓練に没頭するのであった。

 こうしてると、日常に戻ってきたと実感する。



 徐々に本部に戻って来たメンバーが慌ただしく仕事に出ていくのを見送りつつ、ゼノビアの今後を話し合う。

 この場には当人のゼノビアと、ジークルーネ、グラデーナが同席した。

「取り敢えず、キキョウ会がどういうことをやってるのか、具体的に体験してもらうのがいいわね。即戦力に見習いと同じことをさせるわけにはいかないわ」

「あたしはそれでも別にいいけどね」

 それはダメ。実力が違い過ぎるゼノビアが見習いに混じってると、訓練の質や量でも精神面でもお互いのためにならない。

「……副長か副長代行にしばらく付いててもらうのがいいかな」

 ジークルーネとグラデーナは割かし自由の利く立場だから、それを活用して色々なところに顔を出したりしてる。

 戦闘班と一緒に見回りに出たり、狩りや訓練に同行したり、ヘルプを頼まれてどこぞの悪党と話し合いをしに行ったり、ちょっとした取り立てに同行したりなんだり。

「あたしは今日は第二戦闘班の訓練に混ざる予定だ。ジークルーネはどうだ?」

「商業ギルドのジャレンスが来る予定だったが、ユカリ殿が帰ってきたことだしな。わたしもそっちに行こうか?」

 ジャレンスは定期的に顔繫ぎに来るから、今回も特別何かの用件があるわけじゃないだろう。

「そうするか。さっそくゼノビアの実力を知らしめるいい機会だしな。新しい強い相手と戦えて、メアリーとブリタニーも喜ぶだろうぜ。ジークルーネだって楽しみなんだろ?」

「当然だ。ではゼノビア、今日は早速だが戦闘訓練をやる。以降は、当分わたしかグラデーナに同行するということで構わないか?」

「あたしに異存はないよ。よろしく頼む」


 もう少し先になるけど、キキョウ会も組織の再編が必要だと思ってる。

 増大する人員に拡大するシマ。闘技場の件もあるし、元からの継続事業計画として宿泊施設や新規のカジノだってある。

 色々な才能を持ったメンバーも増えてきてるし、さらなる新規事業の立ち上げだって支援してもいい。


 やること、やりたいことが多すぎて、私や今の事務班だけじゃ対応が難しくなってくることは間違いない。

 まだ構想段階でしかないけど、キキョウ会も組織の再編をしなければならないのは確実だ。幹部にはもっと権限を持たせたり、その幹部の人数や腹心となる人員を増やしたりね。

 その時にはゼノビアにも一翼を担ってもらう。


 さて、じゃあ私はジャレンスを迎えたり、事務班と情報班の報告を聞いたりして過ごそうかな。夜には改めて幹部会を開くけど。



 あっという間に時間がたって、夜になれば久しぶりの幹部会だ。

 今回はエクセンブラの綿密な状況報告をしてもらいたい。手紙である程度の状況は知ってるけど、より詳しく。

 私が不在の間に、色々と状況が変わりつつあるんだ。


 本部の応接セットには、居並ぶ幹部一同と、今後のために同席させたゼノビアがいる。

「久しぶりの幹部会だが、今回はまず変わりつつある情勢を共有しておきたい。すでに皆にも知らせている情報も多いが、ジョセフィンから改めて報告を始めてくれ」

 いつものように副長が音頭を取って順次報告が始まる。

「それでは情報班から。重要な変化として、アナスタシア・ユニオンの総帥と高級幹部がしばらく不在になります。これは総帥の妹君から直接聞いた話なので確定情報ですね」

 詳細までは不明だけど、どうやらアナスタシア・ユニオンの本部でお家騒動のようなものが勃発してるらしく、不和の抑えとして実力者の総帥とその配下が呼び出しを受けてるらしい。

 ここで重要なのは、エクセンブラにおいても有数の実力者である総帥とその高級幹部が一時的にでもいなくなるってのは、すなわち五大ファミリーの戦力バランスが崩れるってことでもある。具体的にいつからいつまで不在になるのかも含めて、注視するべき変化だろう。


「それから蛇頭会の弱体化です。隠しようがないほどに構成員の数が激減していますね。蛇頭会のシマでは少し前から混乱が絶えません。原因は王都遠征組の戦果によるものと思いますが」

 王都で殲滅した蛇頭会は、実は元から王都にいた構成員のみならず、かなりの数がエクセンブラからも出張ってきてた連中らしい。

 その大半を倒してしまった今、エクセンブラの蛇頭会は大幅な弱体化を余儀なくされて、目に見えて混乱してるらしい。単に人数が減っただけじゃなくて、幹部クラスも大勢が失われてしまったと考えられるんだとか。まぁ、自業自得ってやつよ。


「アナスタシア・ユニオンはともかく、蛇頭会のシマは今後どうなるか分らんな」

 今のエクセンブラでは、五大ファミリーを中心とした相互不可侵協定が結ばれてるから、どこが弱ろうが一応は本格的な抗争は起こらないはず。だけど、それには期限があるし、その期限だって半年ごとの総会で見直しが入るんだ。今後はどうなるか分からない。

 そして相互不可侵協定が結ばれてから、半年が経つのはこの夏。継続されるか破棄されるかは、ちょっと読めない。

「この夏の総会次第だろうけど、相互不可侵協定が破棄されるようなことになれば、間違いなく大規模な戦争になるわよ」

 食うか食われるかの世界なんだ。楽観なんかできやしない。私たちキキョウ会を目の敵にしてる組織だっていくつもあるしね。

 それに協定には関係のない余所者だって、エクセンブラには多数が流入してきてるし。


「そこに関連するのがレトナークの情勢です。レトナークの脅威があれば、まだエクセンブラの裏社会も最低限は纏まっていられたはずだったんですけど」

「そうだな。もはやレトナークは割れると考えて間違いないだろう」

 軍政レトナークの疲弊と弱体化。これはもう弱体化なんてレベルじゃなくて、国家の体を成してない。

 泥沼の内戦を繰り返してたレトナークだけど、昨今は政府と反政府の二分した勢力ではなくなってしまったらしい。いくつもの小勢力が、それぞれで『王』を僭称して分離独立の道を突き進んでる有り様だ。

 こんなんでは、もはやエクセンブラにとって脅威でも何でもない。


「戦時特需も落ち着いてくるし、レトナークがエクセンブラにとっての脅威でなくなるなら、相互不可侵協定の必要がなくなるな」

 まさしく。

 たけど、またややこしいのが、そこまで単純とはいかない事情もある。


 未曽有の成長を続けるエクセンブラは、世界でも注目浴びるほどの好景気に沸く大都市だ。ここを仕切る裏社会の五大ファミリーともなれば、迂闊なことをするわけにもいかないといった側面もある。

 五大ファミリーは表の事業だって手広くやってるし、せっかくの好景気に水を差しては金儲けに支障が出る。

 このまま黙って相互不可侵協定を継続した方が得か、戦争を起こしてでも弱体化した組織を排除した方が得か。どう判断するかによるだろう。


 他にもまだ旧ブレナークの王都におけるオーヴェルスタ伯爵家の伸張や、新設される闘技場の件とかも、なんやかんやと権謀術数渦巻く状況だ。なにがどうなって、どう転ぶかなんかてきっと誰にもわからない。


「……結局、状況を選べるのは五大ファミリーよ。それ以外には発言権なんてないしね。奴らがどういう道を選ぶか、それを見届けるしかないわね」

「まぁ、結局はそうなるか。それに今回の総会はどこが仕切るか知らんが、ウチがまた呼ばれる保証もねぇしな」

 悲しいことにそれが現実。キキョウ会は実力はあるつもりだけど、裏社会での権力といった意味では無きに等しい。

 改めて思うけど、いつまでもこの状況に甘んじるのも面白くないわね。ま、ぼちぼち考えていこうかな。

「呼ばれなかったらアナスタシア・ユニオンに聞けば教えてくれるでしょ。今の状況はこんなところね。じゃあ、今後の話に移ろうか」

 景気の悪い話は止めて、今後の明るい話題で終わらせることにした。


 はぁ。私はごちゃごちゃと小難しいこと考えるのは苦手なんだよね。

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