第120話、穏やかな日
五大ファミリーを中心とした裏社会のボスが集まる、半年に一度の総会。
結局、この夏の総会にキキョウ会は招待されなかった。主催はガンドラフト組だったらしいけど、キキョウ会とは特に関わりのない組織だ。何をどう考えて呼ばなかったのか、そもそもキキョウ会なんて眼中になかったのか。
別に行きたいわけじゃないから、私としてはいいんだけどね。
アナスタシア・ユニオン総帥の妹ちゃんを呼んで話を聞いてみれば、相互不可侵協定は取り敢えず破棄されずに継続と決まったらしい。
それに今回は参加しなかったキキョウ会も、協定成立当初のメンバーだから継続して相互不可侵協定の対象であることは変わらない。秘密裏に協定から排除するなんてセコイ真似だってしないだろう。
現状維持はキキョウ会としても歓迎できる。闘技場建設の話が表面化しようとしてる時に、その協定があるのは喜ばしい。
さて、これでまた半年ほどの平和な時間を確保できたわけだ。
様々なややこしいことや、水面下でやっておくべき根回しなんかは全て事務班と情報班にお任せだ。私になにか要請がない限りは考えることもしたくない。
会長がなんでもかんでもやってしまうワンマン経営はよくないからね。うん。
ブルームスターギャラクシー号をメンテのためにドクに預けたついでに、六番通りを練り歩く。
今日は時間もあるし、久しぶりにトーリエッタさんに挨拶でもしよう。
「待ってたよ~、ユカリさん! ほら、サイズ測りたいからこっち!」
「あ、ちょっと、待ちなさいって」
服飾店ブリオンヴェストの個人工房になってる部屋を訪れると、挨拶もそこそこにいきなり服を脱がされて身体測定が始まった。
こういう時のトーリエッタさんは人の話を全く聞かないから、もう大人しくされるがままに従った。久しぶりに会ったせいか、いつも以上の情熱を感じる。
「良かった~。全然サイズ変わってないから、作り溜めたのが無駄にならなくて済んだよ! 今年の夏用がこれね。で、組み合わせはこんな感じで……」
嵐のような時間が去って、帰りにはボストンバッグ一杯の服を渡されてしまった。
うーん、今回はしょうがなかったけど、もう少し頻繫に彼女には会いに来るとしよう……。
次に歩いてみたのはテキヤ街。
ここは難民に仕事を与えるために、道具一式を貸し与えて少々のショバ代と引き換えに出店をやらせてる界隈だ。
初期の頃は簡単な軽食を売る店しかなかったけど、時と共に各自がオリジナリティを発揮して、今は色々と発生してる。
思った以上に凝った料理を出す店とか、射幸心を煽るような景品を付けたゲームをやらせる店とか、手作りのおもちゃを売る店だとか、ちょっとしたお祭りの出店みたいになってる。
客層は地元の子供や若者が中心になってるみたいね。商売繁盛で結構結構。でもあんまり稼いでるようなら、他の店舗のみかじめ料との整合性もとらないといけないわね。まぁ、あとで考えさせよう。
実はキキョウ会の若手にも商売に興味を示してるのがいて、暇さえあればここで頑張ってるのがいたりする。将来的に大成功を収めるようなのが出てくると面白いんだけどね。
活気のある六番通りの商店を眺めつつ、王女の雨宿り亭で昼食を済ませると、今度はキキョウ会の支部に立ち寄る。
会長である私は基本的には本部にいるから、支部を訪れることはあんまりない。
「あ、会長! どうしたんですか?」
「通りかかっただけよ。なにか問題はない?」
たまたま外にいた若衆と軽く挨拶だけ交わす。
一階の開けた食堂もそこそこ賑わってるし、賭場も順調みたいね。
みんなは仕事中だから、ちょろっと様子だけ見て撤退だ。
リリィが仕切るエレガンス・バルーンにも足を運ぶ。
ここは以前、襲撃を受けて客が怪我をする事態になってしまって、その時にはしばらく客足が落ち込んだ。
のど元過ぎて熱さを忘れてしまったのか、もう客足も元に戻ったらしい。テーマパークじみた庭園には、多くの楽しそうな人影が見える。
もちろん、単に時間が解決したんじゃなくて、怪我人への対応や事後の姿勢が評価されてのものだと思うけどね。
賑わってる様子に邪魔をするのも悪い。ここも中には入らず撤収ね。
色々と賑わってる六番通りの様子を見つつ、最後は馴染みの甘味処でティータイムだ。
特になにをするでもなく練り歩いたり、知り合いに挨拶するだけだったけど、今日はこんなところかな。ボストンバッグ一杯の戦利品はあるけど。
それはともかくとして、なぜか私のテーブルに当然のように同席する店員のお姉さん。
「もっちゃもっちゃもっちゃ、ごっくん。はぁ、どこかにいい男いませんかね」
なんていいながらケーキを食べまくるお姉さん。物凄いスピードで次々と平らげてしまう。
大食いな私でもスイーツの食べ方は、もっとこう上品な感じになるってのに。
「……あんたちょっと前まで、仕立屋の若旦那といい感じだって言ってなかった?」
「ああ、あれはダメ。典型的な俺に付いてこいタイプだったから。もっと、あたしをお姫様みたいに扱ってくれないとね~」
なに言ってんだ、こいつ。
「はぁ、カッコよくて優しくて金持ちで、こうしてケーキを一緒に食べてくれる人はいないのか……」
しばらく意味不明の妄言に付き合わされたけど、ここのケーキはおいしい。店員はかなり残念だけど、まぁ偶にはこういうのも悪くないわね。
もう帰るつもりで六番通りを歩いてると、これまた久しぶりの男に声をかけられた。
「おう、久しぶりじゃねぇか。ちょっと寄っていけや」
ブルーノだ。私がいない間にもちょいちょい世話をかけたらしいし、少しくらいなら付き合ってやるか。
キキョウ会本部の裏に事務所を構えるブルーノ組は、キキョウ会設立の切欠でもある。こうして六番通りに店を構えさせているのも、良好な関係が続いてる証左だ。
店の中に入ると、さっそく奥まった席に座らされてサシで飲み始める。
「お前ら王都にいってたらしいじゃねぇか。ちょっとばかし、向こうの様子を聞かせろよ」
「なに、情報収集ってわけ? 別にいいけど、飲み代くらいは奢りなさいよ」
「なんでぇ、偶にはウチで金を使っていけってんだ。まぁそれはそれとして、俺は王都のことなんざ興味ねぇが、クラッドの旦那が気にしていてな」
そういやブルーノ組はクラッド一家の傘下だったか。そのスジに頼まれたのか、自主的にかは分からないけど、私から直接話を聞いてみようってことらしい。
持ったいぶる必要もないし、世話になってるブルーノなら別にいいけど。
「……ま、王都であったのは、こんなところね」
適当に端折って概要だけ聞かせてやった。
オーヴェルスタ伯爵家による王都支配やら外国勢力の排除、それにキキョウ会がちょろっと関わったところくらい。
「相変わらず無茶してやがる。言いたいことは色々あるがよ、まぁとにかくお疲れさん。礼と言っちゃなんだが、こっちからも気になる話を聞かせてやる」
何かと思えば、エクセンブラで起こりつつある諸々の問題についてだった。
特に厄介なのは不良冒険者の問題だ。奴らは実力はあるくせに、それを真っ当なことに使わず悪さばかりするんだとか。
エクセンブラは羽振りのいいのが集まってきてるから、簡単に金を手に入れる方法を無駄に学んでしまったらしい。
不良冒険者ってのは、流れ者らしく遠慮がなくて容赦がない。問題になったら別の街や国に逃げればいいとしか思ってないからだろう。
相変わらず、レトナークから流入してくる難民も問題らしい。こっちはまだ真っ当に働く意思があるのが多い分、救いはある。ただ、数が多いのとほっとくとスラムを形成するから、シマの管理上は面倒がつきまとう。
それからエクセンブラにどんどん進出してきてる、外国の裏社会の勢力。この街には五大ファミリーがいるから、王都のように好き勝手はさせないけど、それでも侮れない連中だって話だ。そもそも蛇頭会とアナスタシア・ユニオンは外国に本部がある組織なんだから、私からすれば今更って思うけどね。とっくの昔に地元に馴染んでるから、もう外国勢力って感じじゃないんだろうけど。
もう一つ頭を悩ませてる問題は、他所からやってきた愚連隊みたいな若者たち。勝手に縄張りを主張しては争い合ったり、本来の縄張りの主である組に喧嘩を売ってきたりと、なかなかに鬱陶しい連中なんだとか。彼らは勢いだけで突っ走るところがあるから、ある意味では実力派の冒険者や組織よりも恐ろしかったりする場合もある。
どれも今のところはキキョウ会とは問題が表面化するほどの縁はないけど、今後もそうとは限らないだろうしね。ブルーノ組は実際に厄介事に何度も遭遇してるらしく、実情を聞けたのは参考になった。
以前から話は聞いてたけど、より顕在化して来たってことだろう。ウチも注意しておかないとね。
ブルーノに奢らせて店を出ると、いつの間にか日が落ちる時間に。
本部に戻って、みんなと食事に出掛けたりと日常を満喫する。
食後の自由時間には、みんなの各々に趣味を楽しんでる光景に出くわす。
リリィたちのフラワーアレンジメント同好会だったり、フレデリカたちの魔道具マニア同好会だったり、戦技研究やら読書好きやらバイク好きやら、色んな集まりが発生してるらしい。
いくつかには私も誘われたことはあったけど、全然知らなかったのもいつの間にか増えてるみたい。
私もちょっとずつ顔を出して、楽しそうな雰囲気を味わった。
ふふっ、なんて穏やかな一日!
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