第118話、さらば王都

 残った敵の排除は簡単だった。私たちキキョウ会の出番はほとんどなかったくらい。

 クリムゾン騎士団と共に向かったいくつかの敵拠点は、まさしく数が多いだけで強者のいない非常につまらないものだった。

 そんなところでキキョウ会の出番があるはずもなく、騎士団だけでほぼ全てを排除してしまう順調さ。

 私たちが同行しなかったところの襲撃も、ロスメルタの計画通りに進んで一切の支障なし。まさに完璧。

 まったく、順調すぎて退屈なのも考えものよ。


 名実ともにロスメルタのクリムゾン騎士団によって、王都は平定されたわけだ。めでたし、めでたし。

 終わってみればキキョウ会が活躍したのは、本当に裏方だけ。ゴーストたちを排除した戦いと、拠点に攻め込んで来た蛇頭会を排除した時くらい。まったく表に出ない戦いのところだけになる。


 オーヴェルスタ伯爵家が主導した王都の平定。キキョウ会は目立たず、サポートだけに回る。これが完全に上手くいった形だ。

 一時的に危ない場面もあったけど、戦果と損害を考えればロスメルタはレトナーク側の勢力に圧勝してる。その要因はいくつかある。


 まず求心力の高さでロスメルタが圧倒してた。ノヴァーラ組とジュリアーノ組の幹部じゃ、相手にならないレベルね。ロスメルタのためならばどんな危険をも厭わない精強な騎士団と、彼女を敵に回してはならないと恐れるその他大勢の味方。単純にボスとしての役者が違う。


 前線の指揮だってクリムゾン騎士団が最初から最後までずっと優勢。幹部を失った敵は烏合の衆でしかなかったし、比べるべくもない。

 戦闘員の質だって違う。規律の高さに精強さ、練度の高さ、クリムゾン騎士団を中心としたロスメルタの陣営にはまとまりがあった。

 それから一番大きいのは地の利だろう。ここ旧ブレナークの王都は、余所者には分かり得ない地元民のツテもある。


 終わってみれば完全勝利。そこにキキョウ会がどんな影響をもたらしたのかは、私には分からない。

 キキョウ会がいなくても上手くいったような気もするし、重要な役割を果たしような気がしなくもない。後の世に誰かが評価するのかな。



 王都はこれからが忙しくなるだろう。きっと今までの比じゃないくらいに。

 現状の王都における明確な敵を殲滅したとはいえ、これからの戦いに備えるための困難はまだまだ続く。


 ゲルドーダス侯爵家の完全な没落とその失われた戦力の影響は、実はかなり大きいのではないか。その穴埋めには時間が掛かるだろう。

 捕縛したジュリアーノ組とノヴァーラ組の幹部の処遇も残ってる。こいつらはレトナーク裏社会に対しての人質や交渉材料、身代金の要求なんかで用途は色々だ。その辺はロスメルタが上手いことやるだろうけど。


 それに今回の件は、形としては反逆者による王都の武力制圧でしかない。本国であるレトナークの正規軍が出張ってくる可能性は当然ある。もちろん、裏社会の再侵攻にも備える必要があるし。

 もっとも、最新の情報によれば、レトナーク本国はどうやらそれどころじゃないらしい混乱に陥ってるみたいだけどね。


 他にも山のようにやることは沢山ある。治安維持だけじゃなく、統治機構の整備から始まって早急に復興にも手を付けなければ、いつまでたっても王都は完全に安定したとは言えないんだから。

 王都の安定はエクセンブラにとっても重要なことだから、ぜひ頑張ってもらわないと。


 その中心に立つロスメルタやオーヴェルスタ伯爵家は、不眠不休の活躍が求められるだろう。

 置き土産に倉庫の大量に余った回復薬は進呈してやろう。きっとこれからこそ、必要になるだろうしね。


 そんなわけで、目的を果たしたキキョウ会はそろそろ我が家に帰る。



 撤収の準備にはさして時間はかからない。

 すでに王都の拠点として造り上げた要塞はロスメルタに譲り渡してたし、私物だってそんなに持ってきてたわけじゃない。

 手荷物と戦利品をささっと車両に積み込めば、それだけで準備完了だ。あとはちょっと話をしていくだけ。


 暇になった私たちとは違って、多忙を極めるロスメルタに時間を作ってもらった。

 あっちには大きな貸しがあるからね。遠慮なんかしてやらない。要望もあるし、ちょっとだけサービスもしてやろう。


 出発の前夜、ロスメルタの執務室を訪れると、なんかもう疲れ切った表情の彼女。今からそんなんで、どうすんのよ。

「……ユカリノーウェ、ごめんなさいね。たしか、明日にはもう出発だった?」

「まぁね。こっちこそ忙しいのに悪いわね」

「ふふ、ひとまずの目処はつきましたし、明日には本家の秘書官が来ますから全て丸投げします。わたくしもエクセンブラに行こうかしら」

 軽口を叩く余裕があるなら大丈夫かな。

「それにしても、もうこんな時間。お別れの前に、こちらから挨拶にと思っていたのだけど……」

「気にしなくていいわ。明日は早く出るし、これでお互いの顔も当分見納めね」

「寂しくなるわね。それで、ただの挨拶というわけではないのでしょう?」

 さすがによく察する女ね。キキョウ会の会長として、オーヴェルスタ伯爵家当主代行に要望があるんだ。


「うん。まずはカロリーヌのこと。彼女はここでの用事が済んだらキキョウ会に入る予定だから、身辺警護や身柄の扱いは丁重に頼むわよ」

「それはもちろん。彼女の働きには期待していますし、ユカリノーウェのお友達は大切にしましょう」

「信じるわ。それからもうひとつ、エクセンブラ闘技場の件よ」

 闘技場のごたごたは、私の拉致から始まって王都まで来ることになった発端でもある。

 当然、なんのことかは分かるはず。利権渦巻く闘技場だ。オーヴェルスタ伯爵家だって、必ず絡んで来るだろう。

 私たちは敵対勢力を潰す事ばっかり考えてたけど、キキョウ会を推してくれてた勢力だっているはずなんだ。どこの誰だか知らないけど、ロスメルタと協力してその辺はまとまってもらいたい。

「ええ、そちらも承知しています。ただ、当家ではなく別の貴族に大部分を任せることになってしまうと思います」

 なんでもかんでもオーヴェルスタ伯爵家が牛耳るわけにはいかないだろうし、その辺はまとまって意思の統一さえされてるなら別にいい。

 利権の分配だってあるだろうしね。その辺の政治的な駆け引きに巻き込まれるのはゴメンだけど。


「あんたの思うようにやってくれて構わないわ。不満があったら文句いいに来るけど」

「それは怖いですね。ふふ、でも何かあったらいつでも来てください。ユカリノーウェはお友達ですからね。あなたへの扉はいつでも開いていると思ってくださって構いません」

 友達云々は置いとくとして、こっちは大きな貸しを作ったつもりでいるからね。例え扉が閉まってたって、こじ開けるしぶち壊してやるわよ。もちろん、そんなことにはならないと思ってるけどね。

「分かったわ。じゃあ、お別れ前に友達のロスメルタには、こいつをあげるわ」

 大きめ鞄を机の上にドスッと乗せる。

「これは?」

「特別な回復薬よ。詳細は詮索無用。出処も他言無用。だけど、あんたを友達と思って、これを渡すわ。効能は紙に書いておいたから、読んでみて」

 私が作ったもの以外じゃ、世界のどこにもない第二級の回復薬セットだ。

 ロスメルタほどの女なら、これがどれほどの価値を持つか分かるだろう。少なくとも半分は自分用に取っておいて欲しいけど、残りはどう使ってもらっても構わない。


 オーヴェルスタ伯爵家なら上級魔法が使える治癒師のツテはあるだろうけど、それでも全種類の回復魔法を使えるわけはないし、いざという時に役に立つ。

 この女には万が一にも死なれるわけにはいかないからね。

 あとは疲労回復に特化した、これまた専用の回復薬なんかもまとめて入ってる。


 なにやら感動したらしいロスメルタのハグを受けたリしつつ、ちょっとした雑談を終えると部屋を辞した。

 もう王都でやり残したことはない。一晩寝たら出発だ。



 ここ王都で学んだことはたくさんあった。

 特にロスメルタのような存在。あんな奴を敵に回したくはない。考えただけでも、とにかく面倒だ。

 敵に回したくはないけど、きっといつかはそういう面倒なのが敵として現れる。世の中、そういうもんだ。

 その時にどうするか、それが肝心。

 でも、答えは実は簡単。


 あれ程の策士はキキョウ会にはいないし、育てることなんて無理だ。偶然入ってくれる可能性なんて考えるだけ無駄だろう。

 だったらどうする?

 ロスメルタ本人や同等の策士を探しておいて、そいつらに助力を頼む?

 乗り切れるならなんだって構わないんだけど、それじゃあその先の未来が見えない。いつでも助力を頼めるとは限らないし。


 要するにだ。キキョウ会はキキョウ会のやり方で、勝たなくてはならないってことだ。

 私たちにできることは、至ってシンプル。

 すなわち、小細工を粉砕できるだけの力があればいい。

 どんな策を弄しようとも、決して揺るがない結束と個々でも対応できる力。

 現段階でもそれはあると思ってる。それでも、もっと高めることだってまだまだできる。それをやるだけの話だ。



 いつものように早起きの私と、それに付き合って早朝から訓練してるキキョウ会の朝は早い。

 今日の訓練を軽く終えてシャワーを浴びると、しっかりと朝食をとって出発だ。

 ロスメルタやクリムゾン騎士団との別れは済ませたから、特別に見送りはない。みんな忙しいしね。

「さあ、エクセンブラに帰るわよ!」

「おう! 残して来た奴らも寂しがってるだろ」

「あたいらの活躍を聞いたら、ジークルーネやアンジェリーナたちが悔しがるだろうな」

「巻き上げた財宝がたくさんあるから、フレデリカたちは喜ぶかもな」

「とにかく帰りは、真っ直ぐ帰りましょう!」

「ああ、あんな迷走はもう御免だぜ」

 みんなが私を見てくるのは無視だ。私は風が吹いた方に走り出す女なのよ。


 おもむろにブルームスターギャラクシー号に跨ると、颯爽と走り出す。

 私は気まぐれな女ではあるけど、さすがにもう寄り道する気はない。

 早朝から要塞の守備についてる騎士に見守られつつ、思った以上に長居してしまった王都を出発した。


 さすがに我が家が恋しい。

 早くみんなにも会いたい。やっぱりエクセンブラが私の家ね。

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