第117話、大戦果と反攻作戦

 敷地内の至る所に侵入した敵を排除して、残すは本丸前だけだ。

 まぁ、オフィリアたちが踏ん張ってたところに、グラデーナたちの援護が入ったんだ。もう大丈夫だと思うけど。


 と、ここで不穏な気配を感じ取った。

「これは……不味いわね」

「会長? どうかしたんですか?」

 要塞の敷地外からだけど、強烈な魔力反応を感じる。このタイミング、今回の襲撃と無関係のはずがない。

 本来なら魔力感知の圏外からだけど、これ程までに練り上げられた魔力ならばさすがに気付く。

「あんたたちは先にグラデーナたちに合流してなさい。私はまだやることがあるわ」

「え、会長はどうするんですか?」

「時間がないわ」

 本当に時間の余裕はない。急がないと。



 目的は高いところ。とにかく相手が見れる場所に行きたい。

 外壁の上でもいいかもしれないけど、もっと高いところの方がいい。

 全力で走って到着したのは尖塔の上。見張り用に誰かが造っておいてくれた場所だ。

「……あれか」

 結構距離がある。ずいぶんと離れた区画の倉庫の上に陣取るいくつもの人影。

 十数人が集まった一流の魔法使いの集団だ。激しい魔力を立ち昇らせて、今にも大規模魔法を解き放とうとしてる。

 狙いはもちろん、この要塞だろう。遠距離からの大規模魔法で、外壁を飛び越して内部に直接ダメージを与える構えらしい。まだ奴らの仲間がいるってのに、お構いなしだ。如何にも蛇頭会らしいやり口じゃないの。

 立ち上る魔力の気配からして、集まった魔法使いたちは誰もが高レベルの魔法使いだ。奴らの戦力の凄まじさが知れるわね。


 それでもだ。ここには、私がいる。

「私に感づかれた時点で、お前たちに勝利はないわ」

 間に合った。敵の魔力の高ぶりはまだ続いてる。破壊力の増大のみに傾注して、油断してるらしい。

 ああ、そうか。向こうの魔法使いだって一流なんだ。邪魔する気配があれば、事前に察知できると思ってるに違いない。それに、なにかしらの魔道具で防御だってされてるのかもしれないしね。

 奴らは今、勝った気になってるだろう。だったら、目にもの見せてくれる。


 こうまで余裕がある以上、敵の大規模魔法を防御することは問題なくできる。

 でも防ぐだけじゃ、私の勝利とは言えない。だからこそ、それ以上の結果で始末をつける。

 使うのは盾の魔法で変わらない。だけど、魔法ってのは使いようだ。

「いくわよっ」

 噴き上がりそうになる激烈な魔力の奔流を、鍛え抜いた魔力制御で清流のように身体を駆け巡らせる。

 流れる魔力を放出するのは、それ使う瞬間、一点だけで事足りる。練り上げた魔力を立ち昇らせるなんてのは、威嚇には使えるけど、言ってしまえばただの無駄遣いでしかない。

 一切の無駄を省いた力の使い方は、奴らとは一線を画す私の力の証明だ。


 盾の魔法を顕現させるのは、要塞じゃなくて奴らの周囲。

 距離が離れれば離れるほど、魔力の消費は指数的に激増する。だけど、ここが正念場だ。

 こっちの準備はもうできてる。さあ、いつでも来なさい!


 感じたのは最後の魔力の高ぶり。大規模魔法ともなれば、解き放つ瞬間てのは分かりやすい。

 敵が魔法を放つ瞬間にタイミングを合わせて、私は魔法を顕現させた。


 それは敵を丸ごと包み込む球状に展開した対魔法特化複合装甲だ。

 何人もの魔法使いが、超強力な攻撃魔法を解き放った瞬間。狭い空間に閉じ込めたんだ。

 どんなに強力であっても、普通の攻撃魔法じゃ破壊不能の壁に包み込まれた空間。その中は一体、どんなことになるだろうね。


 あれは多分、王都における蛇頭会最高の魔法戦力だろう。

 完膚なきまでに叩き潰せた戦果は、今後にも有利に働く。

「……はぁ。さすがに疲れたわね」

 距離が遠すぎた影響で、魔力の消費が激しい。少し休んでから戻ろう。




 しばらくして戻ると、すべては終わったあとだ。まぁ予想通りだし、尖塔の上から見えてたからね。

「おう、ユカリ。なにがあったんだ?」

「後で話すわ。こっちも終わってるみたいね」

 グラデーナたちが背後から強襲し、守備戦力と力を合わせて戦った本丸の前は、おびただしい数の敵が這いつくばる惨状だ。これを片付けるのは気が滅入るわね。

「はぁ~、どうにか終わったな。助かったぜ」

「弓があれば、もう少し楽ができたんだがなぁ」

 さすがのオフィリアとアルベルトも疲労困憊だ。特にアルベルトは本来の得物である弓が手元になくて、趣味で使うハンマーで乗り切ったらしい。万全な状態でもないのに、率いた若衆とで一番の激戦地を耐え切ったのはさすがだ。

 ミーアとジョセフィンはそれぞれ別の場所で奮闘してたし、コレットさんは最後の砦として本丸の中でロスメルタの傍にいるらしい。


 拠点の中で孤立してた人員が、なだれ込んで来た蛇頭会の連中に囲まれてやられた以外は、なんとかまとまって抵抗できてたみたいね。

 それでもこの本丸前のクリムゾン騎士団は、敵の毒ガス攻撃でやられてしまったらしい。ガス攻撃はゲルドーダス侯爵家の専売特許じゃなかったのか、蛇頭会と繋がってたのか。よく分からないわね。

「一応、毒用の回復薬はざっとだが、ばら撒いておいた。ユカリ特製の回復薬だから、ちょっとでもかかってりゃ、すぐに死にはしねぇだろ」

 私が見た感じ、そこまで強力な毒ではなさそうだけど、それでも毒は毒だ。睡眠ガスじゃなくて、ここでは毒ガスが使われたみたいね。捕まえるんじゃなくて、本気で皆殺しにするつもりだったんだろう。

 ホント、シャーロットの浄化刻印には助けられるわね。


「倉庫に回復薬はたくさんあるし、みんなの治癒とついでに騎士団の治癒もしてやって。それから回復した騎士団と協力して、こいつらの片付けね。その内にフランネルたちも帰ってくるだろうし、悪いけど頼むわよ」

「うへぇ……まぁ、しょうがねぇ。おう、お前ら、さっさと終わらせるぞ!」

 面倒な作業に不満の声も漏れ聞こえるけど、きびきびと取り掛かる一同。うん、あとはお任せだ。私はロスメルタと話さなければ。


 そう、だって王都を獲る戦いは、まだこれからなんだから。



 本丸の中に入ると、コレットさんやキキョウ会の治癒班、それと見習いがまずは出迎えてくれた。

 戦いの気配が止んだことから、もう決着がついたことは分かってたらしく、ロスメルタも入口の近くまでちょうどやって来てるところだった。

 その傍には副団長を含めたクリムゾン騎士団の数人と非戦闘員、そしてきっちり護衛を果たそうとしてたのか、ヴァレリアもいた。

「ユカリノーウェ! 外は、騎士団はどうなっていますか!?」

「被害の詳細までは分からないわ。私が見たところじゃ、重症者は多くてもまだ人死にはあんまりなさそうだけどね。コレットさん、外で治癒の手伝いを頼める?」

「いいよ。ほら弟子、早くいくよ」

 余裕の態度のコレットさんはいつもながら底が知れないわね。闇雲に回復薬をぶっかけて回るよりは、コレットさんが指揮を執った方が格段に効率がいいだろう。お任せだ。


 精強な戦闘員しかいなかった本丸の外じゃ、キキョウ会も騎士団も人的被害はないと思われる。私は全体を巡って来たし、ヤバそうなのは既に治癒して来たから多分間違いない。

「それにしても、随分とやられたわね。あんたの話じゃ、ここはまだ大丈夫なはずだったけど」

「敵を侮っていたのかもしれませんね。まさかここまで果断に攻め込まれるとは思っていませんでした。あなたたちには助けられましたね」

 敵もさる者。何もかも思うようにはいかないってことだ。

 そして実際、かなり危なかったのは事実。もし私がオフィリアたちを残していかなったとしたら、きっとロスメルタは無事じゃ済まなかった。その程度の自覚はあるらしく反省しきりだ。それに敵の大規模魔法もね。


 ヤバかったのは確かにそうだけど、ここを乗り切れたのは大きい。いや、かなり途轍もなく大きいはずだ。敵にとっては絶対確実にロスメルタを仕留める、千載一遇の好機だったんだから。

 敵の好機を粉砕できた影響は、今後も大きく左右する。


 ここで蛇頭会を片付けられたのは望外の戦果といっていいだろう。まだ王都における奴らの勢力を全滅させたとまでは思えないけど、それでも奴らが王都で抱えてる戦力の大部分は削れたに違いない。蛇頭会からの襲撃は想定外ではあったけど、まぁ結果オーライね。

 一番の邪魔者が消えて、後の予定だって消化しやすくなったはず。もうちょい頑張ろう。


「手が空いてるのは外を手伝って。治癒はウチのメンバーがやるから、騎士団は敵の片づけと陣地の補修ね」

「ええ、騎士団もここはもういいですから外を手伝いなさい。ところで、フランネルたちはまだ戻りませんか?」

「そろそろ戻ると思うけどね。私たちは先に帰って来たけど……」

 噂をすればってやつだ。ちょうど戻ってきたフランネルたちが慌てて本丸に入って来たけど、すべては終わった後だ。まったく、遅いっての。

 遅れてきた分、外の片づけは人一倍頑張ってもらうとして、私とロスメルタは次の作戦会議だ。まぁ、何をやるのかはもう決まってるんだけど。



 前々から分かってたけど、今回の襲撃で改めて私たちの弱点が浮き彫りになった。

 こっちの陣営は絶対的に戦闘員の人数が少ない。人員を攻撃に回せば防御が薄くなりすぎるのは、たった今思い知らされたばかりだ。クリムゾン騎士団の全てを守りに回して、キキョウ会を攻撃に使う分業ができるなら、多分、今のままでも王都は獲れる。


 でもじゃあダメなんだ。あくまでも、オーヴェルスタ伯爵家が主導して王都を平定しなければならないんだから。その先頭に立つのは、キキョウ会じゃなくてクリムゾン騎士団である必要がある。それも、敵が戦力を拡充する暇を与えないよう、できるだけ早く。

 逆にこれからの戦いでは、キキョウ会が防御に専念ってのもダメだ。増援を送り込まれる前に蹴散らすには速度が必要だし、敵の数は多いからどうしたって攻撃には数、それも確実に計算できる戦力が必要になる。中途半端な戦力で返り討ちに合うようなことでもあれば士気に関わる。


 そこでこれから早急にやらねばならないことは、自陣営の戦力の拡充だ。前にロスメルタの次席秘書官が言ってた作戦で、中立を気取ってた阿呆どもに檄文を送るってやつ。

 様子見や日和見を決め込んでる、他の貴族や自前の戦力を持ってる商人に恭順を迫るんだ。

 もっと過激な言い方をすれば、こういうこと。


 ――味方に加われ。さもなくば敵と見做す。


 蛇頭会やレトナークの裏社会を追い出すことは、旧ブレナーク勢力にとって共通の利益のはず。

 ロスメルタは今夜のノヴァーラ組とジュリアーノ組への襲撃で、我こそが王都の覇者たらんとする決意を示した。力も証明した。

 確かな実績を基に、残った敵勢力の殲滅に乗り出す。そこにも加わらないのであれば、旧ブレナークにとって何の役にも立たない愚物でしかない。


 敵が大混乱に陥って同士討ちをしてくれてる間に、檄文によって集まった陣営の準備を整える。

 新たに集まった戦力を統合するにも多少の時間は掛かるだろう。だけど、敵が混乱から立ち直ったり、本国から増援やまとめ役が送り込まれてくるほどの時間は掛からないはずだ。逆に言えば、そこまで時間を掛けてはならない。

 そうして結集した力をもって、敵の全てを叩き潰すんだ。


 オーヴェルスタ伯爵家の旗の下に集い、共通の敵と戦い同じように血を流して戦果を挙げる。

 そうした中で連帯や連携を高めつつ、一つの勢力として結束を図る。

 それが成れば、今後も逐次送り込まれてくるだろうレトナークの勢力にだって、継続して対抗できる。

 王都の治安や産業が回復してくれば、戦力だってより潤沢になっていく。そうなれば、再び独立を勝ち取ることだってできるかもしれない。

 はっきりいって、オーヴェルスタ伯爵家というか、ロスメルタの目指すところはそれなんだろうけどね。まぁ、そこまではキキョウ会は関係ないけど。



 キキョウ会メンバーや騎士団によって、要塞の片付けや補修が行われると同時に、今度はロスメルタの文官たちがせわしなく動いてる。

 例の檄文だ。半分以上脅しみたいなもんだけど、まずは有力な貴族や商人に対して、直接交渉をしに行くらしい。水面下ではすでにある程度の話し合いをしてるらしいから、予定の通りに進むはずだ。


 しばらくは高みの見物ね。ただし、王都は物騒になるけど。

 ノヴァーラ組とジュリアーノ組の抗争は激化の一途をたどるだろう。火種が燃え上がってる状態で、お互いの幹部がみんなやられてるからね。

 敵が勝手に減っていくのは楽でいいけど、住民にとっちゃひたすら迷惑よね。


「しばらく私たちの出番はなさそうね」

 クリムゾン騎士団は要塞の警備や街の警らでまだまだ忙しいらしいけど、キキョウ会は裏方だからね。要塞の警備くらいなら手伝ってもいいけど。

「ええ、ユカリノーウェたちは休んでいて。あとはこちらで準備を進めます」

「そういえば、ウチに敵対的な奴らの情報をくれるって話だったわよね。そいつらと話を付けて来たいから、あとで情報だけ寄越してくれない?」

「ああ、そういばそうでしたね。そちらはカントラッドに言い付けておきます。フランネルの報告を先に聞きたいので、あとでいいかしら?」

「うん、それでいいわ。それとあんたの予想通り、ゲルドーダス侯爵家のゴーストたちが襲ってきたわよ。侯爵家の処遇もあんたらに任せるから考えといて」

「……そうなりましたか。ええ、それではまた後で」

 最後にちょっとだけ顔が曇ったようだけど、まぁ色々あるんだろう。



 そうして束の間の休息を得た、我がキキョウ会なわけだ。

 数日程度の休息だけど、その間、私たちがやることといえば。

「おう、ユカリ。例の商人を締め上げてきたぜ」

「こっちもだ。色々と下手打ったみたいで金はなさそうだったが、代わりにエクセンブラで幅きかせてる商人の弱みを聞いて来た」

 引き続いての賠償請求。

「お姉さま、ミーアにまた勝ちました」

「ずるいよ、ヴァレリア。ユカリさん、ヴァレリアの妨害がなければ、いい魔獣が獲れたはずだったんです」

 狩りでの食料調達に、そのついでの素材調達。

「傭兵稼業からは取り敢えず足を洗うからな。そっちのやり方を学ばせて貰わないと」

「ゼノビアさんなら大丈夫ですよ。じゃあ基本的なところからレクチャーしましょうか」

 新たな人員も加えて、より盤石に。


 王都におけるキキョウ会の戦いは、いよいよ最終局面に入る。

 最終局面といっても、あとは掃討戦に近い。すでに山場は乗り切ってるから、特に気負う必要だってない。


 レトナーク二大勢力の幹部を軒並み排除し、懸念材料だったゲルドーダス侯爵家のゴースト一党を打倒してる。

 さらには蛇頭会もほぼ全滅に追いやった。

 この時点で大勢は決してるからね。残ってる敵は、数だけ多い烏合の衆だ。しかも残った奴らは抗争中で疲弊してるしね。


 英気を養ったキキョウ会と、休むどころか鍛え直したらしいクリムゾン騎士団の士気は高い。

 そして檄文によって集まったいくつもの小集団は、これから一つの大集団としてまとまっていくだろう。

 ロスメルタ旗下の勢力は、これから分散して敵の勢力を順次叩き潰す。


 看板たるクリムゾン騎士団は、その中でもより規模の大きなところを担当する。そしてキキョウ会はそのサポートって感じで立ち回る。

 綿密な調査によって、戦力配分も整えられてるらしいから、どこの部隊であろうとも敗北する可能性は低い。


 さぁ、残務処理をさっさと終わらせよう。そろそろエクセンブラが恋しいわ。

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