第116話、後手に回る防衛戦

 戦闘支援班の若衆が運転するジープが夜の街をかっ飛ばす。

 治安の悪い王都で夜は人がほぼ出歩いてないから、人身事故を起こす可能性は低い。それでもかなり危ないけど、今は急ぎたい。

 人っ子一人見掛ずに拠点の近くまで戻って来たとき、状況が判明した。

「どう見ても戦闘中ね……」


 拠点の辺りで爆炎が上がったから間違いない。やっぱり悪い予感は当たったか。全然嬉しくないけど。

 でも考えようによっちゃ、ちょうどいい。敵がわざわざ来てくれたんなら、それを倒してしまえば後が楽になる。物事はポジティブに考えないとね。それに、白銀の超硬バットの出番がやってきたと思えば悪くない。


 そのまま拠点正面までジープを飛ばすと、門の前を固めてる集団がいた。

 本当なら門を守備してる人員がいるはずなんだけど、やられたのか単に不在なのか。あちこちで攻撃を受けてるみたいだし、そもそも防衛に残してる人数が少ないせいか、敵を捌ききれてない事情もあるかもしれない。


「そのまま突っ込ませろ!」

「分かってますよ、姉さん! 掴まっててくださいよ!」

 先頭を走ってるジープの中でのやり取りだ。私も特に異論はない。

 そのままどころか、加速するジープが不埒者の一団に突撃する。


 突っ込んで来るジープに気が付いた奴らは、こっちに向かって魔法をぶち込んで来るけど、私の対魔法装甲が全てを蹴散らして邪魔をさせない。

 ぶつかる瞬間には対物理装甲に切り替えて、ジープへのダメージも完全にカットしてみせる。体当たり戦法は私の得意分野でもあるんだ。

 広めに展開した対物理装甲によって、ジープの進路から退避した奴らもまとめてなぎ倒すと、一旦停止させる。


「門が開いてるか……。中にも踏み込まれてるわね。グラデーナ、後続のジープからの若衆も連れて中の敵を排除して」

 外門の向こうには内門があって、そこは構造上の関係で開いていてもその向こうまでは見えないようになってる。

 内門の先には真っ直ぐに伸びる大きな通路があって、ぶつかる先は本丸だ。通路の脇には宿舎棟やらの倉庫群が並ぶ。敵の侵攻がどうなってることやら。

「おう! ユカリはどうする?」

「私はこのまま外周をジープで走って、外にいる奴らを蹴散らすわ。ヴァレリアもこっちはいいから、グラデーナと中へ。ロスメルタを頼むわよ」

「はい、急ぎます」

「そっちは任せるわ。じゃあこっちは、そのままジープを飛ばしなさい。速度は落とさずに、一周するわよ!」

「了解です、会長!」

 慌ただしくジープを降りるみんなと別れて、私を乗せたジープはそのまま走り去る。まだまだ周囲にはたくさんいる。根こそぎ蹴散らしてやる!



 いくつかの集団を蹴散らして分かったけど、外壁の防御に付いてる人員は少ない。

 多分、拠点の中での戦闘に人を取られてるんだろう。拠点の広さに対して防御に残してた人数は少なかったし、人海戦術で来られると守り切れない弱点はあった。

 外壁をいくら攻撃されたところで簡単には破れないし、よっぽどの凄腕でも連れてこないと破壊することは不可能だ。それに飛び越える事だってできない高さもある。何か特別な道具を使われたり、空を飛ばれでもしたら別だけどね。


 破壊はできなくても、破壊行為そのものはプレッシャーとして有効だ。外で壁に向かって攻撃してる連中の目的は、もちろん可能であれば破壊なんだろうけど、単なる嫌がらせとしても十分に機能する。

 そうして防衛側の人数を分散させたうえで、正面の門を突破したに違いない。壁は壊せなくても門は破壊可能だ。門も密かに強化しておけば良かったかな……。


 それにしても数が多いわね。こっちからレトナーク側の戦力に攻め込んでるはずが、逆に隙を突くように攻め込まれてる事態だ。どうなってるのやら。


 広い敷地の周囲を激走し、外壁の上にいた少数の人員からは感謝の合図を送られつつ、雑魚をなぎ倒して拠点正面に舞い戻る。

 門は開いたままだけど今更だろう。ジープに乗ったまま侵入し内門まで抜けると、見覚えのない高い壁がそびえ立つのが嫌でも目に入る。こんな物を私たちが造った覚えはない。

「なに、あれ?」

「会長、グラデーナの姉さんたちがいますよ?」

 壁の前にはロスメルタの援護のために突入したはずのグラデーナやヴァレリアたち。足止めされてるみたいね。



 ジープを降りてから改めて壁を見上げる。

「すまねぇ、ユカリ。こいつの所為で足止め食っちまってる」

「お姉さま、これには手が出ません」

 なにこの壁、アホみたいに高い。これを乗り越えようと思うなら、外に出て別の場所の外壁を乗り越えた方が早いだろう。まぁそっちも簡単に飛び越せたり登れる高さじゃないんだけど。


 どれだけの力を注ぎこんだのか、高さだけじゃなく相当に分厚くて頑丈な壁みたいね。グラデーナたちが破壊できなかったとなれば、自ずとその頑丈さが知れる。それに魔力を十分に蓄えた壁はヴァレリアの崩壊魔法でも破れない。

「いつの間にこんなもの。こいつらがやったの?」

 そこらに倒れる複数の見覚えのない連中を見やる。この場にいる以上は敵で間違いない。むしろ堂々とその証まで付けてるわね。

「あたしらが来た時には、こいつら全員で壁を造ってやがった。こっちを見たと思ったら最後に全力で魔力を振り絞って、揃ってぶっ倒れやがったがな。すげぇ魔力だったぜ」

 ……捨て身で壁だけ作ったってこと?


 私たちの侵入を阻み、中からも逃がさないってことかな。なかなかの戦力を送り込んできたみたいね。

「それにしてもこいつら、堂々と代紋付けたまま殴りこんでくるなんていい度胸ね」

「ここで始末をつけるつもりなんだろうぜ。ユカリも含めたキキョウ会ごとな。面白いじゃねぇか」

 もしそうなら大歓迎よ。グラデーナだけじゃなくヴァレリアも、若衆だって戦意が漲ってる。さっきひと暴れしてきたとは思えないほど元気なもんね。


 倒れてる連中が身に付けてるのは、食らい合う蛇の意匠をした代紋だ。これは蛇頭会の証。奴らがついに直接的にキキョウ会に牙を剥いたんだ。

「上等。こちとら売られた喧嘩よ、もう遠慮なんかいらないわ。蛇頭会の連中、全員返り討ちにしてやるわよ!」

「おうよ! お前ら、いよいよだ。気合入れていけよ!」

「お姉さま、わたしは先行します。壁を!」

 壁の破壊なんて鉱物魔法のスペシャリストたる私にとっては造作もない。


 相手の魔力に干渉して強引に制御を奪い取る。魔法の出力も制御も私が圧倒してるんだから、こんなことは朝飯前だ。それにやり方なんて、なんでもいい。制御を奪い取るなんて方法じゃなくたって、上書きでもいいし、単にぶち壊すことだって私なら可能だ。奪い取るのが一番省エネだから今はこれで行く。

 すると、冗談でも比喩でもなく、指先ひとつ触れただけで無くなる壁。

 高くそびえる頑丈極まりない壁は、呆気なく消滅した。魔法の使い方は全然違うはずなんだけど、なんかヴァレリアの崩壊魔法に近いものがあるわね。あっちは塵の山が残るけどね。



 壁を消滅させたことによって、その向こうで何が起こってるか見えた。

 真っ直ぐに伸びる通路の先には本丸がある。私たちが一番最初に拠点とした倉庫が。その前が戦場になってるんだ。

 おそらくは本丸の倉庫の中にはロスメルタがいるはず。入り口を守ってるのは、我らがキキョウ会のメンバー諸君だ。奮闘してるみたいね。


 立ってる赤い鎧がいないから、クリムゾン騎士団の連中はウチとは違って全滅してるらしい。あの精強な連中だけが全滅して、ウチのだけが立ってるのはおかしいから、例によってまた睡眠ガスによるものだろう。あれじゃ自慢の騎士団も形無しね。

 それにしても敵の数が多い。うじゃうじゃいるとさえ形容できる。それに持ちこたえるキキョウ会の頼もしいこと!


 ヴァレリアはなぜか凄くいい笑顔を浮かべると、宣言通りに凄まじい速度で走っていった。

「遅れるんじゃねぇぞ!」

 こっちも獰猛だけど、いい笑顔を浮かべたグラデーナが続く。ついでに若衆たちも似たような笑顔だったのはよく分からない。

「こいつらはどうします?」

 倒れたままの蛇頭会の連中を気にしてる若衆がまだ残ってるけど、そいつらはもういい。

「死にかけよ、ほっときなさい。私たちも行くわよ」

 こいつらは限界を超えて魔力を使いすぎてる。このまま放っておけば、間違いなく死に至るほどの衰弱っぷりだ。組織への忠誠心だけは褒めてやってもいいかもね。


 あっと、一応、武器持って行こうか。ジープから白銀の超硬バットを取り出すと、残ってた若衆と一緒に戦場に向かって駆け出した。

 私もきっと笑ってるんだろう。なんでだろうね。我ながら謎の笑顔だ。



 目の前にいる敵以外にも、戦闘音から大体の位置は分かる。魔力感知にだって優れるから、即座に戦闘の場所は割り出せる。

 本丸の中には踏み込まれてないから、ロスメルタは無事だろう。ヴァレリアが先行して背後から強襲、そのままロスメルタの護衛に付くはずだから、そっちはそのまま任せる。

 グラデーナたちは奮闘してるメンバーに合流して敵を制圧するだろうし、そっちも任せる。敵の数は多いけど、そんなのは私たちにとってはいつものことだ。ゴースト並みの強者はおそらくいない。本丸とロスメルタの安全は、時間が経てば確保できるだろう。


 ならば私はここ以外の敵を排除した方がいい。

「あんたたちは私について来なさい! こっちよ!」

 一緒にいた若衆と別の倉庫に向かって方向を変える。だだっ広いだけの倉庫を一つ越えた先、次の倉庫に敵はいる。


 敵が多い。どれだけの人員を送り込んだんだ。

 数が多くて敵の姿しか見えない。囲まれてるのがキキョウ会のメンバーなのか、それとも騎士団なのかさえ分からない。

 だけど、今の私は数の多さを面倒とは思わない。むしろ、ありがたく思うくらいだ。

「やった、こんなにいる!」

 不謹慎な若衆が漏らした感想は、私の気持ちを代弁してくれるかのようだ。


 だって、今日の私はまだほとんど戦ってないんだ。力が溢れる。雑魚ならせめて、数で掛かってきてくれなきゃ!


 三々五々に散った若衆と同時に烏合の衆に襲い掛かった。

 敵の背後から、うなりを上げる白銀の超硬バット。

 鉄の何倍もの比重を持ったノヴァ鉱石を使った武器だ。私の膂力から繰り出されるそれは、美しい見た目からは想像し得ない暴虐を生み出す。

 背後から捉えた敵は別の敵にぶつかって、将棋倒しのように伝播する。もちろん、ただ倒れるだけで済むはずがない。


 直撃した最初の敵を粉砕し、掠めただけの敵をも粉砕し、バットが通り抜けた衝撃波でその向こうの敵までなぎ倒す。粉々に砕け散った敵の装備が爆発でも起こったかのように撒き散らされて、離れたところにいる敵の体にまで突き刺さる。


 ただの一撃で、そこに阿鼻叫喚が生まれる。

 幾度か繰り返せば、地獄ができる。


 暴力に酔ったわけじゃない。いくら敵でも、私は殺し自体は好きじゃないし、必要がなければ半殺し程度でいつもは収める。

 殴ろうとした時に少しだけ見えたんだ。敵の群れの向こうで、リンチにあってる姿を。必死に倒れた仲間を庇おうとしてるのを、遊びで蹴倒すゴミどもを。

「……この外道ども」

 数で攻めるのは正道だ。それ自体が力なんだから、持てる力を使うのは当たり前。それ以上に、勝つためなら卑怯な手だって使っていい。私は認める。

 でも抵抗できない敵をなぶって遊ぶのは認められない。キキョウ会でも、もしそんなつまらないことをする奴がいれば、私が制裁してやる。


 途中でそれに気が付いたらしい一緒に来た若衆も、最初の戦いへの喜びじゃなく、今は怒りと冷静さでもって敵を次々と仕留めていってる。うん、それでいい。

 私は怒ってる。蛇頭会、これがあいつらの本性か。どうりで奴らとは気が合わないわけだ。


 若衆による広範囲の魔法攻撃と私のバットの暴虐によって、敵の群れは間もなく全滅した。


 瀕死にされてたキキョウ会とクリムゾン騎士団の連中は、まさしく半死半生ではあったけど、死んでさえいなければ私が治癒できる。そして、死ぬような目にあったからといって、へこたれる連中なんてここにはない。回復すると即座に私たちに合流して次の戦場に向かった。今まで以上に戦意旺盛に。



 いくつかの倉庫や路地で同じようなことを繰り返して、敷地内の敵を殲滅した。あとは本丸前の激戦地だけだ。

 やっぱり要塞ってのは、きちんとした守備要員がいてこそね。本来なら、どれだけ敵の数が多かろうと、関係なく防御できたはずなんだから。

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