第112話、悪党の計画

 中央通りの屋台で朝食を買い込むと、木陰のベンチに腰掛けて時を待つ。

 隣にはジョセフィン。今日はふたりして墨色の外套に身を包んで、なるべく目立たないよう街並みに溶け込む。

 護衛のヴァレリアは留守番だ。今日は事の起こりを見届けるだけだし、私が戦闘をする予定はない。それに、ヴァレリアのような美少女はどうしたって目立つからね。


 私たちが今ここにいるのは、ロスメルタから見届け役を頼まれたからだ。今からここで起こることを見届ける。何が起こるかは、すぐに分かる。

 これは予言や予知の類じゃなく、ロスメルタの仕込みによるものだ。本当に聞いた通りのことが起こるかは分からない。お手並み拝見といこう。

「これ、なかなか美味しいわね」

「……ユカリさん、それ何個目ですか?」

 呆れるジョセフィンに構わず、よっつめのドネルケバブに手を伸ばした時、動きがあった。


 木陰のベンチから覗き見ることができるのは、一軒のレストランだ。それも大衆向けのような店じゃなくて高級店。今の荒廃した王都であっても、生き残った貴族や金持ちはそれなりにいるからね。そうした店もある程度は存在してる。その店の前に高級車が乗り付けた。


 運転手や何人かの男が降りた後に続けて出て来たのは、目立つ初老の男。立派な髭を生やした、見るからに金も立場もありそうで偉そうな奴だ。

 奴の名前はカルロ・ヴェーゼ。現在の王都を裏から牛耳る二大勢力の一方、ノヴァーラ組の大幹部だ。もちろん、奴らはレトナークから出張って来てる裏社会の住人。私たちの敵でもある。

「あれは、カルロ・ヴェーゼで間違いないです。ユカリさん、始まりますよ」

「うん、そうみたいね」

 自作のアイスティーでドネルケバブを流し込みながら観察を続ける。


 カルロ・ヴェーゼを先頭にして店に入ろうとしたところで、今度は店の中から人が出てきた。まだ若い男だ。

 何気ない足取りで近づく若い男。カルロ・ヴェーゼの取り巻きは、当然のように若い男に注意を向ける。ボディーガードなら当然の反応だろう。

 すると若い男が懐に手を伸ばした。いくら何でも怪しすぎる。

 裏社会のボディーガードは、どこの誰が相手だろうと遠慮なんかしない。怪しい奴が目の前にいれば、何の遠慮もなく問答無用で叩きのめす。誤解だろうがなんだろうが、奴らにとっては関係ない。

 そうして、怪しい男が注意を一身に集めた瞬間。


 横の茂みに身を隠してた複数の男たちが一斉に、カルロ・ヴェーゼに襲い掛かった。

 双方の戦闘員に実力差がないならば、単純に数の差が物を言う。

 倍以上の人数を使った襲撃側が圧倒するのは必然。

 まずは護衛から排除なんてまだるっこしいことはせず、真っ先にターゲットを狙った攻撃だ。

 おそらくは即死。ノヴァーラ組の大幹部は呆気なくこの世を去った。


 まだ明るい内からの刃傷沙汰に、周囲も騒然としてる。当然、当事者の男たちで大立ち回りが始まるから、逃げ惑う人々で混乱が起こり始める。中央通りの店の前だからね。まだ朝とはいえ、人通りもそれなりにある。

「行きましょう、ユカリさん。こっちまで魔法が飛んで来れば、巻き込まれるかもしれませんし」

「そうね、ロスメルタに見届けた結果を伝えに戻ろうか」

 少し離れたところに停めてあったジープに乗り込むと、怒号飛び交うレストランを尻目に悠々と拠点に戻るのだった。



 あの暗殺を実行したのは、王都を牛耳る二大勢力の一つである、ジュリアーノ組の男たちだ。

 裏から王都を牛耳ってるのは、さっき殺されたカルロ・ヴェーゼが所属したノヴァーラ組と、暗殺を実行したジュリアーノ組の二大勢力。

 つまり、レトナークから出張ってきてる外国勢力の中でも、最も大きな二つの組織による抗争の始まりってわけだ。


 ノヴァーラ組とジュリアーノ組は、王都を二分する大組織として君臨してきた。しかし、決して仲良くやってたわけじゃない。

 大組織の中枢にいるような幹部ならともかく、末端ともなれば縄張り争いに終始明け暮れて憎しみを募らせる関係だ。それに、どっちの組織も小さな組がいくつも集まってできた集合体にすぎない。そういった組織は統制を取ることがとても難しい。特に若くて活きのいい連中は。

 尋常では難しいからこそ、強い力が必要だ。それは暴力であれ財力であれ、大きな組織であればあるほど、まとめ上げ押さえつけるには半端な力じゃできないことだ。それができていたとしても、一旦綻びが入ってしまえば、それを立て直すのはさらに難しい。


 ロスメルタが目を付けたのは、二大勢力の不和と、燻って荒れてる若い連中を利用すること。

 ブレナーク側の勢力だけでレトナーク側の勢力を駆逐することが難しいのならば、相打ちをさせればいい。至極単純な話だ。もちろん、それが簡単にできることじゃないってのは、当たり前の話。

 一朝一夕にできることじゃない。私たちキキョウ会が王都に来るずっと前から、長い時間と人員と金を掛けて、少しずつ少しずつ仕込みを続けてきた成果だ。ロスメルタだって、ただ黙って長いこと潜伏してたわけじゃないらしい。


 暗殺は私たちが見届けた以外にも、ほぼ同時刻に別の場所でも行われてるはずだ。

 そっちでは、ジュリアーノ組の幹部がノヴァーラ組に殺される計画。

 さらには互いの幹部殺しと並行して、末端の組織同士の抗争も派手に始まってるはず。

 それだけじゃない。他にもまだ、互いの麻薬倉庫の襲撃なんかも実行されてる手筈だ。


 こうまで発展してしまうと、単なる小競り合いで収めることはできなくなってしまう。

 少々の争い程度なら本格的な抗争には発展しないし、幹部や親分がさせやしない。そんなことをしても利するのが、地元のブレナーク側ってのは分かり切ってるからね。

 今回のは互いの幹部暗殺を始めとした、なぁなぁで済ませることは許されない問題だ。どんなに悪手であろうとも、裏社会で商売をしてる以上はメンツにかけて気合を入れないとならない場合だってある。

 分かっていても後戻りのできない泥沼。そこに引きずり込むロスメルタの悪辣さだ。



 戻った拠点で改めて話し合う。

 広間にはキキョウ会の幹部のほか、ロスメルタとその配下の幹部が集まってる。

「事の始まりってのを見届けてきたわよ」

「あたいらも見て来たぜ。ジュリアーノ組の偉そうなおっさんがやられてたな」

 そっちの方はオフィリアとミーアが見届けに行ってたんだ。

「初期段階の計画としては、ほぼ思惑通りに上手くいっています。本格的な抗争に発展することは間違いないと思われますし、万一抑え込んだとしても、火種は簡単に燃え上がるでしょう」

 ロスメルタの次席秘書とかいう男が続けた。暗殺以外の計画も上手くいってるらしいわね。


「それにしても、上手いことやるもんだぜ。具体的にはどんな手を使ったんだよ?」

 グラデーナが呆れたように聞くけど、それもそうだろう。まだ始まったばかりだけど、敵対勢力にとって頭の痛い出来事が起こりまくってる。

「それなりのコストは支払っていますよ? でも、わたくしがやったことは簡単です。元々仲良くない勢力同士で、野心を持った男たちが大勢いるのです。お互いの組織にとって、不都合な真実を色々と教えてあげるだけで彼らは奮起してくれました。それに末端の組織は、人種も出身も様々です。潜り込ませるのは簡単です」

 末端の構成員同士で争わせて、憎しみを募らせる。同じレトナークの組織同士であっても、より多くの勲章を集めた方がデカい顔ができる。

 野心、欲望、功名心、プライド、憎悪、目的や切っ掛けは様々だろう。二大勢力の競争はいくつかの切っ掛けを境に、競争から抗争に成り果てる。


 さて、それでもこれはまだ始まりに過ぎない。

 今日、私たちがしてきたことだって、ただ事の始まりを見届けてきただけだ。

「始まりは順調として、これからが大事になってくるわね」

「ユカリノーウェの言う通りです。混乱が巻き起こっている今夜、たたみかけます」

 戦いにおいて重要なことはいくつもある。


 まずは敵を知ることだ。組織の構造から人数、主要な人物や配置、目的や計画、装備や練度、とにかく敵の事ならなんでもだ。そうすれば、自ずと行動パターンや弱点だって見えてくる。

 そして主導権を握ることだ。入念な計画に基づいて、先に仕掛けて後手に回らせ混乱させる。拙速だったとしても、先に仕掛けるのは有利だしね。先手必勝ってやつよ。

 あとは勢いだ。混乱の渦に突き落とした敵を、立ち直る隙を与えず叩きのめす。


 私程度の見識でもこのくらいは思いつく。ロスメルタならもっともっと、私が思いつかないようなところまで深く考えて準備してただろう。

 ロスメルタの計画とキキョウ会の武力。これが合わさっての始まりだ。

「たたみかけるってことは、アタマの首でも取りに行くのか?」

「ふふ、アタマだけではありません。今夜、ノヴァーラ組とジュリアーノ組の幹部が勢揃いした幹部会が開かれる予定です。これは元々予定されていた会合ですが、事件が起こったことで確実に開催されるでしょう。幹部会はおそらく抗争を避けるための方策を固めるはずですが、それを許すわけにはいきません」

「つまり?」

「そこに勢揃いした幹部、全部の首を頂戴しましょう」

 全部! ボスを含めた大多数の幹部を倒してしまえば、後に残るのは烏合の衆だ。まさしく一気に片を付ける気ね。でもそんなに上手くいくもんかな。

「そんなに簡単にできる? 私たちだって正面からやり合えば負ける気はないけど、それでも警備は厳重なはずでしょ? 幹部連中なんて、鉄火場になったらすぐ逃げるんじゃないの?」

 キキョウ会の幹部は私を含めて、逃げるどころか積極的に火に飛び込んでいくけど、大多数の組織の幹部はそうじゃないはずだ。それに、逃げる程度の時間も稼げないほど、相手だって無能じゃないだろう。

「大丈夫です。敷かれるはずの警備体制は、いつの間にか消えてなくなりますから」

 まったく、笑顔で語られる内容の不気味なこと。まぁいいわ。たしかに、それならいきなり幹部どもを襲撃できる。


 でもね。過剰戦力なような。

「それだったら、キキョウ会の武力はいらないんじゃない? 幹部の中にも強い奴はいるだろうけど、ロスメルタのクリムゾン騎士団の戦力だけでも問題ない気がするけどね」

「いえ、必ず必要になります。今夜が山場ですので、襲撃計画を詰めたら少し休みましょう」

 ふーん、まぁいいわ。



 その後は今夜の具体的な行動計画を話し合った。話し合ったというよりは、ロスメルタの考えを聞いて、疑問点をぶつけるだけだったけど。

 私たちはもう感心するしかない。伝統ある大貴族ってのは伊達じゃない。私たちのようなよそ者がちょっと頑張って集めたような情報とは格が違う。情報の量も質もそうだし、使えるツテの人脈も土地も権力も全然レベルが違う。

 ウチのジョセフィンや情報班の能力だって、個人としてみれば劣ってないと思うんだけど、やっぱり組織としての土台が違う。見せつけられた気分ね。


 世の中やっぱり面白い。裏社会をちょっと知ったからって、私もまだまだ青い青い。

 とにもかくにも、私たちの出番もまだかなりあるらしいし、精々ロスメルタと伯爵家に恩を売っておこう。

 まずは今夜だ。話によれば、気になってた奴と戦えるみたいだしね。

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