第111話、分かっていた結果
「おー、やってるわね」
派手な爆炎やら魔法の光やらが輝いてる。
要塞の外壁の上に登った私とヴァレリアは、正門の近くで繰り広げられる光景をさっそく目にした。まずはのんびりと遠目からの見物だ。
高い外壁の上からだと、見通しのいい正門付近はよく見える。
どうやら騎士団はチームをふたつに分けて外壁崩しにチャレンジしてるらしい。
片方は攻撃魔法が得意なメンバーを集めたんだろう。ひたすら外壁の一カ所に向かって魔法をぶっ放してる。
もう片方は物理攻撃メインだ。さすがに愛剣を壁に叩きつけようとするのはいないらしく、どこから持ち出したのかハンマーなんかを使ってるらしい。
身体強化魔法で視力を強化して細かい進捗具合を観察してみれば、まだ破壊は全然進んでないようだ。
プリエネたちがコーティングした石材は、少しずつ剝がれ落ちてはいるみたいだけど、それでもまだ私が造った内部には全然到達できてない。
騎士団の攻勢に耐えるコーティングの耐久力を見て、私は満足感を覚える。うん、ウチのメンバーの仕事っぷりが誇らしいわね。攻城兵器や大規模魔法は別として、個人の通常攻撃になら十分に耐える性能を発揮してる。この防御力は素晴らしい。
私が見たところ石材のコーティングが完全にはがれるまで一時間は持たないと思うけど、それでも十分な堅牢性だろう。これが実戦ならば、守備側の妨害で思ったようには攻撃なんてできないはずだしね。
ここなら良く見えるし、しばらくは遠目から見物してよう。
「ヴァレリア、こっち」
いつもの如く、即席の椅子とテーブルを作ると、ヴァレリアを座らせてお茶のセットまで用意する。
さらには持参した菓子を取り出すと、妹分を隣に優雅なティータイムだ。まだ時間かかりそうだしね。
ふたりでのんびりと破壊行為を眺めながらの日向ぼっこだ。ちょっと日差しがキツイかな。スキンケアはしてるから日焼けはしないし、偶にはお日様を十分に浴びるのもいいか。今の私に必要かどうかは不明だけど、ビタミンDを補給するのも悪くない。
「お姉さま。あの人たち、なかなかやります」
ヴァレリアは騎士団に興味をひかれたようだ。揃いの立派な赤の鎧を身に着けた集団ってのは、ただそれだけでも見栄えがする。
物理攻撃組はそれぞれで壁を殴ってるだけだから、遠目に見ればかなり地味だ。その代わりに魔法攻撃組はなかなか派手で見世物としては面白い。
ただ壁を殴ったり魔法をぶっ放してるだけだから、いまいち練度は分かり難いけど、身体強化魔法のレベルと火力の高さは見れば大体のところは分かる。
それでも私からすれば、すでに一度手を合わせた連中だ。改めて特別見るべきところは無さそうね。
頑張ってる騎士団から視線を外して王都の街並みを眺めてみれば、寂しい光景が広がってる。
行きかうのは、どことなく倦怠感が漂うなような重い足取りの人々。荒れた区画も目立つ。とにかく活気がないんだ。
これから私たちが派手に動けば少しは活気づくだろうか。
騎士団の攻撃音に引き寄せられてくる野次馬も多くない。そもそもの人通りが多くはないけど、その少ない人通りもトラブルから遠ざかるように逃げていく。好奇心を刺激された少数派も、ウチの若衆が適当に追っ払ってるから、外からの見物人は全くいない。
騎士団や街並みをずっと見てても楽しくないし、ここはおしゃべりタイムといこうかな。
「ヴァレリア、私がいない間にやってたのは森での狩りだっけ。なんか面白いことはなかった?」
私の隣で嬉しそうにお茶を口に運んでた妹分は、他愛ない質問にも思い返すように考えて返事をする。
「……あ、そういえばミーアと勝負をしました」
「勝負? それは面白そうね」
ふたりはキキョウ会の中でも狩りの名手といってもいい腕前だから、勝負はさぞかし楽しかっただろう。
「でも蛇の魔獣が出たらミーアが逃げてしまって」
「え、苦手だったの?」
ミーアはそういうの平気なのかと思ってたけど、それは知らなかったわね。たしかに爬虫類型が苦手なメンバーはいるし、特に虫型の魔獣は苦手なメンバーも多い。私も虫型は苦手だし。
友達の影響で悪戯を覚えたヴァレリアは、ここぞとばかりに蛇型魔獣を使ってミーアで遊んだらしいけど、それはまた別の話だ。
しばらくぶりのゆったりとした時間。攻撃音が少々鬱陶しいけど、離れたここなら会話の邪魔になるほどじゃない。
騎士団を放置してヴァレリアとの時間を存分に過ごした。
そろそろ一時間か。
変わらず派手な攻撃を続ける騎士団だったけど、外壁の破壊は思うようにいってないらしい。
表面の石材は剥がせたものの、内部に仕込まれた複合装甲に苦戦中だ。まぁ当然だけど。
なにか特殊な能力でもなければあれは破れないだろうし、すでに息が上がってるのも多く見える。このままだと三時間も経たずにギブアップするかもしれないわね。
私に寄りかかりながら昼寝をするヴァレリアを支えながら、暇な時間に魔力操作の訓練をする。目に見える範囲の外壁の通路は、私が作った精緻な幾何学模様の彫刻で一杯になりつつある。
さらに一時間と少し後、だいぶ日が傾いてきた頃になって、攻撃音が小さくなってきた。
「……そろそろ終わりね。行くわよ」
「はい、お姉さま」
昼寝から復活したヴァレリアを伴って外壁の上を歩き始める。まだ攻撃を続ける壁の直上に移動するんだ。
移動しながら観察すると、ロスメルタが見当たらない。さすがにずっと見てるわけじゃなかったか。中に入って休んでるのかな。キキョウ会のメンバーもわずか数人が見守るだけで、もうほぼ居なくなってるわね。
見下ろす位置まで移動すると、団長のフランネルと目が合った。彼が持ってるのは剣じゃなく、似合わないメイスで攻撃中らしい。
私に見下ろされて気合が入ったのか、疲れた体に活を入れて攻撃を再開するらしい。多分、これが最後の一撃だ。
激しい魔力の高まりが表れた身体強化魔法。これを見るだけで、こいつの凄まじい実力が知れようものだ。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
気合の雄たけびを上げながら渾身の力で叩きつけられたメイスは、フランネルの力と複合装甲の耐久力に持ちこたえられず折れて砕ける。
それでも、複合装甲はビクともしなかった。これで終わりね。
「……降参だ。ロスメルタ様に報告するから待っていてくれないか。それに後片付けくらいは我々でやらせてもらう」
「そう。じゃあ後は頼むわ」
騎士団長の渾身の一撃が不発に終わると、彼らは潔く負けを認めた。
これからフランネルがロスメルタに報告に行くらしい。壊して崩れた石材の残骸も片づけてくれるなら文句はない。私とまだ残ってたキキョウ会メンバーは大人しく彼らに任せて中で待つことにした。
お呼びが掛かるまで宿舎棟の自室に戻って休んでると、わざわざロスメルタの方からやってきてくれた。
お茶の準備をさっと整えて席に着くと、ロスメルタから切り出す。
「……参ったわ。ユカリノーウェ、わたくしの完敗ですね」
こういう潔さは好きだ。いちいち恨み言なんか聞きたくないし、彼女のこういうところは素直にいいと思える。大物貴族なりのプライドはあるはずだけど、無駄なところでをそれを発揮しないのは感心する。
「最後まで見てなかったみたいね」
「途中で諦めてしまったわ。彼らには悪いけど、ああ、これはどうにもならないと分かってしまったのですもの」
まぁ最初の一時間はともかく、次の一時間は成果なしだからね。無理と思うのは仕方ないだろう。
「ところでさ、あんなハンマーやらメイスやら、よく持ってきてたわね」
「あら? そちらの元気のいい娘が武器庫を解放してくれましたよ?」
武器庫? いつの間に……。たぶん、オフィリアかアルベルトがどっかから没収してきた物だろう。
まぁいいわ。武器の話はスルーして先に進もう。
「それで、この要塞の凄さは分かってもらえた?」
「どうしてこんなものを造れたのか、疑問が増すばかりですけど、それでも凄いものを手に入れてしまったのは分かります」
ため息をつきそうな調子で苦笑するけど、アンニュイな感じがして少しだけドキッとする。美人って得ね。
ロスメルタは言外に大きな借りを作ったことを認めたようだ。タダより高い物はないんだから、覚悟しといてもらおうか。なんてね。
「この要塞の防御力なら、まともに突破することは難しいわ。騎士団がここの守りに付くだけで、もう誰にも落とせなくなると思うわよ」
「ええ、守りに専念すればそうでしょうね」
難攻不落の要塞でロスメルタ自身や非戦闘員はここに詰めることになるだろうけど、もちろん守りに専念なんてするはずがない。私たちから攻めるんだからね。守備の人員は最小限に止まるだろう。
そして攻めるための仕込みはすでにロスメルタがやってる。あとは動き出すだけだ。
「いつから動き出す?」
「明日。ユカリノーウェには、その始まりを見届けて欲しいの」
「分かったわ。詳細を教えて」
早い分には文句なんかない。始まりとやらを見届けてやろうじゃない。
すでに概要は聞いてるけど、細かい手順まで知らされてないし、別にキキョウ会がやるわけじゃないから気楽なもんだ。
見届け役くらい果たしてやるわ。
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