第102話、ブタ箱の悲劇

 嫌な予感はいつでも当たる。

 迎えに来たという護送車のように見えたそれは、まさしく護送車そのものだった。勘違いじゃないらしい。

 私は筋骨隆々とした案内役に従って、大人しく鉄格子付きのそれに乗せられる。

「これを付けろ」

 言葉少なに取り出されたのは、もう見慣れてしまった魔法封じの腕輪だ。

 今更逆らう気もないし、そもそも私には通用しない魔道具に恐れをなすこともない。私は一言も発さずに差し出されたそれを自分で装着した。


 即座に発動する魔法封じの腕輪の効力を、同じく即座に無効化する。

 内部機構の要である魔石を破壊してしまったけど、私なら問題なく直せる。返却する時にさり気なく直しておけばいい。

 カムフラージュのために身体強化魔法はカットする。事前に身体強化の魔法薬も飲んでるから、実は魔法が使えなくても戦闘力は十分だ。今回は準備が完璧にできてるわね。


 案内役の男が美人の私に何かちょっかいを掛けて来るかと思いきや、そんなこともなく平和に護送される。なんだかこっちが期待したみたいで不愉快ね。

 ずっと無言なのかと思いきや、簡単な説明だけはしてもらえた。


 これから向かうのは、無論、刑務所だ。

 私の身分は一般の犯罪者と同じ扱いになる。それは例によって伯爵夫人の意味不明の取り決めでそうなってるとかで、これから向かう刑務所で事情を知るのは所長だけに限られるらしい。

 つまり、他の囚人は当然として刑務官までもが私を普通に犯罪者として扱うわけだ。私は貴族の家に対する窃盗犯扱いでの収監になるらしいし、扱いは相応のものになるだろう。うーん、どうなることやら。



 どこをどう通ったのかも分からないけど、結構な距離を走った後に辺鄙な場所に到着した。

 外壁が近い割に門からは遠いであろうことから、王都の中でも僻地の中の僻地だ。

 護送車から降ろされ、高い壁と厳重な監視下に置かれた刑務所の門を潜る。


 刑務官が中から現れてこっちに向かってくるけど、引き渡される前に護送してきた男がこっそりと呟やいた。

「しばらくは刑務所の中で我慢してもらうことになるが、伯爵夫人の準備が整うまでの辛抱だ」

 準備が整うまでムショに入れってのが完全に意味不明なんだけど、これが手順と言われちゃ仕方がない。

 そのまま近づいてきた刑務官に引き渡される。

 護送した男と刑務官で何事かの引き継ぎ作業のようなのを経て、私は晴れてムショにぶち込まれたわけだ。

 収容所を思い出すけど、よくよく私も囚われの身が板につくわね。


 高い塀の内側にある建物は無機質な施設といった趣で、当たり前だけど楽しそうな雰囲気はない。

「早く歩け、コソ泥が」

 小突いて来る刑務官にイラッとするものの、いきなり暴れ出すのもなと思って、このくらいなら我慢しようと一応の心がけはする。

 刑務所の所長も顔を見せてるから、さり気なく目配せだけ送っておいた。通り掛かりの通路にある、ご丁寧に所長室と書かれた部屋から顔を出してるし、偉そうな服装からしても多分、あれが所長に違いない。多分ね。


 目配せの意味を理解できたかは不明だけど、これ以上の無体を働くなら容赦しないということ。私は自分を犠牲にしてまで伯爵夫人との話し合いに臨みたいわけじゃないし、まして侯爵家を立てて遠慮するなんて気持ちはさらさらない。

「おい、お前。顔をよく見せろ。いい体してるな、俺の女にしてやってもいいぞ。えぇ?」

 前後左右を刑務官に挟まれて歩く私。後ろを歩いてる刑務官は、さっき私をコソ泥とか言い放った野郎だ。そいつがまた何かをほざいてる。

 特に反応する必要も感じなかったけど、それに我慢ができないらしいアホな刑務官。

「聞こえないのか、こっちを向け!」

 肩を掴まれる不快感に今度は私が我慢ができず、反射的に肘を鳩尾みぞおちに打ち込んだ。

 咄嗟に取り押さえようとしてくる左右の刑務官の腹を殴り、足払いでこかしてさらに腹を踏んでから蹴とばす。

 前を歩いてた刑務官が振り向いて、武器の金属棒を抜こうとするのを手で制する。

「あんた、それ使ったら命の保証はしないわよ。私はただ、こいつらに触れられたくないだけ。何もしないなら大人しく指示に従うわ」

 これは親切な警告だ。やろうってんなら、本気でぶちのめす。その本気が伝わったのか、刑務官は武器を抜こうとした手を止める。

 痛みに呻く三人の刑務官と、どうするか迷ってる残った刑務官。そこに助け舟を出したのは、ずっと事態を見守ってた所長だ。

「……その囚人に手を出すな。生意気な女だが、そいつの言うとおりにしろ。必要以上に接触するな。他の職員にも伝えておけ、いいな。それから取り調べは俺がやる。誰も中に入れるな」

「ですが所長、その、すみません。了解しました!」

 所長の一睨みで黙る男だったけど、最初からある程度の指示くらいしておいて欲しいもんだ。

 そもそも女子刑務所の刑務官がなんで男なのよ。はぁ、やっぱり面倒ね。



 刑務所内にはこの期に及んで、何を取り調べるのかよく知らないけど、取調室なるものがあった。

 所長と一緒にそこに入るなり、紺色の作業着みたいなのに着替えるよう促される。囚人服ってことか。私ひとりだけが私服でいるわけにもいかないし、小さな更衣室で仕方なく着替えを済ませる。

 椅子に座った所長と向き合う形で私も席に着くと、所長は重々しく口を開いた。

「そちらの事情は承知しているが、ここにはここのルールがある。できる限りの配慮はするが、基本的には他の囚人と同じ扱いになる。承知してくれるな?」

「それが伯爵夫人の条件なら、私が許せる範囲までは我慢するわ。さっきみたいなのは当然、受け入れない。私はあんたたちの玩具じゃないからね。そこんところだけは、そっちこそ理解しておきなさい。あんたの方こそ、無礼な職員連中には良く言い聞かせておくことね。容赦しないわよ」

 ふざけた事をすれば黙ってないぞと釘だけは刺しておく。どれほどの効果があるか不明だけどね。

「こちらとて伯爵夫人や裏社会を敵に回すつもりはない。不良職員が悪さをすることはあるだろうが、多少の反撃程度なら問題にはしない。しかし魔法封じの腕輪を付けられているのだから、ほどほどにな。目の届かないところで不良職員がなにをするか、俺にも分からんぞ」

 脅しのつもりかもしれないけど、私には全く通用しない。

「こっちの心配は無用よ。じゃ、通常の手続き通りにさっさと用事を済ませて。ああ、それと私の着替えと荷物は丁重に扱いなさいよ。もし何かあれば、あんたら全員の命はないと思って間違いないわ」

 余計な物は持ってきてないけど、服や標準的な装備はいつものままだ。それに魔道具のかんざしも取り上げられてる。ひとつでも無くなったり、壊されたりしてれば必ず報復する。私は自分の物は大切にする主義だからね。

「ふん、命か。精々大事にするとしよう。さて、では始めよう。まずは質疑応答と写真撮影からだな」

 囚人らしい扱いが始まるようだ。


 最初に白々しくも名前と犯した罪のことを聞かれたけど、罪のことなんて知ったことじゃないから、適当に書いとけと言うしかない。写真は嫌だったけど、他の職員もいることだし撮らないわけにはいかないらしい。

 そして囚人は番号で呼ばれることから、私にも適当な番号が割り振られた。この辺も収容所にはなかったやり方ね。いかにも刑務所らしい。

 あとは刑務所内でのルールや刑務作業の説明、諸注意を所長自らがやってくれた。それから、私のことは特殊な血筋の娘だから、少々特別扱いをするってことで押し通すみたい。その辺は苦労掛けることになるわね。別に私の所為じゃないけど。


 話が終われば、囚人恒例の身体検査の時間だ。当然だけど、そんなものは却下。

 通常であれば裸に剥かれて隅々まで調べられるらしい。それも、見るだけじゃなくて触られまくって。

 一番トラブルの起きる場面らしいと、他人事のように所長は教えてくれた。まぁ、所長も今はどうだか知らないけど、若い頃はノリノリでやってたんだろう。さり気なく私の体を見る目線でなんとなく分かった。気持ち悪い。


 その後も所長自身の案内によって独居房に入れられた。渡された着替えや日用品を片付けつつ部屋を検める。

「はぁー、早く帰りたいわね……」

 うんざりはするけど、一人部屋なのは助かる。大部屋に放り込まれでもしたら、絶対にトラブルが絶えないのは自分でも理解してる。

 体を隠せる板のついたトイレもあるし、小さな洗面所まである。本当に身分ある人用の独居房なのかも。

 結局、この日は食事も部屋まで運んでもらって、特にやることもなく一日が終わってしまった。



 開けて翌日。慣れない寝床でもぐっすりと快眠、さらに早起きの私は、まだ薄暗い時間に目が覚めて日課の鍛錬に精を出す。

 狭い部屋で動き回ったりはできないけど、簡単な筋力トレーニングや外部に影響のない魔法の鍛錬なら問題なくできる。


 起床時間までは静かな空間で集中してやれた。好きにシャワーが浴びれないのは嫌だけど、思ったよりは快適かも。

 例によって大きなベルの音で起床時間を迎えると、すぐに点呼が始まる。

「917番!」

「はい!」

 うん、917番ってのは私のことね。決まりだからしょうがないけど、元気よく返事した自分がおかしくて笑いそうになってしまう。

 返事が済むと朝食が配られる。味気ない質素なスープに小ぶりのパンだけ。こんなんじゃ力が出そうにない。どうにかしたいわね。


 朝食が終わって僅かな休憩時間が終わると、すぐに刑務作業に回される。

 新人の私が配属されたのは洗濯部屋。囚人の衣類を洗う役割だ。

 刑務官が監視する中での移動は居心地が悪い悪い。私は手を出されなかったけど、難癖付けられて小突かれたり体を触られる女もいた。最悪だけど更に悪いのは、物陰で粉のようなものを吸い込んでた刑務官だ。仕事をさぼって一体何をやってるんだか。


 汚い小屋のような洗濯部屋に連れていかれると、囚人たちは各々で勝手に作業をやり始めた。特に指示もなくどうすればいいのか困惑する。放任主義なのか、なんなのか。どうしよう。

 私だけが何もしないわけにもいかないだろうと思って、見よう見まねで適当に手伝いを始めようとするけど、どうやら少し遅かったらしい。

「この女、サボりやがって!」

 遅ればせながらも洗濯物を掴もうとした手に向かって振り下ろされた警棒をなんなく避ける。どうやら馬鹿らしい時間の始まりのようだ。

「昨日入って来た女だな。ちょうどいいじゃねぇか、教育してやろうぜ」

「ひゅ~、こいつは俺のもんにする。俺が一番だ、いいなお前ら」

「ふざけんじゃねぇ! 今回は俺の番だろうが!」

「おい、馬鹿はやめろ! 所長に手を出すなって言われてる女だぞ」

「知るかよ。俺は聞いてねぇし、あんなジジイの戯言なんざどうでもいいんだよ。とにかく邪魔すんな」

 わらわらと集まって来た刑務官どもは好き勝手なことを抜かす。

 私は所長に言ったはずだ。容赦しないと。残念ながら現場には全然伝わってないようね。

「おい、女囚ども。そこの新入りのアバズレを押さえとけ。上手くやれたら、ご褒美やってもいいぞ。ぎゃははっ」

「俺が一番にやるからな、待ってろよ」

 信じ難いことに、どいつもこいつもが下品な言葉を発しながら、これ見よがしに魔法を使ったり武器を振りかざして威嚇してる。もちろん、魔法封じの腕輪をつけた女たちに向かって。


 どれだけ情けないんだ。シャバ憎が。

 その情けない奴らの在り方、このシチュエーション、言われっぱなしの女囚たち、統率力皆無の所長、こんなところに放り込んだ伯爵夫人と侯爵、そしてまんまと乗せられてる私自身。全てに激烈な怒りがこみ上げる。

 怒っていても理性を捨てたり我を忘れたりしない私は褒められた精神力の持ち主だろう。


 だけど我慢にも限度がある。怒りに身を任せてしまえば、きっと皆殺しだ。

 ならば魔法や凶悪な技を使わなければどうか。

 意図的にやらなければ大半が半殺しで済むだろう。その程度で済むなら、我慢の必要はない。私の怒りを買って半殺しで済むなら安いもんだ。多少の犠牲は覚悟しろ。


 よし、やる。

 私の怒気を感じたのか、そもそもやる気がなかったのか、女囚たちは私を取り押さえようとはしてこない。それでいい。今の私は、邪魔をするなら誰であっても容赦できない。

「可愛がってやるぜ~」

 ズボンを下して私に迫る刑務官は、身体強化魔法を使って上で、おちょくるようにしながら接近してくる。

 先手必勝、などど私から仕掛けるまでもない。雑魚だ。

 警棒を持たない手を私の体に向かって伸ばすのを見るや否や、その手首をつかんで迷いなくねじり折った。

 すぐ傍にいた別の刑務官が激高して振り下ろす警棒をキャッチして奪うと、すかさず怒声を上げる顔に向かって叩きつけて黙らせる。


 わずかな静寂の後、怒りと動揺が場を支配する。

 唖然として立ちすくむ者、恐怖から逃げ出そうとする者、怒りに我を忘れる者、さまざまだ。

 私は奪った警棒を持ったまま、無造作な足取りで取り囲む刑務官に向かう。

 端から近づくと、怒りの発露をぶつけてやる。


 手近な奴の顔面に向かって警棒を振りかぶるだけの単純作業。

 防いでも無駄だ。防いだ警棒は弾き飛ばし、腕で防ごうものなら腕を潰す。潰した後で改めて顔に向かって叩きつける。金属製の警棒での打撃は、当たれば歯も鼻も顎も頬も、どこだろうと折れて砕ける。避けることは許さない。


 これでもまだ手加減はできてるし、もし身体強化魔法を普通に使ってたなら、それこそ折れるどころか頭ごと吹き飛んでる。

 徐々に恐怖が支配する空間へと変貌する中、異変を察知したのか小屋の中にいなかった刑務官も駆けつけてくる。

 人数が増えてもやることは何も変わらない。こいつらは敵だ。


 その日、私はそこに居合わせた全ての刑務官を半殺しにした。

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