第101話、再びの侯爵家
ゲルドーダス侯爵家からの連絡を待ちながら、ゼノビアの手伝いに汗水を流すこと数日。
その間に待望の風呂は出来上がり、拠点の住環境は益々の発展を遂げた。
すると、拠点に万が一の事があってはならないという思いが強く芽生えてくる。つまり、防衛力の強化が必要となってくるわけだ。
人がいるだけでは不十分。敵を倒せても拠点に被害があっては片手落ち。それは許しがたい事態だ。
満場一致で拠点の強化は決定した。私自身が全体の指揮を執り、プリエネたちに改修の大部分を実行させる。
私が目指すのは見た目からして攻める気を無くさせる要塞化だ。
方針だけ伝えると、建築が得意というプリエネに設計と外観造りは一任する。それができれば私の出番だ。
鉱物魔法の力を思う存分に発揮して構造の強化を徹底的にやる。大規模魔法とて跳ね返す強化を惜しみなく実行してやる。
さらには周辺防御も徹底する。そもそも拠点に近寄らせることすらしたくない。
例えば隣の倉庫に変なのがやってきて、そいつらと押し問答するのも面倒だ。そこで周囲の倉庫は勝手に占拠することにした。
そもそも私たちが拠点にしてる倉庫だって、元はゲルドーダス侯爵家が勝手に自分の物と主張してるだけだし、私たちが同じことをやっても誰にも文句は言わせない。
今の王都で所有権を主張してくる奴なんて、元の持ち主ではないだろうし、どうせ勝手にそう主張する図々しい奴だけだ。気にすることは何もない。
周辺の倉庫ごと外壁で囲って、一大拠点として生まれ変わらせる。幸いにもその倉庫群には誰もいなかったから、わざわざ追い出したりする雑事も発生しなかった。
倉庫群は潰してしまうか、利用するかはプリエネに任せた。これから考えるらしいけど、手が必要ならその時には私も力を貸す。
周囲を囲った外壁にも、私の惜しみない強化が施されて、大きな満足感を覚えるキキョウ会一同であった。
そんなことをしてる間に、エクセンブラに送った伝令が戻ってきた。追加の人員を連れて。
私が要望した治癒魔法使いの新人、それは私が知る限りでは2人しかいないはずだったけど、今ここにいる新米治癒師はなぜか4人もいる。そして、まさかのコレットさんが一緒についてきた。
「やっほー、きちゃった」
「……きちゃったって。うん、別にいいけどさ。実際、コレットさんが来てくれれば私の負担はなくなったようなもんになるし。でも良かったの?」
「新人も増やしたし、いい経験になる思って。ローザベルも来たがったけど、治癒師が全員こっちにきちゃっても問題でしょ?」
コレットさんは新人の指導役として帯同したらしい。私としてはわざわざ来てもらうのもなって思って遠慮してたんだけど、本人から来てもらう分には問題ないし、むしろありがたい。
伝令役にこっちの状況は説明してもらってるから、やることも分かってくれてる。今のコレットさんなら、ある程度の魔法薬だって生成できるし心強い限りだ。まだ子供の新米治癒師には、コレットさんの指導でやれる範囲で役割を果たしてもらおう。
エクセンブラの状況を聞いてみても、向こうは普段通りで問題なさそうだし一安心だ。
新たなメンバーも加えて、王都の生活にも少し慣れてきた頃、ようやっとゲルドーダスからの使いが現れた。
なんでも伯爵夫人との話が付いたから、その準備のために侯爵家に来いってことらしい。それも私ひとりで。
伯爵夫人は姿をくらませた理由なんかもあって、限られた人にだけしか会わないし、情報も与えたくないらしい。まぁ、納得できる理由ではある。
「罠じゃねぇだろうな。ユカリ、本当にひとりで行くのか?」
「お姉さま、わたしも一緒に」
拠点にいる私とヴァレリアとグラデーナと、使いにやってきた執事みたいなおっさんとでテーブルを囲む。
ひとりで来いなんて、わざとやってるのかって思うような言い分だ。怪しすぎる。
「王都の安寧はエクセンブラの安定にもつながる。その鍵になる伯爵夫人とは、会わないわけにはいかないわ。立場も理解できるし、ある程度は従うしかないだろうね。もし私をハメようって腹なら、侯爵だろうが伯爵だろうが喧嘩上等よ。ただし、こっちにも条件があるわ」
「条件、とおっしゃいますと。わたしくの立場では承服できかねますが」
困惑顔の執事。たしかに、ただのメッセンジャーに判断できることじゃないんだろう。
「これから侯爵家に行くなら、このヴァレリアとグラデーナを同席させなさい。伯爵夫人に会うのは私だけでもいいけど、どうせ侯爵家にいるわけじゃないんでしょ? こっちにも事情を知ってるのがいてもらわないと。私の帰りが遅くなったら、ウチのが何するか分からないわよ?」
「……では当家まではご同行頂いても構いません。しかし、そこからは主人の判断となりますことをご承知おきください」
「それでいいわ。こっちにも準備あるから、あとで行くわ。先にあんたから3人分のお茶とお菓子の準備くらいしておくように言っておきなさい」
適当に使いの執事を追っ払うと、グラデーナに後のことを託す。
多分だけど、ややこしい事態になる。
姿をくらませたってことは、伯爵夫人が王都にいるとも限らない。すなわち、会いに行くとなったら、すぐには帰って来られないかもしれないってことだ。
ゲルドーダスからの連絡がやけに遅かったのも気になるところだしね。単純に距離が遠いから時間が掛かったのか、手続きに時間が掛かったのか、あるいはただの嫌がらせで遅くなっただけか。
やっておきたいのは、私がしばらく帰れない場合のこと。
私がいなかったとしても、キキョウ会のメンバーなら問題ない。ここには幹部もたくさんいるし、なにがあってもどうにかしてくれるだろう。
一応、私の方針だけは伝えておきたいから、グラデーナには副長代行として、もしもの場合に私の後を託す。すぐに帰ってこれるなら、それはそれでいい。
私が帰れない場合にやっておいてもらうことは、みんなも既に承知してる内容だ。
これまでと同じく盗賊退治に魔獣退治。
現状の盗賊退治は、盗賊が拠点を変えたり、神出鬼没になってることから、始めた頃のようにハイペースにはできなくなってる。
力を取り戻したギルドが中心になってやってるけど、それでも人手不足は深刻でキキョウ会も手伝うことになってる。手伝うといっても、ゼノビアと組んで行動するだけだけど。
魔獣の間引きはまだまだ終わる気配がない。王都は南北を大河に挟まれた立地だけど、その河の向こうには大森林が広がってる。私たちが自主的に魔獣退治をやってるのは南部の森だったけど、そこでも全然魔獣が減った気がしないくらい、まだまだたくさん湧き出てくる。北部もギルドの戦力が少しずつ間引きに取り掛かってるらしいけど、そっちも状況は芳しくないらしい。引き続き、継続した努力が必要になる。
そしてまだ手つかずのことだけど、手が空くようなこっちも進めてもらう。
以前からやる気になってて、情報収集の真っ最中だったこと。それはキキョウ会に仇をなす、敵対勢力の排除だ。
ゲルドーダスと組んでた貴族や商人、そこから引き出した情報は、ジョセフィンたちに精査をしてもらってる。準備が整ったら、そっちにも手を付けて欲しいんだ。まぁ、私がいちいち言わなくても、やってくれるだろうけどね。
今はほとんどのメンバーが出掛けちゃってるから、拠点にいる幹部はグラデーナとヴァレリアだけだ。
短い時間だったとしても、私が不在になる場合にはグラデーナに指揮を任せる関係で、一応の方針は伝えておいた。
さて、勿体ぶってもしょうがないし、そろそろ行こうかな。
さすがにちょっと移動するだけのためにデルタ号を出すのはどうかと思って、中型ジープで移動する。
グラデーナの運転で若干迷いながら目的の侯爵家に到着すると、待ち受けていた執事によって門が開かれる。
そのまま前回と同じように応接室に通されると、しばらく待つことになった。
3人で高級菓子を貪ってると、ノックの後に待ち人がやって来た。
それもゲルドーダス侯爵家の当主自身がだ。ソファーに腰を落ち着けて茶を入れさせると、そのまま人払いをして4人だけの室内になる。
「ごきげんよう、侯爵。しばらくぶりね。あんまり元気そうじゃないけど」
「見た通り健康とは縁遠くてな。あまり面倒を掛けさせるなと言いたいところだ」
「それはこっちの台詞だけどね。まぁいいわ。あんただけで来たってことは、伯爵夫人のことについてよね。このふたりが同席してもいいってことね?」
頼もしいほど、ふてぶてしい態度のグラデーナとヴァレリアに視線を送る。ゲルドーダスは鬱陶しそうだったけど、すぐに気にしないことに決めたらしい。
「あの夫人に会うには時間が掛かる。その間に家に攻め入ってこられても迷惑だからな。ただし、他言無用だ。仲間内であっても漏らすなよ」
「ああ、ウチの幹部の間だけは共有するから。ウチの幹部連中には事情をちゃんと知らせないと、ここに殴りこんで来るわよ。でも、それ以上は漏れないから安心しなさい」
さすがに渋る様子を見せた侯爵だったけど、私の決して譲らない態度と雰囲気に侯爵も諦めた。
「……ええい、ならそれで構わん。伯爵夫人に会うには、複雑な手続きが必要だ。それには時間がかかるし、お前はしばらく帰れんと思っておけ」
「しばらくって、どれくらいよ? それに、本当に私ひとりじゃないとダメなわけ?」
「期間は知らん。こっちで用意できるのは入口への案内までだからな。実際に会えるかどうかも、お前次第になるだろう。ひとりで行けと言うのも、先方の指定だ。そこを破るのは構わんが、会えなくなってもこっちは知らん」
どんだけ厳重なガードなのよ。そうまで言われちゃ、ひとりで行かざるを得ないわね。
それに入り口までの案内とか言ってるし、簡単には会えそうにない。時間もかかりそうだし面倒ね。
「ひとりで行くのは別にいいわ。それにしても伯爵夫人はなにをやらかしたわけ? 尋常じゃないわね」
「あの奥方には敵が多い。儂はともかく、キースリングも隙あらば命を狙っているからな。慎重にならざるを得んのだろう」
キースリングって、ゲルドーダス家の次期当主だったか。そこまで険悪とはね。
さらに旧ブレナーク王国の有力な貴族家であるオーヴェルスタ伯爵の夫人と言えば有名人らしく、レトナーク側の刺客にも警戒が必要とかなんとか。とにかく敵が多くて大変らしい。戦力もゲルドーダス侯爵家より少ないらしいし。
「それで場所はどこ? あんまり遠くに行かされるのは勘弁してもらいたいけどね」
「心配するな。連れて行く場所は王都の中にある。だがこれは極秘事項だ。お前にも事前に明かすことはできん」
「なによそれ。どこに連れて行かれるかも分からないままってこと?」
「そうだ。受け入れられんと言うなら、この話はここまでだ。それが先方の条件だからな」
どこに行くかも不明。いつ帰ってこられるかも分からない。伯爵夫人ってのは、随分と無茶な条件を付けるもんね。
だけど私は、むしろ強い興味がわいてきた。
「上等よ、行ってやろうじゃない。だけどこっちからも条件があるわ。むしろ、あんたにとってこそ必要な条件かもね」
「なんだそれは」
これ以上、面倒を増やすなと言わんばかりのゲルドーダス。
「私の無事をキキョウ会に伝えること。いつまで掛かるか分からないと言っても、こっちにだって限度があるわ。特に私の無事を知らせることすらできないんじゃ、ウチのメンバーを納得させることなんてできないわよ。帰れない期間にもよるけど、せめて数日に一度は私の手紙をキキョウ会に届けさせなさい。中身の検閲くらいは受け入れてもいいわよ」
「……手配しよう」
渋々と受け入れるゲルドーダスから目をそらして、頼れる副長代行に目を向ける。
「グラデーナ、もし私からの手紙が5日以上途絶えたら、後の事をどうするかは任せるわ」
「ああ、任せておけ。あたしが何も言わなくても、みんなが黙っちゃいないだろうがな」
不敵な笑みを浮かべるグラデーナの肩を叩き、不穏な気配を漂わせるヴァレリアの頭を軽く撫でる。
話は決まりだ。いつものように面倒なことはさっさと終わらせたい。さっそく案内させるとしようか。
場所は極秘らしいから、グラデーナとヴァレリアは先に帰らせる。尾行もさせない。
一体どこに連れていかれるのやら。
メイドの給仕を受けながら待ってると、執事のおっさんが現れて準備が整ったことを知らされた。
「伯爵夫人からの迎えが来ております。準備が宜しければこちらへ」
特に準備をすることもないし素直に外に出ると、玄関前には一台の護送車が。
ご丁寧なことに鉄格子付きの立派な奴だ。
……なんか嫌な予感がするわね。
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