第100話、バッティング
盗賊の砦から外に出てジープに乗り込むところで、ふと思う。
この砦、そのままにしておく必要はないわよね。
さっさとジープに乗り込んでるヴァレリアと運転席についたゼノビアが、動きの止まった私を不思議そうに見る。
「ユカリ、どうしたんだ?」
「……あの砦さ、ぶっ壊してもいいわよね」
「は? まぁ、壊したところで文句を言ってくるのは盗賊しかいないだろうしな」
「ならいいわね。ちょっと壊すから待ってて」
さて、どうやって壊そうかな。ヴァレリアに任せてもいいけど、ここは私がやってみよう。
魔法で壊すこともできるし、投擲でだってできる。ただ、殴って壊すのは手間がかかりすぎるわね。
「あ、そうだ!」
どうしたもんかと思いつつ、急に思いつく。
「これよ、これよ」
ジープの後ろに乗せたままだった武器を取り出す。
それは私に相応しい、私自身で作り上げた最高傑作。
オリハルコンの輝きが眩しい、長めにしつらえた白銀の超硬バットだ。
これで殴って壊すわけじゃない。バットなら、その用途は球を打つことが第一になるだろう。それをやる。
せっかくの機会だ。標的は大きいし、試してみるにはちょうどいい。
気になったのか、ジープに乗ったはずのヴァレリアとゼノビアも降りてくる。
バットを手に持った私を不思議そうに見やるけど、何をするのかまでは想像できないようだ。
「お姉さま、どうするのですか?」
「それは武器か? 綺麗だが珍しい形だな」
どうせなら手伝ってもらおうかな。うん、そうしよう。
私は鉄球を作ると、まずは何をやるのかを見せることにした。
「ちょっと手伝って。今からやることを見せるから、その後でね」
さっそく手に持った鉄球をふわっと自分の前に浮かせるように放ると、構えた超硬バットを振り抜いて鉄球をかっ飛ばす。
気持ちのいい手ごたえと共にライナーで飛んだ鉄球は、恐るべき速度で砦に突き刺さり、その一部を破壊した。
「こんな感じでやるから、鉄球を私の前に投げて欲しいのよ」
ヴァレリアは楽しそうに、ゼノビアは呆れたようにしながらも手伝ってくれるらしい。
鉄球は適当に積むように生成しまくって、あとは構える私にどんどん投げてもらう。
「さあ、いくわよ!」
バットを構える私の横手から、お腹のあたりを目がけて軽く浮かせるように投げてもらう。
最初は投げられる位置が悪くて、空振りや狙った場所とは全然違うところに飛んでいくのもあったけど、都度修正してだんだん慣れてくる。
激しい打撃音と鉄球の飛翔音、そして破壊音が鳴り響く中、砦はその形を徐々に無くしていく。
最早人が住むことは不可能な形状となっても、私の打撃は止まらない。
なんてったって、面白い!
久しぶりにバッティングセンターに遊びに来たような楽しさ。打つ手ごたえと的に当てる爽快感。
打ち込むうちに私の打撃は精度を増し、ある程度まで狙ったところに打球を打ち込むことができるようにまでなった。それのなんと楽しいことか!
私の楽しそうなところを見て、ヴァレリアとゼノビアも次第にうずうずしてるのを感じ取った。
もちろんケチ臭い私ではない。楽しさは共有してこそ、もっと楽しくなる。
「次、どっちがやる?」
「すまん、ヴァレリア。あたしに先にやらせてくれ!」
ヴァレリアは若干不満そうにしながらも譲ってやるようだ。
ゼノビアに超硬バットを渡すと、その見た目以上の重さに驚いたようだけど、いつも巨剣を軽々と振り回す彼女には問題ないみたいね。
見よう見まねで私のように構えてみせると、気合を入れる。
「さあ、来い!」
ふわっと打ちやすいように、私が投げてやるものの、初めてではなかなか上手くいかない。
鉄球から目を離さないようにと言い聞かせながら、何度か試すとすぐに飛ばせるようになった。
ゼノビアはそれはそれは楽しそうに鉄球をかっ飛ばす。
私のように細かく狙いをつけて打球を飛ばすようなことはしてなかったけど、ただ打つだけでも未知の楽しさだったようだ。
空振りを除いて20球ほど打ったところで、まだやりたそうだったけどヴァレリアと交代する。
ヴァレリアもゼノビアと同じく最初は苦戦したものの、すぐに要領を掴んでいい打撃音を響かせた。
一時間は遊んだろうか。
石造りの砦は見る影もなく崩壊し、ただの瓦礫となった。
ついつい夢中になって遊んでしまったわね。そろそろ次に行こうかな。でも、その前に。
最後にもう一度だけ思い切りかっ飛ばそうと思って、ノックの要領で鉄球を放り投げて打とうとする。
「お姉さま、誰か来ました」
「車両の音か。帰って来たのかもしれないな」
打つのを止めて誰が来たのか様子を見る。先制攻撃して、それがギルドの盗賊退治に来た連中だったら面倒なことになる。ちゃんと確かめないと。
こっちに向かってくる車両は軍用ジープや商用の小型車だったけど、身を乗り出してる姿からして盗賊で間違いないだろう。一応全員で見て全部が盗賊であると確認だけはしておいた。
到着まで待ってやることはない。ちょうど良いもの持ってることだし、これを使わない手はない。
私は鉄球を自分の前に浮かせると、超硬バットを叩きつける。これは奴らにとっての死のノックだ。
高い精度を発揮した私の打撃は、狙いたがわず先頭車両のフロントガラスを突き破って、運の悪い盗賊ごと始末をつける。
ノックはまだ終わらない。いくつかの打球が破壊を撒き散らした後は、盗賊も少しは頭を働かせたようで蛇行運転なんてしてみせる。
だけど、私の打撃の前では無駄な足掻きにすぎず、短時間で全ての車両のガラスを打ち砕いた。
運転手を失った車両は私たちの横を通り過ぎて、瓦礫の山に激突するのや、どこかに向かってそのまま走り去っていった。
雑なやり方だったんで、盗賊の全滅はできてなかったと思う。でも、こんなもんでいい。立ち塞がるなら容赦しないけど、是が非でも殺したいわけでもないからね。
「次、行こうか。ゼノビア、まだ知ってる場所があるなら案内して」
「まだ心当たりはある。空振りになるかもしれないが、行ってみよう」
空を見ればまだ日は高い。もう少し働いてから帰ろう。
その後は小規模な盗賊団を拠点ごと2か所潰して、移動中に遭遇した中規模の盗賊団も殲滅した。
どれだけ盗賊がいるんだよ、まったくもう。
今日だけでこれだけの戦果を叩きだせれば十分だろう。ギルドの負担は多少なりとも減らせたに違いない。
意気揚々と王都に帰り、傭兵ギルドや冒険者ギルドへの報告はゼノビアに任せる。拠点を潰した確認や残党狩り、要救助者の救助なんかもやってもらわないと。
「盗賊退治はまだ続けて手伝うわ。ゼノビアは傭兵ギルドでの役割もあるだろうし、明日またどうするか相談しよう」
「ああ、この調子なら当面の問題には片が付きそうだ。助かる。回復薬のお陰でギルドの戦力も回復しているし、久しぶりに余裕が出てきそうだな」
上機嫌のゼノビアとは傭兵ギルドの前で別れて、拠点の倉庫に戻った。
軽い腹ごしらえをしつつ、日が大分傾いてきた頃になって拠点に到着。
ミーアの班とは途中で偶然一緒になって帰って来た。
入り口を開けてもらって中に入ると、他の班はすでにみんな帰って来てるらしい。それよりもだ。
「なによ、これ」
何もない倉庫だった拠点は、大々的な引っ越しでもしたかのように物が充実して、え、どういうこと?
朝とは別の倉庫にしか見えないし、一瞬間違えたのかと思ってしまった。
私とミーアたちは揃って立ち尽くす。どうしたらこうなるのよ……。
若衆に続いて幹部も出迎えてくれるけど、これはお互いの報告の中で聞けばいいか。
広々とした高価そうな絨毯が敷かれた上には、これまた高級感ただよう革張りのソファーセットが。
ソファーと対を成すようなローテーブルにチェストまである。即席のリビングルームのような空間が出来上がってるもんで、驚きながらもソファーに腰かける。
腰かけるというよりも体を沈めるような心地で寝てしまいそうだ。
気を利かせた若衆がコーヒーを配り終えるのを待って、さっそく報告会だ。
まずはこの空間について説明してもらおうかな。私は様変わりの激しい周りを見回しながら開始を告げた。
「これはオフィリアとアルベルトの仕業よね? 一応説明してくれる?」
「じゃあ、あたいから説明するか。前もって話してたと思うが、これはずっと留守になってる貴族の家からかっぱらってきたもんだ。セキュリティは情報班の若いのが簡単に突破してくれたしな。楽なもんだったぜ」
拠点に持ち込まれてるのは、リビングセットだけじゃない。ちょっと見ただけでも大物が多数ある。
魔道具としての機能を持つ大型の食料保管庫に空調機はまだいい。あれば嬉しいしね。
それから、システムキッチン、ワインセラー、食堂用と思しき大きなテーブルに椅子、食器棚、いくつものベッドに寝具、巻かれたままの何本もの敷物。
他にもまだまだ、必要なのか疑わしい物までいくつもある。壺とか絵とか彫像とか。別にいいけどさ。
運ばれてきたどれもが高級品なんだろう。数カ所から運んで来たのか、統一感はないけどね。
それにしても、根こそぎ頂戴してきたように見えるわね……。
「いらなそうなのまであるけど、とにかく助かるわ。これだけあれば生活もしやすくなりそうね」
「そうだろ? それから風呂用の資材や魔道具も適当に取り外して持ってきたから、プリエネに渡しといたぜ」
それはありがたい。資材があれば風呂の完成が一気に近づく。
オフィリアとアルベルトの班は取り敢えずの目的を果たしたし、明日からは私と一緒にゼノビアの手伝いをしてもらう。
なにをするかはゼノビアに聞いてからだけど、盗賊だろうが魔獣だろうが、この戦力なら何でも来いってなもんね。
次はグラデーナの拠点防衛と周辺探索班の報告だ。
「あたしのところは特に何もないな。誰かが来ることはなかったし、今日はオフィリアとアルベルトが次々と荷物を持ってくるから、その運び入れの手伝いと荷物の整理だけで手一杯だった」
それもそうか。これだけの物資が運び込まれたんじゃ、その対応だけで何もできやしないわね。
「ユカリ、そういや風呂も明日にはできるらしいぜ。オフィリアたちが持ってきた資材のお陰で、プリエネがあとは仕上げだけだって言ってたしな」
「それは朗報ね。じゃあプリエネにはそっちの作業を続けてもらって、グラデーナにはここの防衛に詰めてもらった方が良いかもね。物資も揃ってきたし、もしここを襲われて壊されでもしたら面白くないからね」
もう周辺探索は若衆の見回り程度でいいだろう。それより防衛を優先した方がいい状況になってきてるし。
細々としたことはグラデーナに任せる。
ミーアの食料調達班には積極的に魔獣退治をやってもらう。
今日も大物を調達してきてくれて食料は備蓄もできてきたし、毎日新しいのを持ってくる必要もない。食料保管庫もあるしね。
「そういうことなら、狩り尽くさないくらいにヤってきますね」
「うん、素材の調達とかも今はあんまり考えなくていいから、思う存分暴れてきて。場合によっちゃ、私たちもそっちに行くかもしれないけど」
真面目なミーアのことだから、心配しなくても魔獣の間引きは一気に進むだろう。
しばらくの間任せれば、これで問題の一つは解決に近づくはずだ。
あとはジョセフィンからの情報を聞く。
続けてやってもらう敵対勢力の情報収集とは別に、今日はオーヴェルスタ伯爵夫人のことだ。
「どうだった?」
「有名な人なんで、苦もなく色々と分かりましたよ。まず名前は、ロスメルタ・ユリアナ・オーヴェルスタ。実年齢は不詳。見た目は、獣人やエルフのような特徴は何もなく、意外と若い感じですね。特に独身時代は多くの貴族が争うほど評判の美人だったそうですよ。少し前のですけど、写真も手に入ったんで見ておいてくださいね。それから、ブレナーク王国が滅びる前から病床の現当主に代わって伯爵家を切り盛りをされていて、実質的な当主として今に至るみたいです」
年齢不詳の美人か。この世界じゃ、見た目と年齢のギャップがある人なんてざらにいるし今更だ。そんなことより、話の通じる奴ならいいんだけどね。お貴族様ってのは色んなタイプがいるから、どうしても手を組めない場合も想定しなきゃならない。
「ふーん、やり手の女主人か。ゲルドーダスが妙に親しそうだったけど、その辺はどうなの?」
「オーヴェルスタ伯爵家は王家とも繋がりの深い有力な貴族でしたから、ゲルドーダス侯爵家とも親交があったんでしょうね。その辺はゲルドーダス侯爵家が徹底的に情報統制してたみたいで推測になりますけど」
女だてらに有力貴族家の実質的な指導者か。珍しいけど私たちとは気が合いそうな気もするわね。
「あとは個人的な事はなんかない? どんな性格をしてるとか、何が好きとか」
「一応仕入れてはいますけど、表向きの事ですからね。参考程度にしかならないと思いますが、伯爵夫人は貴族のご婦人とは思えないほど、豪放磊落な性格だったらしいです。抜け目がなく、決断力にも行動力にも優れた上、人望にも厚い方だったとか。かの夫人でなければ、伯爵が病床に伏した時点で名門オーヴェルスタ伯爵家はとうの昔に没落していてもおかしくないとまで言われています」
とても貴族のご婦人とは思えない性格ね。報告するジョセフィンも若干疑わしそう。でも、だ。
「実際、王国が滅びても力を残してるんだから、伯爵夫人の力量は疑いようがないわね」
「細かいことはどうあれ、実際にそうですね。あとは、役に立つか分かりませんが、伯爵夫妻は子宝に恵まれなかったそうです。その所為かどうかは分かりませんが、伯爵夫人は子供好きで有名だったみたいですよ。孤児院を設立して、そこを頻繫に訪れては子供たちと戯れたり」
「それは意外ね。ブレナークの貴族にそんな奴がいるなんて」
「型破りな伯爵夫人らしいと言えばらしいですけどね。そんなところでしょうか」
「ありがとう、ジョセフィン。引き続き王都での情報収集と精査は任せるわ。他にも何かあったら、必要だと思ったことを優先してくれて構わないから」
私があれこれ指示するよりも、勝手にやってもらった方がいい仕事をしてくれる。
これといって優先して欲しい何かがない限りは、いつも通りだ。
さてと、明日からはゼノビアの手伝いをしつつ、ゲルドーダスからの連絡を待つことね。
伯爵夫人との渡りをつけるって話はいつになるんだか。
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