第99話、崩壊魔法
弾けて咲く赤い花。
私の投じた鉄球は寸分の狂いなく狙った獲物を撃ち抜いた。
時が止まったように呆然とする村の様子に構わず、次を放る。
再び弾ける赤い花を目にして、騒然となる人々。
奴らからしてみれば訳が分からないだろう。超速で投げ込まれる鉄球の存在にすら気が付いてないのかもしれない。
遠くからだけど、堂々と姿をさらして投げる私がなにをしてるかさえ、盗賊の見張りには分からないだろう。
慈悲なんてあるはずがない。盗賊というのがどんな存在かは、かつての経験から分かってるつもりだ。私は狙う対象を間違えないようにしながら、淡々と鉄球を投げ込み続ける。
何度赤い花を咲かせたろうか。だいぶ遅いけど、見張り役がやっと私の仕業だってことに当たりを付けたらしい。こっちを指さして盛んに何かを叫んでる。
すると猛然と怒り狂った集団がこっちに向かって押し寄せて来はじめる。遠くだからか、足で走ってくるのはおらず、何台もの車両に乗ってこっちに向かってくる。
ふん、好都合ね。
すぐには攻撃せず、奴らをできるだけ引き寄せる。ゼノビアとヴァレリアには付き合ってもらって、むしろ背中を見せながら逃げる振りすらしてみせる。
どんどん来い。怒り狂って、こっちに押し寄せろ!
低い丘を駆け上がりながら、奴らの車両が村から十分に離れたと思ったところで、私は反転して奴らを
村からはまだパラパラと車両が出てくるけど、大半は釣り出せたようね。車両の群れがこっちに向かって、次々と押し寄せる。ほぼ軍用車両ね。どこかでに大量に遺棄されていたのを見つけ出したか、そのまま元兵士の集団なのか。まぁなんでもいい。昔がどうだろうと、今は所詮ただの盗賊だ。
ここまで来れば村に逃げ帰られる心配もない。奴らの勢いからして村に残ってる盗賊も少ないだろう。
この時点でもう半分は作戦成功のようなもの。そして再び投げ込みの時間だ。
迫りくる車両群に構わず振りかぶって投げると、鉄球を正確に車両のど真ん中に命中させる。
すると、魔道具としての動力機構を破壊された車両は、鉄球の激しい衝撃と共に機能を停止する。
「まだまだ行くわよ!」
全ての車両を村から引き離した状態で破壊するのに、それほどの時間は掛からなかった。
機能停止に追い込んだ車両は慣性のままに少しは走るけど、結局はつんのめる様にして停止する。盗賊どもは車両を降りると、さらに激高しながらこっちに向かって走り寄る。
学習能力がないんだろうか。投げ込む鉄球で何人か倒れると、やっと自分たちが死地に飛び込んだことを悟ったらしい。
「今度はあたしがやろう」
盗賊どもが今度は反転して逃げ始めると、そこでゼノビアが動き出す。
速い。圧倒的な速さだ。久しぶりに見る加速魔法は、反則染みた加速をゼノビアに与える。最高速度も凄いけど、そこに達するまでが異常に早い。彼女が駆け抜けた後には盗賊の分れた体と首が転がるばかりで、逃れられた者は誰もいなかった。
ゼノビアとは別の角度に走り出したヴァレリアも負けてはいない。加速魔法ほどではないにしろ、ただの身体強化魔法でそれに準ずるほどの速度を叩き出す。その駆け抜けた後には、盗賊だった者の
私は村とはてんで違う方向に逃げようとするのを何人か狙撃したのみだ。相手に強者がいない戦いは虚しいものね。
ま、こんなところか。
まだ村の中に盗賊の生き残りはいるだろうけど、殲滅に近い結果は出したはずだ。
そんなことを考えながら、戻ってきた二人を迎える。
「ヴァレリア、よくやったわ。ゼノビアも。あんたの加速魔法はホント反則よね」
「これでも一級の傭兵として認められた、あたしの戦闘スタイルだからな。少しは自信があったんだが、反則と言うならヴァレリアだろう。なんだあの速さは」
「お姉さまに鍛えられれば、誰でもあのくらいにはなります」
「嘘だからね。ヴァレリアが特別に速いだけだから」
疑わしそうにしながらも、どこか信じてしまいそうなゼノビアだったから、一応、ツッコミを入れておく。
「あとはどうする。このまま村に乗り込むか?」
「……いや、もういいわ。次に行こう。今日中に盗賊の根城のふたつ、みっつは潰したいわね」
「それはいいが、村はどうするんだ? 捕らえられていた人がいるようだが」
「この中型ジープじゃ、全員を乗せて帰るなんて無理よ。いくつか盗賊を潰して、帰りにギルドでまとめて報告する。残敵掃討と救出は、そっちに任せるわ。冷たいようだけど、半日程度の時間差じゃ何も変わらない」
私の目的は盗賊退治であって、村人や奴隷の救出じゃない。それが目的なら最初からこんな少人数で動いてないし、装備や移動のことだって考慮したはずだ。
今回、人を助けるのはあくまでもついでにすぎないし、その後のフォローなんて何も考えてなかったのは正直なところだ。
それに万が一だけど、私が人道主義者だなんて勘違いされても困る。
「ああ、それにこう言っちゃなんだけど、ここまでお膳立てしたんだから、あとは自力で何とかしろって気持ちもあるわね」
「ユカリらしいな。村の中に入ってしまえば、あたしはきっと最後まで面倒見てしまうだろうし、このまま次に行こう。ユカリの言うようにした方が、結果的に多くの人を救えるだろうしな」
「まぁね。盗賊の殲滅が早ければ早いほど、結果的には被害が少なくなるってことよ。ゼノビアの知り合いが、あそこにいる可能性でもあるなら話は別だけどね。どうなの?」
「それはないな。次だ次、さっさと潰して、さっさと帰ろう!」
既にジープに乗り込んでるヴァレリアにも異存はないだろう。
ゼノビアの運転で、さらなる盗賊の根城を目指す。
そんなわけで、まだ時間も早いことだし盗賊退治のはしごをするわけだ。
盗賊の根城を知ってるゼノビアがジープをかっ飛ばして次の標的に向かう。
移動中はキキョウ会にいる面白い奴の話なんかを聞かせてやったりしながら、他愛もない雑談をする。
話をしながらも溢れる魔力を上級回復薬や魔法薬の生成につぎ込んで無駄にしない。
何かをしてれば時間が経つもの早い早い。
「見えてきた、あれだ」
あれと言われてはっきりと認識できるものは、ここらでは一つしかない。
次の標的は立派な
徐々に近づく砦には当然見張りが立ってるし、中の様子は窺い知れない。
そのまま近づいて少し離れたところに車両を停めると全員で降りた。
そのまま少し様子を見るけど、見張りがずっとこっちを見てるだけで、特に何も起こらない。
こっちは女が3人だけだから、普通なら何かしらちょっかい掛けられるはずなんだけどね。
「ひょっとして、ここの盗賊はもう出かけたのかもな」
「留守か。空振りとはツイてないわね」
「お姉さま、留守なら留守で手間賃を取り立てましょう」
「……なるほど、それもそうね。でかしたわ、ヴァレリア」
「お前たちな……。あたしも懐が寂しくなっていたし、山分けだぞ?」
ゼノビアは基本的にはいい人ではあるけど、傭兵らしく金にはうるさいみたいね。金に汚いともいうかもしれない。
なんにせよ異存はない。それに、盗賊に損害を与えれば勝手に仲間割れとかしそうだしね。
気楽な調子で砦の門に向かって歩いていく。
そのまま閉じられたままの門に到着したけど、ここまで妨害はなかった。見張りは上から何か怒鳴ってるけど、どうでもいいし無視を決め込んだ。
ここまで近づけば魔力感知で内部にいる人数は把握できる。
思った通り大半が留守みたいで、門を閉じて最低限の人員で立てこもってるらしい。この程度の人数なら制圧に大した手間もかからない。
「どうする? ほかに入口があるか探すか?」
「まさか。目の前に入り口があるのに、わざわざ他を探すなんてメンドくさいわ」
「そう言うと思った。だが、こじ開けるにしても骨が折れるだろう?」
かく言う砦の門は木と鉄を張り合わせて作られたものと思われる。さらに要所要所にミスリルでの補強までしてある。
魔石での魔力供給がされてる様子からして、この門自体が魔道具の一種と言えるだろう。感じ取れる魔力強度からして、他にも何か細工されてそうだけど、私じゃ細かいことまでは分からない。さすがは元は軍の施設といったところか。
それでも私は思う。だから、どうした。
外套のポケットに入れてある特製グローブをきゅっと手にはめると、小手調べに一発殴ってみる。
「どっせい!」
門は盛大な軋みを上げるものの破れはしない。見た目に相応の頑丈さはあるようだけど、結界魔法には遠く及ばない。それに軽く一回殴っただけなのに、蓄えられた魔力が一気に減ったのも感知できた。魔力供給が断たれれば、ミスリルのような魔導鉱物は強度を大幅に減じる。なんてことはないわね。
もう一度殴りつけると、不穏な軋みを上げる門に不安になったのか、内部にいる盗賊が集まってくるのが感知できた。
これは手間が省けて都合がいいかも。
適当に殴って門の魔力を根こそぎ剥ぎ取ると、内部にいる盗賊の魔力反応も理想的な位置に集まりつつあった。動きを見る限り、ここには奴隷やなんかはいそうにないけど、さて。
既に砦の門からは魔道具としての防御力は失われた。
この門自体を破壊することは、別に魔力の消耗をさせるまでもなく可能ではあった。魔道具としての機能を消耗させたのは、それ自体が目的だったわけじゃなく、結果的にそうなってしまっただけだ。
殴った目的は、人を集めること。不穏な衝撃音を響かせて警戒させ、門の裏側に盗賊どもを集めるためだ。
その方が制圧が簡単だからね。魔力感知があっても、砦内を探して回るなんて面倒でやってられない。適当に殴るだけで仕込みができるなら安いものだ。
そろそろ壊すか。門を壊すこと自体はどうとでもできるし、どうしたもんかな。このまま殴り壊すか魔法で破るか。私の場合は派手にしか壊せないから、そうするとせっかく集めた奴らがビビッて逃げ散りそうね。
本来なら軍の施設の門だけあって、破るのは相当に難しいはずだ。
魔道具としての防御力が失われても、金属と木の組み合わせは厄介だからね。普通、それなりの魔法使いでもいれば、木と鉄のどちらかだけなら容易く突破できるんだけど、組み合わさるとそれだけで難易度が跳ね上がる。
例えば、一発か二発の上級魔法攻撃で済むものが、少なくとも倍以上は必要になるといった具合に。
「お姉さま、ここはわたしがやります」
「……いいの? じゃあ任せるけど。ゼノビアは初めて見るわよね」
「そう言えば、ヴァレリアの魔法適正は聞いたことがないな」
きっと自己紹介を兼ねたデモンストレーションなんだろう。ゼノビアがこれからキキョウ会でやっていくなら、知っておいた方が良い。
ヴァレリアは前に出て門に手を触れた。そして放たれる魔力の波動。詠唱も何もない、極めて自然体での魔法の行使だ。
結果だけが即座に現れる。
塵だ。それは塵の山。
巨大で相応の頑丈さを誇るはずの砦の門は、何の前触れもなく山と積まれた塵と化した。
木も鉄も関係ない。程度にもよるけど魔力の通うものでなければ、なんであれ関係ない。
ヴァレリアの魔法に相対すれば、それは等しく塵と化す。
それは昔のヴァレリアを苦しめてきた魔法適正であり、克服した今となっては強力無比と称えられる凄まじい魔法。
名称は誰が呼んだか、"腐敗魔法"とされる。
私はそれを正しいと思わない。腐敗ってのは微生物の作用で有機物が分解するような過程のはず。だけどヴァレリアの魔法は金属にも及ぶから、腐食と称することもできるはずだ。どちらの性質も合わせ持つのなら、どちらかで呼ぶのは間違いだろう。
それにヴァレリアのような美少女に腐敗やら腐食ってのは似合わない。私はそれを"崩壊魔法"と名付けて、ヴァレリアに贈ることにした。
この魔法は滅多に使われることはない。ヴァレリア自身の最も得意とする魔法でありながらも切り札となっている。その理由までは私でも知らないけど、今のヴァレリアの実力ならこの魔法に頼るまでもない。基礎的な魔法能力や身体能力が飛びぬけて高いからね。
ちなみにキキョウ会には、ヴァレリアと同じようにネガティブなイメージを持たれやすい魔法適正の持ち主が何人もいる。
そういった魔法適正ならではの生い立ちだからこそ、ウチに入ろうなんて思う人生を送ってきたんだろうけどね。ともかく、そんな彼女たちはもとより、私を始めとしてそんな事を気にする奴はウチにはいないし、訓練でも堂々と使って今では精神的な折り合いも付けて、きちんと使いこなせるように成長してる。キキョウ会では、むしろ強力で凶悪である方が羨ましがられる風潮もあるしね。
私は山となった塵を力任せの風魔法で一気に吹き飛ばす。
門の向こう側にいた盗賊どものあ然としたようすを余所にしてゼノビアが興奮してる。
「今のはなんだ!? 凄いぞヴァレリア!」
強さを重んじる傭兵らしく、ゼノビアは純粋にヴァレリアを賞賛して、常にない興奮ぶりで色々と質問してる。
これも珍しくタジタジとなったヴァレリアが助けを求めるように私を見るんで、なんだか急に可愛くなってしまって抱き寄せて頭を撫でつつゼノビアを窘める。
「まだ終わってないわよ? ほら、盗賊どもが集まってるし、ここからはゼノビアの出番よ」
「そうだった、すぐに終わらせる!」
私は特に手を出す必要も感じず、興奮冷めやらぬ勢いで突撃するゼノビアを見守った。
全滅した無人の砦の中を歩く。
締め上げた盗賊に宝の在処も吐かせてるから、余計な家捜しをする必要もない。
途中で覗いた部屋の中には不愉快なものもあったけど、すでに私たち以外に命のない砦では何をすることもない。
宝の保管部屋に到着するものの、ざっと見る限り大した物はない。
そこそこの値段がする程度の装備類や、効果のしょぼい魔道具がいくつか。現金社会ではないからか、金貨の類もほんの少ししかない。
宝と呼べそうなのは、宝飾品が少々あるくらいか。あとはどこから手に入れたのか、生意気にも回復薬のビンが数本ある。
ヴァレリアは興味なさそうだし、私も金になりそうな宝飾品と金貨くらいしか興味はない。ゼノビアはそれに加えて回復薬のビンに興味を示したくらい。
回復薬はギルドにそのまま譲るとして、あとの宝は適当に山分けしてさっさとずらかることに。
盗賊退治は思ったよりも実入りも悪いし、案外退屈ね。
何か面白いことはないかな。楽しむ努力を忘れないことは、大切なことよね?
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