第98話、各班の仕事
朝っぱらから戦闘訓練に興ずる姦しい声を背にしながら、私は倉庫の中に戻ってひと休みする。
本当ならシャワーでも浴びてスッキリしたいところだけど、今は我慢だ。昨日、ちょっと聞いたところによれば、風呂はまだ作ってる途中で完成までもう少しかかるらしい。
紅茶を口に付けながら、昨日は聞けなかったことをメンバーに確認しなければと考える。
ゼノビアとの訓練を終えて徐々に戻ってくる幹部や若衆を呼んでは、昨日の戦果を確かめていく。昨夜さぼった分だから、きっちりやっておかないと。
グラデーナの拠点防衛班の戦果は単純だ。
拠点防衛と周辺の把握。近所を練り歩いて、何があるか、どんな奴がいるかを調べて回る。
分かったことは、周辺の倉庫群はほとんどが空であること。それから、使用中の倉庫の中には私たちのようにロクでもないのが根城にしてるのがいくつかあったことだ。
本来の倉庫として機能してるのはわずかしかないらしい。王都は物流がほぼ止まってるし、元々あった物資も持ち出されたか略奪にあったりってところね。
近所の悪党どもは姿を現すようなら相手するけど、こっちに構わないようなら放っておくことにした。棲み分けができてる分には、こっちとしては構わない。まぁ、私たちのような女の集団を放っておけるワルの男どもがいるとも思えないけどね。その時はぶちのめせばいい。
オフィリアとアルベルトの賠償請求班は、期待通りに大きな戦果を持って帰って来た。
まず吐かせた情報は多岐にわたる。貴族家や商家の繋がりは大いに参考になるだろう。ただ、正誤混じってる可能性もあるから、そこは様々な情報を多角的に検証する必要がある。そこは情報班の面目躍如になるわね。賠償請求班にも情報班の若衆が同行してたし、現場である程度の見極めもできてるだろう。
それから物資の戦果は分かりやすい。
保存食や酒を中心にして、宝飾品の類をがめてきた。
他の物資は貴族らとの話し合いで、生活必需品を勘弁する代わりに代替案を提示されたんだとか。賠償請求班は、その代替案の精査で今日も明日もやることがたくさんあるって張り切ってるようだ。
ミーアの食料調達班の戦果も目に見えて分かりやすい。
食材として人気のある魔獣は森の手前で簡単に見つかったとかで、大型のを厳選して何頭か狩って来た。
食料調達がメインだったけど、簡単に手に入ったことと、森の手前でも多くの魔獣がいることから、適当に凶悪なのを倒しながら素材回収もして来てくれた。どんな物資であっても今の王都なら喜ばれるだろうし、相応に高く売れるはずだ。今日も頑張ってほしいわね。
ジョセフィンの情報収集班については一朝一夕で確定することは少ない。
たくさんの情報を集めて確度を高めていくしかないからね。引き続き同じように動いてもらうだけだ。
そして、今日これからの方針だ。ついでにそこも話し合った。
グラデーナたちには変わらず、拠点防衛と周辺の探索をやってもらう。
それから追加して、探索中にヤクの売人やどうしようもない悪党がいた場合には、発見次第即排除させる。言わば威力偵察を兼ねた敵の数減らしだけど、蛇頭会の関係団体がいれば勝手に釣れてしまうかもしれない。そこは別にいいとして、私たちとは無関係の組織と新しい対立構造を生み出してしまうのは問題といえば問題だ。
私たちの目的はあくまでも、現状のキキョウ会の敵を釣り出したいということに限られる。いわゆる外国勢力の裏社会の組織を今の段階で表立って敵にするのは面白くない。その辺のさじ加減は多分、無理かもしれない。そうなったらなったで割り切るしかないけど、攻めの姿勢を貫くことの方が重要だ。
オフィリアとアルベルトの賠償請求班は、追加の戦果獲得をしに行くんだとか。
どこぞの貴族から紹介された、ずっと不在の貴族の家に生活用品や魔道具を拝借しに行くらしい。大型の家具やら魔道具を運搬するためにデルタ号が必要なんだとかで、あのド派手な装甲兵員輸送車を持っていく。運転手としてグラデーナが行きたそうだったけど、そこは別に役目があるから却下だ。
空き巣と同じだけど、ずっと放置されてる無人の家から持ってくるなら構わないだろう。誰に文句を言われるわけでもないし、有効活用って奴よ。ありがたく、キキョウ会でもらい受けてやろう。
そこには風呂用の資材や魔道具もあるらしいし、ソファーやテーブル、寝具だって貴族の家からならそれなりの数が揃うだろう。そういえば一軒とは聞いてないし、複数の家から持ってくる可能性もあるわね。それなら必要分は完全に揃えられるかも。
ミーアの食料調達班は昨日と変わらない。
今日は昨日とは違う獲物を狙うらしいけど、時間が余ればまた魔獣退治に精を出すらしい。そこは適当に任せる。
ジョセフィンの班には相変わらずの情報収集と精査を頑張ってもらう。
ただし、追加としてオーヴェルスタ伯爵家の情報も洗ってもらう。特に伯爵家の実権を握っていて、姿をくらましてるらしい伯爵夫人についてだ。会う前に人となりだけでも知っておきたいからね。
裏社会に生きるゲルドーダス侯爵家とは違って、オーヴェルスタ伯爵家は名門だから情報は集めやすいだろう。伯爵夫人も目立つ人らしいし、あんまりディープな情報が欲しいわけでもないから片手間にできるはずだ。
各班にはグラデーナの班と同じように、気に入らない悪党がいれば適当に排除するように伝えておいた。これは後々の布石となるだろう。
王都にいるキキョウ会の敵には、もうこっちから喧嘩を売りに行く。キキョウ会からしてみれば、もう既に売られてるようなもんだし、売られた喧嘩を買って叩きのめしに行くって感じかな。集めた情報を元に、キキョウ会の敵対勢力を順次撃滅する。
上手く釣り出せればいいんだけど、さすがに今日中にそこまではできないけどね。
それから、エクセンブラまで伝令を出すことにした。
現在のこっちの状況としばらく戻れないこと、治癒師の応援が欲しいから見習いを王都に送って欲しいこと。そしてエクセンブラの状況を聞いての持ち帰り。
治癒師見習いにはいい経験になるだろうし、単純に私の負担を減らしたい気持ちもある。回復薬特需はまだまだ続くし、私は表立って回復薬を作るわけにもいかないけど、治癒師の看板下げても問題ないローザベルさんとコレットさんの教え子なら何の問題もない。回復薬の作成だけじゃなくて、直接の治癒魔法の行使だってできるわけだし。
あとやることは王都の窮状を手助けすることかな。
ゼノビアの負担を軽くすることに繋がるし、カロリーヌの役にも回りまわって立つだろう。
もちろん、キキョウ会だけで全てを成すのは不可能だ。そこで手っ取り早いのはギルドの支援をすること。そうすれば奴らは勝手に必要なことをしてくれる。支援の方法は傭兵ギルドと同じで回復薬の提供だ。それだけで息を吹き返すだろう。
あとはゼノビアの状況をもっと改善するにはどうするか。やっぱり彼女にはウチに来て欲しいからね。直接聞いてみればいいか。
メンバーへの一通りの状況確認と、方針決定を終わらせてしばらくすると、長い訓練を終えたゼノビアが楽しそうな顔で戻って来た。
「ゼノビア、ちょっと来て」
「ああ、どうしたんだ? それにしてもキキョウ会は面白いな。グラデーナたちは強いし若い奴らも有望だ。あたしの自信が揺らぐな」
冗談めかして言ってるけど本心のようだ。
「キキョウ会は鍛え方が違うからね。ゼノビア、はっきり聞くわよ。ウチに来る気はまだある?」
いきなりだけど改めて意思の確認だ。せっかく王都まで来たんだ、私も本腰を入れていこう。
「……今までは何となく、ユカリたちと一緒にという気持ちだった。だが、昨日今日、特にさっきの訓練で考えが変わった。あたしは何としてもキキョウ会に入るぞ! お前たちばかりに楽しい思いをさせるのも癪だしな」
「なによ、それ。でも、そう言ってくれると思ってたわ。だったら、私も本気を出してゼノビアを迎え入れる気よ。傭兵ギルドの状況をもっと詳しく教えてくれる?」
「そうだな。あたしも放り出すわけにはいかないし、力を貸してくれ」
ゼノビアがもう大丈夫と思える状況を作り出す。簡単ではないはずだけど、不可能とは思わない。
回復薬の支援はその一歩としては十分なはずだ。あとは何をするか、それを考えたい。
「ゼノビアがやってることを具体的に教えて。できるだけのことは手伝うわよ」
「あたしも回復薬のお陰で万全になったし、訓練で見せられた力があれば何だってできるさ。それにギルドの連中も回復した上に回復薬の支援があるなら恐いものなしだ。希望が見えてきたぞ」
そうして語ってくれたのは、今現在の傭兵ギルドの役割。
特に驚くべき内容なんてなにもない。主として魔獣退治と盗賊退治、そして王都の治安維持。
傭兵ギルドと冒険者ギルドは共同戦線を張ってるような状況らしいけど、まったく手が足りてない。魔獣は森から溢れる寸前だし、盗賊は疲弊したギルドメンバーをあざ笑うように跋扈してる。治安維持が辛うじてできてるのも王都のメインストリートくらいのもの。外国からやってきた裏社会の連中はやりたい放題だし、以前のエクセンブラと比べても酷い状況だ。
それにしても、ミーアの食料調達班が易々と目的を達成できるわけだ。ミーアたちには、もっと積極的に魔獣の間引きをやってもらうとしようか。
治安維持はエクセンブラとは環境が違うし、私たちの出る幕じゃないだろう。ヤクの売人とか目に付いた悪党は排除するけどね。だけどそれは治安維持のためにやってるわけじゃないし、そこまでする気もない。
外国勢力と本格的に事を構えるのは、今は時期じゃないしね。それをやるとしてもオーヴェルスタ伯爵夫人との話し合い次第だ。私たちの行動次第では外国勢力とも対立してしまうけど、その時はその時だ。避けたいことは避けたいけど、それができないのならば、どうとでもしてやる。
あとは盗賊退治か。それは私たち向きね。
「全然知らないんだけど、盗賊はどんな感じ? どのくらいの規模の集団がいくつあるとか、襲撃の頻度はどれくらいとか」
「数は把握できないくらいに多いな。レトナークから来ているのもいれば、ブレナークで何もかも失ったのが盗賊になり果てるケースも多い。大規模なのもあれば小規模なのもあるし、それがくっついたり離れたり。襲撃の頻度はほぼ毎日だ。こっちも疲弊してるし、奴らも劣勢になればすぐに逃げるから殲滅は難しい。いくら追い払ってもキリがないな。王都でも被害は多いし、王都周辺の町や村はもう、どうなっているか想像もしたくないな」
「なるほどね。それだけ数がいるなら、手当たり次第でも数を減らすくらいならできそうね。奴らの根城は分かってるの?」
「ある程度はな。その点では盗賊同士でも徒党を組んでるのが多くて、簡単には手が出せない。こっちも被害は出したくないから、今まで手が出せなかった」
場所が分かってるなら話は早い。私たちキキョウ会は盗賊如きがどれだけいようと遅れは取らないし、怪我程度なら気にする必要もない。それに、そんな奴らは私ひとりだって十分だ。
盗賊にもよるけど奴らの略奪には容赦がない。放っておけば、ソフィやメアリーの村のような被害だって増える一方だ。私でもあんなのをまた目にしたくはないからね。
「決まりね。私が盗賊どもを何とかするわ。盗賊の事情なんて知ったことじゃないしね。潰すわよ」
「今更ユカリの実力を疑うことはない。分かった、あたしが案内しよう。今から行くか?」
「面倒なことはさっさと終わらせる主義だからね。ゼノビアさえ良ければすぐにでも」
「装備は持ってきてるし、いつでもいいぞ」
「じゃあ、さっそく行こう。ヴァレリアも行くわよ!」
ヴァレリアは読書に励みつつ、こっちの話を聞いてたらしい。わくわくした顔で装備の確認に余念がない。
既に仕事をするべく多くが出払ってる倉庫から、余ってる中型ジープを借りて出撃だ。
ゼノビアの運転で王都を出ると、しばらくしてからリミッターを解除させてぶっ飛ばす。
観光気分でもないしね。さっさと行ってさっさと終わらせる。
今向かってるのは、いくつかある大規模な盗賊の根城の一つらしい。根城が割れてるのに変えようとしないのは、戦力に自信があるからか、舐めてるからか。今まで問題ないなら、わざわざ拠点の移動なんてしないか。
目的地が近づいて来たらしく、速度を落として徐行する。さて、そろそろか。
適当な木陰に車両を停めると、降りて徒歩で向かう。
案内された盗賊の根城は、遠目から見て廃村か、手入れの行き届いてない村かを利用した感じのものだった。
元々あったらしい
確かに、盗賊の人数だけ見れば、疲弊したギルドの戦力じゃ攻めたところで返り討ちにもなりかねない。そうでなくても損害は多く出るだろう。分かっていてもどうにもできないってのは歯がゆいもんだったろうね。
私の強化した目には、盗賊だけじゃなくて奴隷のように働かされてる人たちも見える。奴隷のように、じゃなくてまさしく奴隷か。
元々いた村人か、どっかから連れて来られた人たちか。この分じゃ、監禁されてる人たちもいそうね。となれば、無差別に攻撃することもできないか。
「どうする? 正面から乗り込むか?」
うんうんと頷いてるヴァレリアと戦意溢れるゼノビアだけど、人質とか取られても面倒だからね。どうしたもんか。こっちは人数少ないし、どうせ舐めてかかってくるかな。
せっかくだし、こっちから乗り込むんじゃなくて、向こうかこっちに来てもらおうか。上手く釣り出せれば無駄に村に損害を出すこともないだろうし。
「そうね。まずは遠距離攻撃で誘き寄せてみよう」
まずはどこを潰すか。奴らにはこっちを発見して欲しいから、櫓と見張りはそのままにしとこう。
適当でいいか。なんか偉そうに指図してるのを標的にして、私はいつもの鉄球を振りかぶって投げた。
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