第97話、口より拳
とっぷり日が暮れて暗くなった頃になって、ようやく拠点に帰ってこれた。
特に見張りも立ててない入り口を開いて中に入ると、多くの車両がある様子から既に大半が戻ってるように思われた。
中型ジープから降りると、みんなが出迎えてくれる。
「会長お疲れ様です、お帰りなさい!」
「ユカリ、ヴァレリアも遅かったな。お?」
「そいつは!? ゼノビア、ゼノビアじゃねぇか!」
「おお、久しぶりだな!」
「ゼノビアさん、変わりないようですね」
顔見知りの幹部たちがゼノビアを囲んで旧交を温める。彼女も嬉しそうにみんなと抱き合ったりしながら挨拶を繰り返す。
若衆はそんな様子をどこか遠巻きに見守ってるけど、ここにいるメンバーには昨日のうちに話して聞かせてるから、どういう人なのかは分かってるはずだ。みんな気のいい奴らだから、今夜中には打ち解けるだろう。ゼノビアも明日とその次は休養日らしいから、時間もたっぷりあるしね。
それにしてもミーアの班が上手くやったのか、大きな肉塊や大鍋が調理中でいい匂いが倉庫内に立ち込めてる。今日の夕飯には期待が持てそうだ。
あと、倉庫内に入ってすぐに気が付くのは、隅に仕切られた大きな部屋ができてることだ。風呂に違いないと思うけど、もう完成したんだろうか。
「とにかくメシにしようぜ! 酒もいいのを手に入れて来たから今夜は飲むぞ!」
「そろそろ鍋が煮える頃合いだし、ちょうどいいな。ゼノビア、椅子もテーブルまだねぇところだけど、ゆっくりしてってくれよ」
「ああ、久しぶりに楽しい食事になりそうだ!」
いつも以上に和気あいあいとした食事の時間は楽しくて、夕食も美味しく、仕事の話なんてそっちのけで下らない話や日常の話ばかりに終始した。これが私たちの流儀だから別にいいし、そもそもそのつもりだったけどね。
その中でもゼノビアの近況はみんなの気になるところで、ざっとだけど聞くことができた。
まぁ想像の域を出ることはなかったけど、やっぱり大変だったみたい。
いつかの私の誘いの応じてキキョウ会に合流したい気持ちはあったらしいんだけど、地元である王都や傭兵仲間を見捨てるわけにもいかず、ずっと厳しい環境の中で奮闘してたらしい。今日の様子を見た限りじゃ、それも限界に近かったと思うけどね。
そこにもたらされた回復薬の支援と、私たち自身がやってきたことでゼノビアは救われたような気になったらしい。ちょっと照れくさいけどね。そんな話を聞いて急に泣き上戸になったかのように号泣するアルベルトの一幕がありつつも、楽しい食事の時間を一旦終える。
ここからは飲み明かす時間だけど、その前に確認しておきたいこともある。
それはカロリーヌのことだ。彼女は一体どうしてるのか。ゼノビアが言葉を濁した理由は何なのか。それだけは聞いておかなければ。
若衆は若衆同士で楽しく飲むのか、空気を読んで幹部だけにしてくれたのか、ちょっと離れたところで酒樽を開けて飲み始めてる。私たち幹部もオフィリアとアルベルトががめてきたらしい酒樽と酒瓶を前にして、つまみも用意しつつ車座になって向かい合う。準備は万端だ。
「さてと。飲みながらだけど、ゼノビアにはカロリーヌのことを聞きたいのよ。今はどうしてるの?」
私は話しかけつつ、みんなにサービスしてやる。どこからか接収してきたらしい綺麗な透明のグラスに、葡萄酒っぽいものを適当に注いでみんなに渡す。
通やソムリエ風の感想なんて言えないけど、まぁ美味しいと思う。私には高級酒か安物かの判別さえつかないけどね。
「そうだな。あたしもてっきりカロリーヌも一緒に来るもんだと思ってたからな」
「お前の様子を見る限りじゃ、切羽詰まったり、悲しい知らせはなさそうなのが救いだけどよ。だよな?」
「カロリーヌさんは一体、どうしたんですか?」
みんなの視線を一身に受けながらゼノビアもグラスに口をつけて唇を湿らせる。
「勿体ぶるつもりじゃないんだ。結論から言って、カロリーヌは無事だが、すぐに会うことはできない。なぜなら、あたしもカロリーヌがどこにいるか知らないからだ」
「……どういうことだよ?」
「あたいに聞くなよ」
首をかしげるグラデーナとオフィリアの余計な茶々は放っておこう。ゼノビアには黙って先を促す。
「すまん、話はまだもう少しある。カロリーヌの無事は、あいつからの手紙が一方的に時折届くからそれで分かっているんだ。どこにいるのかも、姿を消した理由も手紙には書いていないが、多分あたしに迷惑を掛けないようにしてくれているんだろう。ほとぼりが冷めたら会いに来るってことらしいから、待っていればいずれは会えると思うんだがな」
売春婦の元締めが姿をくらませる理由か。人攫いが横行してる王都にあって、カロリーヌが事件に巻き込まれる可能性はかなり高いはずだ。商売柄もそうだし、彼女自身の美貌もある。どこかで下手を打って、今の事態になってしまってるってことかな。それでも手紙が出せるくらいの環境ならば、ある程度の自由も利くはず。それに、そう簡単にどうにかされるようなタマでもない。心配は心配だけど、深刻な状況でもなさそうね。
私たちが王都で暴れまわってれば、カロリーヌの耳にも入るだろう。そうすれば、彼女からキキョウ会に対してなにかしらのアクションがあるかもしれない。それに積極的に姿をくらませたカロリーヌを、大した手掛かりもなしに探し当てるのは、ジョセフィンたちでも骨を折る作業だろう。なにせ、王都は彼女の庭なんだからね。使えるツテだって、いくつも用意してるはずだ。探そうったって、余所者の私たちが探し出せるとは思えない。
むしろ余計なことをして、カロリーヌの邪魔をするような結果になってはならない。
「あいつもユカリほどじゃねぇが、気まぐれな女だからな。あたしらが言うのもなんだが、殺したって死ぬようなタマじぇねぇだろ。心配するだけ無駄だ無駄だ」
「私が気まぐれかどうかはおいといて、心配するだけ無駄ってのはその通りかもね。一応、私たちも気にかけておくってことでいいわね?」
「そんなところでしょうね。情報班でも気にかけてはおきますよ」
ジョセフィンの一言で締めくくられて、一気に空気が緩んだ。
「よっしゃ! ここからは無礼講の時間だぜっ」
オフィリアたちが若衆に輪に突撃してイジリ始めると、すぐに楽しい空気に包まれていく。
ゲストのゼノビアは大いにイジリ倒されて親しみ易さを醸し出すと、元来のイケメン風美人の彼女は若衆の波に呑まれていった。うん、打ち解けてるようで何よりね。
どんなに酔っぱらっても、遅く寝ても、早起きなのは私の数少ない美徳のひとつである。
さすがにいつもよりは遅めの起床だったけど、それでもまだ朝の早い時間帯には自然と目が覚めた。ぼんやりする頭を魔法で強制的にシャッキリさせると、案の定の死屍累々の床を眺めて思う。
こいつらは懲りて反省することなど永遠に訪れないに違いない。どうせ起きたら二日酔いで死にそうな顔しながら仕事をするくせに。私はぐうたら娘たちに二日酔いによく効く薬の提供をしてやる気はないしね。私同様に早起きして訓練でもするなら喜んで薬をあげるんだけど。妹分にはつい甘くなってしまうんで、苦しむようならヴァレリアにはこっそりあげちゃうんだけどね。
そんなことを考えながら外の空気を吸うべく、ついでに換気でもしようと外に向かうと、ゼノビアが起き上がって私についてきた。
大きな入り口を開くと、明るく爽やかな初夏の朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はぁー、気持ちいい。ゼノビア、はいこれ。頭がスッキリするわよ」
気の利く私は二日酔いの薬を爽やかフレーバーに整えた上で、大きめの水晶ビンにたっぷりと注いで提供する。水分の摂取も必要だろう。早起き娘には私もサービスがいい。
「ありがたく頂くとしよう。喉がカラカラだったんだ」
飲み干した後に、薬の効果に驚くさまは何だか久しぶりの反応で新鮮に感じた。
かつての一番の訓練仲間との朝のひと時だ。これはもうやるしかない。
私がゼノビアに目を向けと、それだけで彼女は察してくれた。あるいは同じことを思ってたのかもね。
女子再教育収容所では毎日の日課になってた、素手での格闘訓練。武器を使わない、体と技術のぶつかり合いだ。
さて、今の私はかつてとは比べ物にならない。力も技も読みも何もかもが、あの時とは別の次元にある。ゼノビアはどうかな?
「……ユカリ、向かい合っているだけで分かる。強くなったな」
「ゼノビアの真骨頂はやっぱりあの大剣よね。格闘訓練はあれからあんまりやれてないみたいね」
「あの時みたいな訓練はひとりではちょっとな。その代わりに剣は、それこそ四六時中振ってたからな。そう簡単にはやらせないぞ」
いずれは本気に近い立ち合いもやってみたいけど、今日のところは小手調べかな。今から武器を取りに行くのも面倒だし、そこまでする気分でもない。
ゼノビアには久々の格闘戦の怖さを教えてやるとして、お互いの身体強化魔法の進化具合を確かめ合おう。
「行くわよ」
言葉少なに開始する。昔はいつもやってたことに、身体強化魔法が加わるだけだ。今更なにをどうするかなんて確認し合う必要もない。
徐々に魔法の出力を上げながら、ゼノビアは私に打ちかかってくる。無手での戦闘は久しぶりといってたように、どこかぎこちない。
私もゼノビアに合わせるように魔法の力を増していく。打ってくる拳や足、掴もうとしてくる手を捌く。思い出すように打ち込み続けるゼノビアは徐々にかつてのやり方を取り戻していく。
格闘術が上達してないのはゼノビアが自分で言ってたように、まさにその通りだ。そこは別にいいし、そんなんでも彼女の強さは大したものだ。身体強化魔法で底上げされた力と速度は、驚異的なレベルにある。ボロボロになるまで敵と戦い続けて来たゼノビアは、キキョウ会の水準からみても相当なものだ。
この身体強化魔法に得意の大剣と、彼女の得意魔法である加速魔法が合わされば、ウチの幹部でも勝てるかどうかは微妙なところだろう。
磨かれた強さに思わず笑みがこぼれる。
ゼノビアの今の強さは大体わかった。切り札もあるだろうし、命がけになった時はまた別だろうけど、それでもある程度の把握はできる。
じゃあ今度は私の成長具合を見てもらおうか。
徐々に上昇してたはずのゼノビアの身体強化魔法は打ち止めだ。これは多分だけど彼女の本気、限界値に思える。
私はゼノビアの出力に合わせてたけど、こっちはまだまだ余力がある。強さは私がキキョウ会の会長たる所以といってもいい。見てなさい!
ピタリと同じ出力だった身体強化魔法の天秤を傾ける。
私の手がゼノビアの攻撃を余裕で弾き、跳ね返す。やがてステップを交え始めて受けることさえしなくなる。全てを見切って躱す。
打ち出される二の腕に軽く触れ、蹴り込まれる腿に触れ、回り込んでは背中に触れる。
そこでゼノビアはお手上げだと、実際に両手をあげて降参した。
「……はぁ、はぁ、はぁ。ユカリ、いくらなんでも強すぎるぞ」
「剣があれば別でしょ? 格闘術で後れは取らないわよ」
「それはそうなんだが、それより魔法の出力がな……」
感想なんかを久しぶりに言い合おうと思ってたら結構な時間が経ってたらしく、途中で気付いてはいたけど回りはギャラリーだらけだった。
やっぱりというか当然というか、人の戦いを見ては黙ってない奴らがいる。
特にグラデーナは私たちにつられるように身体強化魔法を高出力で発動しっぱなしだ。
「ゼノビア! お前、かなり腕を上げたな?」
「ああ、伊達にずっと戦いっぱなしの生活を送っていたわけじゃない。そういうグラデーナも、昔とは比べ物にならないな。どのくらいかちょっと分からないくらいになってるじゃないか。驚いたぞ」
ゼノビアは自分と同等か、それ以上のグラデーナを見てかなり驚いてるようだ。
「まぁな。こっちはこっちでユカリに鍛えられたりなんだりしたからな。どうだ、久しぶりに一戦。ユカリだけじゃなく、あたしにもやらせろよ」
「望むところだ。ユカリがいれば多少の負傷も気にしなくて良さそうだしな」
「分かって来たな、そういうことだ!」
「ずるいぞ、グラデーナ! ゼノビア、次はあたいにもやらせろよ!」
「当然、あたしもやるぞ!」
オフィリアとアルベルトも名乗りを上げると、続けてミーアやヴァレリアもいつものように名乗り出る。
すると、これまたいつものように戦闘狂の若衆たちもこぞって参戦を表明してゼノビアは順番に多数を相手にすることになった。彼女も楽しいのか、満更でもない様子だし、いいよね。
ゼノビアはウチの幹部候補だし、若衆と打ち解けてもらうにはちょうどいい機会だ。思う存分やってもらおう。
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