第92話、栄枯盛衰

 苦労してやっと到着した旧ブレナーク王国の王都は、かつては王都の名に相応しい隆盛を誇った、それなりの大都市だったらしい。

 王国自体は大国ってわけでもないし、むしろ世界的に見れば全然大したことない小国の部類だろう。だけど、それでも一国の王都だ。その名に相応しい、活気のある都市だったと聞き及んでたんだけどね。

 でも、これは、目の前に広がる光景は、とても文明国とは思えないありさまね。


 旧ブレナーク王国の各地では、荒らされた町もかなりの復興が進んでると聞いてるし、王都も同様だって聞いてたけど、見る限りじゃとても順調そうには見えない。

 形ばかりでまともな仕事をしてるようには見えない門番に法外な通行料を無言で支払って入った王都の荒廃ぶりには声も出ない。


 まず、瓦礫が多い。その片付けなんて、最初にやるべきことだろうに、それすらまともに終わってないようだ。資材が山積みにされてる場所はそこここに見かけるから、復興を進めていた気配だけはなんとなく感じるんだけどね。

 そんでもって、問題なのは人々だ。戦争当時には疎開して人はほとんど残ってなかったらしいけど、戻ってきたのか人は結構見かける。だけど、その人々が問題だ。本来なら復興事業で街には活気に満ちてなければおかしいところなのに、とにかく暗い。人々は俯き、ボロを纏ったみすぼらしい人が大半だ。炊き出しに並ぶ人も目が虚ろだし、立ち上がる力も湧かないのか痩せ衰えた体で寝ころんだままの人も多く見かける。


 王都が誇るメインストリートでこの惨状だ。裏通りなんて見に行く気も起きない。

「ユカリ、こいつはどうなってんだ? 王都はもっと賑わってるもんだと思ってたがな」

 バイクを私の横に付けてきたオフィリアも不思議顔だ。もちろん、まともな服装の人だっているんだけど、その対比というか格差が酷すぎる。

「なんだか想像と違うわね。ゲルドーダス侯爵家に殴り込んだ後は、ゼノビアとカロリーヌに挨拶してちょっと遊んでから帰ろうか思ってたんだけどね。遊んでられる空気じゃないわね、ここは」

 ずっと前に女子再教育収容所で一緒だった、傭兵のゼノビアと娼婦の元締めのカロリーヌはこの王都にいるはず。もし力が必要なら手伝ってやる必要も出てくるかもしれない。

「ゼノビアとカロリーヌか、懐かしいな。会うのが楽しみだが、こんな状況じゃあいつらもどうしてることやら」

 オフィリアだけじゃなくて、いつもは調子のいいキキョウ会の面々もなにやら神妙な様子だ。

 ま、ここでこうしてても始まらない。とりあえずゲルドーダス侯爵家に行ってみよう。



 ド派手なデルタ号や車両の集団は珍しいから私たちは注目を集めるけど、王都の人々は騒ぐ元気もないのか疲れ切ったような目を向けてくるだけでそれ以上の反応はない。

 ゲルドーダス侯爵家の次男を助手席に乗せたデルタ号の先導で、まずは一番の目的を果たすべく侯爵家に真っ直ぐ向かう。


 しばらく進んで現れた貴族街と思しき界隈は結解魔法の守護でもあったのか、瓦礫まみれの荒廃した様子とは一線を画してる。ここだけみれば、王都の復興は問題ないように錯覚してしまうほど綺麗なものだ。

 その貴族街を奥の方まで進んで到着したのは、周囲の邸宅よりも明らかに大きな敷地と建物を持つ、大侯爵家の名に恥じない立派な屋敷だった。外観を見る限り、意外とセンスは悪くなく、庭の手入れもきちんとされた感じのいい屋敷に見える。屋敷の綺麗さと平穏な感じは、街の荒れ模様からすると逆に不気味ね。


 この家の次男をデルタ号から降ろすと、取次ぎをやらせる。見ず知らずで不審な私たちが普通にドアを叩いても、相手にされないだろうからね。

「速やかにね。私たちはそれほど暇じゃないわ。あんまり時間が掛かるようなら、このデルタ号で突っ込むから、良く考えて侯爵とは話し合いなさい」

「無用な心配だ。すぐに門を開けるから、大人しく待っていればいい」

 侯爵家の次男は実家に帰ってきた影響か顔色が良いし、かつての強気も戻ってきてるみたいね。

 悠々と一人、門番と顔を合わせて屋敷に向かうのを大人しく見守る。さて、どう出てくるかな。


 それほど待たされることもなく、執事然とした壮年の男が現れた。門前払いか、出迎えか。こっちはアポなしだから、大貴族が快く思わないのは当たり前。さらに私たちはお礼参りに来たと分かり切ってる相手だ。喧嘩の続きをやる気か、話し合いをする気があるのか、ここで分かるわね。

「お待たせしてしまい、誠にご無礼を致しました。ご案内いたしますので、車両は庭に停めて頂きたく存じます」

 そう言う傍ら、大きな門が開いていく。入れってことか。案内してくれるってことだし、ともかく言うとおりにしよう。罠なら罠で別に構わない。

 屋敷の母家近くまで進んで、石畳の大きな通路の片隅にブルームスターギャラクシー号を停めると、次々と後続が同じく停車する。

「それではお客様、当家の主人よりまずはお寛ぎいただくよう、言いつかっております。こちらへどうぞ」

 捕虜にしてる他の貴族とメイドは例によって車両に残したまま全員が降車すると、礼儀正しく待ってた執事が案内を始めた。


 屋敷の中の内装も外観に反さず品のいい立派なものだ。私じゃよく分からないけど、きっと名のある職人かブランドもので揃えられてるんだろう。所々にある美術品も嫌味にならない程度に置いてあって、むしろ興味深く見てしまう。

 通された部屋も品のいい落ち着く内装だ。ジョセフィンも感心してるようだし、私の気の所為じゃないだろう。

「ご用命がございましたら、なんなりとお言いつけください。それでは、しばしお寛ぎください」

 手前の応接用と思しき広いソファーの片側を空けるようにして私たち幹部が陣取ると、若衆は奥側のテーブル席の方に大人しく着席する。

 それを待っていたように執事の合図とともにメイドの集団が現れて、お茶とお菓子の準備をしてくれる。悪くないわね。なんかもう殴り込みって感じじゃなくなってきちゃったけど。

 上品さとは縁遠い私たちは、出された茶をぐいっと飲み干し、お菓子もすぐさま平らげる。そんな無作法にも顔色一つ変えずにお代わりを給仕するメイドたちは大したものだ。ウチで雇いたいくらいね。



 喉が潤い小腹が満たされた頃に、待ち人は計ったように現れた。それはちょい悪オヤジ染みた中年男。高価そうで洒落た格好をしてるわね。見た目の年齢は次男と大差ないように見えるけど、こいつが侯爵なのかな。イメージとは違うわね。侯爵は大物親分って感じの老人を想像してたんだけどね。

「……これはこれは。お待たせしてしまいましたかな? キキョウ会のユカリノーウェ様」

 この家の次男とは違って礼儀くらいは心得てるようね。一瞬、私を見る目が気になったけど、ここまでの対応と言い悪い気はしないわね。でも、この程度で誤魔化されたりはしない。きっちりとケジメはとる。

「どうも、あんたが侯爵? 私がキキョウ会の紫乃上よ。最初に言っておくけど、私たちは貴族でもなんでもないからね。礼儀の無さには目を瞑ってもらうわよ。それで、用件は分かってるわね?」

 我ながら無礼千万な言い方だ。だけど、相手は私たちの敵だからね。礼儀を尽くしてやる義理は全くない。特に私は下手したら死にかねないほどの痛い目にあわされてるわけだしね。


 当然、この言い方には気色ばむ輩もいる。執事はプロらしく顔色一つ変えなかったけど、それ以外は違う。特にちょい悪オヤジと一緒に部屋に入って来た内の一人で、ボディガードっぽい奴は露骨にこっちを威嚇しだした。

 ちょい悪オヤジの後ろに控えるコイツはかなりの実力者だ。これ見よがしに身体強化魔法を発動して私たちを威圧してる。これにはウチの若衆じゃ敵いそうもないわね。魔法薬を使わない素の状態じゃ、オフィリアやアルベルトでも負けないまでも苦戦は免れないかもしれない。ウチの幹部たちの戦いたそうな気配は完全に無視するけど。


 私たちは普段は身体強化魔法は抑えめにしてるから、これほどの強者からしてみたら弱者にしか見えないだろう。現にこっちを威圧しながら勝ち誇ったような顔をしてるのが気に食わない。

 今は別に実力を隠す必要もないし、舐められていい場面でもない。私はチラッと横に座る幹部連中に目配せすると、以心伝心、心得たとばかりに全員が一斉に本気の身体強化魔法を発動した。

「っ!? バカな」

 ボディーガードの驚愕する声が聞こえた。小声だったけど、ばっちり聞こえてる。私は耳がいいからね。

 まぁ奴の驚きも当然のことだろう。なんせ自分と同格の、しかも女が複数も目の前に現れたわけだ。それでも身体強化魔法のレベルに限った話ではあるけど、まさか自分に匹敵するなんて予想外もいいところだったんだろう。ヴァレリア、グラデーナ、オフィリア、アルベルト、ミーアにジョセフィンも。この屋敷にどれ程の戦力が居るのか知らないけど、奴を侯爵家最高の戦力とするならば、私たちの圧勝はこれだけで決する。


 幹部に続けて、今度は若衆たちも一斉に本気を出す。若衆は幹部には全然及ばないけど、それでもただの雑魚とは言わせないだけの実力がある。彼女たちだって複数で掛かれば、目の前の偉そうなボディーガードだって問題なく倒せるだろう。

「なんだと……バカな、バカな」

 おいおい、声が普通に聞こえちゃってるよ。驚くのは仕方ないにしても迂闊な奴ね。


 ついでにダメ押しもしてやろうか。私も遠慮なしに全力全開の身体強化魔法を発動した。

「……ありえん」

 さっきまでの勝ち誇ったような顔はどこへやら。ボディーガードは青ざめた顔で呆ける。

 私がどうして戦闘狂たるキキョウ会の幹部たちを従えられるのか。彼女たちの多くは私を倒すことを目標にしてるのもいる。だけど、私は簡単にそれを許すことはない。むしろ突き放すつもりで、日々の訓練を怠らない。


 私こそがキキョウ会の最高戦力。それも圧倒的な、ね。だからこそ強者であるキキョウ会メンバーは私についてきてくれる。もちろん、強さだけじゃないってことも分かってるけどね。でも強さは理由の多くを占めるはずだ。理不尽がまかり通る世の中にあって、どんな理不尽も、あるいは道理だって蹴り飛ばしてみせる我がキキョウ会は、私の武力を中心に成り立つものだ。どこの誰にだって、目の前にあっては侮ることなどさせやしない。



 自らのボディーガードの様子に気付かない間抜けなちょい悪オヤジではないらしい。

 その様子を見て使い物にならないと悟ったのか、下手な武力を傍に置いておくことに意味がないとでも思ったのか、潔く呆けるボディーガードを執事に命じて下がらせた。

 気を取り直して、私たちの対面のソファーに腰かけるちょい悪オヤジとこの場に残ったそのお供。お供の一人はちょっとキザっぽいおっさん一歩手前くらいのおっさんで、もう一人は秘書っぽい雰囲気のこれまたおっさんだ。おっさんばっかりね。


 いざとなれば実力で排除する。その選択肢がなくなった侯爵は、涼しい顔をしながらもきっと必死で頭を働かせてるだろう。だけど余裕のある態度を崩さない。切り札があるのか、単に動じないだけの胆力があるのか、どっちにしても私も侮っていい相手じゃなさそうね。

 ちょっとした、いや、かなり踏み込んだ報復をしつつ、金と情報を巻き上げたら適当に終わりにするつもりだったけど、少し興味は湧く。王都が荒廃したままの現状も気になるし、こいつらなら知ってるだろうしね。

 まともな会話が始まる前の前哨戦はこんなところか。

「改めて挨拶といきましょうか。まずは我がゲルドーダス家へ遠路はるばるようこそおいで下さった。吾輩は次期当主のキースリング・ゲルドーダス。この者たちは我が両腕とも言うべき者たちです。どうぞお見知り置きを」

 次期当主ね。そういうことか。侯爵自身はどうしてるのかな。まぁ話が通じる奴なら誰でも構わないか。


 お供の細かい紹介もしてくれたけど、キザっぽいおっさんは、ゲルドーダス侯爵家の汚れ仕事を一手に引き受ける役割のボスってところらしい。次期当主はもって回った言い方をしてたけど、はっきり言えばそんなところだ。確かに、よくよく観察してみれば得体のしれない不気味な男だ。完璧に実力を隠してるみたいだけど、これはさっきのボディーガードなんかよりよっぽど厄介な相手に違いないわね。さっきの奴は当て馬だったわけか。だとするなら、ここの戦力は侮れるもんじゃない。なんだか侯爵家は底が見えないわね……。

 もう一人の秘書っぽいおっさんは、見た目そのままの秘書らしい。分かりやすくいいわね。

「私がキキョウ会の会長、紫乃上よ。キキョウ会の説明は不要よね? こっちはウチの幹部たち。向こうにいるのは、ウチの若衆ね。私たちの実力は、さっきまでいた強面のおっさんが十分に把握してくれてると思うわ。それから、そこのあんたもね?」

 私はキザっぽい得体のしれないおっさんを見るけど、奴は軽く肩をすくめるだけ。余裕か強がりか分からないけど、はっきりしないのはイライラするわね。とりあえず一発ぶんなぐってはっきりさせてみようか。


 不穏な気配を放つ私に、次期当主は絶妙なタイミングで会話を差し込む。

「キキョウ会の実力は愚弟の件からしても、もう十二分に分かっていますとも。ちょっとした行き違いがあったようですがね」

「行き違いね。それで私たちが納得するとでも?」

「ないでしょうな。ここからは腹を割っていきましょう。ゴースト、ここにいるキキョウ会の実力をどうみた?」

 ゴーストってのはキザっぽいおっさんのことだ。どう考えても本名じゃない、コードネームみたいなものよね。

「正直な話でいいんですかい? それならざっくばらんに言いましょうか。……有り得ないレベルですな。一人や二人ならともかく、この人数でさっきの強化魔法のレベルなら、どこに出しても通用するでしょうな。特に目の前の会長さんは別格だ。俺でもどうにもなりませんよ」

「ほう、お前がそこまで言うか。屋敷にいる現有戦力でやりあったら、どうなると思う?」

 おいおい、腹を割るにしても正直すぎるわよ。なんのつもりなんだか。

「やれと言われればやりますが、止めて欲しいですな。勝てない戦いは避けるべきでしょう。本気でやれば俺たちは全滅。文字通り死力を尽くしても、こっちは精々、奥の娘さんたちの半数と目の前の幹部さんたちの何人かを取れるくらいでしょうな」

 本気なのか。もしそれほどの実力を持つならば、こっちも手出しはしにくい。ブラフか、でも侮っていい相手じゃない。難しいところね。


 だけど、私たちキキョウ会の実力はまだまだこんなもんじゃない。単純に身体強化魔法のレベルが高いだけじゃなく、基本的な戦闘技術や魔法だって鍛えに鍛えてる。切り札だっていくつもあるし、精神的なタフさだって半端な仕上がり方はしてない。

 グラデーナやオフィリアだけじゃなく、こんな風に言われて臆するような奴はキキョウ会にはいない。売られた喧嘩はどうあっても買うのが私たちなんだから。

「……何が言いたいのか分からないけど、私たちはそもそもやり合うつもりでここに来てるのよね。まぁ、ぶちのめす前に言い訳くらいは聞いてやろうと思ってたんだけど、つまらない話しかできないようなら、もう用はないわ。私たちの半数をとれる? やれるもんならやってもらおうじゃない」

 席を立とうとしたその刹那、応接室の扉が開かれた。


 今度はなによ、まったく。私はもう、ぶん殴ってさっさと終わりにしたい気持ちで一杯だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る