第91話、謎の覆面集団
お楽しみの時間がやって参りました。襲撃の時間だね。
今の私たちの姿は怪しいことこの上ない。麻袋で作った覆面に、いつもの外套とは違う適当な服屋で揃えた黒づくめの格好。
手には安物の棍棒や角材を持った、見るからに異常で危険極まりない集団だ。
時は夜間、草木も眠る丑三つ時。襲撃先は十数人が寝泊まりしてるらしい建物。
私たちは、今からそこを襲う。
いつもと違う格好ってのは、妙な高揚感を誘うわね。一人ならともかく、集団てのがまた連帯感みたいなのを生み出してるんだろう。
出歩く人など誰もいない暗がりを、謎の覆面集団が足早に駆け抜ける。目的地までは邪魔も入らず、すんなりと到着できそうだ。
「ユカリさん、あそこです」
ジョセフィンの先導でたどり着いたのは、町の中心から少し外れた低いビルの谷間にある、いかにもどっかの組の事務所然とした建物だ。
入り口には組の名前こそ書いてないものの、黒蛇の意匠の代紋がデカデカと描かれてる。ここまでするなら看板掲げててもよさそうなもんだけど、何か事情でもあるのか表向きには隠してるつもりらしい。とても隠す気があるようには見えないけどね。
便利な魔力感知で探ってみれば、情報通りに十数人がいるのが分かる。灯りも消えてるし動く気配もないから寝てるみたいね。
豪快に蹴破って侵入したいところだけど、近所迷惑はよくないし、こっそりとした襲撃だからね。今回はド派手なやり方は控える。
ジョセフィンが合図すると、情報班の若衆が器用に入り口の鍵をささっと外して扉を開けてみせた。
魔力感知で相手方に動きがないのも分かってるし、魔道具の罠がないことも分かってる。あとは物理的な罠に警戒しつつ押し入るだけだ。その罠の警戒もミーアに任せれば問題ないし、どうやら罠の心配もないらしい。
全員の注目が私に集まって、一つ頷いてみせると、切り込み隊長と化したオフィリアが先頭になってアルベルトや若衆が続く。ジョセフィンと情報班にはこのまま周囲の警戒を頼みつつ、私も中に侵入だ。
入ってすぐの応接室っぽいところを通過して奥の部屋に行くと、黒づくめに覆面の集団が問答無用で棍棒を振り下ろしての攻撃中だった。くぐもった悲鳴を上げる横たわった奴らにとっては青天の霹靂。たまったものじゃないだろう。
私はそこをスルーして上の階に向かう。まだ上にも人はいるからね。
階段を上って部屋に入ると、そこでも一階と全く同じ光景が繰り広げられている。別の部屋を見てみれば、どこでも同じ襲撃の光景が目に入る。私が言うのもなんだけど、ヤバすぎる集団よね。
他には隠れてるのもいないようだし、あとはブツを探すだけね。私は一度も振るうことのなかった棍棒を少しだけ残念に思いながら放り捨てる。家捜しの時間だ。
クローゼットや棚を開けては中身をぶちまけて確かめる。なんの遠慮もする必要はないから、手っ取り早くやるだけだ。
金目の物は適当に麻袋に放り込んで後で検める。痛めつけ終わったのか、オフィリアたちも私と同様に部屋の中を荒らす、もとい盗られたブツを探し始める。
うーん、ざっと見た感じ、この辺にはなさそうね。私たちはこの建物に対して人数も多いし、家捜しにはそれほど時間もかからない。あとは一階ね。下の様子を見に行こう。
「……てめぇら、何者だ。俺たちが黒蛇組だと分かってんのか?」
まだ口を利けるほど元気なのがいるらしい。それにしても黒蛇組か、そのまんまね。でもちょうどいいわね。この襲撃がぼったくりの礼だって分かってもらえれば、町の中に余計な遺恨は残さないだろうし。
「あんたらのことなんて何も知らないわ」
「な、女だと!? こ、このっ」
元気余って起き上がろうとした男を転がってた棍棒を拾って殴りつける。
「私たちの用件は、あんたらが奪った荷物を取り返しに来ただけよ。自業自得って奴ね。もちろん、慰謝料や迷惑料、手間賃だって余計に貰うつもりだけどね」
うめき声を上げながらまだ睨んでくる男をさらにどついて黙らせると、今度こそ一階に向かう。
下に降りると、そこにも荒らされた酷い部屋の惨状が見えた。順調に捜索は進んでるようね。
「どう、見つかった?」
「会長、こっちに来てください」
もう一つ奥の部屋に行くと、開け放たれたクローゼットには大量の宝があった。そう、お宝だ。
「なによ、これ。相当貯め込んでるみたいね」
レコードじゃなくて現金か。珍しいわね。大量の金貨、それから宝飾品の類。うん、これだけあれば迷惑料には十分ね。
魔法的に決済されるレコードカードが普及する世界にあっても、現ナマの力は有効だ。これだけあれば、見せ金としてのインパクトは十分にある。私たちキキョウ会でも現金はほとんど持ってないから、これは何かのときのパフォーマンスに使えるかもしれない。ありがたく頂戴しておこう。
若衆に麻袋を渡して回収させると、また別のところの様子を見に行く。
「肝心の外套や装備は見つかった?」
「はい、ありました。こいつら、服屋でもやるつもりなのか、女物だけでなく男物までたくさんの服を貯め込んでますね。全部奪った物でしょうが」
「変わった趣味の持ち主でもいるのかもね。ブツを取り戻せたんなら、もう用はないわね」
私はふと思い出して、身ぐるみ剥がされてた若衆を見やる。
「あんたたち、レコードの金は? 覚えのない減り方してるようなら、返して貰っときなさい。そうね、利子と慰謝料はほどほどにしておきなさいよ」
取り戻したレコードを確認する若衆は、やっぱり大きく減ってたのか怒りも露に倒れたままの男たちに向かって行く。
「会長、皆さんもお待たせしました」
「あたしらのせいで今回は手間を掛けました。すいません」
手早く用を済ませた若衆が謝罪と礼を述べると、オフィリアとアルベルトが仕方なさそうに笑いながら慰める。
「取り返しの利く失敗なら問題ねぇよ。でも次からは気を付けろよ。あたしやユカリだって、いつも手を貸してやれるとは限らねぇしな」
「見知らぬ土地なら尚更だな。正面切ってやり合うなら、お前たちだって実力は十分だが今回のような場合もある。気をつけろよ」
他の若衆も神妙に聞いてるようだし、ちょっとは教訓になったかな。私たち幹部も同様に気を付けないとね。
「それじゃ、ツケも頂戴したし、さっさとずらかるわよ」
かさ張る宝飾品もあったから、回収したブツは麻袋がふたつになってしまった。黒蛇組とやらが出した損害はかなりのものになるだろうけど、若衆が取り戻した以外に連中のレコードには手を出してないから、無一文になったわけじゃない。まぁ、これを機に反省、なんてするわけないか。
それにしても、用心棒って割には大したことなかったわね。釣りの腕前は達者らしいけど。
誰もいない夜中の道を堂々と歩いて町の入口に到着する。
門番が不審そうに見てくるけど、余所者が外に出て行く分には文句もないだろう。
何か聞きたそうな門番を無視して、それぞれの車両に乗り込む。
さてと、余計な雑事があったとはいえ、魚は美味しかったし概ね悪くない滞在だったかな。久しぶりにゆっくりもできたし。
まだ夜中だけど、朝まで移動してそこで休むつもりだ。私とヴァレリアは愛車をデルタ号に収容して、ジョセフィンのスタイリッシュな四輪に乗り込む。
おもむろに出発する車両に続いてジョセフィンも四輪を走らせる。
「ジョセフィン、黒蛇組ってのは蛇頭会の関係団体よね?」
眠そうなヴァレリアを後部座席に横たわらせて毛布を掛けてやると、私は助手席でジョセフィンと仕事の話だ。
「そうですね。まだ確認が必要ですけど、恐らく間違いないですね。蛇の代紋なんて蛇頭会の関係団体でもないと、おいそれとつけられるものじゃありませんし」
「奴ら、こんな田舎町にまで傘下の団体抱えてるなんて相当なもんね」
「ええ、蛇頭会は全国的な組織ですし、エクセンブラにあるのだって支部にすぎません。今回の件も、いずれは露見するでしょうし、警戒はしておいた方がいいでしょうね」
キキョウ会が会長を含めた集団で王都に向かってることは、五大ファミリーなら把握してるだろう。そんでもって、王都近郊にある蛇頭会の関係団体が謎の女の集団に襲撃された。ちょっと想像力を働かせれば、いずれはキキョウ会の仕業だって証拠がなくても分かるだろう。というか、そんなことをやってのける女の集団がキキョウ会以外にそうそうあるわけもないしね。
「正直、奴らの商売は気に食わないものだらけだからね。キキョウ会が勢力を拡大していけば、いつかの対立は避けられないわ。ジョセフィンたち情報班には、また面倒を掛けることになるわね」
蛇頭会のやり口はキキョウ会とは相いれないものがある。奴らの商売はヤクと人身売買がメインだ。それから、噂に過ぎないけど他にもまだヤバい仕事を色々とやってるらしいし。
「はは、お手柔らかにお願いしますよ。でも、わたしもユカリさんと同じ気持ちですからね。そのいつかに備えて頑張るとしますよ」
軽く請け負って見せるジョセフィンの頼もしいこと。本部に残ってるオルトリンデといい、本当によくやってくれてる。今後の情報班のため、ひいてはキキョウ会のためにも、情報網の構築にはできる限り気を払うべきかもしれないわね。
その後、道なき道ではなく街道を進む私たちは、朝まで爆走して距離を稼ぐと、ゆっくりと休むのであった。
町を出た後で寄り道をするつもりはなかった王都までの道中は、それはまぁ色々とあった。順調とはほど遠い。
昼すぎまで休んでから、のんびりとした速度で移動してたんだけど、トラブルに会いやすい星のもとに生まれた奴でも混じってるのか、それはもう色々とあったもんよ。一体誰よ、まったくもう、迷惑な奴ね。
色々あったことの一つで、最初に出会ったのは道案内を買って出てくれた怪しい奴。
ゆっくりと移動する私たちは、街道の端っこをさらにゆーっくりと移動する小さな車両に追いついたんだ。
別にどうこうするつもりもなかったけど、向こうから話しかけて来た。
「王都に向かうんですか? この先はいくつか分かれ道があって複雑なんですが、良ければ案内しますよ」
随分と親切な物言いだけど、私は見てしまった。小さな車両のトランクから滴り落ちる一滴の液体。それは、私には赤い液体に見えた。
結局のところ、そいつの正体は親切な振りして近づくシリアルキラーだったわけだけど、キキョウ会に近づいたのが運の尽きよ。私は問答無用でぶちのめして、不思議がるキキョウ会メンバーに不審なトランクを示すと、理解した彼女たちが追加でボコって身ぐるみ剥がすことになった。そして最後には街道にさらし者にしておいた。
次に出会ったのは、自称"最速の男"とかいう変人。
「ヘイ! 姉ちゃん、イカした怪物に乗ってやがんな。でもよ、俺に勝てるかな?」
大型のジープに乗ってる奴だったけど、こともあろうにデルタ号を煽って来やがったんだ。まんまと乗せられたグラデーナは勝負に応じて、なんだかよく分からない対決をおっぱじめることに。
目的地の方向とは別方向に爆走する阿呆共。ああ、また王都が遠のく事態に。
気が付いてみれば、どこよここ。天然温泉を発見して一泊する羽目に。その時はミーアが必死に道筋や方向を覚えてたお陰で、戻る時の労力が最小限で済んだのは不幸中の幸いだった。
気を取り直して再び王都に向かう途中、今度はヒッチハイクをする母子を発見。
「ありがとうございます。その、実は……」
近隣の町までなら送ってやってもいいかと思いきや、危篤の親を訪ねる途中で急いでるんだとか。急きょ、送り届けるためにまた目的地とはちょっと違う場所に向かって爆走する羽目に。
予定外のトラブルを片付けて、やっと王都近郊の町までたどり着いたと思ったら、お次は寝ぼけたヴァレリアがメシ屋でウトウトしてると強盗の人質にとられる始末。
まぁ簡単に対処できるトラブルではあるけど、なんなんだろうね。ただ街道を移動するだけなのに、次から次へとどうしたらこんなにトラブルに遭ってしまうのか。一筋縄ではいかないどころの話じゃない。もういい加減にして欲しいわね。
哀れな強盗はストレスのたまった私の苛立ち解消の矛先にされ、もう二度と強盗なんか起こす気にならないお仕置きをしておいた。世界はこれでほんの少しだけ平和になったわね。
無駄な労力を支払いつつ、私たちキキョウ会一行は想定外の長い長い旅路を終えて、ようやく王都にたどり着いた。
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