第87話、珍道中

 王都への道のりは実は全然大変じゃない。

 それもそのはず。王都は国の中心であったんだし、エクセンブラは国内でも有数の大都市だったんだ。そこを繋ぐ大きな街道があるのは当たり前のこと。しかもキチンと整備された石畳の街道だ。バイクでの走行も快適そのもの。

 中間地点にも割かし大きな宿場町があって、戦後もそれなりに発展を続けてるらしい。王都が壊滅してたから、そこの住民が多く移り住んでるらしいし、人手も十分にあったんだろう。


 大きな街道で途中に町だってある道のりは、普通に旅をすれば何の問題もなく極普通にたどり着くに違いない。しかも私たちの乗り物はリミッター解除してあるから、本気でぶっ飛ばせば通常の何倍も早く到着できる。

 でもそれじゃあ面白くない。せっかくの旅路なんだしね。

 そんなわけで誰の反対もなかったから、勇ましい出発の様子とは打って変わって、ゆっくりとしたペースで街道をノロノロ走る。急がない旅ってのは優雅でいいもんよね。


「お姉さま! 気持ちいいですね!」

「ホント! 絶好の行楽日和ってやつよ!」

 日が高くなるにつれ気温は上がり、全身に受ける爽やかな風が心地良い。季節は初夏の一歩手前といったところか。

「あたいもバイク作って貰っといて良かったぜ。こんなに気持ちが良いなんてな」

「本当だよ。あたしらが冒険者やってた時は、いつも徒歩か馬車だったからね。もっと早くこうしてれば良かったよ」

 先頭を走る私と並走するヴァレリア、すぐ後ろにオフィリアとアルベルトが続く。

 集団移動の真ん中には超目立ちまくるデルタ号がいて、グラデーナが当然のようにハンドルを握ってる。

 キキョウ会が広い街道を我が物顔で走行中だ。


 本当に気持ちがいい。日の光も風も空気も心地良く、ブルームスターギャラクシー号が奏でるエンジン音もみんなとの会話も全てが楽しい。

 やけに開放的な気分で、しばらくノロノロと浮かれ気分で走ってたところ、私は目敏くそれを発見した。

「ん!? あれは!」

「お姉さま?」

 目のいい私は街道から外れた遥か遠くの丘の上にそれがいるのを見逃さなかった。

 それは大型の鳥型魔獣だ。空を飛ばす陸を歩く魔獣で、かなり強力なことで知られる。駆け出しどころか中堅の冒険者や並の騎士でも複数で当たらなければ勝つのは難しいとされてるし、何よりも逃げ足が速いらしい。だけどその魔獣は強いことや逃げ足の速さよりも、美味しいことでより知られる。

 そう、物凄く旨いんだ。私の大好物と言ってもいいくらいに。

 ただ残念なことに、その鳥型魔獣はこの辺りには生息数が少ないらしく、倒すことの難しさからも流通には滅多に乗らない。たまーに入荷してもべらぼうに高いんだ。高いのは別にいいんだけど、滅多に食べられないってのがキツイ。もう、毎日でも食べたいくらいなのに!

 そんな獲物が私の視界に入ってきたわけだ。逃すはずがないじゃない!


 私は猛然とスピードを上げると、街道を大きく外れたルートに向かう。

「おい、ユカリ! どうしたんだ!?」

「何かあったのか!?」

 話してる時間も惜しい。奴は逃げ足が速いんだ。まだ距離もあるし、見失うかもしれない。急がなければ!

「時間がないわ! リミッター解除して付いて来なさい!」

 それだけ言い放つと、今度こそ全速で獲物に向かって走り出した。



 逃げる逃げる!

 獲物が逃げる。ブルームスターギャラクシー号が奏でるエンジン音を察知した鳥型魔獣は、泡を食ったように走り出した。

 それにしても速い。逃げ足が速いってのは伊達じゃないわね。リミッター解除したバイクと同じくらいの速さって何なのよ。道なき道を走ってるわけで、本来の全速力が出せる状況じゃないけど、それでもかなりのスピードは出てる。離されないだけマシだけど、追い付けないのがもどかしい。

 これだけガタガタと揺れるバイクの上からじゃ、投擲で仕留めるのも難しいし、むやみやたらと攻撃して獲物が食べれなくなっちゃそれこそ台無しだ。

 むぅ、消極的だけど、獲物の体力切れを狙うしかないか。


 しばらく鬼ごっこを続けると、岩の多い地形に代わって来た。走り難さに思わず舌打ちが漏れそうになる。

 走り難いのは鳥型魔獣も同じだったのか、幸いにも速度は向こうも落ちてるようだ。


 走行中にも磨かれるドライビングテクニックで何とか追い付こうとしてると、少し先に何かが突き出してるのが見えた。そこにあったのは塔のように突き出す岩山。なんと鳥型魔獣はその岩山に軽快に昇って行きやがったんだ。

 岩山の麓にたどり着くと、上に登った鳥型魔獣が、こっちを警戒しながら体を休めてるのが見えた。

 ブルームスターギャラクシー号を降りて投擲の準備に入るものの、このままじゃ倒せないと思い直す。ロッククライミングができなきゃ登れなさそうな岩山。投擲で仕留めること自体はできるけど、その後に取り行くのが難しい状況だ。厄介なところに逃げ込まれたわね。


 ふむ、と考えてると、ようやくみんなが追い付いてきた。

「どうしたんだよ? 魔獣を追いかけてるように見えたが……」

 長時間に渡る悪路の走行にさすがのキキョウ会メンバーも疲労困憊の様子だ。

 悪いことしたわね。普段は元気いっぱいのオフィリアですら、やけに疲れてるっぽい。

「あいつよ」

 あごをしゃくって岩山の上を示すと、何があったのかみんな分かったみたいだ。

「お姉さま、あの獲物のためにですか?」

「……会長、そんなに食べたかったんですか?」

「マジか」

「なんとしてもアイツを仕留めるわよっ。今日はアイツの肉で腹を一杯にするのが、私の天から与えられた使命に違いないわ!」

 私の無駄に熱い決意を微妙な顔で受け止める一同だったけど、ここまで来たらもうやるしかないと理解してくれるだろう。


 鳥型魔獣を追い詰めたのは良いけど、どうやって仕留めて回収するかで困ってることを話すと、アルベルトがいとも簡単に答えてくれた。

「ならこうするのはどうだ?」

 アルベルトが授けてくれた作戦はこうだ。

 私が投擲で脅しの一撃を鳥型魔獣の近くに命中させて、一先ず岩山から逃げさせる。降りてきたところを、アルベルトの放つ弓矢で一撃必中の作戦だ。単純だけど、上手くいきそうな気がするわね。

「あたしも偶には弓を引かなきゃ腕が鈍るからな。ちょうどいい」

 弓の名手でありながら、普段は趣味でハンマーを武器にするアルベルトがそう請け負ってみせる。

 二段構えの作戦は、別に私だけでも成立するけど、ここはアルベルトに任せよう。久しぶりにあの腕前を見てみたいし。


 そうと決まれば即行動。

 私はいつものように適当な鉄球を生成すると、それだけで準備オーケー。アルベルトは武器庫みたいになってるジープの一台から、一応持って来たらしい愛用の弓矢を装備すると、私に軽く頷いて準備完了の合図を送る。

「それじゃ始めるわ。アルベルト、頼んだわよ」

「おう!」

 魔獣如きがずいぶんと手こずらせてくれたもんね。せいぜい脅かしてやろう。

 割と大きめの鉄球をオーバースローに振りかぶると、鳥型魔獣の直上の岩に激突させる。高速飛来した鉄球と、ガツンと砕けて撒き散らされる岩の破片に驚いた魔獣は、慌てて岩山から飛び降りて滑空した。

「うそっ、飛んだ!?」

 飛べないはずの魔獣のまさかの飛行。自力じゃ飛び上がれなくても、滑空はできたのか。

 呆気にとられたのも束の間。

 魔獣が滑空した直後、雷光を纏うような電光石火の一撃が、狙い違わず鳥型魔獣の脳天を貫いた。



 あの後、目の覚めるようなアルベルトの一撃に大いに盛り上がった。

 第三戦闘班の若衆の中には、アルベルトの美技を初めて見るのも多く、改めて尊敬を集める結果になったみたいだ。副長のミーアも気合を入れ直したみたいだけど、こっちにこっちで別の特技があるから、この道中ではミーアにも期待してる。


 盛り上がった後はいつの間にか夕方になってたし、ここを今日のキャンプ地に定めた。地面に落下した魔獣の処置をする若衆を横目に、殊勲のアルベルトと周囲の様子見に出かける。

 他にも何組かが周辺の探索に出かける。魔獣の巣でもあったら面倒だし、念のためね。私たちが帰ってくる頃には、魔獣の処置も野営の準備もできてるだろう。

 万が一のために持ってきた野営道具がまさかの活躍を果たすことになるなんてね。やっぱり旅にはハプニングが付き物か。


 季節は初夏の手前だし、温度調節機能付きの外套があるから暑さ寒さは問題になり難い。

 キキョウ会は訓練課程で森での野外実習もあるから、若衆たちも慣れたもんだ。

 連行してる貴族たちはデルタ号に車中泊させれば、こっちも問題ない。便利な魔道具で満載のデルタ号は、当然の様に空調機付きで快適に過ごせるようになってるしね。


 特別何事も無かった見回りから帰って、準備万端の夕食をみんなで摂る。

「うん、美味い!」

 串焼きになった鳥肉を頬張ると、溢れる肉汁に舌鼓を打つ。肉自体の味や柔らかさも絶品だ。たいへん、満足である!


 貴族連中には、独房に捕らえてた時でも食事だけは普通に食べさせてた。

 こんな野外で食べる料理はあいつらには初めてだろうけど、さてどうか。

 魔獣を豪快に捌いて塩焼きにしただけのワイルドな夕食に最初はおっかなびっくりな様子だったけど、意外にイケたみたいで結構な勢いで食べてた。でもそりゃそうだ。こんなに旨い肉なんだからね。にしても、こいつらも意外としぶといわね。

 本来なら余裕のある日程で、初日は宿に泊まって過ごすつもりだったのに、野宿だなんて。えらいことになったわね。でも、鳥肉が美味い! だから全てオーケーよ。



 明けて翌日。

 いつものように早起きの私は野外で雑魚寝だろうと、快眠を果たして一番に起き上がる。

 近くに川でもあれば顔を洗いに行くところだけど、旅の途中に贅沢は言うまい。手早く浄化魔法を全身に使うと、近くの小山を目指して走り出す。軽いジョギングだ。

 小山の上でまだ薄暗い地平線を見守る。朝日を拝んでやろう。

 日の出間近にヴァレリアが隣にやって来てふたりでお日様を拝む。まだ肌寒さを感じる朝の空気の中、私は何となくヴァレリアを懐に入れると必要もないのに抱き抱えて暖を取る。

 たまにはこういうのもいいもんね。


 みんなが起きてから、夕食の残りで簡単に朝食を済ませた後、さて困ったことになった。

「……迷った」

 なんてこった。何を隠そう、私たちは完全に迷子になっていた。

 元斥候のミーアでもこんだけ街道から外れてしまっては、戻る道を探ったりするのは難しいらしい。まぁ地形が変わるほどの長距離を街道から外れたわけだしね。さもありなん。

「そりゃあんだけ迷走すりゃ迷うわな」

「どうする? 取り敢えず北にずっと真っ直ぐに進めばいずれは街道なり、河なりに出くわすとは思うが」

 どこをどうやってここまで来たかなんて分かるはずもない。夢中で鳥型魔獣を追いかけてたからだけど。


 エクセンブラから見て王都は北東にある。街道は真っ直ぐに王都に向かってるわけじゃないけど、私が追いかけたコースが北東に向かってないことは間違いないと思う。最初に見掛けた鳥型魔獣は西にいたわけだし。元いた街道から見て、少なくとも西方のどっかが現在地なんだろう。

 もう風の吹くまま気の向くままと行きたいところだけど、そうもいかない。当てもないし、取り敢えず北に直進しようか。

「そうね。針路は北、道中で何か見かけたら合図するってことで」

「おう。まぁ何とかなるだろ」

 私だけじゃなくキキョウ会メンバーは鍛えられてるから、この程度の状況じゃ危機感も少ない。とても遭難中とは思えない気楽な空気で、やっちまった私としては助かる。

 貴族とその使用人たちは不安で仕方ないみたいだけど、奴らに発言権はない。まぁ心配ないわよ。どうとでもなるし。


 北に向かって道なき道をのんびりと走行する。

 途中で食料になる魔獣を発見しては倒して確保し、果樹を見掛けては実をもいで備蓄する。改めてこの土地の豊かさを実感するわね。その辺を目ざとく見つけるはほとんどミーアで、元斥候の力の片鱗を見せつけてくれた。まぁ彼女の本領は食料の発見じゃないはずなんで、ちょっと申し訳ない気になるけどね……。

 悪路の走行でお尻が痛くなるから休憩をはさみつつだけど、単に整備された街道を走るだけじゃない旅路はなかなかに面白かった。


 そんなこんなで一日を過ごした夜半、私たちは霧に包まれた人明かりを発見した。

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