第86話、王都へ出発!

 いざ、王都への出発の日を迎えた朝。

 私はいつものように早朝訓練を終えてからシャワーを浴びてスッキリ爽快、朝食まで済ませてしまう完璧さ。

 すでに荷物は大型ジープと装甲兵員輸送車に積まれてるから、あとは人員が乗り込むだけ。特に出発の準備をすることもない余裕ぶりよ。

 さらにはコーヒーまで啜りつつ、ゆったりと集合時間が近づくのを待つ。なんと優雅なことか。ふぅ、順調な旅になりそうね。


 窓際で朝日の光を浴びながら、私は自身が羽織るパワーアップを果たした墨色の外套を見下ろす。

 エレガントな外套の裾には、新たな刻印魔法がバッチリと刻まれてるし、対ガス効果のほども実験済みで怖いものはない。

 何人かのメンバーの外套がキャパシティオーバーで爆砕するといったハプニングが起こりつつも、全員分を刻印済みだ。使命を果たしたシャーロットは、さらなる高みを目指してまだ頑張ってるみたいだけどね。結構なことだ。



 暇な時間を弄びながら、ここ数日を振り返る。

 度肝を抜かれたモンスター装甲車のお披露目だけど、私が野暮用で立ち会えない時に行われた所為で、みんなのリアクションが拝めなかったのが残念だった。

 本部に帰ってきたらその話で持ち切りだったからね。あー、私も一緒に立ち会いたかったのに!


 捕らえたままのゲルドーダス侯爵一派の連中は、実はというか当然というか、まだ独房に閉じ込めたままだ。王都に連行する奴らだけだから、人数はそれほど多くはないけどね。エクセンブラに家がある奴については、身代金もとい、賠償金と引き換えにもう解放してる。

 残ったのを閉じ込めてる独房は、独房と言ってもトイレや洗面所は付いてるし、食事だって与えてるから死ぬようなことはない。一通りの尋問が済んだ後は、特に手出しもしてないしね。


 それでだ。一つ問題があった。それはゲルドーダス侯爵家の次男で、奴は両腕を失った状態。そんな奴の世話を私たちがやる? んなわけない。とはいえ、飯もまともに食えない状態じゃ、ほっとくわけにもいかない。奴は大事な交渉材料だからね。そんなわけで、もう面倒だから腕は治してやることにした。ローザベルさんたちの存在はもうバレバレだったわけで、今更隠しても意味はないからだ。


 忘れられがちだけど、今でも一応、ローザベルさんとコレットさんは外出時には変装の魔道具を使って姿を変えてる。だけど、それもガバガバだ。もう大分前から本部の中にいる時は一々変装なんかしてないし、ここには残念ながらスパイだっている。キチンと情報を集めてる奴らにとっては最早秘密でも何でもない。


 そもそもだ。あの貴族どもの世話をキキョウ会のメンバーにやらせるのも何だし、私たちはみんなが忙しいから、もう別の者に世話をやらせたらいいじゃないかってことで、そいつらに世話をさせることになった。

 それは元々、侯爵家の隠れ家で働いてたメイドたち。

 彼女たちはあの後、行く当てがなくて屋敷に留まったままだったから、そのまま雇い入れることにした。雇うといってもキキョウ会が素直に金を出すわけじゃなくて、もちろん侯爵たちへのツケでね。

 メイドたちを世話係にしたお陰で、キキョウ会のメンバーから世話係なんてものを用意せずに済んだ私たちは、うっかりその存在を忘れかけるほど、どうでもよくなってしまった。いや、これからまだ用があるからどうでもよくはないんだけどね。


「ユカリ、準備ができたのから外縁部のガレージに集合でいいんだよな?」

「うん、グラデーナ。昨日の夜、しばしの別れは済ませたし見送りはないわ。それぞれで時間までに外縁部のガレージに集まってれば問題ないわね」

「なら時間もあるし、あたしはちょっと買い物でも行ってくるか」

「姉さん、あたしらも行きますよ!」

「会長、また後ででっす。失礼しまっす」


 ぞろぞろと第三戦闘班のまだ残ってた若衆たちもグラデーナに続いて出掛けていく。アルベルトやミーアたちもどっかに出掛けてるみたいだし、今遠征メンバーで本部に残ってるのは私とヴァレリアだけかな。みんなまだ買い物やなんかで準備があるみたいね。


 ちょっと前に部屋を覗いたけど、ヴァレリアは泊まりのお出掛けを大層楽しみにしてるらしく、持って行く荷物を嬉し気に選別してはあーでもないこーでもないと忙しそうだった。楽しそうで何よりね。

 昨晩には遠征の成功を祈願して、盛大に宴会が開かれて束の間の別れを偲んだ。長旅にはならないはずだから、別れといってもすぐに再会するんだけどね。

 キキョウ会以外の関係者にも、すでに遠征に出掛けることは伝えてあるから、いらない心配をされることもない。


 しばらく雑誌を片手にコーヒーを飲んでたけど、ヴァレリアは一向に現れない。

 まだ時間は十分あるけど、私も少し寄る所があるからね。楽しそうに準備してるのを急かすのも何だし、ヴァレリアは置いて行こう。

 一声かけに妹分の部屋を訪れる。

「ヴァレリア、私は先に出るわよ」

「あ、お姉さま。すみません、遅くなってしまって」

「いいからいいから。後で集合場所でね」

「はい、お姉さま。また後で」

 私の荷物は既にジープに積み込み済みだから、このまま手ぶらで出掛ける。細かな装備はいつものように外套に仕込んであるから、改めて準備する物も特にはない。



 ぶらぶらと散歩しながら向かうのは六番通りの端の端。ドミニク・クルーエル製作所だ。

 私が外の移動で使うのは、ジープでも装甲兵員輸送車でもなく、愛車であるブルームスターギャラクシー号。ドクにはそのメンテを頼んでたんで、受け取りに来たってわけだ。

「ドク、来たわよ!」

「おう、お前さんか。準備はできてるぜ」

 普段から暇を見つけては乗るようにしてるから、意外に部品が摩耗してたようで、色々と部品交換やら何やらしてもらったらしい。

「羨ましいもんだ。俺ももう少し若けりゃ、バイクで長旅に行きたいもんだがな」

「何言ってんの。くたばる気配なんてちっともない癖して」

 まだまだ元気なドクと軽口を交わすと、さっそく愛車に跨る。

「またどうせロクでもねぇ事をしに行くんだろうがよ。無事に帰って来いよ!」

「ふん、土産の一つも買ってくるから楽しみに待ってなさいよ!」

 黒と銀の車体を日の光に輝かせながら颯爽と走らせる。まだ時間はあるけど、他にやることもないしガレージに行こう。



 外縁部のガレージ前に到着すると、もう多くのメンバーが集まってるようだ。時間前なのに感心感心。

 そのままガレージの中に侵入すると、最初に目に入るのはモンスター装甲車。私は受領した時以来だから久しぶりだ。だけどその姿が私の知ってるのとは随分と違ってる。違い過ぎてる。

「ちょ、なんなのよ、これー!」

 ちょっと見ない内に武骨な装甲兵員輸送車が、見る影もないほどド派手になってたんだ。


 正面から見る姿は、まず前部には大きなキキョウ紋がエンブレムのように飾られてる。しかも紫色ってのは良いとしても、何故か光り輝いてるんだ。まるでネオンのように。キキョウ紋だけじゃなく、それを取り囲むように光るパネルを使って派手な模様まで描かれてる。

 それだけじゃない。フロントガラスの上部にも同様の光るキキョウ紋が掲げられつつ、看板のような物にズバリ"キキョウ会"と書かれてる。しかも例によって光るパネルにだ。

 さらに言えば"キキョウ会"の文字の隣に、謎の名前まで光り輝いてるし、あちこちに色々な言葉が散りばめられてる。美しき獣だとか、喧嘩上等だとか、女は度胸とか、もう凄いとしか言いようがない。

 かなり目立つ看板に書かれた謎の名前だけど、その名も"デルタ号"って読める。なんのこっちゃ。


 もちろん、派手なのは正面だけじゃない。胴体部分の車体の横は広い広い面積がある。ここまで来て、そこに何もないわけがない。

 誰がやったのか意外と上手なペイントで、リアルなキキョウの花々とロマリエル山脈が描かれてるし、反対側には金貨と宝石が山と積まれたペイントだ。それから"デルタ号"と"キキョウ会"の名もデカデカと主張されてる。この調子だと、ここからは見えない屋根の上にまで何かありそうね。


 それにしても、これは……。

「凄い! めちゃくちゃカッコいい!」

「やっぱり分かってくれるか、ユカリ! どうだ!」

 得意げに手を広げて、この変わり果てた装甲兵員輸送車を指し示すのは、キキョウ会の副長代行たるグラデーナ。犯人はお前か。

 だがしかし、私はこの勇姿を既に認めてしまってる。なんと勇ましいことか。ド派手であることはいいことだ。私の趣味にもバッチリとかち合う。

「これはまた、見違えたわね」

「名付けて"デルタ号"だ! あたしらに相応しい、勇ましく雄大な姿になっただろう?」

「さすがよ、グラデーナ!」

 ガシッとハグを交わす私たちの盛り上がりとは裏腹に微妙な反応の若衆たち。

「え、あたしたちこれに乗るの?」

「会長まであっさり受け入れるとは思わなかったんだけど……」

「何言ってんの? めちゃくちゃカッコいいじゃんか!」

 一部には受け入れられてるらしい。趣味の良い奴も中にはいるようね。


 それにしてもこんなことになってるなんてね。まったく、いつの間に。

「いや、こいつを見た瞬間に惚れこんじまってな。つい、よりカッコよくしてやりたいと思って、張り切っちまった。へへへ」

 照れくさそうに笑うグラデーナ。まぁいいけどさ。カッコいいし!

「ところで何で"デルタ号"なわけ?」

「良くぞ聞いてくれた! デルタってのはな」

 長々とうんちくを語ってたけど、ようするにロマリエル山脈の中でも最も高い山の通称が"デルタ"で、そこから取ったらしい。

 勉強家の私は通称じゃなくて、覚えにくい正式な名前も知ってるけど、それはまぁいい。

 大陸一の高い山にあやかるってのは、悪くないチョイスだと思うし特に異存はない。


 それにしても"デルタ"か。

 "ディー"の文字の由来と考えると、デストロイとかデストルドーとかデザイアとかデスペラードとかデモリッシュとかの単語を想像してしまう。そういう意味でも私たちには似合ってるかもね。

 とにかく、グラデーナの無駄に熱い説明の間に全員が集合してて、何とも言えない空気になったもんだ。



 さてと、何にせよ全員集まってるわね。

 デルタ号こと装甲兵員輸送車と大型ジープ×2台を使うのは当初の予定通り。そこに加わるのは、それぞれが勝手に持ち寄ったバイクに車だ。ヴァレリアまでいつ間にか用意してた自前のスーパースポーツタイプのバイクに乗って来てるし、オフィリアやアルベルトは私と同じようなクルーザータイプのバイクに乗って来てる。ジョセフィンまで自前で用意したらしい、スタイリッシュな中型四輪車に乗ってる来る始末。

 幹部だけじゃなくて、多くの若衆たちもここぞとばかりに用意したように、それぞれが自慢の愛車で乗りつけてきたんだ。


 誰よ、バギーなんて特注した奴。さすがにトゲ付き肩パットは装備してないようだけど。ましてやモヒカンではないことまでは語る必要はないだろう。でもこれじゃいくら何でも大所帯すぎる。

 私もブルームスターギャラクシー号を持って来てるから、文句も言えないんだけどさ。どうしたもんかな。うーん、まぁ別にいいか。大所帯で行けば。


 気を取り直して、最終的な確認に入る。

「オフィリア、あいつら連れて来てもらって助かったわ。何もなかった?」

「ああ、大人しいもんだったぜ。少しでも下手な真似してくれてりゃ、あたいの出番もあったんだがな」

 王都まで連行するゲストである、ゲルドーダス侯爵家の次男やその仲間のプラスアルファの奴ら、おまけの世話係のメイドたちはデルタ号にまとめて乗せて運ぶ。一応の取引材料であるわけだし、戦闘力も全然ない奴らだから、魔獣や盗賊に警戒する道中は厳重に守る必要がある。過剰なほどの防御力を誇るデルタ号に乗せるのは自然な成り行きだ。


 そいつらはと言えば、オフィリアたちが引き連れて来たと思ったら、今は大人しく端っこで待機中だ。捕らえた最初は文句ばっかり垂れて五月蠅かった貴族たちも、随分と大人しくなったもんだ。

 健康上は問題ないはずだけど、度重なる尋問やそれなりの日数を独房で過ごした所為か、連中はかなり憔悴してるように見える。でっぷりと太ってた奴らも少しはダイエットできたようで何よりだ。むしろ感謝して欲しいわね。


 道中での扱い、特に宿に泊まる時だけど、こいつらも宿に泊まらせる予定になってる。メイドごと車中泊させる案もあったけど、この期に及んで縛り付ける必要もない。ある程度自由にさせることにしたんだ。逃げる根性があるとも思えないし、そうしたらそうしたで、王都の実家がどうなるか分かってるよねって話をしたら泣きつく始末。宿の中でくらい存分に羽を伸ばせばいい。何より、私たちが管理するのが面倒くさい。それに尽きる。



 この街を離れることに一抹の不安がないわけじゃない。

 何度も襲撃を経験して来たし、残ったキキョウ会のメンバーを心配するのは会長として当然のことだろう。

 もちろん、みんなの実力を信頼してるからこそ、私自身が遠征になんて赴くわけだけど、心配な物は心配だ。


 それで一つ、手を打っておくことにした。

 それはアナスタシア・ユニオンの総帥から受け取った、例のアレだ。

 今こそっていうか、もう忘れかけてたけど、忘れないうちに使っとこうってこと。一度だけ、アナスタシア・ユニオンが私たちの後ろ盾になるっていう約束。それを今回、果たしてもらう。何もないなら何もないでいいし、別に無駄になっても構わない。それで安心が買えるならね。

 実は総帥の妹ちゃんを仲介して、秘密裏に頼んであるんだ。もしもの時の保険もこれで良し。


 遠征メンバーの全てが搭乗して準備良し。荷物の不足もなし。心配もなし。

「みんな、忘れ物はないわね? 行くわよ!」

「出撃だぜ!」

「ひゃっほーっ」


 ここしばらくの間、エクセンブラの街とその周辺でずっと忙しく過ごして来ただけに、王都遠征は旅行も兼ねた休息にもなるかもしれない。雑事から解放されるからね。

 まぁ王都に着いたら忙しくなるかもしれないけど、それでも道中くらいはのんびりとツーリングでも楽しむとしよう。場合によっちゃ、ちょっとくらいなら寄り道してもいいかもね。

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