第85話、遠征準備と新たな武器
諸々の出来事から数日が経過したある日。ついにシャーロットから朗報がもたらされた。
「つ、ついに完成しましたわ……。装備への刻印は申し訳ありませんが、明日にして下さいませ……あふぅ」
目の下にクッキリとしたクマを作りながら、倒れこむように事務所に入って来たシャーロットは、それだけ告げるとぱったりと気を失った。
「おい、シャーロット大丈夫か! って寝てるな」
「ずっと徹夜続きだったらしいけど、無茶しますね。まったく」
「なんか凄い満足そうな顔して寝てますよ」
「相当に根を詰めてたみたいだからな。だが、その甲斐はあったようだ」
毒ガス対策の浄化刻印が完成したとなれば、もう怖いものはない。シャーロットにはまだ外套への刻印をして貰わなくちゃならないけど、今日はゆっくりと寝かせてやろう。
浄化刻印の開発に付き合ってたジークルーネによれば、出来上がった刻印が及ぼせる効果範囲は狭く、さらにガスや煙を浄化することに絞られるらしい。砂粒や汗なんかもまとめて浄化するのは、今のシャーロットではまだできる目途が立たないらしく、今回はそれで妥協したんだとか。
一番必要な対策ができてるんだし、もちろん文句はない。シャーロットにとっても次の目標ができていいことだろう。
ジークルーネの浄化フィールドは実は第三級の上級魔法だったらしく、刻印魔法での完全再現には同等以上の魔法のレベルが必要不可欠で、ハードルが余りにも高すぎた。
それでも一応の浄化刻印が完成し、遠征の準備も順調に進んでたところで、ある知らせが届けられた。
遠征の役に立つ物が丁度いいタイミングで、キキョウ会に納入されることになったんだ。
それは大分前にブーラデッシュ商会に依頼してた装甲兵員輸送車のことだ。総会の時のバルジャー・クラッドからの贈り物として制作依頼してた奴ね。開発に苦労したんだろうけど、ずいぶんと長い時間が掛かって正直なところ忘れてたわね。
かなり無茶な要求をした気がする代物だったはずだけど、どうなってることやら。早速、ヴァレリアと一緒に受け取りに向かった。
目的のブーラデッシュ商会に到着すると、挨拶もそこそこにブツについて聞く。
「ブーラデッシュさん、久しぶり。例の物、完成したらしいわね」
「そうだ。自分で言うのもなんだが、凄い物ができたぞ。時間は掛かってしまったがな。早速だが、こっちに来てくれないか」
店に入ると、挨拶もそこそこに店の裏手に回らされる。
表の店舗じゃなく裏手のトラックドックのような場所に回らされると、そこには威風堂々と鎮座する想定以上の化け物の姿が。
「どうだ! これなら満足だろう!?」
自慢げに手を広げて指し示すそれは、大型の10tトラックを超越してさらにゴツくしたような巨大な代物だった。
いや、いくら何でもデカ過ぎでしょ……。とにかく頑丈そうだし、小型車両なら3、4台くらい積んでもまだ余裕がありそうに思える。
ヴァレリアも私も想定外の事態に唖然としてしまう。どうしたらこんなことになるのか。大きいことは良いこと、なのか?
「……あのさ、注文した時に仕様についても話したと思うんだけど。どうなってんの、これ?」
「最終的にはこちらに任せてもらう話だったと記憶しているが?」
「いや、まぁそうだけどさ。かけ離れ過ぎてるっていうかさ」
「そうかもしれないが、そちらが示した当初の要求は満たしているはずだ」
改めてモンスターとしか表現しようのない、異様の装甲兵員輸送車を見上げる。どーすんのよ、これ。
どう見ても本部のガレージには到底収まりきらないそれは、持って帰ったとしても六番通りの広い駐車場にでも取り敢えず停めておくしか場所がない。そもそもそこまで運べるかどうかも問題ね。この際、超大型ガレージでも外縁部に建設しようか。ちょっとだけ現実逃避気味に考える。
「お姉さま、大きいことは良いことです」
驚きから復活して180度変わったのか、どことなく楽しそうなヴァレリア。
「そう、なのかな。でもこれ、物凄い金掛かったんじゃない? こんなの良くバルジャー・クラッドが許したわね」
開発費もそうだけど、単純にこれ一台作る資材だけでも恐ろしく値が張るに違いない。
「その事だが、話してみれば意外な展開になってな。実は装甲兵員輸送車の発想をバルジャー・クラッド氏がいたく気に入られてな。予算に糸目は付けないから、試作品としてできる限りの事をやってみてくれと言われたんだ。この試作品を基にして、クラッド一家のためにまた作ることになる。試作品だからこそ、詰め込めるだけの機能は詰め込んでおいた。良いデータが取れたし経験にもなったが、ウチが抱えているベテランの職人達も、こんな大掛かりな物は二度と作りたくないとまで言っていたぞ」
金持ちの考えることはよく分からないわね。人のことは言えないけどさ。職人の苦労は偲ばれるけどね。
それにしてもこの大きさだと外の街道を走る分には問題ないけど、街中で乗り回すのには使い難いどころかほとんど無理ね。肝心の防御力や輸送能力は想定を遥かに上回ってるみたいだし、総合的にはメリットの方が大きいのかな。どうなんだろ。
まぁ、今回の王都遠征に使う分にはちょうどいいか。
「大きすぎるのは難点だけど、肝心の機能は申し分なしか。よし、受領しよう。でもこんなの私たちじゃ駐車場まで運べないし、どっか外縁部に停めておける所ない? そこに置いておいて欲しいんだけど」
「そこは抜かりない。商会で抑えてる大型ガレージがあるからな。別の場所が準備できるまでは、サービスでそこを好きにして構わない。移動も我々でやっておこう」
「なかなか気が利くわね、それならいいわ」
自前のガレージか駐車場は後で用意するとして、当面はそこを使わせてもらおう。どうせすぐに王都に向けて出発するしね。時期を見計らって、事務班には外縁部にガレージとして使える物件を押さえておいてもらおう。
でもこれだけ大きい車両ならバイクくらい余裕で載せられるわね。これはナイス。
私自身はツーリングがてらブルームスターギャラクシー号で移動する予定だから、悪天候でもなきゃこれには乗らないと思うけど、いざとなったらバイクごと載せられるのはいいわね。
「そうそう、注意点は見た目の通り、魔力をバカ食いするところだ。車体は魔導鉱物でコーティングして防御力を高めているから、動力とはまた別に莫大な魔力供給が必要になる。だが、魔石なら大量に用意できるだろう?」
「まぁね。ウチは魔力増強訓練用に使った、チャージ済みの魔石を大量に貯め込んであるからね。売るほどあるわよ」
「羨ましいことだな。処分に困るようなら、融通してくれないか」
「それはどうかな。こうして使い道もあるわけだしね。ま、考えとくわ」
ちょっとした雑談の後、後のことはブーラデッシュさんに任せて退散する。キキョウ会のみんなも、きっとビックリするだろうし、時間ができた時にでも暇な人員みんなで見物に行こうと思う。
ちなみに、街中でも運用しやすいようなサイズのものを、改めて別に発注しておいた。納期は大分先になるみたいだけど、勢いでポケットマネーでね。
いや、だって良く考えてみれば、便利な上にゴツくてカッコいいし! 気軽に乗れる装甲車、欲しいよね!
装甲兵員輸送車の受領から少し経って、さらに遠征の準備は進む。
キキョウ会本部のガレージの隅には、遠征のための物資も掻き集められて山と積まれてる。
そこそこの人数で出掛けるわけだし、必要な物資で小山ができるほどだ。だけど、人数に比して実はそれほど多くもない。
王都までの道中には、町や村なんかの集落がいくつかある上、中間地点には大きな宿場町がある。食料は道中の店で調達したり、食事処があればそこで食べる予定だ。さらには食料にできる魔獣や動物に遭遇する確率も結構高いから、持参するのは非常食程度で構わない。
水は魔法で賄えるから完全に不要。いざという時に使いやすいよう、貯水タンクだって装甲車には備え付けられてるしね。
それから寝具も道中にある宿泊施設に泊まるつもりだから、これも非常用にキャンプ道具一式と合わせて最低限しか持たない。
あとは着替えやなんかの個人の持ち物くらいか。着替えだって浄化魔法があるから必須ってわけじゃない。好みの問題ね。私はある程度の枚数持って行くけど。
他には各種回復薬と魔法薬をまとまった数揃えて箱詰めしておく。今回の旅路で使わなくても、そのまま備え付けにできるからね。
魔力チャージ済みの魔石は、動力として使うからこれも大量に持っていく。非常時以外は車体に施された魔導鉱物コーティングへの魔力供給は必要ないから、戦闘が発生するような問題がなければ魔石は大半が余るはず。道中ではみんなも適宜、魔石への魔力チャージもするし案外使わないかも。
みんなが遠征の準備や通常営業に精を出してくれてる間、私はサブウェポンの変更を試みて、新たな得物を自作するべく製作に取り掛かっていた。
今まで使ってたミスリルより上等で貴重な魔導鉱物製の剛槍は、単に槍投げにハマってたから持ち歩くことにしてた経緯があったけど、そもそも私は槍術が特別に得意なわけでも好きなわけでもないからね。槍としては上等すぎるものではあったものの、肝心の槍投げに使うと強力過ぎて扱いづらいし、大きくて持ち運び難いという難点があったんだ。
そこで新たな武器の構想よ。
取り回しがし易く、私が使っててテンションが上がるモノ。
私は投擲術のスキルを会得してるように、投げるのが大の得意だ。それと対を成すように、実は打つのも大得意。それはつまり、ある形状に行き着く。
すなわち、バット。
グローブ以外に、これほど私に相応しく、テンションの上がる武器が他にあるだろうか? いや、ないわね!
それもただのバットじゃない。この異世界において、今の私が武器とするに相応しく、ただ球を打つだけの用途に限らない特別なバット。それを用意するんだ。
「会長は何をしてるんでしょう?」
「構うなよ。下手に近づいたら怪我するぞ」
武器としての形状は本来のバットその物からそれほど変える必要はない。あれはそのままで、ある種の芸術性を持つほどに完成された機能美を持っている。
ただ、今まで剛槍を使ってただけあって、標準的なバットの長さだとリーチが物足りない。かといって、伸ばし過ぎるのも良くない。絶妙に全体の長さやグリップから芯までの距離などを調整する必要がある。
さらには重さだ。こればっかりは木や普通の金属バット程度じゃ全然物足りない。
剛槍より長さは短くなるけど、重量はもっと欲しいところ。それを解決できる重量のある鉱物ついては心当たりがある。鉄の数倍の比重を持ち、頑丈極まりない上に、危険で希少な鉱物。
かつては爆発させる用途で使用したことがある、ノヴァ鉱石だ。
私は手早く完成形を脳裏に描くと、鉱物魔法によりイメージを具現化する。
瞬時に現れたラブラドライトに似た輝きを持つ長めのバットが私の手に収まると、思った通りのずっしりとくる心地の良い重量感。
すぐに軽い素振りを繰り返しながら、形状や重心の位置を調整していく。広い地下訓練場でなら、バットを振り回しても全然大丈夫。
ヒュゴッ! ヒュゴッ! ヒュゴッ!
「ひっ!? ななな、なんですか、あれ! 凄い音してますよ!?」
「離れてな! 当たりでもしたら死ぬぞ!」
うん、やっぱりノヴァ鉱石なら重さに文句なしね。超強力な圧力を加えると大爆発を起こす危険があるけど、並大抵の圧力じゃ爆発しないからそれほど問題にはならない。あとはこれをオリハルコンコーティングすることで、魔法に対しても強力無比な武器へと進化する。魔法だろうがなんだろうが、このバットの一振りでなら蹴散らせるようになるんだ。
白銀に輝くオリハルコンを、薄くノヴァ鉱石のバットに纏わせると、これで一先ず完成だ。
気品あふれる白銀の輝きは長めのバットを覆いつくし、絶妙な曲線と共に色気すら感じる美しさを醸し出す。
物理でも魔法でも叩き壊すことのできる、世界でただ一つの超重バット。うん、とっても私好みだ。
素人には難しい重心や握りの問題があったから、本当ならプロの鍛冶師に材料だけ渡して作って貰いたかったんだけどね。硬過ぎて加工に向かないノヴァ鉱石を使う時点で、例え優秀な鍛冶師であっても手には負えないだろう。使い慣れたバットだったからこそ、自作でも納得いく物が作れたんだろうね。
改めて出来上がったバットを一振りしてみる。
ビュボッッ!
「うん、間違いない。これは会心の出来具合ね」
「あのさ、ユカリ。それは一体……」
「ん? オフィリアか。気になる?」
「いや、やっぱいいや」
「そう? 遠慮しなくていいのに」
変なオフィリアね。せっかくの会心の出来だってのに。語りまくってやりたいのに。
あとで暇なのを集合させて語り尽くそう。そうしよう。
「あっと、そうだ」
これを忘れちゃいけない。最後に精緻なキキョウ紋を彫り込んで、白銀の超重バットは完璧な姿となった。
あくまでもバットはサブウェポンだけどね。ちなみにメインウェポンは、トーリエッタさん作の魔導鉱物の金属糸と金属片で作られてる、いつものグローブだ。あれを使うことこそが、私が一番戦闘力を発揮できるんだから。
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