第74話、一騎当千

 敵陣へひと当てしに行くまで、もう間もなく。

 キキョウ会のいる場所は緊張よりも興奮が支配する異様な雰囲気だ。周囲の視線は集まるけれども、誰も私たちと目を合わせようとはしない。

 鎖を外されるのを待つ猛獣のように、今か今かと時を待つ。そんな私たちはお行儀よく門の出口で待機したりしない。

 外壁の上から飛び下りて一気に敵陣に突っ込むつもりだ。


 我慢の限界ギリギリで出撃の合図を待ってると、爆発寸前に待望の合図である光魔法が打ち上がった。

「きたあっ! 行くわよっ!」

「よっしゃーーーーーー!」

「あたいが一番乗りだぜー!」

「負けません!」

「ひゃっほーーー!」

 出遅れる者は誰もいない。最初に飛び出した私を追い越さんと駆けてくるのを感じる。その感覚がさらに私の高揚感を引き上げる。

 私たちは最初から身体強化魔法全開の状態で飛び出すと、恐ろしいスピードで引き絞った弓矢の如く敵陣に突入を果たした。



 引き籠ってたエクセンブラ防衛側が急に飛び出してきたことに驚きを隠せず混乱する敵前衛。

 それも門から突撃した本隊と、外壁の上から飛び出した私たちがいるから、より混乱してるみたいだ。

「キキョウ会のお通りよ! 死にたくなきゃ、奥に引っ込んでなさい!」

 私は不可視の前面装甲を展開すると、勢いのまま体当たり戦法で戦場を駆け抜ける。


 軽い軽い! 皮鎧の敵兵なんてピンポン玉のように弾き飛ばしながら、陣を組んだ敵中をまさしく縦横無尽にかき回す。

「死ねえっ!」

 少しスピードが落ちたところで、横合いからタイミングよく槍が突き込まれる。

 視界の端で見ながら無造作に槍の穂先を掴んで握り潰すと、蛮勇の兵士を捕まえた。

「な、な、なぁ!?」

「あんた、ちょうどいいわね」

 重厚な金属鎧をまとった兵士は、ひょっとしたら指揮官の一人なのかもしれない。

 捕まえたまま軽く投げて地面に叩きつけると、その両足を持ち上げる。

 意識朦朧の男の両足を掴んだまま腰のあたりで構えると、不可視の前面装甲を消して戦法を変えた。

「そら、行くわよ!」

 回転運動。重厚な金属鎧の兵士を回す、回す、回す!

 今度はジャイアントスイングの状態で移動を始める。巻き込まれて、吹き飛ばされる人、人、人。


 回転してると周りがよく見える。

 私が突破した穴に食い込むようにして、キキョウ会のメンバーが暴れまわってる。

 特に魔導士組は凄まじい。周りには敵しかいないもんだから、そこら中に攻撃魔法を乱れうち状態だ。

 接近戦組は私の近くで敵兵を文字通り刈り取ってる。思う存分、力を発揮してるみたいね。

 そんななか、ジークルーネとアンジェリーナは、キキョウ会メンバーたちをフォローする動きに徹してる。やっぱり頼りになるわね。


 心配はなさそうだと改めて戦いに没頭する。金属鎧の棍棒と化した敵兵を投げ捨てると、今度は拳をぐっと握って突撃する。敵兵の海なので、暴虐の権化と化す。

 殴る。蹴る。打つ。投げる。貫く。潰す。折る。砕く。

「あははははははっ!」

 悲鳴や怒声の全てを笑い飛ばして蹂躙する。奪おうとするなら、奪われる覚悟だってできてるはず。私はできてるわよ。だから奪う。

 月白の外套を赤に染めながら敵陣の深くに切り込み続ける。

 どこまできたかなんて知らない。満足するまで進むだけ。


 そこら中に鉄のトゲが生えては雷の雨が降り注ぐ。

 火の海が作られたと思ったら次の瞬間には凍りつく。

 爆風のような豪風が吹き荒れては敵兵をなぎ倒し、石や氷の礫を含んだ竜巻が荒れ狂う。


 近寄れば倒される。遠くにいても倒される。逃げても後ろから追い打たれて倒される。

 戦場は広い。それでも恐怖は風のように早く伝播する。

 兵士とはいえ、誰だってなるべくなら死にたくないと思ってるだろう。それも無駄死になら尚更だ。

 勝ち目のない戦い。混乱と恐怖が支配しつつある戦場は、前衛にいた先遣隊と後方の本隊とでの押し合い、圧し合いに推移していった。


「貴様ら! 下がるな、陣を崩すなっ!」

「指揮官は何をしている! 下がらせるな!」

 前衛の先遣隊が下がり続けたせいで、本隊も混乱中らしい。

 無論、そんなことは私たちには一切関係ない。ただただ進み、蹂躙するのみ。



 しばらく戦いに没頭して何も考えずにいたら、敵の防御が今までとは比べ物にならないほど分厚くなったことに気が付いた。

 揃いの金属鎧に高価な武装。一般の兵士じゃなく、後方にいた騎士団らしい。

 どうやら私たちは敵の本丸近くに踏み込みつつあるようだ。


 私たちの周りはどこを見ても敵。どこまでも続くかのように敵だらけ。味方の本隊とは完全にバラけてしまったわね。

 でもね、それがどうした。そんなことはどうでもいい。今までのように押し通るだけ。

 何も考えずに前進してきた私たちだけど、敵の本丸がそこにあるとなれば話は変わる。敵の総大将が近くにいるかもしれないんだからね。

 騎士団の前衛が大楯を並べる陣を前に、周りの雑魚を片づけると少し手を休める。


「ユカリ殿、騎士団のお出ましだ」

「お姉さま、やりましょう」

「この陣容、今までとは一味違うな」

「やっと面白くなってきたぜ」

 それは同感。そんでもって、ここで総大将をどうにかできれば、もう終わりなんじゃない?

 夜更かししてまで夜襲に参加しなくても良くなる。いつまで続くともしれない戦いに終止符を打てる。それは魅力的だ。

「行き掛けの駄賃ね。ここの大将は捕らえて連れ帰ろう」

 ここにいるのが総大将かどうかは分からないけど、それなりの立場の人には違いないだろう。

 それで終止符を打てなかったとしても、有力な交渉材料にはなるはずだ。

「よっしゃ、行くぜっ」

 ポーラの気合の声に反応したわけじゃないだろうけど、タイミングよく騎士団側からの先制攻撃がやってきた。


 敵陣の後方から弓矢と魔法が雨あられと射られるものの、全て不可視の装甲で遮断する。

 味方の兵士を巻き込むような外道攻撃だ。敵さんもなりふり構っていられないって自覚があるらしいわね。

「上等じゃねぇか!」

 お返しとばかりに、みんなで攻撃魔法を放つものの全てが阻まれた。

 設置型の魔道具でも使ってるのか、強力な結界魔法が発動してるらしい。結界魔法は内側からの攻撃は通すけど、外からの攻撃は遮断するトンでも魔法だ。

「まさか攻め手側が結界魔法を使ってるなんてね。魔道具よね?」

「結界魔法使いなんて希少な存在がこんなところにいるとは思えんし、設置型の魔道具を持ってきたんだろうな」

「厄介だな」

 結界魔法の破り方は単純。魔力が尽きるまで殴り続けるだけ。強度が極めて高く一撃で破るような真似はほぼ不可能なレベルだから、魔力が尽きるまで負荷を掛け続けるしかない。しかも強い攻撃であったとしても魔力の減少は少ないとされてるから、そうすると短時間では破れないということになる。

 魔道具の質や魔石の準備量にもよるけど、簡単には突破できないだろう。


 でもだ。だからどうしたとしか思わない。

 破る方法があるんならそれをやるだけ。殴ってれば破れるなら、そうすればいいだけだ。強く殴ればより早く破れるのが分かってるんだし、そうするだけだ。例え少しずつでも、削って削って削り倒せばそれでいい。

「さてと。破るわよ」

 一軍の攻撃に耐え続ける結界魔法を相手にしても、怯むようなひ弱な心持の奴なんて、ここにいるメンバーには一人もいない。

 だから軽く言ってのける。

「そうこなくちゃな。やっと本気を出せるってもんだぜ」

「ははっ、面白れぇ!」

「やってやります!」

「ジークルーネとアンジェリーナは周囲の警戒を。他は結界を囲んで全力で叩くわよ!」

「おう!」

 やることは単純でいい。とにかく結界に負荷を掛けるんだ。

 キキョウ会メンバーが散らばって動き回りながら全力で攻撃を加え始めると、向こうからも当たり前に反撃がくる。

 防ぎ、往なし、避けては遠慮なしの全力攻撃を叩き込む。



 いくら私たちとて相手が設置型魔道具の結界魔法じゃ簡単にはいかない。なんせ一軍の攻撃に耐え続ける規格外の防御魔法だ。

 多少の無茶だってしなけりゃならない。私もここは本気を出す。

「ふん、やっぱり頑丈なもんね。面白いじゃない、ねじ伏せてやる!」

 一瞬、ノヴァ鉱石の爆発を思いつくものの、爆発の規模が大きすぎるからここじゃ使えない。もっと単純に負荷を掛ける方法で行こう。

 魔力のほとんどを消費する大技に打って出る。幸い魔力回復薬の手持ちもあるしね。


 場所は敵陣の真上、結界魔法の上空をイメージ。

 鉱物魔法で生成するのは、付近一帯に影を落とすブツ。

 それは鉄鉱石の巨岩。大きさのイメージは、聖地に例えられる一枚岩。

 さすがに一瞬で生成とはいかない。徐々に、それでも超高速で形作られていく巨大な影は、戦場にいる誰もが目撃することになる規格外の大きさだ。

 気合を入れるために、普段はしない魔法詠唱まで即興で口ずさんで、よりイメージを強固にする。


【赤き大地を黒く染める遥か遠き神の石舞台、鉄の意志と鉄の身体を以って顕現し降臨せよ! その身、その魂に触れる全ての塵芥に昏き鋼の鉄槌を!】


 ごっそりと無くなっていく魔力に気が遠くなるけど、ここで止めるわけにはいかない。

 目を見開いて最後の言葉を口にする。


巨岩降臨グレート・フォール


 日光を完全に遮る巨大な影を目にして、騒がしいはずの戦場を束の間の静寂が支配した。

 朗々と響く私の声は、きっと付近一帯に聞こえただろう。


 空より舞い落ちる巨岩は、むしろゆっくりとした落下速度に見えて、直後に結界に圧し掛かる。

 シャーーーーーーーーーン!

 瞬間的に限界に達した結界魔法は、辺り一帯に澄んだ音を響かせながら、あっさりと砕け散った。


 役目を終えた巨岩は、何事も無かったかのように消去する。

 作るには時間を要するけど、消すだけならすぐにできる。構造を完全に掌握できてる自作だし、制御を手放さなければ造作もない。

 いや、そのまま落下したら私も潰されるし当然よね。


 なにが起こったのか理解出ず、呆然として立ち直れない目の前の騎士団。それだけじゃなく、戦場の全てが動きを止めてる。

 時の止まったなか、私は悠然と魔力回復薬をぐいっと飲み干す。

 キキョウ会のメンバーには、敵軍のように戦場で呆ける間抜けはいない。それでもさすがに肝を冷やしたのか、文句の一つも言いたげに私を見るけど今はそんな場合じゃないはず。

「さあ、仕切り直しよ」

 特製グローブをまとった拳をぐっと握ると、大楯を構えたまま呆ける騎士団に向かって突貫した。



 直線上にいた騎士を大楯ごと殴り飛ばすと、直後には周囲に鉄のトゲをばら撒くサービスだ。

 さらにそこらにある大楯を奪うと、フリスビーのように次々と投擲しては敵をなぎ倒し吹き飛ばす。

「いつまで呆けてんの! 死にたいの!?」

 私だけじゃなく、周囲からキキョウ会メンバーの猛攻に晒される敵本陣。大きな被害を出してからやっと我に返る騎士たちに同情なんてできない。

 あまりに無防備な隙をついて一気に蹂躙する。


 この状況に至ると、一般の兵士たちの制御が利かなくなったのか、勝手に離脱するのが出始める。

 それは別に構わない。一般兵に用はないし、邪魔なのがいなくなってくれるならむしろ有難い。だけど、敵の大将は逃がさない。

 ここで終わらせたいからね。


 私は破竹の勢いで真正面から堂々と、たった一人で敵本陣の奥に切り込んで行く。

 それと同時に取り囲むように、周囲から中央に向けて進むキキョウ会のメンバーたち。

 そこら中で攻撃魔法が吹き荒れ、血しぶきが舞い、騎士鎧が吹き飛ぶ。

 戦闘への没頭。これほど楽しいことがあるだろうか。できることなら、もっと強いのに遭遇したいところだけど、これ以上は贅沢か。



 気が付けばキキョウ会メンバーは、大きな天幕を前にして合流を果たしていた。

 ここがゴール? はてさて、なにが出るか。中に人の気配はあるけどね。

「随分と立派な天幕だな」

「外の護衛も全部黙らせたし、ご対面といくか」

 死屍累々の周囲には、最早立ってる者は誰もいない。

 天幕の中にも強者はいないだろう。おそらくはお偉いさんと、その身の回りの世話をする者たちか。


 私たちは頷き合うと、ジークルーネが天幕を開く。

「御免!」

 一番初めに目につくのは、立派な椅子に腰掛ける青年。

 次に両隣に毅然と立つ壮年の男。奥には怯えたように縮こまる世話係の女たち。


 ふーむ、ごちゃごちゃ考えても意味はない。とりあえず捕まえて帰るか。

 私が一歩踏み出すと、白髪混じりの壮年が前に出た。

「待て! このお方をどなたと心得る。無礼であろう!」

 あのね、攻めてきたくせに無礼も何もないわよ。高貴な身分なんだろうけどさ。

「……あんたらが誰かなんて知らないわ。名乗りたいなら名乗ってもいいけど、これから起こることは何も変わらないわよ」

「そう言うことだ。話がしたいのなら我々ではなく、あとでエクセンブラの守備隊と話すことだな」

「お姉さま、捕らえます」

「一応、丁重にね。抵抗するなら無力化もやむなしだけど、殺さないように」

 さらっと適当なワイヤーを生成して、捕縛は任せる。

 壮年の男たちはうるさく喚くもんだから、グラデーナたちが黙らせた。



 天幕にあった軍団旗か何かの旗を奪うと、ボニーに高く掲げさせた。

 私たちは捕虜を引き連れて、未だ残る敵兵の只中を堂々と歩く。行く手を阻む者は誰もおらず、むしろ道が空けられる。

 敵兵士たちは徐々に撤退していくようだ。追い打ちも必要ないだろう。


 真っ直ぐに歩いてエクセンブラの門にたどり着くと、歓声ではなく静寂が出迎える。

 あれ、おかしいわね。敵が引き上げるんだし、勝利は確定。もっと喜んでもいいと思うんだけど。


 現場を任されてるエクセンブラ守備隊の隊長が微妙な表情で私たちの到着を待ち受けた。

「……キキョウ会の皆さん、出撃は『ひと当て』という話だったと記憶しているが」

 あー、そういえばそうだったような。確かにそんな気もするけど、今さらの話だ。

「細かいことはいいじゃないの。終わり良ければ全て良し。ほら、敵の大将っぽい奴、捕まえてきたわよ」

「……捕虜の身なりにその旗、間違いないようですな。とにかく感謝しますぞ。恩賞は後日になりますが必ず!」

 捕虜を引き渡すと、守備隊の部下があちこちに駆けていく。

 しばらくは警戒が必要だろうけど、当面は落ち着くだろう。


 私たちの戦いを遠目にでも見てたのか、多くの注目を浴びる。

 それは恐怖か畏怖か尊敬か。キキョウ紋を背にしょった私たちの戦いを目に焼き付けたようね。

 一部の冒険者やアナスタシア・ユニオンの馬鹿どもは面白そうな顔してるけど、喧嘩を始める場面でもないし手を出してはこないだろう。


 さて、今日はもうのんびりと過ごそう。ひと段落したら、なんか疲れが出てきたわね。

 待機してたローザベルさんや若衆たちと合流して、さっさと帰り支度だ。

「早く帰って休みたいわね」

「あたしは風呂に入りたいよ」

「ああ、さっぱりしたいな」

「お腹も空きました」

 こうして戦いを終えて、いつもの日常に戻る。

 戦いがあってこそ、改めて日常のありがたさに感謝する気持ちが芽生えるもんよね。



 余談だけど、私がやった巨岩の魔法は、出てきたと思ったらすぐに消えたことから、何らかの幻影魔法として認識されてるらしい。

 非現実的な光景だったし、そもそもキキョウ会のメンバー以外は結界魔法があったことも知らないしね。魔道具自体も敵軍が撤退する時に持って帰ったみたいだから、真相は藪の中だ。

 例え敵兵が本当のことをしゃべったところで誰も信じないだろうけどね。

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