第75話、協定破り
戦果を上げて意気揚々と引き上げるキキョウ会一同。
ジープに分乗して緊張感がなくなると、やっと解放感に包まれる。帰り道も談笑しながらだと時間も早く感じる。
日頃のストレスなんて完全にどこかに飛んでいくような、すっきり爽快な気持ちのまま、本部に戻るための最後の四つ辻を曲がる。
のんびりと休むつもりで戻ったそこは。
――戦場となり果てた光景だった。
襲撃を受ける様子のキキョウ会本部に唖然とする。まさかの光景。
本部前の広めの通りには何台もの車両が止められて、そこに待機するのは黒服に武装を重ねた男たち。
内側から窓が割れて弾け飛ぶガラスに、騒々しい戦闘音がまだ距離のあるジープ越しにも聞こえてきた。
「おいおい、なんだよありゃ!?」
「一体どこの奴らだよ、中に踏み込まれてるじゃねぇか」
「どこの誰だか知らないけどやってくれるわね。細かいことは後。とにかく加勢しに行くわよ!」
正直なところ結構疲れてるんだけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
まずは外にいる奴らの排除だ。
運転中の若衆の娘にジープを止めさせると、颯爽と降りて何も言わずに一気に走り寄る。言わずともみんな付いてくるから問題ない。
見張りの男たちもこっちに気が付いて、街中にも関わらずに遠慮なしに魔法を撃ち込んできた。
「ちっ、街中でよくもやるわね!」
周囲に被害が及ばないように、全てをアクティブ装甲で防御しながら近づくと、身を隠すようにした車両ごと蹴り飛ばして無力化する。
他のメンバーも同じようにして手早く不埒者の一団を黙らせた。
「半分はここに残って、こいつら縛り上げといて! それから援軍に警戒を! 残りは私ときなさいっ」
「ユカリ殿、ここはわたしが。若衆はここで後片付けと警戒だ! 他の幹部はユカリ殿となかを頼んだ!」
「じゃあ、行くわよ!」
ジークルーネがいれば外はもう心配ない。
すぐに階段を駆け上がって、開け放たれたままの玄関扉からなかに突入する。
突入直後、入口のところに一人だけ倒れてる娘がいたから、手早く治癒だけ施す。大丈夫、まだ助かる。
「なんだこいつら!? 滅茶苦茶強ぇぞ! 聞いてた話と違うじゃねぇか!」
「うるせぇ、ごちゃごちゃ言うな! 幹部連中のいない今しかチャンスはねぇんだよ!」
「クソがっ、さっさと死ねってんだよ!」
「ぐがああああああっ!」
「おいっ、しっかりしろ!」
「駄目だ、マイキーもやられた! カシラ、もう持たねぇ!」
「あがぁっ! くそっ、腕が、俺の腕があああっ」
「おいっ、トニー! あぎゃっ!?」
瞬時に状況確認。事務所が戦場になってるわね。最初に魔法でも撃ち込まれたのか、事務所の中はもう滅茶苦茶。酷いもんね。
キキョウ会のメンバーも混乱はあったんだろうけど、今は落ち着いて対処してる。事務班と情報班のメンバーが上手く立ち回って、相手を制圧しつつある。
さすがは我がキキョウ会。事務班といえども戦闘に一角のものがある。
怪我人や見習いたちは奥のほうでコレットさんが面倒見てるし、治療中の娘も死んでさえいなければ問題ないだろう。
これなら私たちが駆け付けなくてもなんとかなったわね。
ジョセフィンとグレイリースが上手く仲間をフォローしながら立ち回ってるのが大きいようだ。それから事務班のメンバーたちも相手と違って無駄口を叩くようなのは誰もいない。訓練の賜物か冷静に対処し続ける。
治癒師にして卓越した魔法使いであるコレットさんを本部に残しておいたのも良かったんだろう。
とりあえずの状況確認終了。まずはこの戦闘を終わらせよう。残ってるはずの戦闘班がここにいないのも気にかかる。
すぐ傍で私と一緒に様子を見てたヴァレリアたちに目で合図すると、即座に行動開始。
私はカシラと呼ばれたリーダーっぽい奴の背後に寄ると、首を掴んで持ち上げた。
同時に突入した幹部たちも相手を定めて背後から一気に無力化すると、元々劣勢だった男連中は総崩れになって倒れ伏す。
「ユカリ! みんな!」
嬉し気に呼ぶフレデリカに軽くウィンクを贈ってから、首を掴まれたまま暴れるカシラとやらを放り投げて解放してやる。
「がはっ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
「悪いけど、こいつ以外の雑魚どもを片付けといて。外にもいるから、まとめて。そうね、こいつらが乗ってきた車両にでも放り込んでおこうか。これ以上、本部を汚されるのも嫌だしね。虫の息になってるのには、下級回復薬ぶっかけといて。ここで死なれると面倒だし」
「はい、会長。手空きの皆さんは手伝ってください!」
事務班の若衆や見習いが率先して動く。実験で作ったワイヤーがキャビネットにはたくさんあるから、それを使って次々と縛っては外に運んでいく。
さて、私たちは事情聴取といこうか。
アンジェリーナが後ろ手に縛った男を私の前に引き立てると、正座の形に座らせた。
私はその男の正面、ボロボロになったソファに腰かけて事情聴取を始める。ジョセフィンとオルトリンデや一部幹部たちは、私と同席して脇のソファに座って男を睥睨した。
「あんた、どこの組のモン? まあその代紋見れば分かるけどさ。名乗るくらいはしたら?」
「て、テメェら、戦争中のはずじゃ」
「思ったより早く片付いたからね。そんなことより、質問してるのはこっち。あんた誰よ?」
黙秘する意味はないと思ったのか、意外に堂々と身元を明かす男。それどころか目的まで語り始めるカシラとやら。一応、所属してる小さな組の中では偉い人らしい。
「テメェらはもう終わりだ。俺らをヤッたところで、他の組まで敵に回してんだ。周り中の組がテメェらの敵だ! なんせ数が違う。ざまあ見やがれ」
こんな雑魚がどれだけ集まったところで、鬱陶しいコバエ程度の存在だけどね。
でも他の組ときたか。そういや、外の連中はこいつとは付けてる代紋が違ったわね。
「一応聞くけどさ。相互不可侵協定があるはずなんだけど、あんたらはそれを破る意味、考えた上での行動なわけ?」
「知るかよ。上の連中が勝手に決めたことで、俺らにはそんなもん関係ねぇ」
関係ないでは済まないんだけどね。こいつらの組が四次団体とか五次団体の下っ端で何の意見も言う立場にないってだけで、それならそれで上の言うことには従わねばならない立場のはずだ。
しかも協定の提案者であるクラッド一家のメンツを潰すような真似をしたって自覚もなさそうね。
「へっ、それより良いのかよ? ここの襲撃は失敗しちまったが、他も同時に襲ってるんだぜ? そこが片付けば、そいつらが全員ここにやってくるって寸法だ。さっさと逃げた方がいいんじゃねぇのか」
なるほど、同時に複数拠点の襲撃か。六番通りにはメアリーたちがいるはずだから、あんまり心配してないけど様子を見に行くことは必要ね。
「ここは私とヴァレリアがいればいいわ。みんなは手分けして、見回り中の戦闘班や六番通りの拠点の様子を見てきて。疲れてるとこ悪いけど、頼んだわよ」
「ああ、しょうがねぇな。外にいるジークルーネたちも連れてくぜ。見張りに何人か残しとけばいいだろ」
「それでいいわ。他の場所がまだ戦闘中なら加勢も必要になるし、回復薬は持てるだけ持って行きなさい。ローザベルさんも一応、支部に行ってくれる? 本部はコレットさんが待機で」
「任せておけ、誰も死なせん。コレット、ここは頼んだぞ」
「うん、こっちは大丈夫。見習いたちには刺激的な経験になるね」
そう、確かにね。見習いたちにとって突然の襲撃は、随分とハードな経験だったかもしれない。
さてと。街のみんなと協力して外敵との戦闘中。そこへの押し入りか。
協定破りにしてもタチが悪い。隙を突くって意味では正しいやり方だけど、やられた側としては腹立たしいわね。
当たり前だけど、ただで済ますつもりは全くない。
「言っとくけど私、物凄く腹が立ってるのよね」
そりゃもう、はらわた煮えくり返ってるわよ。
戦争やって疲れて帰ってきたら、自分の家が襲撃されてる真っ最中よ?
事務所は滅茶苦茶、応接セットも自慢の内装もほとんどダメになってるし、かわいい事務班と情報班の若い子にも怪我人を出した。怪我はすでに治ってるけど、元々戦闘が苦手な事務班の子たちへの襲撃ってのも大いにむかつく要素。
それから、あーあ。私の事務机に置いたままだった実験中の魔法薬も全部おしゃかだ。
はぁ~。ため息のひとつも吐きたくなる。
「……テメェら、本気なのか?」
「なにがよ?」
「こっちは兵隊だけでもテメェらの何倍も用意してんだぞ!? なんでそう落ち着いてられんだ!」
「あんた馬鹿? そんなことも分からないから、いつまで経っても下っ端なのよ」
「なっ!?」
こいつにはまだ聞きたいことが出てくるかもしれないから、このまま確保しておこう。
細かい聴取は情報班に任せれば、もっと色々なことが分かるかもしれない。
ただちょっとうるさいから黙らせるか。
まずは全体の状況確認と情報収集。全員の無事を確認したいし、支部や店舗がどうなってるのかもね。
それから敵対勢力の洗い出し。周囲の組がどうのって言ってるくらいだから、ひとつやふたつ程度じゃないだろう。
分かり次第、全部潰す。もう遠慮なんか要らない。キキョウ会の人員は豊富だし、この際そいつらのシマも全部奪い取ってやろう。
問題は相互不可侵協定ね。こっちから破ったことにされちゃたまらない。面倒だけど先に根回しが必要か。
よし、それで行こう。事務所の掃除は本部に残ったメンバーに任せて、私は根回しのための手紙をしたためる。
みんなが戻ったら次の方針を話そう。
五大ファミリーを始めとした、主要な組織への通知はかなり強い表現を使って書くことにした。
『キキョウ会は協定破りの組織へ報復する。一切の手出し無用。異議のある場合は連絡されたし。ただし、その場合には協定破りの協力者と見做す』
経緯は別にして伝える概要はこんなところかな。余計な修飾語を付けたりしないのが、むしろ本気を感じさせるはず。
私たちは喧嘩ならいつでも買うし、協定があるなかでも、その程度でうるさく言うつもりはなかった。
だけど、今回のは火遊び程度で済む内容じゃない。
今までの小競り合い程度なら気にも留めなかったけど、本格的な襲撃を戦争中に受けたとなれば、只の喧嘩じゃなく宣戦布告を受けたに等しい。
私たちは逃げないし、逆に逃がしもしない。
滅ぼすつもりできたんなら、滅んでもらう。いくら木っ端組織といえど代紋掲げている以上、その程度の覚悟はあるはずだ。そして庇い建てするようなら、そこに対しても容赦しない。
しばらく時間が経って、根回しの準備がほぼできたところでお呼びがかかる。
「会長、皆さんがお待ちです」
「分かったわ」
シマの様子を見に行ってたメンバーが帰ってきたか。特に慌てた様子もないし、大事はないようね。
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