第73話、レトナーク新革命軍

 気持ちのいい春が過ぎて初夏の陽気が厳しくなりつつある頃。

 エクセンブラ守備隊からの協力要請が届けられた。


 臨時招集したキキョウ会の幹部会で、その要請について協議する。

「やっぱりきたわね」

「きやがったな。他のファミリーやギルドにも協力要請があったらしいしな」

「そうですね。守備隊の戦力は相変わらずのようですし、結局はこうなりましたか」

 レトナーク本国では、またもや内戦が勃発して昨今の情勢からその激化は避けられそうにない。


 そんな折、レトナーク新革命軍からの徴発部隊がここ、エクセンブラに迫りつつあった。徴発というにはいささか規模が大きいようだけどね。

 エクセンブラ守備隊の戦力が乏しいことは先刻承知してるだろうし、ひょっとしたらここを獲るつもりなのかもね。


 当然、エクセンブラの住人である私たちにとって新革命軍は敵だ。

 本来ならエクセンブラ守備隊が外敵からの脅威を取り除くのが筋だけど、何をしてるのかいつまで経っても戦力は乏しいまま。

 結局は街の中で戦力を保持する裏社会の組織やギルドに防衛協力の打診がなされ、私たちキキョウ会にも招待状がきたってわけだ。

 面倒だけど降りかかる火の粉は払わねばなるまい。別に小規模勢力であるキキョウ会が出なくても、問題ないと思うけどね。


「最近この街にきた新参者の悪さが見過ごせない状況である以上、見回りを疎かにはできない。それに通常営業を縮小するつもりもないわ」

「五大ファミリーやギルドに比べれば、ウチは規模からすれば弱小組織だからな。それ程の戦力を出す必要もないだろう」

「そうですわね。休暇を返上することになりますが、余剰戦力を出すだけでも十分ではないでしょうか?」

「ええ。ユカリに出てもらえれば、あとは戦闘班を一つも回せば、文句も言われないかと」

「でもよ、今回は喧嘩じゃなくて兵士相手にしたマジもんの戦争だからな。誰を出すかは考えどころじゃねぇか?」

 確かに。殴って適当に追い払うなんてことができない戦争なんだ。できれば戦争の経験者が望ましいわね。


 そうすると、元騎士であるジークルーネや元傭兵のアンジェリーナは必須ね。私よりも的確に立ち回れるし、指揮だって取れるはず。

「そういう事なら、ジークルーネ、アンジェリーナ。現場の指揮はあんたたちに任せることになるわね」

「それは任せてもらおう。アンジェリーナとなら身内に一人の犠牲も出さないさ」

「ああ、任せておけ」

「それでしたら今回は戦闘班のくくりではなく、志願者で臨時編成した部隊にしましょうか」

 それがいいわね。戦場ってなると殺しは必須。手加減なんてしてられる場所じゃない。

 ウチなら志願者を募っても人数は賄えるだろうし、希望者だけでやったほうがあと腐れがない。


「わしらはどうする? 回復薬があれば出番はないかもしれんが、後方待機程度なら付き合うぞ」

「そうね。出番はないかもしれないけど、ローザベルさんには控えておいてもらおうかな」

「編成は戦闘班の幹部を中心に作るか? 志願を募れば血の気の多い連中ばっかりだから多く集まりそうなもんだが、あたしらも『戦場』となれば経験はないからな。ここらで経験を積むのも一つだと思うんだが」

 グラデーナの言うことももっともだ。私だって大規模な戦場なんて初めてだし。

 エクセンブラ内部のことを考えれば、戦闘班の幹部全員を戦場に出すのは無理だけど、少し残せばなんとかなるか。


 結局、戦場へ出るのは私と副長、副長代行、他の幹部が十人に、後方待機としてローザベルさんと志願者で固めた戦闘班の若衆を十人程度に決めた。後方待機の若衆は戦闘には参加させず、ローザベルさんの護衛だけに留める。それでも戦場の空気を感じるには十分だ。

 幹部からは、まずアンジェリーナ。ジークルーネと戦場をリードしてもらうから必須メンバーね。

 それから元冒険者組には出てもらう。オフィリア、アルベルト、ヴェローネ、ミーア、リリアーヌの五人。

 あとはポーラとボニーにヴァレリア。元青騎士のオルトリンデも出ることになった。現地での情報収集も兼ねてということらしい。


 幹部の居残り組は事務班を除いては、戦闘支援班のシェルビーと第二戦闘班のメアリーとブリタニー、第五戦闘班のシャーロット。それから情報班のジョセフィンと顧問のコレットさんになる。

 彼女たちには、この非常時の不測の事態に備えて、若衆と共にエクセンブラのなかで警戒してもらう。ある意味、戦場に出るより厄介かもしれない。何事もなければいいんだけどね。



 出撃する戦力の編成を整えると、あとは敵軍の到着を待つのみ。

 まだ正確な人数は不明らしいけど、少なくともレトナーク新革命軍は万単位になるそうだ。

 対するエクセンブラの防衛戦力は、おおよそ三千人程度になるらしい。しかも寄せ集めの烏合の衆。

 守備隊、冒険者、傭兵、有志の志願兵、そして裏社会の兵隊たちがエクセンブラの全戦力になる。五大ファミリーなんかは明らかに戦力を出し渋ってるみたいだから、本気になればもっともっと数自体は増やせるだろう。だけど、その必要はないと判断してるみたいね。


 エクセンブラは長大な外壁に守られてる。これは特殊な攻城兵器か大規模魔法でも使わないと突破できないし、外壁自体が頑丈過ぎて破壊には向かない。

 狙うなら門になる。全部で八カ所ある門のどれかがターゲットになるはずだ。

 だけどエクセンブラは籠城なんかしたりしない。ほとんどの門は普通に開いたままにするし、通常営業を崩すつもりもない。これはエクセンブラの総意。

 そもそも食料自給率の低いエクセンブラじゃ籠城はし難いしね。人口も多いしすぐに干上がる。


 基本戦略ははっきりしてる。

 レトナーク新革命軍がやってくる方向は決まってる。そしてその街道に対してエクセンブラにも門がある。そこを開きっぱなしにして囮に使うんだ。

 その代わりに囮の両サイドの門だけは閉じるし、そこからさらに回り込まれないように、建設ギルドが総動員で堀と壁を作ってる。

 攻め入られるところを限定して防衛に当たるらしい。その正面はアナスタシア・ユニオンが受け持つらしいから、何とかなると思ってる。


 私は戦略や戦術に興味はない。結果的に上手く行くならなんだっていい。

 気になるのはキキョウ会の役割だけ。そもそも長引く戦いなんて御免だ。早々に決着をつけたい。これはキキョウ会以外だってそうだろう。

 キキョウ会は個々の戦闘力が高いことから、奇襲部隊に組み込まれた。夜襲で敵の本陣を襲撃して、一気に片を付ける役割。望むところよね。

 夜襲は状況を見ながら決行日を決めるってことで、いつやるかは分かってないんだけど、情報の漏洩を気にして秘密にしてるのかもしれない。


 徴発部隊という名の略奪軍が、道中の村々に対してやることは分かり切ってる。

 予め攻めてくることが予想できたことから、続々とエクセンブラに避難してくる人たちで一杯だ。守備隊は彼らからの情報収集でも忙しい。

 さすがに避難せずに残るような無謀な人はほとんど居ないらしいから人的被害は限定的だ。ただ、持ち運べない食料や物資は略奪されるし、焼き討ちにあってる村も多いらしい。

 そういった情報が伝わるたびに、エクセンブラ防衛軍の士気は高まっていく。私たちのような悪党以外のピュアな連中も、相手が悪を働けば働くほど容赦も遠慮も感じなくなる。



 決戦当日、お昼過ぎにレトナーク新革命軍は姿を現した。これは先遣隊らしい。

 キキョウ会や多くの守備側は外壁の上から魔法の援護をする。戦いが始まるまでは待機ね。

 新革命軍は離れたところで進軍を停止すると、型通りに使者を寄越した。細かい要求の内容は知らないけど、非現実的な馬鹿げた内容だったらしい。こっちを舐めてたんだろうね。

 エクセンブラの誰かが使者を切り捨てると、新革命軍から雨あられのように魔法が飛んできた。

 無数の魔法は全て結界魔法で遮断される。設置型大型魔道具の面目躍如といったところか。魔力が切れるまでは、この攻防が続くだろう。


 だけど黙って見てるだけの防衛側じゃない。

「第一魔法攻撃隊、攻撃開始!」

 新革命軍に比べると貧相に見えるほど数は少ないけど、いくつかは大きな威力を秘めた魔法が飛んでいく。

 敵も防御用の魔法を展開するから多くは防がれるけど、それでも大規模魔法は着実にダメージを与える。

「第二魔法攻撃隊、攻撃開始!」

 奇襲部隊のはずの私は、決行日までは暇だからここにも組み込まれてる。号令に合わせて、仕方なく魔法を放つ。


 いつものトゲの魔法だ。敵魔法部隊の足元から鉄のトゲを無数に生やしてやる。

 一撃で百人くらいは戦闘不能になったかな。

 この程度の魔法でこの距離ならまだまだ連発できるけど、やり過ぎは禁物だ。休むふりをして適当に引っ込む。私の戦果はもうこれで十分なはず。

 結界魔法だって、一日では無力化できないはずだから余裕がある。

 防衛側はこの結界魔法と長大な外壁によって、大きなアドバンテージが得られる。



 夜襲の実行がないまま三日目を迎えた昼過ぎに、結界魔法は限界が迫りつつあった。

 それでも、この三日の内にレトナーク新革命軍に与えた損耗はかなりの人数に及ぶ。さらに野ざらしの彼らの疲労はかなりのものになってるだろう。

 先遣隊の後方には本隊も到着してるけど、まだ戦闘に加わってないとはいえ、行軍による疲れはそれなりにあるはず。

 対するエクセンブラ側は損耗なんて無きに等しいし、元気いっぱいだ。当然、私たちキキョウ会もね。


 聞くところによれば、結界魔法が切れる前に元気の有り余ってる部隊がひと当てしに行くらしいってことで、退屈だったキキョウ会も名乗り出ることにした。

「やっと出番かよ。退屈過ぎて死ぬかと思ったぜ」

「久しぶりの戦場だ。血が滾るな」

「相手は疲れてるし、雑兵しかいない。適当に暴れて満足したら帰ろう」

 今回は特に戦術もない。ずっと引き籠ってたエクセンブラに対して油断が出てきてる状況と見て、一気に攻めて短時間で帰還する嫌がらせみたいなことをするらしい。私たちはその先鋒を勤める。

 わざわざ危険な役目をと思うなかれ。この三日で戦場の空気に触れた私たちは、すぐにでも飛び出したくて溜まらなかったんだ。

 戦いがそこにあるってのに、上からチマチマと魔法を放つだけ。そんなのは面白くもなんともない。ストレスが溜まるだけだ!


「もう我慢できないわ。私は勝手にやるから、みんなもそうしなさい。ただし、死んだら許さないわよ?」

「へっ、こんなところで死んだら思いっきり笑ってやるぜ!」

「わたしとアンジェリーナがフォローする。ユカリ殿や皆は好きに暴れるといいさ」

「お姉さまはわたしが守ります!」

「あたいらも久々に元冒険者チームでやるか?」

「本当に死ぬなよ? 怪我ならどうとでもなるが、死んだらわしでも治すことは出来んからな」

「だいじょぶ、だいじょぶ」


 細かいことはどうでもいい。私はもう、たまらないんだ。

 収容所にいた頃、始めて身体強化魔法を使って魔獣と戦った時のことを思い出す。

 アドレナリンか類似した魔法的物質か、私の高揚感の高まりは留まるところを知らず、今にも爆発しそうだ。


 無論、こんなところで死ぬつもりはないし、みんなの実力も信頼してる。身体強化の魔法薬もバッチリ使ってる。心配することは何もない。

 それゆえに敵を打倒すことに意識を集中する。

 早く始まれ!

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