第72話、新しい展望と問題

 長かった冬が終わり、降り積もった雪もとうに消えてなくなった。

 本格的な春の到来は、新しいことへのチャレンジ精神を旺盛にさせる。



 我がキキョウ会でその筆頭はリリィだ。

 リリィは豊富な個人資金を活かして土地を購入していた。エクセンブラ北東の僻地に当たる何もないところだけど、広大な土地を手に入れて趣味と実益を兼ねた実験場として使うらしい。

 面白そうだから私も資金援助しておいたけどね。

「助かります~。これで囲いを作る費用が確保できました~」

 あいにくと土地の購入だけで資金が底を尽きちゃったらしくて、これ以上は何もできないらしいけど。

 まあリリィならどんどん稼げるから、実験に必要な物だってすぐに揃うだろう。



 ローザベルさんとコレットさんは、前から言ってた弟子を取ることを本格的に始めた。

 まずは治癒師ギルドの手が付いてない子ってことで、難民区画やスラムに探しに行ったんだ。どこから持ち出したのか、治癒魔法適正のみを調べる魔道具なんて出してきてね。面白そうな魔道具ではあるけど用途が狭すぎる。治癒魔法だけって。


 田舎に住んでる人なんかは治癒魔法適正を持ってても、都会にでも出ない限りは治癒師ギルドに所属したりしないらしいからね。難民の中に紛れ込んだりしてるような、取られる前に確保しようって魂胆らしい。

 弟子っていうくらいだから、なるべく若い子。それもキキョウ会に入るとなれば、なるべく身寄りのない子の方がいい。危険だからね。

 そんな条件のもと、何日もうろつき回って治癒魔法適正の持ち主をふたり確保してきた。

 家族のいる人や幼い子には、その才能を活かすべく治癒魔法適正があることを教えてあげて、治癒師ギルドに行くことを勧めながらの弟子探しだったらしい。さすがよね。


 キキョウ会に入れるなら他の見習いと同じ待遇になるけど、その子たちの面倒はローザベルさんとコレットさんに全面的に任せる。

 最低限の訓練や講義は義務としてやってもらうけど、そのペースは師匠たちに委ねる方針だ。

「新人の様子はどう?」

「わしとコレットが教えるんじゃぞ? どれだけ才能のない奴でもそれなりにしてやるわ」

 まだ若い新入りは基本的な第七級の治癒魔法しか使えない。それでも本来ならありがたい存在なはずなんだけど、特殊なキキョウ会では当然ながら戦力外。これからの成長に期待したい。弟子探しはまだ続けるらしいし、人数は少しずつでも増えていくだろう。



 フレデリカは以前に魔法封じの腕輪を鑑定した経緯から魔道具鑑定にハマってる。

 それが転じて、今では立派な魔道具オタクになってしまった。それもただ収集して愛でるんじゃなくて、鑑定魔法を駆使した研究と改造に手を出してるんだ。さすがに一から作ったりはしないみたいだけど、既存の物の魔改造をやってるのは見せてもらった。

 まだ複雑な魔道具の改造ができるほどじゃないんだけど、作業中は常時鑑定魔法を発動してるし、魔法能力のレベルアップにも好影響があると思う。

 私としても興味深くはあるから、魔道具の提供には協力するつもりだ。


 フレデリカのこの趣味が発覚すると、私以外にも興味津々なのが当たり前のようにたくさん出てきた。

 平のメンバーや見習いはもちろん、幹部の中にもね。

 彼女たちは通常営業や訓練を終えると、サークル活動のように集まって、持ち寄った魔道具を研究したり改造したりと楽しんでるらしい。

「ユカリ、他に魔道具は持っていませんか?」

「あのね、私だってそんなにしょっちゅう魔道具を買ったりしないから持ってないわよ」

 ちょっと呆れ気味にぼやく。



 他のメンバーも色々なことに手を出してるみたい。

 ドミニク・クルーエル製作所にバイクの注文をしに行ったり、新魔法の開発をしたりだとか、個人的な趣味を実益も兼ねるように発展させたりとか。

 フレデリカたちのように、みんなも最近は遊びだけじゃなくて研究にも興味を持ち始めりたりね。


 シャーロットは暇さえあれば刻印魔法の研究に打ち込んでるし、メアリーとアルベルトを中心に戦闘班のほとんどは戦技研究を熱心にやってる。

 事務班の人員も新たな事業計画を練ったり、既存の事業もさらなる効率化や新しいアイデアで変化を付けようとしたりと活発だ。

 みんなが楽しそうに色々やってる姿は、その明るく行動的な雰囲気だけでも刺激になる。

 もちろん、仕事以外は遊びまわってるのやグータラしてるのもいるけどね。それはそれでいい。長い人生、何かを見つけた時にはきっと忙しくするんだろうし。



 そしてキキョウ会としての新たなチャレンジも始めてる。

 今のところの最終的な目標は上流階級向けのホテル経営で複合的な施設の建設を目指してる。

 だけどノウハウも何もないから、まずは安宿からだ。安宿で働いた経験のある人なら難民の中からでも割と簡単に見つかるし、料理や掃除を担当する人の確保も簡単だ。


 エクセンブラのホテル需要は全く満たされてないし、安宿からでも大いにチャンスがある。

 コツコツと、なんて殊勝な考えを持ってるわけじゃないんだけど、いきなり大きく投資して失敗したら目も当てられないからね。

 様々な状況を見極め、従業員の育成や確保をしながら、規模を拡大していく予定だ。適当なところの買収計画もあるし、時期がくれば諸々の計画は加速するだろう。

 こういった長期的な展望を視野にした計画の実行は、相互不可侵協定の発効してる今でこそやらなければ。邪魔が入りにくいからね。



 春が訪れてからは、懸念してたようにレトナークからの難民は大勢やってきた。

 幸い、裏社会の組織が自分のシマを守ることに集中してる時期とあって、治安の悪化は抑えられてる。キキョウ会もシマの警戒を厳にして、いつもより見回りの回数を増やしてるしね。

 さらには経済的な発展が著しいとあって、就職先がたくさんあるから真面目に探せば仕事には困らない状況ってのもある。

 一部の不逞の輩以外は、街の発展に貢献してくれてるわけだ。


 私たちキキョウ会も就職の斡旋には積極的。ウチを頼ってくれた人にはなるべく応えてあげたいと思ってる。

 まず、キキョウ会に入りたいと希望する女性には、今までと同じ条件で見習いにする。これは少数派。詳しい説明をすれば大抵は尻込みするからね。

 就職の斡旋ならシマの中で求人を出してるところを紹介するし、キキョウ会自身が運営してる店舗でも空きがあれば雇い入れる。


 それでも足りない場合には、最近は設備道具一式を貸し出して、テキヤをやらせることにしてる。

 キキョウ会のシマでなら、周囲の迷惑にならない限りどこでやってもいいし、これが意外と需要があるんだ。

 しばらくすると、六番通りの路地裏がテキヤ街になってて、一定の人気を博したほど。

 当然だけどレンタル料というか、ショ場代というか、上納金はとる。売り上げに対して僅かな徴収額ではあるけど、数が集まれば意外に侮れない稼ぎになるからね。その仕事は新人の役目で、彼女たちの小遣い稼ぎにも経験を積む上でもちょうどいい。



 そして難民以外にも、成長著しいエクセンブラにはたくさん人がやってくる。

 ビジネスで訪れる人が中心になるけど、やっぱりアウトローっぽいのも多いみたい。

 情報班が調べたところによれば、他の街どころか他の国からも、エクセンブラに新しい拠点を構えるファミリーや組がいくつも参入してるんだとか。硬派なところばっかりじゃなく、凶悪な犯罪組織なんかもね。むしろそっちの方が圧倒的多数。


 さらには成り上がりを夢見てるような若者グループとかも。

 最近の問題の多くは他所からやってきたこいつらになる。私たちキキョウ会だけじゃなく、他のファミリーもその対処に悩まされてるらしい。

 元々エクセンブラにあった裏社会の組織同士では、協定があるから問題が起こっても小競り合い程度にしかならないんだけど、他所からやってきた奴らはそんなことお構いなしだからね。



 今日も私は新参の余所者、それも不逞の輩と対峙する。

 近所を食後の散歩中だった私とヴァレリアは稲妻通りでそれを発見した。

 ここらで偶に見かけるお姉さんが路地裏に引っ張り込まれる瞬間だった。

「お姉さま、あれは」

「行くわよ」

 急いで路地裏に行くと、助けを求める声とそれを咎める怒声が聞こえる。


 次いで目撃したのは、女性を殴り飛ばした後にナイフを取り出すシャバ憎の姿だった。そいつの他にも、もうひとりの男がベルトを外そうとした格好でニヤついてる。

 鼻血を流しながら座り込む女性を前にさらに怒鳴りつけるシャバ憎。私が近づいても気が付く様子もないほど夢中になってる。

 そのまま近づくと、おもむろに前蹴りでシャバ憎を蹴り飛ばす。同じタイミングでヴァレリアはもうひとりの男を捕まえると、得意の一本背負いで放り投げた。


 蹴り倒した男が起き上がると、最近は聞かなくなったセリフを私に向かって吐き捨てる。

「痛ってぇ! テメェ、女かよ!? ふざけやがって」

 もはや喋る気も起こらない。適当に痛めつけて追い払うか。

 シャバ憎は手に持ったナイフをチラつかせながら、私に向かって不快な単語を連発する。

「聞こえてねぇのか女ぁ! しゃぶれっつってんだよ!」

 女を罵るための卑猥な単語は聞き飽きてる。聞き飽きてるけど、不愉快になる気持ちが減るわけじゃない。身の程を弁えない雑魚が発するとなれば尚更だ。

 生理的な嫌悪すら感じる目の前の男に、少しでも触れることを嫌った私は、適当な鉄の棒を瞬時に生成すると無言で叩きつける。

「あぎゃっ!」

 首筋に一撃入れただけでナイフを取り落とす情けなさ。もう一撃振り下ろすと、早くを泣きを入れるシャバ憎。

 そんなものを聞き入れる私じゃないし、二度とキキョウ会のシマには立ち入って欲しくない。

「……さっき何て言った? 私に何か言ったように聞こえたんだけど」

「わ、悪かったって。口癖みたいなもんだ」

「へぇ。口の利き方に気を付けなさい。二度目はないわよ。それからこの近辺には近づかないことね。次に見かけたら命の保証はしないわ」

「へへ、なぁ、お前よ。俺の女にならねぇか? イイ目見させてやるぜ?」

 意味が分からない。言葉も目付きも何もかもが不愉快だ。

 気が付くと手にした棒を顔面に叩きつけていた。ふぅ、余りの気持ち悪さに一瞬我を忘れてしまったわね。


「ヴァレリア、そっちは?」

「はい、まだ息はあります」

 金目の物は持って無さそうだし、もう放置でいいや。

 まだ座り込んでる女性に近づくと、顔の汚れを拭いてやりながら、さり気なく回復薬を染み込ませて傷を癒してやる。

「大丈夫? 痛みは?」

「え、だ、大丈夫です。その、急に襲われて」

「もう大丈夫よ。私たちのことは分かるわね?」

「はい、キキョウ会の方ですよね」

「そうよ。何かあったらすぐに私たちに言いなさい。もう立てるわね? ヴァレリア、この人を送ってあげて」

「はい、お姉さま。お姉さまはどうされるのですか?」

「ウチの見回りが十分じゃないみたいだからね。私も少しここらを見てから帰るわ」


 それにしてもキキョウ会のおひざ元である稲妻通りでこんなことが起きるなんてね。私たちの沽券にかかわる。見回りはもう少し密にしないとダメか。

 今日も稲妻通りにはキキョウ会の見回りがいるはずだけど、隙を狙った犯行か偶然か。とにかく私たちが見つけられて良かった。

 感謝しつつヴァレリアと去っていく女性を見送ると、私は路地裏をメインに練り歩く。

 見回りの体制については幹部会で議論してもらおう。今のままじゃ不十分だし、人員は十二分にいるから問題ないはず。



 新たな問題を孕みつつも春が過ぎ去ると、今度はレトナークの新革命軍が大きく動き始めた。

 波乱はもうすぐそこにまで迫ってる。

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