第66話、六番通り観光
中古車譲渡の手続きを終えると、続けてやってきたのは六番通りの酒場、王女の雨宿り亭だ。
お昼時になったことだし、ソフィが仕切る酒場で休憩をすることに。
ちょっと前から始めたらしい昼営業も好評みたいで今日も満員御礼。
私たちは関係者特権で当番の用心棒席を譲ってもらうと話題のランチを注文する。
「ソフィ、忙しいところ悪いわね。この子を案内してて、ちょっと寄ってみたんだけど」
「そんな、ユカリさんとお連れ様ならいつでも歓迎しますよ。出来上がるまで、もう少しお待ちくださいね」
今日のソフィもポニーテールが揺れる若々しいスタイルだ。うーん、何度見ても感心する。これは常連ができるのも納得ね。
ランチがくるまでは妹ちゃんにここの説明なんかをしつつ、他愛もないおしゃべりに興ずる。
その際、支部に帰る見習いには私たちが乗ってきたジープを引き継いでそのまま乗って帰らせる。ここを出たら徒歩で六番通りを案内しながら移動するからね。
「お待たせしました。熱いのでお気を付けください」
少々時間が経ってから従業員が持ってきたのは、チーズをたっぷりと使ったシンプルなドリアに、ジャガイモとトマトをメインにしたサラダ、隣のシマから調達してるらしいフワフワのパン、手作りジャムをソースにしたヨーグルトとフレッシュなドリンクまで付いてくる。
私にとっては量が足りないけど、見た目良し味も良しで文句なしのセットだった。まあ値段は安くはないけど、クオリティを考えれば相応、いやお得かもしれない。
食後に紅茶をゆっくりと嗜むと、そろそろ退店だ。
「とても美味しかったですね。個人的にまたきてしまうかもしれません」
さすがはソフィ。ヴァレリアと妹ちゃんも満足そうだ。
おしゃれっぽい店とメニューの割に、客層がおっさんばかりなのはソフィのせいだろう。
すっかりご近所のアイドルと化したソフィ目当てのエロじじいども。セクハラさえしなきゃ良い客なんだけどね。
軒先の花屋も営業中で、そっちにも人が多くやってくる。
でもそこにリリィの姿はない。
実は王女の雨宿り亭の軒先は出張所としての扱いに変わって、めでたいことに本店がキキョウ会支部の近くに開店することになった。リリィは今はそこを治める主になってるんだよね。
ここの出張所では、私たちが面倒を見て斡旋した女性が、笑顔を振りまきながら元気に働いてくれてる。
キキョウ会は正規メンバー以外の、そうした従業員に対しても金払いが良いし休暇も与える。しかも他には存在しない有給休暇のシステムを導入して、従業員たちからは絶大な支持を得るに至った。
そうすると、キキョウ会配下には働き手の希望者が殺到するから、従業員の質も上がる。
自然、客からの評判が上がって売り上げも上がり、従業員への賃金にも反映される。まさしく、絵に描いた様な好循環ね。
まだ狭い範囲でしかないけど、社会現象のような効果を生み出して、噂によれば他の待遇の悪い職場もある程度の改善をせざるを得なくなってるらしい。
搾取することしか考えてない経営者以外はみんながハッピーになる。
この好循環はキキョウ会こそが作り上げたと自負してる。問題がないわけじゃないけど、まあ概ね上手くいってると思う。
私自身に社会を変えたいなんて気持ちはさらさらないけど、お礼がしたいと言うのなら素直に受け取ろうじゃないの。
それはそれとして。お次はいよいよ、妹ちゃん待望の花屋に来訪だ。
花屋『エレガンス・バルーン』は、リリィが運営するキキョウ会の新たな重要拠点だ。
六番通りの外れに位置するここは、キキョウ会支部と同じく元々人気の少ない場所だった。
ところがどっこい、今となっては多くの人が行き来する賑やかな場所と化してる。
この界隈で最初に営業を開始したキキョウ会支部の食堂は、そこそこの人出を集めることはできたけど、決して賑わうほどじゃなかった。
それが支部の地下で賭博場の営業を始めてから潮目が変わる。
キキョウ会の賭博場が話題となり、ほどなく実際の人気を博するようになると、便乗するように周囲に飲食店やお試しのテナントが増え始める。
その最中、大々的にオープンした、元々人気を博してたリリィの花屋の本店が開業。話題にならないはずがない。
人が人を呼んで、あれよあれよという間に、六番通りの外れは賑やかな一角として生まれ変わったのだった。
「……なんですか、ここはっ」
エレガンス・バルーンに到着するや否や、一言呟いたまま絶句する妹ちゃん。私も同感だ。
広い土地の前庭を庭園にした屋敷風の店は、おしゃれの域を通り越してると私は思う。改めて見ても、やり過ぎてるとしか思えない。
庭園になってるここは全てが売り物。生垣だろうが、花壇だろうが、フラワーアーチだろうが、大きな樹木だろうが、望めばここにある物なら全てが購入可能。大物を買う人は今のところいないらしいけどね。
奥の屋敷っぽい営業所では、切り花から植木、フラワーアレンジメントまで買うことができる。そして、たまーにフラワーアレンジメント教室を開催してるらしい。その辺はほとんど趣味でやってるみたいだけどね。
とにかく、この一種のテーマパークじみた庭園は、見るだけでも楽しいし、ご近所や遠方からやってきた商人たちにも、評判の観光スポットのようになってしまってる。
庭園のあちこちには、お決まりのエプロンを身に着けた従業員が接客をしたり、掃除をしたり、植物の世話をして忙しそうに働いてる。
興味深げな妹ちゃんを伴って、庭園を散策しながら営業所に向かう。
「驚きました。聞きしに勝る、見事なお店ですね」
その賛辞はリリィに聞かせてやってくれ。
屋敷のような営業所に到着すると、ここはここで混み合ってるわね。まあ想像通りだけどさ。
またもや関係者特権で売り場をスルーしつつ、リリィがいる事務スペースに上がり込む。
「リリィ、邪魔するわよ。ほら、この子、前に話した妹ちゃん。この花屋が気になってたんだってさ」
「まぁ~、そうなのですか~? よくお出でくださいました~」
リリィは何かの書類仕事中だったけど、中断して私たちをお茶に誘う。
「この営業形態は、あなたがお考えになったのですか? とても驚きました。それに花も木も、ここにある全てが美しいですね」
「ありがとうございます~。ここは従業員のみなさんと一緒に考えてぇ、こうなったのですよ~」
にこにことマイペースなリリィは相変わらずだ。だけど、売上金は凄まじい。故にここは重要拠点として、キキョウ会では取り扱ってる。
本人はとにかく楽しそうで、あんまりそういったことには興味なさそうだけど。
ヴァレリアと私は、妹ちゃんが満足するまでエレガンス・バルーンに居座って、遅くなる前にみんなで引き上げた。
キキョウ会本部に戻ると、妹ちゃんのお迎えの車がきてて、そのまますぐ別れることに。
名残惜し気な妹ちゃんだけど、別にいつでも遊びにくればいい。そう、事務所のみんなと気軽に伝えてやる。
「本当ですか? それではまた、近い内に寄らせて頂きます。今度は、そちらの訓練の様子などを見学してみたいですね」
訓練ね。まあいいか。この子も結構な武闘派みたいだし、見るどころか参加させてやろう。鍛えてやれば少しは恩も売れるかもしれないし。
それにしても、本当にすぐにやってきそうな感じね。
「また遊びにきなさい。今日ここにはいないメンバーもあんたに興味あるみたいだったしね」
「ええ、ぜひに。それでは皆さん、今日はとても楽しかったです」
最後はお嬢らしく、優雅に挨拶して帰る妹ちゃん。
たまにはこういう日もいいわね。
そして後日、マクダリアン一家からの贈り物が届けられた。これが最後の贈り物ね。
あの時に予告してた通り、彫像だ。うん、彫像だ。間違いない。でもね。
「……これは、素晴らしいです!」
「おおー、こりゃ見事な」
「そっくりですね」
「良く出来てますねー」
「はははっ! 凄ぇな、まさかこんなモノが届くなんて予想外だぜ」
いや、ホント。予想外というか何というか。
……まさか私を模した彫像が届くなんてね。確かに出来はいいのかもしれない。でもこれはない。嫌がらせか?
「これ、どうすんの? 人目に付くところに置くなんて絶対に御免よ」
自分そっくりの等身大の彫像をもらってどうしろと? 扱いに困る。
「玄関に飾っとくか?」
却下。
「事務所の中に」
却下。
「あ、それだったら、あたしの部屋に」
それも何となく却下。
「じゃあユカリの部屋に置いとくか?」
嫌だ。事情を知らない客人にでも見られたらどうするんだ。とんでもないナルシストみたいじゃないか。却下だ、却下。
「そうすると、ウチがやってる店や支部にでも置くか? でもそれも嫌だろ?」
当然、却下!
「街の重鎮からの贈り物ですし、高価な物ですからね。捨てるわけにもいきません。そうなると、あとは屋上の庭園でしょうか」
空中庭園なら基本的にはキキョウ会メンバーの目にしか晒されない。客人の目に触れる可能性もないわけじゃないけど、もうそこしかないか。
諦めて空中庭園に設置することで妥協する。
「はぁ……悪いけど誰か運んでおいて。ちょっと街の外でストレス発散してくる」
ブルームスターギャラクシー号でぶっ飛ばしたい気分だ。思いっきり風を感じてくれば、多少なりともスッキリするかもしれない。
雪のなかを疾走するのはどんな感じなんだろう。街の中とは違って除雪もされてないし、そもそもちゃんと走れるのかな?
私の言葉を受けて一番の力持ちであるアンジェリーナがさらっと彫像を持ち上げて見せる。
大理石の重い彫像だけど、アンジェリーナに掛かれば軽いものだ。そのまま脇に抱えようとして、横倒しにするとハプニングが起こった。
「あ、ちょっと!」
「させませんっ」
ヴァレリアが滑り込みしながらナイスキャッチ。
はぁ~。重いため息が出るのもしょうがない。なんたって、首が取れたんだから。
「どういう構造してんのよ、これ。喧嘩売ってんの?」
私はヴァレリアから首を受け取ると、手早く鉱物魔法でくっ付ける。まったくもって縁起が悪い。
お前の首をとってやるぞ、とでも言うつもりか。
「ま、そのままの意味だろうな」
「どうしますか? 殴り込みますかっ!」
なんでそう嬉しそうなのよ。腹は立つけど、それよりも脱力感の方が強い。
もう直したし、屋上に運んでおくように伝える。
親分連中からの報酬はどれもこれもその名に恥じない良いものばかりだったけど、最後にケチがついたわね。
それでも車両や酒なんかも含めて、随分と色々貰ってしまった。親分連中には礼状くらい出しておこう。
もちろん、マクダリアン一家には皮肉を込めた丁寧な奴をね。
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