第65話、車両、回収!
バルジャー・クラッドからの報酬である車両について幹部会で検討した結果、装甲兵員輸送車を購入することで決まった。
キキョウ会の人員輸送という意味では、すでにジープとトラックを必要台数分揃えてあるから現状はそれで足りる。
今回の目的となった装甲兵員輸送車は、戦闘員が搭乗する目的よりも、非戦闘員を安全に運ぶためといった意味合いが強い。
移動中の襲撃は十分に想定できることだし、対抗手段の確保はこれで達成できる。ありがたや。そういった荒事はしばらくの間はないはずなんだけど、この先ずっとってわけじゃないし油断は禁物だ。早めに準備しておくに越したことはないしね。
新車の購入をする場合、通常、店には代表的な車種のサンプルしかない。したがって、そのサンプルを基にして仕様を決定し発注後に制作される流れだ。
装甲兵員輸送車なんてサンプルとして存在してるとは思えないけど、金さえ出せば作ってくれないこともないだろう。かなり値は張りそうだけど、所詮は他人の財布だ。気にすることはない。
代わりに中古車の報酬については、街中で普段使いできるような小型車両を譲ってもらう予定。しかも何台か譲ってくれるって話だったから、小型車両なら三台や四台はオーケーしてくれるだろう。ダメならダメで減らせばいい。
六番通り併設区画に確保してある敷地は、その程度の車両なんていくらでも駐車しておけるほどのスペースがある。
決まったなら早いほうが良い。特に新車は納品までに時間を要するだろうし、ちゃっちゃと片付けよう。
幹部会の翌日、暇な私と護衛のヴァレリアでさっそく車両の話を付けに行こうとする。その出掛ける準備中に来客があった。
事務班の見習いが案内してきたのは、アナスタシア・ユニオン総帥の妹ちゃん。外は寒いからかモコモコに着込んでるせいで、可愛らしくも間抜けっぽく見える。
「こんにちは。それともまだ、おはようございます、でしたか?」
「また唐突ね。ていうか早くない? もしかして暇なの?」
「失礼ですね! そんな事はありません。こう見えても方々からお誘いは引っ切りなしなんですよ?」
怒ったような振りをしつつも、自分でも早すぎる来訪を少し恥ずかしがってるようだ。総会があった日から、まだそんなに経ってないからね。
とはいっても、それなりに立場ある人の妹だし、実際どの程度の自由が効くのか想像もできない。
引っ切り無しのお誘といってのも、単純に友達ってわけじゃないだろう。つまらない目的でお近づきになりたい奴なんて、ごまんと居そうだし、どうせそんなところに違いない。そんなののお誘いなんて嬉しくなんともないだろうとも。だからこそこっちにくるのを優先したんだろうし。
「まあせっかくきてくれたんだし、追い返したりしないわよ」
そこで私たちが外套を手に持ってるのを見る妹ちゃん。
「あら、どこかお出かけになるところでしたか?」
「まあね。よかったら一緒に行く? ついでにこの前言ってたウチの花屋に案内するわよ」
「そうですね。ここにはまた立ち寄らせて頂くとして、ご一緒してもよろしいのならぜひ」
「じゃあ先に用事を済ませるから、まずは中央通りに行くわよ。フレデリカ、みんなも留守よろしく」
本部に残って仕事を続けるみんなに一言だけ告げると、ヴァレリアと妹ちゃんを伴ってガレージへ。
適当なジープに乗ると、安全運転で目的地に向かう。
最初の目的地は移動用魔道具の専門店。
それも中央通りに店を構える大店で、しかもエクセンブラ唯一の高級店だ。だけど私はここのオーナーと知り合いで何度かきたことがある。
ちょっと前にマルツィオファミリーの賭博場で、サシの勝負をした中年のおっさんがここのオーナーだったんだよね。
嫌らしい目つきが大きな欠点であるものの、気前が良くて気のいいおっさん、ブーラデッシュさんだ。
ここはブーラデッシュ商会。あのおっさんなら私の要求も聞いてくれそうな気がする。
「こんにちはー」
店に入りつつさっと見回すと、広々した店内に何人かの先客。
入り口付近に控えるコンシェルジュが折り目正しく私に挨拶を寄こす。
「ようこそお越しくださいました、ユカリノーウェ様。只今社長を呼んで参りますので、そちらへお掛けになってお待ちください。お連れの皆様もどうぞごゆっくり」
コンシェルジュはそれだけ告げると、別のコンシェルジュに指示を出して奥に消える。
すぐにお茶と茶菓子が出されて、私たちはブーラデッシュさんがくるまで休憩だ。
「あなた、ここの社長さんと知り合いなんですか?」
「ちょっとした縁があってね。それ以来、ここは何度か利用してるわ」
「お姉さまは顔が広いのです」
女三人、姦しくも声は抑えめに会話を弾ませてると、ブーラデッシュさんがほどなく登場した。
「おお、ユカリノーウェさん、ヴァレリアさん、よくぞおいでなさった。こちらは初めてお目に掛るかな?」
私とヴァレリアに大袈裟な挨拶を送った後、妹ちゃんとも顔つなぎを忘れない。
「ええ、わたくしは」
「こっちはアナスタシア・ユニオン総帥の妹ちゃんよ」
「ちょっと! 妹ちゃんとは何ですかっ」
私たちは妹ちゃんをからかいつつ、ブーラデッシュさんに今回の目的を話す。
欲しい物の概要を伝えていくと徐々にブーラデッシュさんは難しい表情に変わっていく。
「……装甲兵員輸送車、か。概念は理解できるが、そのような車両を作った実績は今までにないな。少なくとも近隣諸国を含めてもそのような車両の話は聞いた事がない」
それはそうだろうね。コストが掛かり過ぎるし、普通なら魔道具を使うか防御に適した魔法使いが同乗すれば済む話だし。
私たちの要求はただの贅沢だ。
「ふーん。なら他国も含めて、初めてそれを取り扱った商会として名を売ることね」
「簡単に言ってくれる」
渋りながらも前向きに検討し始めたようで、材料費がどうのとか、開発費がどうのとか呟きながらメモ帳になにかを書き殴ってる。
「やるだけやってみるが、費用がかなり掛かるな。ドン・クラッドから話は聞いているが、青天井の予算ではあるまい。一度相談してみたい」
そりゃそうね。いくら何でも想定してる金額くらいはあるか。
あんまりにもケチ臭い予算だったら、直談判に行くかもしれないけど、そこまでヘボじゃないだろう。
「分かったわ。もしダメだったら、軽装甲車両くらいで妥協しておくわ。そこは最低ラインだから、その辺も見積りしておいて」
「軽装甲か。さっきの話とはまた違うな。そっちになる可能性も否めんから、詳しく話してくれ」
頭の痛そうな顔をするブーラデッシュさんだけど、そこはそれ。仕事なんだから頑張ってもらおう。
大体のところがまとまって後はオプションだ。
基本の車両だけで満足しないのがキキョウ会クオリティ。相手の奢りだというのなら、とことん奢られてやる。
魔道具を使った空調機は当然として、セキュリティ機能は最上の物、自動浄化機能付きのフロアマット、この際フォグランプなんかも付けておこう。色々あるけど、あとは要らないかな。不要な物は排除して注文を重ねる。
そして裏オプション。
「いつものように、リミッターは解除しておいてよ」
「分かっているが、無茶はしないようにな」
この辺はもう以前に散々やりあったところだ。
時速30km程度しか出せない、ヘボ仕様を無理やり解除する裏オプション。
バレたらタダじゃ済まないらしい。もし使うとすれば本当にヤバい使わざるを得ない時か、誰もいない街の外をぶっ飛ばす時くらいか。あるに越したことはないから、私は必ず注文するけど。
「オプションの料金もそれなりにするが、これを一緒にドン・クラッドに提示するのは無理だと思うぞ。車体だけでも高額過ぎる」
「なに、私に払えっての?」
「まあそうなるが」
「……高額な車体ってのは、当然利益も含めた金額よね?」
「当然だ。そこはこっちも譲れんぞ」
「利益を乗せるのは当然のことよ。でも、乗せ過ぎじゃないかと言ってんの」
「そんな事はない」
あくまでポーカーフェイスを崩さないブーラデッシュさん。そこはギャンブラーらしいわね。
だけど私も引き下がらない。
「今回の件、たった一台の車両の割には大金が動くわよね。どうしてそんな大きな商売に結び付くのか、誰のお陰なのか、よく考えて欲しいわね。キャンセルまでするつもりは無いけど、自腹を切るくらいならもっと安いのに変えてもいいかな、とも思うのよ」
「………………」
「………………」
沈黙。睨み合いの時間になるけど、引く気はないんだ。
「……実のところ儲けに比べれば、オプション如き大した金額じゃない。サービスしよう」
仕方なさそうに笑いながら、結局は折れるブーラデッシュさん。
「最初からそう言いなさいよ、まったく」
「さすがはお姉さまです」
結果は分かってても、商人としてこのやり取り自体が重要なんだろう。きっと。
ずっと横で傍観してた妹ちゃんが切りのいいところで話しかけてくる。
「あなた、会話の内容は良く分かりませんでしたけど、相当危ない橋を渡ってるんじゃ……」
リミッターのことかな。
「大丈夫よ。バレたら誤魔化すか、黙らせればいいんだし」
「……そういう、世の中を甘く見たようなところ、あなたの欠点だと思いますよ?」
「確かにそうかもね。まぁ、なるようになるわ。心配御無用!」
「そうです。お姉さまに不可能はありません」
「あなたたちね……いえ、もういいです」
呆れたような可笑しそうな微妙な顔で言葉を打ち切る妹ちゃん。何を言っても無駄だと察したんだろう。
その後、一通りの手続きを済ませて、もし何か問題があればキキョウ会に使いを寄越してもらう手筈を整える。
問題なければ連絡不要。その場合は出来上がり次第、使いを寄越してもらう。
あとはお任せだ。
退店して、今度は紹介してもらってた中古車ディーラーに向かう。
中央通りからは少し外れた所にある広めの営業所。ジープで到着すると営業担当だろうか、すぐに建物から出てきた。
「その外套と代紋、キキョウ会だな? 話は聞いてるぜ。女の癖に腕も度胸も男顔負けって話じゃねぇか。楽しみにしてたんだ」
今度はマッチョの親父が、ざっくばらんな感じで応対する。
女相手だと横柄な態度の商売人も多いけど、キキョウ会が特別なのか、このマッチョ親父は良い感じに接してくる。
「上から言われて、譲ってもいい奴をそっちに集めておいたからよ。気に入ったのがあれば持って行け」
入り口付近に置かれてる、この辺の奴か。
見た感じ、ボロかったり酷いのは無さそうだけど。
「中古だがしっかりメンテしてあるし、十分に働ける奴を用意してあるからよ。心配すんな」
おっと、疑ってるように見られてしまったか。そんなつもりじゃなかったんだけど。
ラインナップは私たちがいつも使ってるような大型ジープを始めとして、中型のトラック、小型のトラック、中型のワゴンタイプ、小型のワゴンタイプ。それらが形や色違いで複数台ある。
そこそこ揃ってる中から選び放題か。ここの親分も気前がいいわね。
「欲張るわけじゃないんだけど、何台まで持って行っていいの? まさか全部貰っていいわけじゃないんでしょ?」
「ああ、それは困る。すまねぇが大型なら一台、中型以下なら二台、小型だけなら三台ってところだな。物によっちゃ、もう少し相談に乗れるかもしれんが」
欲しいのは街中で気軽に乗り回せる奴だからね。予備があっても困らないけど、大型と中型は間に合ってるし、予定通りに小型のを貰っておこう。
となると、トラックはいらないし、ワゴンタイプね。一番小さくて安いタイプだし、渋られることもないだろう。
「決めた。小型の一番小さいタイプにするわ。それをもらえない?」
「いいのか? 大型のでも結構いい奴を用意してるんだがな」
「実は大型車両は、すでに必要分は揃ってるのよね。今欲しいのは小型なのよ」
「そういう事か。てっきり今乗ってきたのと同じタイプを要求されると思ったぜ。全部小型でいいなら、トラックタイプになるが一台だけオマケしてやる。ずっと売れ残ってる奴だがな。どうする?」
「ありがたい申し出ね。もちろん、貰っておくわ。使い道はいくらでもあるし」
親分に負けず、マッチョ親父も気前がいいわね。
譲り受けた車両は、あとで六番通りの駐車場まで届けて貰うことにした。その辺のやり取りはキキョウ会支部にいる誰かにやっておいてもらう。みんな状況は分かってるから問題ない。
肝心の車両は、私自身はどれでも良かったから、ヴァレリアに適当に選ばせてから引き上げた。
品もサービスも悪くなさそうだし、お薦めの店としてあそこは覚えとこう。
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