第64話、思わぬ提案

 宴もたけなわ。そろそろパーティーも終わりの時間だ。

 バルジャー・クラッドの最後のスピーチで締めくくりだ。それももう終わる。

「さて、ここで約束を果たそう。キキョウ会のお二人には、勝利を称えて約束の報酬を贈らせてもらう」

 やっときたか。このままスルーされるんじゃないかと疑ってのは内緒だ。

 私はバルジャー・クラッドの言葉に澄まし顔で頷く。


「まずは我がクラッド一家から。中央通りに移動用の魔道具専門店があるのは知っているな? そこで一台好きなものを選んで持って行くといい。俺のツケにするよう話は通しておく。それでどうだ?」

 へぇ、それはいいわね。不満なんてあるわけない。

 それに好きなのでいいって言ったわよね。前から欲しかった大型車両を貰ってやろう。あれって高いんだよね。

 ありがたく頂戴しますと感謝すると、クラッド一家に続くように、次々に報酬が表明される。


「俺のシマには優秀な鍛冶職人がいてな。俺の払いで武具の受注生産を受けてやるから、後で希望を寄こせ」

「こっちは魔道具の輸入で稼いでるから色んなのがあるぜ。そこから目ぼしいのを送ってやろう」

「俺のとこは酒樽だ。一級品を送ってやる! 有難く思えよ!」

「ならばわしは秘蔵の酒を融通してやる。お前のところの酒場に卸してやろう。何しろ貴重な酒でな。定期的に決まった本数とはいかんが、その酒を飲めるとなれば、遠方からも多くの客が押し寄せる名品ぞ」

「ヤクはやらないんだよな? それなら中古車両を何台か譲ってやる。ドン・クラッドのように新車とはいかねぇが、ウチは中古車市場でも儲けてるからな」

「わしのところは、そうだな……」

 集まった親分たちから思った以上の報酬が約束される。みんな太っ腹ね。

 そして残すはマクダリアン一家とアナスタシア・ユニオンのみ。何が出るのやら。



 注目を集める中、先にアナスタシア・ユニオンが表明した。

「俺の妹を」

「いらないわ」

 即座に却下すると、和やかな笑いが起こる。

「話は最後まで聞け。俺の妹をキキョウ会との窓口に据える。何かあった時、一度だけキキョウ会の力になろう」

 ざわつく一同。これは予想外の報酬ね。

 一度だけとはいえ何か面倒事が起こった時には、アナスタシア・ユニオンが後ろ盾になってくれるってわけか。

「不満はあるか?」

「ないわね。でも約束は果たしてもらうわよ? それがどんな時だって、誰が相手であろうともね」

「約束は守る。ここにいるお歴々の前での約束だ。必ず果たそう」

 よし、言質は取った。メンツを大事にするこいつらなら、約束破りはそうそう起こらないはず。

 まだざわつく一同を他所に、慎んでその報酬を頂くこととする。

「それで窓口ってのは、具体的にはどうするの?」

「妹をそちらに預ける」

「はぁ!?」

「ちょっとお兄様、聞いてないわよ!」

「冗談だ。女同士、定期的に交流を図っておけと言う事だ。何かあれば妹から知らせてもらう」

 はぁ、びっくりした。冗談なんて言う性格だったのか。しかし冗談には全く聞こえなかったあたり、センスがなさ過ぎるわね。

 本気だったとしても、キキョウ会に部外者が住み込むなんてお断りだ。ちょっとお泊りにくるくらいなら構わないけど、住むとなれば話は変わる。ウチは表に出せないモノがたくさんあるしね。


 問題は天下のアナスタシア・ユニオンの総帥ともあろう人が、何を考えて自分の妹を差し出すような真似をしてるのかってことよね。

 うーん、手っ取り早く聞いてみたいけど、周りにこんなに人がいる状況じゃ話してはくれないわよね。まあいいか。

「遊びにくるならいつでも歓迎するわよ」

 妹ちゃんに向かって歓迎の意思を伝える。ウチに住むことが撤回されたせいか、妹ちゃんもほっとした様子だ。

「そうですか? それなら近々お邪魔します。実はあなた達が経営されている花屋が気になっていまして」

 リリィの花屋の評判がこんなところにまで。本部の空中庭園も見せてあげたら喜びそうね。

 ここで雑談をするわけにもいかないから、花屋訪問は軽く請け負って話を終える。

 あとはマクダリアン一家を残すのみだ。


 ここにいる誰にとっても、マクダリアン一家がキキョウ会を目障りに思ってることなんて周知の事実。

 今日の戦闘隊長を叩きのめした件も含めると、相当頭にきてると思うんだけど。

 そんなマクダリアン一家が贈る私たちへの報酬。私たちだけじゃなく、ここにいる一同みんなが気になってるみたいね。



 注目を一身に集めるマクダリアンが重い口を開く。

「……キキョウ会には色々と世話になっているようですからな。その件も含めて報酬は弾みましょう」

 皮肉のつもりか。私たちは売られた喧嘩を買ってるだけだっての。

「そうですな、当一家からは彫像を贈りましょう。高名な彫刻家が知り合いにおりましてな。キキョウ会のさらなる繫栄を願って、特注して贈らせてもらいましょうか」

 彫像? なんというか、微妙。

 正直いらないけど、高名な芸術家の作品ともなれば高値が付くのかもしれない。まあいいわ。

「ありがとうございます。ドン・マクダリアンのご厚意に感謝を」

 内心を余所に表向きは丁重に感謝を示す私。できた女よね。

 その後はジークルーネと一緒に、改めて全ての親分たちに感謝を告げた。



 いい感じに話もまとまって、これで終わりかという頃合いに、ひとりの使いがやってきてバルジャー・クラッドへ耳打ちする。頷いて使いを下がらせると、私たちに向き直った。

「たった今、レトナークについて新たな情報が入った。ここにいる皆さんであれば、ある程度の情報はすでにお持ちだろうが、これは確定情報だ。共有しておこう。それから最後に一つ、前々から考えていたのだが、皆さんに提案がある」

 レトナークか。またロクでもないことが始まるのかな。あとでジョセフィンにも確認しよう。

 さて、提案とやらはなんだろうね。

「ここのところ小康状態だったレトナークだが、内戦激化は確たるものとなるようだ。武器と魔道具、回復薬や食料の調達に傭兵の募集、動きが具体化している」

 へぇ。キキョウ会でもジョセフィンからの報告でその可能性は伝えられてる。

 さらなる難民の流入に対するシマの警備の強化なんかを検討してるところだったけどね。

 確定情報ときたか。また忙しくなりそうね。


「そこで我がクラッド一家からの提案だ」

 バルジャー・クラッドは一度言葉を切って、一同の耳目を集中させる。

「本日から二年間の相互不可侵協定を提案する。これは暫定の期間だが、半年に一度の総会でこの期間については短縮、延長を改めて協議したい」

 一同の様子を伺いつつ、バルジャー・クラッドはさらに続ける。

「戦争となれば稼ぎ時だ。そんな時にエクセンブラのなかで足の引っ張り合いをやりたくないのだよ。戦時徴発についても共同で拒否するよう手を組みたい。これは我々だけでなく、エクセンブラの利益にもなる。賢明なる皆さんであれば理解頂けるものと思うが如何か?」


 ……ふん。悪くない。悪くないわね。

 少なくともキキョウ会としては、デメリットはないように思える。特にウチは色々な事業が動き始めたばかりだし邪魔をされたくない。

 嫌がらせ程度はなくならないだろうけど、少なくとも全面抗争というのは避けられる。戦時特需の間は金儲けに集中できるし、力を蓄える期間に充てられる。

 ここにいる誰にとってもビジネスを考えれば悪くない提案のはずだ。


「ここで皆さんの決裁を得られたならば、即時発効としたい」

「内戦の間は手を組む、というのは悪くない。だが、レトナークの徴発部隊に対してはどうするつもりだ? 下手をすればエクセンブラとレトナークの戦争にも繋がりかねんぞ」

「エクセンブラと優勢の軍事政権側には繋がりがある。徴発部隊を送り込んでくるとしたら、クーデター側になるだろう。そうなった場合は、エクセンブラと軍事政権側で共闘する事が可能だ」

 そもそもエクセンブラの代官は正式にレトナークから送り込まれてる人だからね。

 税金は普通に取られてるけど、さらなる重税だとか徴発なんかすれば、クーデター側に寝返りかねない。大義は我にありって状況だ。


 その他の細かな疑問もバルジャー・クラッドは明瞭に答えて主導する。

「皆さんの疑問、疑念は晴れたと思う。では決裁を。反対する者は名乗り出てくれ」

 沈黙が一時だけ場を支配する。さすがにいないか。

 レトナークのクーデター側と繋がってるところがあったとしても、この状況で表立っては出てこれまい。

「賢明なる諸氏に感謝を。相互不可侵協定及び、徴発部隊に対する武力協定は現時点をもって発効とする。いつもの通り、協定破りには死を以って贖う事。以上。ではまた、次回の総会にてお会いしよう」

 これにて解散だ。

 私とジークルーネはそそくさと退散。



 今回の総会で裏社会におけるキキョウ会の立ち位置が、どう変わったのか今はまだ判断できない。

 ただ確実に見る目は変わったはずだ。

 特に保有戦力に関してはジークルーネの戦闘を見て認識を改めざるを得ないはず。親分たちは喜びながら見物してたけど、腹の内では色んな計算が働いていただろうね。

 キキョウ会を懐柔しに接近するか、敵対して排除するか、あるいは傍観を決め込むか。まずはウチに対する情報収集が活発化するだろう。

 ジョセフィンたちには、また苦労を掛けることになりそうで頭が下がる思いだ。



 思ったよりも長引いた総会とパーティーに気疲れした私は、合流したヴァレリアの柔らかな髪を耳ごと撫でまわして癒される。

 再び爆音を響かせながらドクのガレージに寄ってブルームスターギャラクシー号を預けると、愛しの我が家キキョウ会本部に帰還する。

 そのまま今日の決定について臨時の幹部会を開いて報告だ。


「相互不可侵協定ですか。キキョウ会としては歓迎できますね」

「五大ファミリーからの提案なら簡単に破られる事もあるまい」

「半年ごとに協議とはいえ、二年もあるのか。その間、喧嘩はなしか?」

「クーデター側の徴発部隊がくる可能性は高いのか?」

「難民対策はすぐにでも準備が必要ですわね」

 みんなそれぞれに総会で分かったことを噛みしめてるようだ。

 私は気楽なもの。みんなに任せておけばいいようにしてくれる。


「情報班は大変だと思うが、レトナークの調査を頼んだぜ」

「難民も冬の間は移動できないだろうし、問題になるのは春からだな」

「まだしばらくはいつも通り、いや、喧嘩は少なくなるのか? そしたら結構暇になるかもな」

「こんな時だからこそ、暗躍するのが必ず出てきます。気を緩めるのは良くないですね」

「訓練は手抜かりの無いように、むしろより高度な実戦を前提としたものに変えていくか」

「またメンバーが増えるなら、冬の間に新しい商売のネタでも考えておいた方がいいかもしれません」

「わしらもそろそろ弟子でも取るか?」

「燻っているのは各分野にいそうですからね。その辺の開拓も進めますか」

 次々と提案、検討されていく必要事項。頼もしいメンバーだ。

 その後も私やジークルーネは意見を求められた時にしか口を開かない。幹部たちも色んな意味で成長してるわね。


 やることはたくさんある。だけど私の役割はメンバーが働きやすい環境を整えること。

 あとは任せておけばいい。楽になったもんよね。



 総会から数日後、少しずつ余興で戦った時の報酬が届き始めた。


 酒樽や酒瓶の多くは、本部や支部のみんなで飲めるように開放した。いくつかは働いた私とジークルーネで先に確保したけど、残りをキキョウ会のみんなが好きに飲めるように差配したんだ。

 一部の高級酒は《王女の雨宿り亭》に直接卸される約束だったから、それはもちろん営業用にして手を付けることはない。興味はあるんだけどね。名物になり得るって話だから、素直に店で出すために使うことにした。商売繁盛。


 武具や魔道具も使えないような物はなくて、面白いものが色々と届けられた。

 高名な武器職人に特注してくれるっていう話には、余り手間を掛けさせることも憚られるから、ジークルーネが直接出向いで発注済みだ。私のは不要だし、ジークルーネ用に好きにやってもらう。


 他の武器商人をやってる組からは、それこそ一軍でも編成するのかって程の冗談のような武器防具が届けられた。

 ゴミみたいのが届けられたわけでもなく、普通に使えるものだ。正直なところ意味が分からない。まあ貰っておくけどさ。

 後で聞いたところによると、借金のかたにぶんどった武具が大量にあって、保管に困ってたらしいのをこっちに寄越したんだとか。なんだかね。


 魔道具の商売をやってる親分からは、密輸品も含めてピンからキリまで色んな商品があるって話だったけど、実際に面白いものが届いてキキョウ会でも好評だ。

 映像記録用のカメラの様な魔道具が特に人気ね。ほんの数秒の記録しかできないけど、それでも玩具としてなら十分使えるし面白い。

 私はダイナマイトのように爆発することを目的にした使い捨ての魔道具がお気に入りだ。爆発くらい魔法で事足りるけど、なんとなくね。ちなみこれは超アングラな商品らしく、滅多なことじゃお目に掛れない代物らしい。ひょっとしたら処分に困ってウチに寄越したのかもしれないってことで、ジョセフィンも色々と調べてみるって話だったけど、さて実際のところはどうなのか。

 他には霧を発生させる魔道具とか、極小規模だけど結界魔法の模造品のようなものまであった。これも拾い物だったわね。


 あとは移動用の魔道具。

 バルジャー・クラッドからの贈り物である新車については後日、こっちから選びに行くからまだない。

 同じく中古車両を融通してくれるって話もね。これはよく相談してから必要なものを確保しないと。



 総会は面倒ではあったけど、終わってみれば太っ腹な報酬があって、悪くないどころか良い結果に終わったと思える。

 今後は力を蓄える期間として、より隙のない組織にして行こう。

 何よりも、もっと力を、もっと金を!

 私が満足することはない。

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