第63話、副長、怒りの鉄拳
マクダリアンの提案に対して、俄然盛り上がるパーティールーム。
私にもっと戦えってわけね。冗談じゃないわ。
「諸兄、待たれよ!」
この状況に唯一の味方、ジークルーネが再び吠える。さすが副長。
「これ以上の会長に対する無礼は慎んでもらおうか。お望みとあらば、わたしが相手になろう」
そう宣言して、バルジャー・クラッドや周りに目を向けるジークルーネ。
え、私がやらないとはいえ結局は戦うってこと?
「ちょっと、ジークルーネ」
「君はキキョウ会の副長だったな。いいだろう、これが最後だ。皆さんもそれでよろしいな。では、誰が相手をする?」
バルジャー・クラッドは少し迷ったようだけど、ジークルーネの言うことに理があると思ったのか提案を了承する。
「そこの嫌らしい目を向けてくる男、お前だ。わたしたちが気になって仕方ないのだろう? 特別に相手をしてやる」
対戦相手の話になると、今度はジークルーネが指名した。我が副長ながら、なかなか度胸が据わってる。
「……ボス、いいですか?」
マクダリアンが頷くと、その一家の戦闘隊長だという男は、武器をかざして見せて戦闘の意欲を示す。
ジークルーネも私にひとつ頷いて見せると、早速中庭に向かう。
いまいち納得しがたいけど、ジークルーネがやりたいってんなら別にいいか。
ジークルーネは背中を見せながら、悠々と前を歩いて廊下へ姿を消す。
後ろに続くのはマクダリアン一家の戦闘隊長。間合いに入ってるわね、あれは。ジークルーネも気付いてるはずだけど。
衆目が待つなか、さすがに不意打ちもなかったようで、少ししてからふたりが中庭に姿を現す。さっきのは心理戦の一環かな。案外セコい奴ね。
中庭の中央で向かい合うと、合図も会話なく戦闘が始まった。
ジークルーネの武器はいつものオーソドックスな長剣。ただし、私と同様に身体強化魔法は大分抑えめだ。
対する戦闘隊長はかなり細身の剣を使うようだ。身体強化魔法はかなりのレベル。こっちもまだ本気じゃないだろうけど、それでも相当な実力者だ。もちろん、総帥の妹ちゃんとは比べるべくもない。
最初は小手調べなのか、お互いに突っ込んだ攻撃はせずに様子見をしてる。
「キキョウ会の会長、お前もそうだったが身体強化魔法が極めて弱い。だが、相手と同等以上の力を発揮している。どんなカラクリだ?」
「それを素直に言うと思う? いい女には秘密があるもんなのよ。黙ってなさい」
「いい女って……。あなた、なかなかいい性格してますよね」
妙に気安い総帥をはぐらかすと、妹も含めてやたらと私に話しかけてくるのを適当にやり過ごす。
その間にもジークルーネの戦いは続き、徐々に戦闘速度を上げていく。面白くなってきたわね。
私はもちろん、ジークルーネを信じてる。勝利を。それも圧倒的な勝利をね。
そもそもジークルーネは生粋の指揮官タイプだ。戦いに熱中するよりも周りを見て的確に指示を出しながら、最も必要なところで剣を振るうことができる。
これは私にはない優れた能力で、彼女を副長に据えられるキキョウ会はとっても運が良いと思う。
もちろん、個人の戦闘力だって私が頼りにできるくらいだ。剣や槍の腕のみならず、それを活かす魔法も。
ジークルーネの魔法適正は浄化魔法。めちゃくちゃ地味で戦いには向かない魔法適正かと思いきやそんなことは全くない。
浄化魔法は簡単に言えばキレイにする魔法で、適性がなくても第七級の下級魔法なら誰だって使うことができる。私も常用してるしね。
だけど浄化魔法の適性があると、これがまた一味違った魔法になる。
例えばジークルーネの場合、戦闘中は常時浄化魔法を発動して一種の目には見えない結界の様な物で自分自身を覆いつくす。するとどうなるか。
汗に汚れず、血に汚れず、泥に汚れず、『汚れ』と判断するものを一切寄せ付けない。これは地味に凄い。
ちょっとした目つぶし程度なら、意識もせずに浄化してしまう。その『汚れ』はジークルーネのイメージに左右されるから、明確な線引きや定義すらない。
さらに、浄化されるのは身体だけに留まらない。
ジークルーネの魔法のレベルなら、心、精神まで浄化することが可能だ。これは戦闘において大きなアドバンテージになる。何しろ、焦りとか恐怖とか怒りだとか、負傷による苦しみだとかの一切を浄化する。常に冷静沈着、絶対に心を乱すことがない。
ちょっと強い攻撃魔法が使えるってことよりも、余程大きな効力があると私は思う。
「あの副長、お前の陰に隠れているが、かなりできるようだな」
「あなたの副官なのでしょう? やっぱり凄腕なのですね」
「天下のアナスタシア・ユニオンの総帥とその妹に褒められて私も鼻が高いわ。彼女は我がキキョウ会の副長、ジークルーネよ。よく覚えておきなさい」
増していく戦闘速度はそろそろ限界のはずだ。
戦闘隊長の身体強化魔法は、恐らくは限界まで本気の力を出してると思う。そのくらいの必死さが見え隠れする。
だけど、対するジークルーネは全く慌てず、身体強化魔法も最初から変わらずの出力で淡々と高速戦闘に付いていく。無傷なのはもちろんのこと、息も乱さずに戦う姿を目の前にする戦闘隊長はどんな気持ちだろうね。
戦闘隊長の焦りは手に取るように分かる。
自分の身体強化魔法は相手を遥かに凌駕する。それにも関わらず、増していく速度に軽々と付いてこられ、技も通用せず、力でも押し切れない。
恐怖だろうね。まさに得体が知れない相手で、どういうことか見当も付かないんだろう。
ジークルーネのこれは完全にわざとやってるわね。相手にとことん力を出させて、その上で絶望を与えながら完全勝利を収める。キキョウ会に敵対的なマクダリアン一家の戦闘隊長だからか容赦がない。
でもそろそろ終わるはず。相手が悪いだけで戦闘隊長とて実力者だ。切り札の一枚や二枚はあるはず。でもこんな衆人環視の前でそれを使うとは思えない。手がないなら、無様を晒す前に適当なところで負けを選ぶだろう。
最後はどうするつもりかな。
やっぱりジークルーネ次第か。かなり怒ってたし、殺しはしないだろうけど相当キツイのをお見舞いして終わりかな。
見世物としては私と妹ちゃんの戦闘よりも高度で迫力があったわね。
「いやいや、さすがはマクダリアン一家の戦闘隊長ですな! なんと見事は戦い振りか」
「それと互角に戦うキキョウ会の副長も大したものですな。女にしておくのは勿体ない」
立ち位置を目まぐるしく変えながら武器を振るう姿は親分たちには大好評だ。このなかでジークルーネと戦闘隊長の実力差を把握できてるのは、《雲切り》と総帥、そして総帥から説明を受けてる妹ちゃんくらいのようね。
攻防の最中、ジークルーネが少しだけ身体強化魔法の出力を増加する。その必要さえないと思うけど、決定的な差を誇示するつもりみたいだ。
速度、技、力、その全てにおいて圧倒的にジークルーネが上回って一方的な展開に推移する。
戦闘隊長は焦りがピークに達すると一旦距離をとろうとするけど、ジークルーネはそれを許さない。どうにか隙を作ろうとしてるみたいけど、上手くいかないみたいね。
すると、戦闘隊長はとんでもない手に打って出た。
「愚かな」
「え、なんですか?」
隣の兄妹の呟きが意味するところは、もちろん私は理解してるし即座に対応する。
ギンッ!
懐のポケットから瞬時に抜いて投げ放ったナイフが、空中で同じくナイフを迎撃した音だ。
投げられたナイフにはご丁寧に毒まで塗ってあったわね。私は見逃さない。
この刹那の攻防を理解してるのは、例によって《雲切り》と総帥だけだろうね。別にどうでもいいけどさ。
毒のナイフはもちろん私を狙ってたわけだけど、一歩間違えば他の人をも巻き込みかねない余りにも愚かな選択だ。いくらジークルーネから隙を作りかったんだとしてもね。さり気なくなかったことにしてあげた私に感謝して欲しいくらい。
当然、この事態を把握してるジークルーネ。目の前で行われた蛮行に、怒り心頭に発してる。
隙を作るどころじゃない。この戦闘中、初めて見る凄まじい爆発的な速度で戦闘隊長に接近すると、なんと剣を手放して思い切り拳をストレートに打ち抜いた。
「なにっ!?」
「まぁっ!」
剣を捨てたことに対する驚きか、速度に対する驚きか、その両方か。
ジークルーネのいつもと全く違う感情むき出しの攻撃は、あれ、浄化魔法をカットしてるわね。どういうつもりなんだか。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!
拳の乱打を受けて完全にサンドバッグ状態になる戦闘隊長。
顔面への右ストレートから始まったラッシュは、ミスリルを使った軽装鎧をものともせず、上半身をまんべんなく滅多打ちにしていく。
倒れることさえ許さないラッシュは、最後に痛烈な顎への一撃でもって終わりを迎えた。
静まり返るパーティールーム。
一拍遅れて我を取り戻す親分たち。
「な、な、なんじゃありゃーーー!」
「スゲェ! スゲェ!」
「仮にもおなごが何という戦いをしよるのか、面白い!」
「……惚れた」
「うおおおおおおおおおおおお!」
「ははははははっ、なんだよあれ!」
「見事! 見事じゃ!」
大いに盛り上がるか絶句するか。いずれにせよジークルーネの戦いは親分たちにも衝撃を与えたようだ。
何だか私の顔見せってよりも、ジークルーネのほうが完全に目立ってるわね。
キキョウ会は私だけのワンマン組織じゃないってことが、図らずもこれで理解されるに違いない。結果オーライ。
「キキョウ会か。会長と副長の実力は目を見張るものがあるようだな。俺とて甘く見ていたのは認めざるを得ない」
「まったくです。一体何者なのですか?」
感心するような総帥と妹ちゃん。だけど、まだ分ってないわね。
「まだ勘違いしてるみたいだから一応言っておくわ。さっきのウチの副長、あれが全力じゃないってことくらい分かってるわよね?」
「ああ、剣が本領なんだろう? あれはただのパフォーマンスに過ぎないことくらい理解しているぞ」
魔法薬のカラクリがなくたって、圧倒的な実力差があった。本気のジークルーネならば剣を抜く必要すらない程に。五大ファミリーの戦闘隊長を務めるような男を相手にだ。エクセンブラに同じことができるのが、キキョウ会を除いてどれだけいるのか。
「それだけじゃないわ。ウチは私と副長だけじゃないってことよ」
「何だと?」
「まさか、あなたたちのようなのがまだ居るなんて言わないでしょう!?」
何を今更。キキョウ会が治めてるのは小さなシマに過ぎないから、過小評価されるのは致し方ない。
だけど、思ってた以上に舐められてるようね。
「さっきのジークルーネは全然本気じゃなかった。あんたたちには悪いけど、私だってそうよ」
この際、アナスタシア・ユニオンだけにでも理解しておいてもらおうか。
「でもね。『あの程度の戦闘』なら、ウチの戦闘班なら誰だってできるのよ。誰だってね」
そう、ウチの戦闘班なら誰でも可能だ。もちろん見習いは除くとして、新規のメンバーは全力を出す必要があるけどね。それでも全力を出しさえすればできる。それほどまでに鍛え上げてるのがキキョウ会の戦闘班だ。
今日の戦闘隊長とジークルーネの戦いを見て確信した。私たちは強い。強すぎるほどに強い。
だけどそれは今日の相手のレベルが低いからだ。私は決して慢心しない。なぜなら隣にいる総帥と《雲切り》は、恐らくキキョウ会戦闘班の上を行く、本物の実力者だからだ。そんなのが少数であれ存在してる時点で慢心なんてしてられない。
アナスタシア・ユニオンの兄妹が考え込んでると、ジークルーネがパーティールームに戻ってきた。
盛り上がってた親分たちが勝者を称えてさらに盛り上がる。
群がる親分に逐一丁寧に応じる姿も好感度が高い。我が副長はカッコいい騎士タイプの美女だからね。この場に女性がいたら、もっと盛り上がってたに違いない。
そんな我が副長は一通り言葉を交わし終えると私のところに帰ってきた。
「お疲れ、ジークルーネ」
「戦闘よりも、ここでの挨拶の方が疲れたな」
「その割には様になってたわよ?」
「わたしとて元は青騎士だ。社交の心得くらいはあるぞ?」
そういやそうだったわね。どうりで堂に入った感じなわけだ。納得して頷く。
「それはそうと、ジークルーネ。素手でミスリル鎧への打撃なんて私だってやらないわよ? それに浄化魔法、カットしてたでしょ?」
「なに、つい熱くなってしまってな。こういった時には、冷静でいるよりも思いの丈をぶつけるのが良いとキキョウ会で学んだからな」
ニヤリと笑って見せるジークルーネは前から思ってたけど、もう完全にウチのノリに染まってるわね。
「剣を握ったままでは殺してしまうかも知れなかったからな、とっさに手放して殴ることにしてみたんだ。さすがにユカリ殿のように、鎧を砕くことはできなかったが良い経験になったぞ」
それが結果的には大好評。この分だと報酬にも期待できるかもね。
何やら考え込むアナスタシア・ユニオンの兄妹と、まだ盛り上がる親分たち。それから無表情のマクダリアンに不満げなその一派。
給仕たちから大いに振舞われる酒と料理。
バルジャー・クラッドがパーティールームに招き入れる、新たな余興のための人員。
私とジークルーネは一仕事終えて、せっかくだからとのんびりとした気持ちでそれらを楽しむ。
就任祝賀パーティーは、極一部の思惑を叩き潰したこと以外、大成功で終わりそうね。
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