第62話、観音打法
剛槍を取りに戻ると、外の駐車場は微妙な緊張状態の真っただ中だった。
それというのもウチのメンバーを取り巻くようにして、ちょっと遠目の位置を保ちながら強面の男どもが様子見をしてるんだ。どこか剣呑な様子でね。
対するキキョウ会は暢気なもの。周りのことなんか眼中にない。
「ちょっとヴァレリアさん! ブルームスターギャラクシー号に跨るのは危ないですよ! ほら、バランスがっ」
「ユカリさんに怒られるよ!」
「おい、ジープを持ち上げて遊ぶのはやめろ!」
「はっはっー! 見よ、この力っ」
私とジークルーネが苦笑しながら近づくと、みんなは笑顔で迎えてくれた。
ヴァレリアはもうすっかり友達になったロベルタとヴィオランテが一緒でいつもよりテンションが高い。
「お姉さま!」
「お疲れ様です!」
集まってきたメンバーが次々と労ってくれる。特に若いメンバーは元気がいいわね。
「みんな暢気なもんっすねー」
シェルビーが乾いた笑い浮かべながら、私に同意を求める。
みんなは周りの状況に本当に気が付いてないわけじゃなくて、あえて無視してるんだ。見方によっては喧嘩を売ってるようなもんだけどね。実際、半分以上はおちょくってるんだと思うし。
でもだ。一応、距離を置いてるとはいえ、雁首揃えて女を取り囲んでる方が悪いに決まってる。
「みんな、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
元気過ぎて問題を起こさないよう、少しだけ釘を刺しつつ、ジープに近づいて剛槍を取り出した。
「何か問題はなかったか?」
「副長、ありません!」
「あってもすぐに片付けます!」
「油断はするな。何か動きがあったら、すぐ本部に応援を呼びに行け」
さすがジークルーネ。妙にハイテンションで遊び気分の若手を引き締める。
剛槍を手に取ってみんなに向き直ると、周りへの挑発は控えるように私からも伝える。
相手方も暴走する若いのがいるかもしれないし、こっちは第一戦闘班にヴァレリアとシェルビーを加えた人数しかないないんだ。無茶は控えて欲しい。
それに大した理由もなしに、招待を受けた先の庭でウチのメンバーが乱闘をするのも気が引ける。
もちろん正当防衛ならトコトンやっていいけどね。
短い休憩を取ったら、そろそろ時間だ。
向かう前に小瓶を一本、ふたりして飲み干す。身体強化魔法の効力を発揮する魔法薬だ。
余興で戦う相手がどんなか知らないけど、貴重な実戦の機会だし役に立ってもらおう。お試しだ。
一本飲めば半日は効果が続くから効果切れの心配もない。ジークルーネも飲むのは、まあ一応ね。色々ありそうだし、飲むことで損はないんだし。
「じゃ、行ってくるわ。まだ時間かかると思うから、みんなも順番に食事でもしてくるといいわ」
「ここは頼んだぞ」
アンジェリーナとシェルビーを中心に後を託す。
ジークルーネと一緒に、また内門と前庭を通り過ぎて建物に入ると、今度はさっきの広間じゃなくて上の階に案内される。
案内された部屋はシャンデリアがぶら下がってるような豪華絢爛なパーティールームだった。
「うわ、金掛かってるわね」
「贅の極みを尽くすような内装だな」
もちろん照明だけじゃない。足元のふかふか絨毯から調度品から何から何まで、私には全て良く分からないレベルで高価な品物なんだろう。
さらには楽隊が奥のステージで静かに音楽を奏でて華やかなムードを演出する。
給仕するのは見目のいい男と女。どっちもきわどい恰好をしながら料理をテーブルに運んだり、酒を提供したりと忙しく働いてる。
内装や楽隊は上品だけど、給仕たちで一気に下品になるわね。別に彼らのせいじゃなく、主催者の趣味だからどうしようもないけど。
少し早かったのか、親分連中はちらほらといるだけ。
話しかけられるのも面倒だから目立たないよう隅っこに移動しよう。
一面ガラス張りの大きな窓際に寄って外を見てみれば、中庭に面してるようだった。
中庭の外周には大きな樹木や生け垣があったり、川が流れてはそこに掛かる橋があったりと多彩な景観を作り出してる。箱庭といった感じで面白い。
気になるのは、中央部だけがぽっかりと何もない。そこそこ広いスペースは、まるでそこだけが切り取られた舞台のようだ。まあ何となく用途は想像できてしまうけど。
ジークルーネと中庭を見下ろしながら、魚が見えたとかどうとか何気ない雑談に興じてると、いい時間になったみたいだ。
「皆さん、お揃いかな?」
バルジャー・クラッドが登場して給仕に改めてグラスを配らせつつ、客が揃ってるか確認してる。
私たちにもグラスが渡されて招待客も揃い踏み。始まるわね。
「まずは今日の良き日に、集まってくれた皆さんに感謝を」
気負った風もなく堂々と、それこそ今までずっと代表者であったが如く、若い見た目の割に貫禄のある挨拶が始まった。
特に興味がない私とジークルーネは、メインディッシュが置かれたテーブルに静かに移動して摘まみ始める。
話自体は聞いてる体を取りつつだから、固いことは言われまい。
私は戦う前だけどお腹が空いてるし、このおいしそうな肉料理が気になって仕方ない。やむを得ないってもんだろう。
何種類かを少しずつ味見しながら満足感を得てると、スピーチもようやっと終わるようだ。
「様々な催し物を用意させているので、どうぞお楽しみに。それからキキョウ会のニジョーオーファスィさんはこちらへ。皆さんも楽しみにしている」
おっと、もう準備するのか。
「ジークルーネは好きにしてると良いわ。適当にやってくるからさ」
「せっかくの機会だ、わたしも特等席で見させて貰うさ」
「そう? あんまり面白い見世物にする気はないんだけどね」
さて、ちゃちゃっと片付けてしまおうか。
相手はどんな奴かな?
剛槍を片手に中庭の中央に立つ。
上から中庭を見下ろした時に感じたように、やっぱりこの空間は見世物用の舞台だったわけだ。
今は相手がくるのを待ってる状態。準備に手間取ってるのか遅いわね。
それにしてもアナスタシア・ユニオン総帥の妹か。どんな子かな。
剛槍をくるくると振り回しながら時間を潰してると、ひとりの女がようやく姿を現す。
ハルバードを担ぎながら現れた妹ちゃんは、総帥と同じ種族の獅子獣人。
だけど別に大柄って程でもなくて、体格は私と大差ない。むしろ少し小さいかもしれないわね。しかもワイルド系じゃなくて、意外とお嬢様っぽい雰囲気だ。
それでも、一見しただけで分かる身体強化魔法のレベルの高さは、さすがは超武闘派組織の関係者といったところか。
上の窓のところを見上げれば、親分連中がまさに高みの見物状態。やっぱりちょっとムカつくわね。
バルジャー・クラッドと総帥、ジークルーネが並んで私たちを見てる。
総帥だけは少し心配そうな表情だけど、自分から言いだしといて何なのよ一体。
まあさすがに殺したりはしない。安心して見てたらいいわ。
「ずいぶんと遅かったわね」
「ごめんなさい、急に呼ばれたものですから。これでも急いだのですけどね」
おっと、上品そうなのは見た目だけじゃなかったか。しゃべり方までお嬢っぽい。
考えてみれば、泣く子も黙るアナスタシア・ユニオン総帥の妹だ。経済的に豊かなのは当然で、それはお嬢様って立場なのかもしれない。
武芸を嗜むお嬢様ってところかな。何で私なんかと戦わせたいのかね、あの総帥は。
「急に言われて、よく私と戦う気になったわね」
「だってあなた、凄く強いのでしょう? こんなチャンスを逃せるはずないでしょう」
へぇ、面白い子ね。まるでキキョウ会の武闘派と同じじゃない。意外と楽しめるかもね。
「上等よ。ギャラリーも待ってることだし、そろそろ始めようか」
「ええ、そうね。でもあなた、その程度の身体強化魔法しか使えないのなら、期待外れもいいところですね」
魔法薬での強化は身体強化魔法と微妙に違うから、それに慣れるか余程気を付けて見ないと強化具合を量ることは難しい。
現に妹ちゃんは私の強化具合を、カモフラージュで僅かに使ってる身体強化魔法のみで判断してる。
「どうかな? さあ、もう話はいいわ。かかってきなさい」
「では遠慮なく参りましょう」
妹ちゃんはハルバードを構えると、気合を入れつつ素早い身のこなしで一足飛びに私を武器の間合いに捕らえる。
「やあっ!」
接近すると、上段、中段、下段へと教科書通りのように、綺麗な連撃を繰り出し続ける。なかなか鋭い攻撃だ。
妹ちゃんがくる前までは、さっさと終わらせるつもりだったけど、意外なキャラクター性に興味を引かれてしまって、とりあえずは観察モードに。
魔法を使わず、回避もせずに、剛槍だけを使って全てを防ぎ、時折様子見の攻撃を少しだけ挟む。
「はぁっ! ふっ! せいっ!」
私に向かって打つ込み続ける妹ちゃん。
……随分と綺麗な戦い方をするもんね。正統派で真っ直ぐな武芸。
それに早く、鋭く、的確だ。決して大振りをせず、常に次の一手を考えた組み立て。攻防のバランスもいい。
きっとスポーツの試合でなら良い成績を残すタイプね。
「くっ、このっ! なかなかやりますね! 防御だけは、固いようですっ! はっ!」
だけど、実戦向きじゃない。
まず力が足りない。攻撃が軽いし、防御も避けるか受け流すことを基本にしてる。
典型的な身体強化魔法に頼り過ぎるタイプね。鍛え方が全く足りてない。技術は高いし身体強化魔法のレベルだけなら、キキョウ会の戦闘班にも匹敵するだろう。だけど、それだけだ。
もちろんそれはキキョウ会の基準で見てだから、一般的にはかなり強い部類になるはずだ。だけど、あの総帥ならばそのくらい分かってると思うんだけどね。
どういうつもりか気になって総帥にちらっと視線を向けると、妹の戦いを温かく見守ってる様子。それだけで何となく分かってしまった。
これはあれだ。当て馬ね。
私のようなキレイな戦いとは縁が無さそうで、妹よりも強そうなのと安全な環境で一戦やらせて経験を積ませたいってところか。
種が割れればイマイチやる気もなくなってくるわね。
「せいっ! よそ見なんて、余裕が、どこに、ありますかっ! はぁはぁはぁ……攻撃してこないのですか? このまま守ってばかりの相手なんて退屈です! やぁ!」
この程度で息が上がったか。体力も全然ないわね。
はあ、もう終わらせようかな。お望みどおり、キレイとは無縁なイレギュラーな方法でね。
仕切り直しをすべく、打ち込みに対して一度大きく弾き返して距離を取らせる。
すかさず妹ちゃんに対して、半身になって腰を少し落とす姿勢を取る。
さらに剛槍の下のほうを両手で握って胸の前で拝むようなポーズに構える。そう、これはバッターボックスに立つ時の構え。剛槍をバットに見立てたものだ。
「な、何ですかそれは」
この謎の構えに対して妹ちゃんは困惑してるみたいだ。そりゃそうだろうとも。戦闘中にこんな珍妙な構えを取る奴なんて、今までに見たことないだろうし。
対する私は静かに構えて妹ちゃんのアクションを待つ。
「どうしたの、さっきみたいに掛かってきなさい」
躊躇する妹ちゃんに攻撃を促す。
「もう、知りませんからね!」
何を知らないのか分からないけど、攻撃を決心してくれたみたいで良かった。
「ふぅーーーーーー……」
必殺の一撃を放とうとでもいうのか、深く息を吐きだしながらハルバードをゆっくりと構える妹ちゃん。
ピタリとその息が止まったと思ったら、体ごと突撃してくるような、今までとは一味違う一撃を繰り出した!
速い。そして今までよりもずっと力の乗った良い一撃だ。
それでも私の狙いは何も変わらない。
避けにくい身体の中心、へその辺りを狙った一撃は、私にとっての得意コース。
瞬間的に少しだけ体の位置を修正。脇を閉めながら腕を折り畳むと、腰を回転させて握りしめた剛槍をフルスイング!
「もらったぁっ!」
ハルバードの突きを剛槍の芯で捉えると、センター返しに弾き返す。妹ちゃんごと。
私が本気でやったら殺しちゃうからね。もちろん手加減してね。
「ぎ、きゃああああああーーーーーーっ」
若干の山なりに吹き飛んで、生け垣に突っ込む妹ちゃん。
ハルバードはぽっきりと折れたし、それを持ってた腕も多分折れてると思う。
まあ、お嬢で総帥の妹だし、アフターサービスくらいはしといてやろう。
突っ込んだ生垣に埋もれたままの彼女に近づくと先に声を掛けられる。意識までは失ってなかったか。
「あ、あなた、そのバカげた力はなんですかっ! 身体強化魔法は大した事ないくせにっ!」
生意気な口も聞けるようね。
案外タフなのは獅子獣人の持って生まれたもの故か。
元気そうではあるけど、やっぱり右腕は折れてるわね。ポケットから回復薬を取り出すと、その水晶ビンを投げて渡す。
「ほら、それ使いなさい。傷回復薬よ。そのくらいの怪我ならすぐに治せるわ」
「え、あ、お、お礼なんて言わないわよっ!」
ツンデレか。妹ちゃんは文句を言いながらも勢いよく回復薬を飲み干すと、腕の調子を確かめてる。
「……あなた、本当に強かったのね。自分がどうして負けたのか、それすら分からないのですけど」
「まだまだ未熟だってことでしょ? 身体強化魔法は大事な要素ではあるけど、それだけで勝負は決まらないってことくらい分かるはずよ」
「ええ、分かってはいたはずですけど、まだ甘かったという事でしょうね。ところであなた、まだ本気ではありませんのよね?」
「当然よ。サービスで身体強化魔法だけ見せてあげようか」
言葉通り身体強化魔法を普通に発動する。これでもまだ本気には遠いけど、妹ちゃんならこれだけで実力差が分かるはずだ。
「あ、あ、それが、本気でしたの?」
「全然本気じゃないわよ。でもこの状態でも戦いになんてならないわよね?」
「……悔しいですけど、その通りです。しかもあなたはその身体強化魔法を使わずに戦ったのに、勝負にもなりませんでした」
育ちが良いのか、なかなか素直ね。
まあ、実際には魔法薬を使ってるわけだけど、その種明かしはいいだろう。
さてと、これで終りよね。
パチパチと音が聞こえると思って見物人たちを見上げると、閉まってたはずの窓が開けられて、バルジャー・クラッドを含めた多くが拍手喝采。
総帥は私にだけ分かるように、微かな目礼をしてる。マクダリアンとその連れだけが無表情で不気味ね。
妹ちゃんを助け起こしてパーティールームに戻ると、次々にねぎらいの言葉を掛けられる。
「ニジョーオーファスィさん、素晴らしかったよ。噂に違わぬ実力をお持ちのようだ。総帥の妹君も良くやってくれたな」
キキョウ会からしてみれば、今のところは大した実力じゃないけど、妹ちゃんも筋はかなりいい。経験を積めばウチにとって脅威になるほど強くなるだろう。
久々のバッティングは面白かったし、このくらいの戦闘で高額報酬がゲットできるなら安いもんだ。
ふぅ、とにかく私の出番はもう終わり。あとは気楽に食って飲んで適当に退散しよう。
ところがどっこい、和やかな雰囲気に水を差す空気を読めない奴はどこにでもいる。
「こう言っては何だが、一方的な勝負でありましたな。もう少し見たいと思うのは無粋ですかな?」
マクダリアンだ。不満があるようね。
「他の皆も同意見と思うが。ドン・クラッド、如何ですかな?」
バルジャー・クラッドは面白そうな顔をしながら私を見つめる。
いや、もう嫌よ。これ以上の我儘には付き合ってられないわ。
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