第61話、文明的な話し合い

 今日の予定では、まず最初に総会が開かれる。祝賀会はその後ね。

 利害調整の話し合いなんて私たちには関係ないから、話を振られることも意見を聞かれることもないだろう。多分ね。

 ただし、新参のキキョウ会は何かしらの挨拶を求められる可能性が高い。

 正直なところ気が重い。何を言えばいいのかさっぱりだ。こいつらとよろしくやっていきたい気持ちなんて欠片もないし、お互いに不干渉といきたいところなんだけどね。


 総会が終われば、バルジャー・クラッドの当代就任披露パーティーに場が移る。

 私の一番の楽しみは、そこで出される贅の限りを尽くした料理の数々。そこに希望を見出して、退屈な総会をやり過ごそうと思ってる。

 余興なんかもあるらしいけど、こいつらが考え付く余興なんて、どうせロクなもんじゃないだろうし。


 総会は最初から喧々諤々の様相を呈してる。

 取り敢えず、お互いの不満なんかを言いたいだけ言い合ってる感じだ。

「お前のとこの若いのが、ウチのシマで好き勝手してるらしいじゃねぇか。どうなってる?」

「そっちが先に手を出してきたって聞いてるぞ。あんまり五月蠅く言うのは止そうじゃねぇか。若い奴らってのはそういうもんだろう?」

「ガス抜きも必要か。だがよ、シマの利権に絡んでくるようなら、若い奴らの遊びじゃ済まなくなるぞ?」

 つまらない話ね。この程度の話しかしないのなら、総会ってのは暇な親分たちの茶飲み話に過ぎない。こんなのがもう数十分は繰り返されてるんだ。はっきり言ってしょうもない、下らない場ね。


 冷めた目で眺めてると、バルジャー・クラッドがこっちに視線を向けたのが分かった。

「さて、そのような些事はもういいだろう。皆さんもお気づきのように、今日は新顔を招いている。そろそろ挨拶でもして貰おうじゃないか」

「わしも気になっておったんじゃ。早う紹介せんか」

「彼女はユカリノーウェ・ニジョーオーファスィ。エクセンブラの東に拠点を構える、キキョウ会の会長さんだ。では、ニジョーオーファスィさん。一言いいかな?」

 ついにきたか。面倒だけど仕方ない。これくらいは付き合ってやろう。

 それにしても苗字呼びに、さん付けときたか。なんか意外ね。


 まあいいわ。新参らしく殊勝にいこうか。

「ただいまドン・クラッドにご紹介預かりました。キキョウ会会長、紫乃上・二条大橋です。以後、お見知りおきください」

 『ドン』ってのは敬称みたいなもんだ。新たにクラッド一家の当代となったバルジャー・クラッドを立てたつもりなわけ。

 その気持ちは汲んでくれたのか、単純に嬉しかったのか、当のバルジャー・クラッドは上機嫌な様子だ。

「噂は聞いてるぜ。女の癖にやたらめったら強いらしいな」

「ああ、クラッドのところのブルーノや、マクダリアンのところのマルツィオも手酷くやられたらしいな」

「ほう、元気が有り余ってるようだな」

「おいたは程々にな」

「わしらがどうこう言う問題でもあるまい。せっかく面白いのが出てきたんじゃ。好きにやらせるのがいいじゃろうて」

 親分連中はどいつもこいつも面白がってるだけみたいね。変に突っかかってこられるよりはいいか。

 私たちが懸念してるマクダリアン一家は今のところ沈黙してる。

 まさかこのまま何もないとは思えないんだけどね。


「ドン・マクダリアンは何かあるか?」

 ちっ、余計なことを。誰か分からないけど、おそらく五大ファミリーの誰かだ。

 キキョウ会とマクダリアン一家の関係を分かった上での嫌がらせに違いない。もしくは、ただ単に面白がってるだけかもしれないけど。どちらにせよ迷惑な話だ。

 マクダリアンは話を振られると、ようやく私に視線を向けて沈黙を破る。

「……そうですな。その女が大層強いと噂になっているのは周知の事実。ならばどうでしょう。後ほどの余興で、その強さを見せてもらうというのは」

「面白そうじゃ!」

「はははっ、そいつはいい! おい、キキョウ会の会長さんよ、別に構わないよな?」

 構うに決まってる。なんで私がそんなこと。

「相手はどうする? ウチから誰か出そうか?」

 好き勝手に話し始めて私の対戦相手で盛り上がる広間。

 冗談じゃない。いくら何でもふざけ過ぎだ。

「いや、ここは我がマクダリアン一家にお任せ頂きたい。適任がおりますからな」

 その適任っては、ジョセフィンの情報に会った凄腕のヒットマンのことだろう。適当な理由を付けて堂々とこの機会に私をヤル気だ。

 負ける気はないけど余りのふざけた展開に堪らず抗議の声を上げようとすると、その寸前に力強い声が広間に響く。


「待て。ここは俺が預かろう」

 この場において、《雲切り》とも遜色ない存在感と威圧感を持った偉丈夫。獅子獣人の見事な体躯に常時発動されてる高レベルな身体強化魔法。

 こいつだけは紹介されなくたって分かる。超武闘派で鳴らす、アナスタシア・ユニオンの総帥だ。

「総帥、いくらあなたでも勝手は許されませんぞ」

「俺のところで相手を出すと言っている。何か文句があるか? それとも、俺のところ以上の相手を用意できると?」

 マクダリアンがやり込められる。それはいいんだけど、私にとって別に良い方に転んだわけじゃない。

 超武闘派の総帥お墨付きの奴と対戦させられるってことだけど、どうしたもんかな。

「どうだ、皆。キキョウ会の会長は女だ。ならば対戦相手も女が相応しいとは思わないか?」

「おおっ、確かに!」

「アナスタシア・ユニオンなら女の強いのがいたな」

「これは益々面白くなってきたのう」

 好き勝手に盛り上がるこいつらはもう止められないようね。


 はあ、やるしかないのか。いや、簡単には流されない。

「総帥、誰を当てがいますか?」

「妹を出す。そこの女の相手なら、あいつにとっても良い経験になるだろうよ」

 ざわざわし始めるけど、総帥の妹か。有名な奴なのかな?

 ジークルーネに目を向けてみるけど、さすがに妹なんて存在は知らないらしい。

「ドン・クラッド、構わないか?」

 アナスタシア・ユニオンの総帥が、今日の主催者であるバルジャー・クラッドに一応の許可を求める。

「総帥の采配とドン・マクダリアンの提案に感謝を。とても面白い余興になりそうだ。ニジョーオーファスィさんも構わないな?」

 構わないな、じゃないわよ。まったく、心底楽しそうな顔しやがって。


 この展開に私よりもジークルーネが先に限界を超えてしまった。

 勢いよく立ち上がって抗議してくれる。

「待たれよ、諸兄! 余りに失礼ではないか? 会長は見世物ではないぞ!」

 私は席に座ったまま、うんうん、と頷いてやる。

 すると、老齢の親分が私たちを諭すように語りかけつつもプレッシャーを掛けにくる。

「……ふむ、まぁ言い分は分らんでもないな。つい盛り上がってしもうたわい。じゃがな、わしらとしてはそこの会長さんの強さを見せてもらわねば、もう引っ込みがつかんぞ?」

 知ったことじゃないわね。

 私は順に、老齢の親分、バルジャー・クラッド、アナスタシア・ユニオンの総帥へと視線を巡らせる。無言の抗議だ。

「不満か? 俺の妹はかなり強いぞ?」

 総帥がお前も俺と同じだろうって目で見てくるのが腹立たしい。


 そう、戦うのは別に構わない。いや、強い奴ならむしろウェルカムだ。だけどね、一方的に見世物にされるのは気に食わない。しかも私には特にメリットもない。これで受諾しろってのは舐められてるも同然ね。

 はっきりと言ってやる。

「総帥、あなたの妹さんとの対戦は正直に言って興味深いわ。ドン・クラッドの就任祝いだって素直に祝福するつもりよ。だけどね、それとこれとは話が別。私が見世物になる理由にはなってないわね」

 正直に言い過ぎたせいか、一部が殺気立つ。


「まあ皆さん、落ち着いて」

 仕切り役のバルジャー・クラッドが一旦場を収める。

 さすがの風格ね。《雲切り》を含めて剣呑な気配を漂わせていたのも、そのたった一言だけで矛を収めさせた。

「ニジョーオーファスィさん。ご老体も言われていたように、こちらも譲る気はないんだ。諦めてくれないか?」

 しつこいわね。つまらない戯言だけで、簡単に人を動かせると思うなよ。

「分かった。ならば報酬を出そう。それならどうだ?」

 む、報酬か。

「俺も出そう。戦うだけでも報酬を出す。もし妹に勝てば、さらに望むだけ出すと約束しよう」

「面白い、それなら俺も出してやるぜ」

「ほっほっほっ、わしも出そう」

 次々と上乗せされる報酬。

 あれ、なんか一気においしい話になってきたわね。こっちに旨味があるなら話は変わってくる。

 タダの見世物から一転して高額報酬を賭けての強敵との一騎打ち。普通に面白い話になってるじゃない。

 ついつい、ワクワクして表情が緩みそうになるのを何とか堪える。


 前にもどこかであったけど、強さを見せつけるってのは、デモンストレーションには打ってつけだ。それでも手の内の全てを見せるわけじゃないし、相手だって同じだろう。

 私は立ち上がって居並ぶ親分たちを睥睨する。我ながら尊大な態度だ。

「いいわ。それほど言うなら受けて立つ。報酬の件、後で忘れたとは言わせないわよ?」

「クラッド一家の名に懸けて約束は守る。他の皆さんも同様だろう。あとの楽しみにしておくよ」

 なんか上手く乗せられたわね。

 もういいけどさ。仕方なしに着席する。


 着席すると、すかさずジークルーネがこっそりと話しかけてきた。

「ユカリ殿、良かったのか? 何ならわたしが代わりに戦うが」

「それはそれでアリだったかもしれないわね。でも一度口にした以上は私がやるわ」

「心配しているわけではないのだが、念のため気を付けて欲しい。あとでユカリ殿の槍を持ってこよう。そちらの方が良いだろう?」

「そうね。戦闘スタイルを晒すのも癪だし、今日のところは槍使いってことにしとこうか」

 槍術の真似事はジークルーネに教えてもらって、サマになる程度には習得済みだ。

 私の本領は肉弾戦にあるんだけど、それをわざわざお披露目しなくたっていいだろう。



「さて、ではそろそろ本題に入ろうか」

 本題? ここからが今日の核心てことか。今までのは何だったんだ。

「ヤクの取引について、互いに色々と言い分があると思う。忌憚のない意見を聞かせて欲しい」

 麻薬か。嫌な話ね。

 裏社会にとっては大きな収入源になってる麻薬。その利害調整が今回の主題らしい。


 私たちキキョウ会は麻薬にはノータッチ。その恐ろしさは私やローザベルさんがメンバーに徹底的な教育を施して叩き込んである。キキョウ会では取り扱わないし、取り扱わせない。シマでの取引は絶対厳禁だ。もし見つけたら容赦のない制裁の対象となる。


 私の懸念を余所に、親分連中は議論を白熱させる。

 すると、私の隣に座ってる中年の親分が妙に親し気にコッソリと話しかけてきた。

「どうだ、キキョウ会さんも一枚噛むか? お前のとこは扱ってないんだろ? いい金になるぜ」

 金は欲しい。だけどそれだけはダメだ。とてもじゃないけど許容できない。麻薬はただただ不幸をもたらすだけだ。

 シマの人がその影響を受けるって考えただけでもぞっとする。ましてキキョウ会のメンバーが薬物に手を出すところなんて想像もしたくない。

「キキョウ会はヤクには手を出さないわ。ウチのシマでも厳禁よ。悪いけど聞かなかったことにするわね」

 私のすげない返事に肩をすくめると、もうこっちには関心を払わなくなった。


 よくよく見ると、アナスタシア・ユニオンの総帥も目を閉じたまま議論には不参加だ。

 実は超武闘派で硬派なアナスタシア・ユニオンは、キキョウ会同様に麻薬にはノータッチのマイノリティ。こっちの業界では珍しい存在で、その点では考え方は一致してる。

 ただし、アナスタシア・ユニオン自身が取引をしてなくても、その配下の団体では普通に取引されてる。今もアナスタシア・ユニオン傘下の親分が活発に議論に参加してるし、所詮は同じ穴の狢だ。


 例え五大ファミリーといえど、ウチのシマでのヤクの取引は絶対に許すつもりはない。

 議論を聞いてる限りだと、取引はそれぞれのシマのなかで厳格に行うってことで話がつきそうだし、そこまで警戒することもないのかな。

 そんな考え事をしてると、話が終わったのか不意に水を向けられた。


「聞くところによると、キキョウ会は高価な金属糸だとかインゴットをどこからか調達しているらしいな」

「こっちは回復薬を大量に持っていると話に聞いたぞ」

「わしもな。どこから調達しておるのか気になるのう」

「それに今日は面白いモンに乗ってきたらしいじゃねぇか。それも何だか知りてぇな」

「ほう、色々と面白い話が聞けそうだ」

「一枚かませて欲しい話ばかりだな」

 何だか一気に人気者ね。

 どれも別に隠してたわけじゃないし、調べれば分かることばかり。だけどね、そんな話に私が乗るはずがない。脅せば喋るとでも?


 調子に乗る一堂に対して不愉快さを隠さずにいると、意外にも今日のホストから助け船が入った。

「まあまあ、皆さん。今日の目的はそのような話ではなかったはずだ。話があるのなら、後日個別にどうぞ」

 その一言で場が白けて、親分連中も口をつぐむ。

 さすがに上手いわね。私からみたら、ホストたる者の務めを果たしてくれて有難いこと。

 あんまり突っ込まれても答えられないからね。お茶を濁すか、きっぱりと回答を拒否するしかない。でもそれをやったらやったでまた面倒なことなりそうで八方塞がりだ。どうしてもしつこいのには実力行使も辞さなくなる。

 後日、本当に一枚かませろだのなんだのと交渉してくるのも居そうだけど、そういうのの対処が今から想像できてうんざりする。


「では、パーティーの時間までは一旦、休憩としよう。それまでは控室で休むか、庭園でも見ていて欲しい」

 これで一旦お開きに。あとは就任披露パーティー。

 そして余興と。食事が楽しみなんだけど、それは後になりそうね。

「ジークルーネ、外に出よう」

「そうだな。ついでに槍も取ってこないと」

 屋敷にいると色々と話しかけてくるのがいそうで面倒だからね。

 退避だ、退避。

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