第49話、再び魔法封じの腕輪
魔法封じの腕輪は特殊な性質の魔道具だから、一般的な流通市場に乗ることはない。
その枷を付けられたら最後、鍵を手に入れて外さない限り魔法が使えなくなってしまう危険な魔道具だ。基本的には罪人用に使われるものとされる。
ブレナークの収容所じゃ普通に使われてたけどね。魔法に関しては刑務所並みの待遇だったってことになる。
大陸北部にはベルリーザという名の大国がある。様々な面で発展してる国だけど、特に魔道具開発で世界をリードする国だ。そのベルリーザにある高名な魔道具メーカーで開発された『魔法封じの腕輪』は、各国で厳重な管理の元で使用されてるはず。こんな風に流出するなんて普通はないはずなんだけど、ブレナーク王国が崩壊した影響か出回ってるみたいね。
「ユカリ、なにかあったのですか?」
たまたま通りかかったらしいフレデリカだ。装飾品をメインに見てたはずだから、この辺のブースにも寄ってみたんだろう。
「魔法封じの腕輪があってさ。懐かしいわね」
「え、これを売っているのですか? さすがは闇市ですね」
フレデリカは懐かしいと感じるよりも、レアな魔道具が普通に売ってることに驚くやら呆れるやらといった様子だ。
「おっちゃん、魔法封じの腕輪だけ頂戴」
「あいよ、姉ちゃんはお目が高いな! 一緒の袋に入れとくぜ」
大金をあっさりと清算してから移動だ。大袋を抱える私を微妙な目で見る金髪メガネ美人の視線は無視した。
気になるブースは見終わったらしいフレデリカと、集合場所でもある休憩スペースに向かう。
空いてるところに着席すると、飲み物とお菓子に軽食まで乗せたワゴンが運ばれてきて、勝手に給仕してくれる。なんかここだけ高級感あるわね。
給仕が終わるとウェイトレスが静々と下がったんで、そのまま戦利品の検分を始めた。下働きの連中は余計な詮索をしないよう、よく教育されてるのかもしれない。必要な時以外に動き回らず、客席からは少し離れた場所に待機してる。
「魔法封じの腕輪なんて物まで売っているのですね」
「闇市ならではの商品ね。収容所時代に付けられてた時は、どうやっても外せなかったし、魔法を使うこともできなかった。もし、何らかの出来事があって、魔法封じの腕輪を付けられてしまったら、戦力の低下どころじゃないわ。絶望的よね。どうにかして破る手段は見つけておきたいと考えたのよ」
魔法が当たり前の生活に慣れてしまった今となっては、この魔道具の恐ろしさがよく分かる。
「それはそうですけれど。でも、どうやって?」
「……フレデリカ、あんたの鑑定魔法でどうにかならない? 弱点とかないかな」
「無茶を言わないでください。魔法は苦手なんです。魔道具の詳細鑑定なんて、上級魔法の領域ですよ? わたしではとてもとても」
難しいってのは織り込み済みだ。簡単に破れるような物なら苦労はない。ただし、諦めるにしても限界までトライしてからだ。それにはまだまだ早い。
「あんた、魔法は苦手だって言ってたけど、魔力は相当鍛えられてるはずよね?」
「ええ。収容所を出てからも、毎日ノルマのように魔石に注いでいますから。昔に比べれば、考えられない程です」
「魔力量は十分。適正もある。それならあとはイメージだけのはずよ。いきなり上級魔法とは言わないから、少しずつでも鍛えてみなさい」
「……確かにそうですね。苦手意識があるので上級魔法までは想像もできませんけれど。それでも今では第六級までは使えるようになりましたから、中級魔法なら可能性はあるかもしれません」
苦手意識は急にはなくならないだろうけど、第七級しか使えなかったのが、第六級を使えるようになったんだ。
次は第五級。それは中級魔法の領域だけど、無理と思う必要はない。むしろ使えないなんてことはないはずだ。前向きにね。
「そうそう、中級魔法が使えるようになれば、上級魔法だって可能性は見えてくるわ。今回の件とは関係なく、ちょっとずつでもやってみなさいよ」
「ええ。わたしの鑑定魔法はそれでいいとして、結局、魔法封じの腕輪はどうするのですか?」
うーん、鑑定魔法がすぐに使えないとなるとどうしたもんか。
「……他に何か手段はないかな?」
「そうすると、高位の鑑定魔法使いに見てもらうか、鑑定の魔道具を使うのはどうですか?」
「フレデリカ以外の鑑定魔法使いに心当たりはないわね。それに鑑定の魔道具なんて、普通じゃ手に入らないでしょ?」
「それもそうですけれど。では別の魔道具はどうでしょうか? 魔法の効力を上げてくれる魔道具です。わたしの鑑定魔法でも、それを使って中級相当までの鑑定ができるようになれば、少しは役に立つかもしれません」
ブースト系の魔道具か。そう言えば、煽り文句でそういったのが売ってるのはここでも見たわね。
よし、せっかくだし見に行こう。フレデリカがいれば、本当に効力があるかどうかくらいは分かるし。
「じゃあ魔法能力アップ系の魔道具がないか探しに行こう。さっき見かけたから、全然ないってことはないはずよ」
「ええ、ロベルタもまだ戻って来ないようですし、見に行きましょう」
今度はフレデリカと連れだって探し物だ。
結論から言えば、私たちが欲するほどの効果を見込める魔道具は見つからなかった。
効果アップを謳う魔道具であっても、下級魔法を中級魔法にランクアップさせるほどの凄い代物はさすがになかった。
一応、少しだけとはいえ本当に効果がある魔道具だった、指輪型魔道具は購入しておいた。フレデリカによれば、雀の涙ほどらしいけど実際に魔法効果上昇が見込める魔道具らしい。
そんな程度でもないよりはマシってことで、フレデリカ用に私が買ってプレゼントしておいた。早く中級魔法を使えるようにっていうプレッシャーをガンガン掛けながらね。
しょぼい効果しかなくても値段は大層ご立派なもので、買った私をアホみたいな目で見てくるのもいたけど気にしない。
効力や値段はともかく、デザインとしては悪くない代物だったから、フレデリカも満更でもなさそうだ。実はイミテーションの青い宝石がはめられてたんだけど、ささっと本物のサファイアに変えておいたのはささやかな優しさだ。
追加で気になる物をいくつか買って休憩所に戻ると、ロベルタが隅っこの方のテーブルで待ってる。
妙に疲れた様子のロベルタはお茶をすすりながら、私たちが戻ったのにも気づかずに呆けてるみたいだけど。
「ロベルタ、お待たせ。どうかしたの?」
「疲れているようですけれど、何かありましたか?」
「あ、戻ったんですね。いえ、その、剣をじっくりと見て回ったんですけど、とても手が届かない値段ばっかりでして……」
盗品や略奪品なら捨て値で売ってるのもあったけど、さすがにその辺のは嫌だったんだろう。
ロベルタはまだ貯金も全然ないだろうし、それもそうよね。私が買ってあげても良いんだけど、他のメンバーとの兼ね合いもあるから、そういうのもなかなかね。
「あれ、ロベルタは少し前に買った剣がありましたよね?」
「そうなんですけど、あれは駆け出し用のなまくらですから。剣なしは嫌ですからやむを得なかったんですけど、信用できない武器を使うのは剣士のはしくれとしてプライドが、その」
ふーむ、予算の都合じゃ仕方ないっちゃ仕方ないけど。
「なるほどね。そういえば、新人たちはみんな似たようなもんだったわね」
「はい、みんな最低限の武器は買っているんですけど、正直、訓練用の刃引きされた武器の方が頑丈さがある分、よっぽどマシな感じです」
なんとも悲しい状況だ。
「……ユカリ。貯えはありますし、この件は検討しましょう。キキョウ会として新人の武装強化は早急に必要かもしれません」
「そうね、インゴットは私が用意できるし、六番通りの鍛冶屋にも相談してみようか」
どうせなら既製品を買うんじゃなくて、鍛冶屋で最適な物を一から作ってもらおう。
「本当ですかっ!」
これまで外套以外の武装は各自で調達してもらってたけど、初期メンバーと新人じゃあ経済状況が違ったわね。
なまくらを使ってたせいで死なれでもしたら目も当てられない。メンバーの武力上昇はキキョウ会としても歓迎できるから、あとで相談して実行しよう。
初期メンバーはすでに財力を活かして、かなり上等な武装を整えてるけど、彼女たちにも要望があればこの際言ってもらおう。主武装の変更が必要なくても、サブや試してみたい武器のリクエストはあるだろうし。
「武器が手元に届くのはまだ先になるだろうけどね。さ、見る物も見たし、そろそろ帰ろうか」
「もうかなり遅い時間ですしね」
「あ、荷物運び手伝います」
私はかなりの大荷物を抱えてるから、ロベルタが手伝ってくれた。
もったいない精神を発揮した私は残ったお茶を飲み干してから席を立つ。
闇市の会場は入口と出口が別の通路になってるらしく、帰る時には専用の通路が用意されていた。一方通行ってことね。
帰り際、そこを通る全員に挨拶をしてる男たちがいる。ちょっとうざったいわね。
中でも目立つのはオールバックに銀縁眼鏡の上品そうだけど腹黒そうな男。体つきも結構がっしりしてる。周りの態度や偉そうな感じからしてこの感謝祭を仕切ってる奴だろうか。
もう一人は若い血気盛んな雰囲気の男で、太い眉毛が特徴的だ。オールバックの後ろに付き従ってるし、部下とか舎弟みたいなポジションだろう。
邪魔臭いけど一本道だし避けては通れないから、普通にその横を通り過ぎようとする。
「本日はお越し頂きありがとうございました。キキョウ会のユカリノーウェ様」
またか。マルツィオファミリーの賭場でも似たようなことがあったわね。こうして名指しで声をかけられてしまえば、一言くらいは挨拶を返さないとね。
「どうも。お招きに預かり光栄よ。お世辞じゃなく、この感謝祭は楽しかったわ。次も招待して欲しいわね」
「お楽しみ頂けたようで何よりです。是非またお越しください」
「楽しみにしてるわ」
短い挨拶を終えてさっさと出口に向かう。
その時、ふと聞こえてしまった。
「ちっ、女の癖に調子に乗りやがって」
私は耳が良い。同じ建物の中でさして離れてもいなければ、ほんのわずかな呟きも聞き逃さない。
この声はオールバックじゃない。ということは太眉の男か。聞こえなかったフリをしてもいいんだけど、招待した側に言われるセリフじゃないわね。
少しだけ釘を刺すつもりで、立ち止まって男たちの方を振り返る。フレデリカとロベルタが不思議そうに私に声をかけようとするのが気配で分かったけど、その前に事態は起こる。
「お客様になんて口聞いとるんじゃ、ボケェ! おらぁ、ボケがぁっ!」
私と一瞬だけ目が合ったオールバックは、即座に太眉に向かって鉄拳制裁を実行した。
一発だけでは収まらず何発もぶん殴り、たまらず座り込んだ太眉に向かって今度は蹴りを加えていく。
「すいません、すいません、兄貴、すいません!」
「謝る相手が違ぇだろがっ、ボケェ! 死んで詫びろっ」
さらに蹴られながら、私の前に這いずってきて謝り始める。
「お、お客様、申し訳ございませんでした」
「そんなんで許されるかっ、ボケェ!」
「ご、ごはっ! もう、ゆ、許して」
行き過ぎた指導は見苦しいものね。さっきの紳士的なオールバックとは別人のよう。二重人格じゃあるまいし危ない奴ね。
「……もういいわ。私たちも今日は招待されて、ただ買い物にきただけ。その姿に免じて許すから、もう下がりなさい」
腫らした顔と乱れた服装の太眉はよろよろとした足取りで別室に消えていく。
太眉の去り際、また聞こえてしまったのはオールバックの一言。
「お客様には許してもらったが、俺に恥かかせた事に変わりはないからな。後で覚えとけよ」
おー、怖い。
その後はまた紳士に戻ったオールバックに平謝りされるものの、他の人の目もあるからそそくさと退散した。
まったく、部下への教育はもっとスマートにやって欲しいわね。私たちはああはなるまい。
帰りのジープで今日の買い物について話してると、最後の出来事に自然と行きつく。
「帰り際のあれ、何があったのですか?」
「ちょっとね。あの太眉が口を滑らせたのよ」
「何か言われたって事ですか? それだけであの制裁は凄いですね」
フレデリカとロベルタに限らず、あの時周囲にいた人は全員がドン引きだった。
「まぁ、あれがあいつらの流儀なんじゃない? 私たちが気にしてもしょうがないわ」
「怖いですね」
うーん、怖いというかね。私たちが何か言えた義理じゃないだろう。スタンスは違っても所詮、同じ穴の狢だからね。
まぁ、私はあんな教育のやり方はしないけどさ。
「もう遅い時間だけど、お土産待ちでみんな起きてるだろうから、まだ寝られないわよ、きっと」
「お土産、楽しみにしてましたものね」
「あぅ、何も買えなかったのはどうしたら……」
「ロベルタに期待されてるのは面白い話くらいだろうから大丈夫よ。お土産は私がみんなに配るから気にする必要はないわ」
空いてる夜中の道を安全運転で走って、我が家たるキキョウ会に向かう。
外から煌々と明かりの灯るキキョウ会の事務所部分を見て、みんなが予想通り待ってることを確認した。
玄関から事務所に入ると、暇だったのか酒瓶が転がったり、つまみが散らばったりで酷い有り様だ。そういうところに率先して気が付くはずのソフィは酔いつぶれたのか、赤い顔でサラちゃんを膝に抱いたまま一緒に眠ってる。
そこだけ切り取ると微笑ましい絵だけど、他にもそこら中でごろ寝してるのがたくさんいて見苦しい。ヴァレリアまでソファで丸くなって寝てるし、ローザベルさんは年甲斐もなく、だらしなく大の字に寝転がってイビキまでかいて寝てる。
はぁ~、こんな状態のみんなを今から起こして掃除ってのもね。
「おう、ユカリ。遅かったじゃねぇか」
「なんだ、戻られたのか。待ちくたびれたぞ」
ソファでちびちびやってたグラデーナとジークルーネが赤ら顔をこっちに向ける。呂律はまだしっかりしてるみたいだけど、かなり酔ってるのは雰囲気からして分かった。こいつらもダメね。
帰ってきたばかりの私たちは顔を見合わせて、その惨状を見てやる気をなくした。
「お風呂入って寝ようか」
「そうですね。お土産はまた明日にしましょう」
「ふわぁ、なんだか急に眠気が」
まだ飲んでる酔っぱらいどもを適当にやり過ごして、それぞれの自室へ戻る。
着替えを持ってお風呂を済ませたらもう寝てしまおう。
夜も遅かったし、お土産やら何やらはむしろ朝以降の方が都合が良かったかもしれないわね。
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