第50話、新装開店

 闇市から帰ってきた翌朝、死屍累々の事務所。

 就寝は遅くとも私はいつもどおりの早朝に目を覚まして、事務所の惨状を尻目に日課である朝風呂と訓練に精を出す。いつもであれば私の他にも多くが早朝訓練をするはずなんだけど、今日は誰もいない。まったく、弛んでるわね。


 朝食の時間を前にしてもまだ寝てる寝坊助たち。こいつらを強制的に叩き起こすと、冷たい風呂に放り込んで目を覚まさせてやる。

 風呂から上がったら、いつも以上に綺麗になるよう事務所の掃除をさせて、そのまま無慈悲に通常営業を実行させる。サボりは厳禁。

「ユカリの鬼」

「なんかユカリさん、いつになく厳しいような」

 文句はやること終わらせてからね。

 たまーに寝坊するくらいは別にいいんだけど、飲んだ翌日だけはダメだ。そういう時にこそ、しっかりさせたい。



 みんなが調子を取り戻した夜に、やっと土産を渡していく。お土産の数はたくさんあったけど、私がそれぞれに合うように選んで手渡してやる。

 特に新人たちはプレゼントを貰う、ということ自体に感激してた。思った以上に喜んでくれるもんだから、こっちまで嬉しくなってしまう。

 実際、安物じゃないし大事にして欲しいわね。


 妹分のヴァレリアも、私とお揃いの飾りが付いたアクセサリー型魔道具を装着してご満悦だ。

 ヴァレリアにはステンドグラスで花を模した髪飾り、私は自分用に同じくステンドグラスで花を模した飾りの付いたかんざしを。肝心の魔法効果はステンドグラスの部分を破壊することで現れる、使い捨て型の魔道具だ。

 魔道具として使うことはないと思うし、あくまでも私のはファッション用として使うつもりだけどね。


 それから懸案だった新人の武装について主要メンバーに話してみれば、その辺は訓練中にも相談を受けてたことがあるみたいで、実はみんな気になってたらしい。

 すんなりと全員一致で、キキョウ会の財布から新人の主武装を整えることで話が付いた。

「六番通りの見回りの時にでも、鍛冶屋に頼んでおくか」

「いくつかある鍛冶屋でも得意分野があるし、ちょっと調べてからにしようぜ」

 なるほどね。鍛冶屋によって得意分野の違いもあるか。

「武装の件はみんなに任せたわよ。みんなも何かあったら言って。この際ついでに武装は充実させておこう」

 私もこの前もらった剛槍を通常装備にする予定だ。

「やったぜっ! 実はあたしも飛び道具が欲しくてな」

「あたいもっ」

「わたしも新しいナイフが……」

「ずるいですよっ、わたしだって」

 我も我もと、相変わらず遠慮を知らない奴らね。別にいいけどさ。

 やっぱり主武装はともかく、サブや飛び道具については新しいのが欲しかったみたいね。

 もう金だけ出すから後は好きにしてくれい。



 新人の武装調達を進めてもらったり何やかんやと忙しく過ごしてると、ソフィとリリィからついに準備完了の報告があった。

 そう、待ちに待った酒場と花屋の営業がスタートするんだ。

 すでに設備から細かい部分まで準備万端で、営業形態から具体的なメニューまで決まってるらしい。

 従業員も住み込み希望のがほとんどで、今日か明日から店舗で生活を始めるんだとか。


「ついに始まるのね。期待してるわよ、ソフィ、リリィ。あんたたちにキキョウ会の今後が掛かってると言っても過言じゃないわ」

「そこまで言われてしまうと緊張しますけど、はい、精一杯頑張りますね」

「ふふふ~、楽しみです~」

 二人ともこれまでの準備にかけてきた内容が充実してるのか、かなり嬉しそうだ。苦労が形になるってのは、やっぱりいいもんよね。


「ところで生活拠点はどうすんの? あっちに住む?」

 従業員と一緒に店舗に住み込むか、今まで同様に本部に住むのか。

「サラはここが良いと言っていますので、今までどおり本部から通おうかと思っています」

「わたしも屋上庭園の管理がありますから~」

 二人のいいようにしてくれたらいい。リリィには庭園の管理は定期的にやって欲しいけどね。

「そう。何か困ったことがあったらすぐに言ってよ。みんなで協力するから」

「ありがとうございます。では、そろそろ行ってきますね」

「やりますよ~」

「私もあとで様子を見に行くわ。よろしく頼むわね」

 これから開店準備に入るらしい。頑張って欲しいわね。


 酒場の方はしばらくの間は夕方からの開店にするらしいけど、軌道に乗ればランチもやりたいらしい。

 事前の調査によれば、一等地の酒場だけあって、開店を待ち望む声が多いらしいし、ソフィのやる気や人柄があれば全く心配ないと思ってる。サラちゃんもお手伝いを頑張ると張り切ってるし、良い看板娘になりそうね。私も楽しみだ。


 リリィの花屋はそれとは逆に朝から夕方までの営業にするらしい。まぁ夜だけやってる花屋に需要があるかといえば微妙だし納得だ。

 花屋についても酒場と兼業で商業ギルドから斡旋された従業員が入ることになってるらしい。こっちもどうなるか楽しみね。



 昼を大分すぎた頃、花屋の様子を見に行くことにした。

 今日は開店初日だし、何があるか分からないから、新人じゃなくジークルーネを筆頭に戦闘班でも特に腕が立つのを警備に派遣してる。物々しい雰囲気にはできないから、奥で休んでてもらうだけだし、何もなければ休んでるだけで終わりだけどね。

 さて、ソフィは酒場の中で開店準備中だろうけど、リリィはもう営業中のはずだ。どんな感じになってるかな?


 いつもどおりに賑わう六番通りを歩いて、その中央に近づいていく。

 目に飛びこんでくるのは、今までとは明らかに趣が違う店舗だ。超目立つ。今日を楽しみにしてたから、私はしばらく六番通りにきてなかったんだよね。まさかあんな風になってるなんて!


 場所は六番通りのメッカ、文句のつけようもない一等地。

 今まであった建物は広いけど、何の特徴もない地味な灰色の石造りの二階建てだった。

 だけど、今目に映ってるのは、余りにも華やかな装い。改装でどうやったらこうなるんだよって勢いの変貌ぶりだ。

「うわっ、なにこれ」

 思わず独り言が出てしまう。

 二階建てに変わりはない。だけど目につくのは、その輝かんばかりの白亜の石壁。それから大きな大きな窓枠。今はカーテンが閉じられて、中は見えないけど、それが開けば中の様子は一目瞭然だろう。洒落てる割にとても入りやすい店構えで、これなら遠くから商売にきた一見さんでも遠慮なく中に入ることができるに違いない。


 それから正面左に設けられた花屋だ。これがまた凄い目立つ。

 白亜の石壁をくり抜いたようなそこにある店舗は、華やかさという概念を具現化したかのように、咲き乱れる花々で溢れていた。

 比喩じゃなく、実際に溢れ出てる。

 一階部分の入口や窓を避けるように、青々とした植物のツタがしつこく見えない程度に白亜の石壁を這い回ってる。しかもそこには咲き乱れる真っ赤なバラが。どんな種類なのか、トゲも生えてないようだ。これなら安全ね。

 とにかくド派手だ。正直、これは驚いた。とてもいいわね。凄くいいわね。この上品さのあるド派手さ、とっても私好みよ。


 肝心な客入りについては、言うまでもないわね。

 花屋には、まさに人が溢れてる。溢れる花々に負けじと、お客さんもまたごった返してる。

 狭い花屋の店舗には入りきらず、店の前は順番待ちの客と見物人とで、もはやテーマパークのような有様だ。

 来客対応もリリィと少ない従業員だけで追いつくはずもなく、警備として派遣してたはずのジークルーネやヴァレリア、グラデーナまでもが忙しそうにリリィと一緒に働いていた。

「お待たせしてすみません~」

「おばちゃん、ありがとよっ、また来てな!」

「おい、リリィ、これはどこにやればいい!?」

「なんでわたしまで」

「ひゃー、目が回りますー」

 意外にもグラデーナが一番なじんでるように見える。いつものニヤニヤ笑いとは違う笑顔で楽しそうに接客してるわね。

 外見的には可愛らしいヴァレリアが花屋なんて似合いそうだけど、逆に一番不本意そうにしてるのが面白い。

 他の従業員やソフィは酒場の開店準備で応援にはこれないだろうし、暇な警備が駆り出されるのも仕方あるまい。

 私は巻き込まれないように、撤退することを決意した。

 夜には商業ギルドからジャレンスも様子を見にくるらしいし、その時に従業員の増員なんかは話し合うだろう。私の出る幕はない。



 そそくさと見つからないように移動しながら、とりあえずの退避場所を考える。

 また後で酒場が開店したら、そっちの様子も見に行くからね。それまでまだ時間もあるし、久しぶりに軽く挨拶回りでもしようかな。

 とりあえずは最近ご無沙汰だったトーリエッタさんに挨拶に行こう。


 服飾店ブリオンヴェストは今日も盛況。

 店の前には商人が仕入れた荷物が山と積まれて、出入りする客でひっきりなしだ。

 私が店に入ると、いつもの店員さんが寄ってきて挨拶を交わす。

「トーリエッタさんがお待ちかねですよ」

「待ってる? なんだろうね?」

「昨日も早く試着して欲しい服があるって騒いでいました」

 また服が増えるのか。嬉しいような有難迷惑なような。まぁ嫌じゃないけどさ。


 すぐに奥に通されて私室の扉をノックしてから勝手に入る。作業中だとドアを開けてくれたりしないからね。もう慣れたもんだ。

「きたよ。久しぶり」

「ん? おーっ、待ちかねたよ! ユカリさん」

 何かデリケートな作業なのか、魔道具を使わずに手で縫物をしてたトーリエッタさん。

 作業の手を止めて嬉しそうにこっちに寄ってくる。

「ずいぶんと久しぶりじゃないですか。ずっと待ってたのに」

「いやー、こっちも色々とあってさ」

 先日の闇市で買った残りの魔道具をトーリエッタさんにも渡してやる。

「ありがとねっ」

 お礼を言いつつも、魔道具そのものには興味なさそうだ。


 トーリエッタさんも休憩にするみたいで、お茶を入れてもらう。しばらくぶりに最近の出来事や創作物のことを話してると、今日から開店する酒場と花屋の話題になった。

「あの店のエプロンはウチっていうか、わたしが作ったんですよ」

「え、トーリエッタさん自らが作ってくれたの?」

「キキョウ会の栄えある一号店らしいですからね。気合も入るってものですよ!」

 サンプルが保管してあるってことで見せてもらえば、私が提供してる墨色と月白の金属糸を使った超贅沢なエプロンだった。

 あれはトーリエッタさんの趣味用として提供してたはずなんだけど、うーん、まぁ、このエプロンも趣味で作ったつもりなんだろうな。それにウチの店に提供するなら問題ないって思ったのか。


 エプロンは墨色の生地をベースにして、腰を絞るように巻かれたリボンが月白の生地でできてる。二つのポケットがついて、そこには花とグラスの刺繍がしてある。それから胸元には店名の刺繍もあるわね。

 トーリエッタさんの作らしく、シンプルで上品な仕上がりは、あの店構えによく合ってる。酒場と花屋とでエプロンは同じものを使うらしい。


 ちなみにエプロンにはキキョウ紋は入ってない。店名が刺繍されてるだけだ。雇われの従業員にウチのキキョウ紋を付けさせるわけにはいかないからね。

 ウチの正規メンバーであるソフィやリリィは紫水晶のキキョウ紋をエプロンかどこかに装着するって聞いてる。

「それからこっちはユカリさんに」

 ちょっと前に肌触りの良い上質な生地を大量に買い付けたとかで、肌着や下着を大量に作ったらしい。

 滑らかで柔らかな肌触りは心地いいし、淡い色使いも私好みだ。さすがはトーリエッタさん。

「あとこっちも」

 さっきのだけかと思いきや、夏用に生地の薄いシャツやパンツなんかも色々と作ってくれてたみたい。

「ふぅ、やっと渡せましたよ。ついでにサイズも測らせてくださいね。変わったようには見えませんが、常にベストを尽くしたいので!」

 よく分からないけど、もう好きにやらせた。


 トーリエッタさんが満足した頃にお暇を告げると、大量の荷物をちゃんと持って帰れるよう、大きなボストンバッグまで用意してくれてる親切ぶり。

 しかし、いきなり大荷物になってしまったわね。

 新たに創作意欲を燃やすトーリエッタさんと、生暖かい笑顔の店員さんに見送られて、服飾店ブリオンヴェストから他の場所に移動する。



 今度はトーリエッタさんの元弟子が独立した服飾店を訪れてみる。

 小規模な店にも関わらず、いくつかの商人の荷車が止められてる。繁盛してるみたいね。

 ちらっと覗いてみれば、新たに雇ったらしい店員の男が、商人たちと何やら話し込んでる様子。店主は工房で作業でもしてるんだろうか。


 店員は知らない人だし、邪魔をするのも悪いから挨拶はまた今度でいいかな。以前頼まれたように、定期的に金属糸を卸すのはすでにやってる。適当に新人に持って行かせてるから、私自身がここにくることはまずないけどね。

 心の中でそれじゃまた、と呟いて次に行こう。



 六番通りの端の端まできたら、次は工房が集まるあの区画に行くしかない。

 ここにはちょくちょく様子を見にきてるんだけどね。

「ドク、調子はどう?」

 ドミニク・クルーエル製作所を訪ねてみれば、行き詰ってるのか、設計図を前に考え込んでるドクの姿。

「おおぅ、お前か。まだ試作段階だな。納得いく物ができるまではやらせてくれるんだろう?」

「もちろん。妥協したモノなんていらないわ」

 現在、私が発注したバイクは、試作品の第三号目らしい。

 無駄な予算が使われてる気がしなくもないけど、こういうのは無駄に見えてもそれが良い方向に結び付いたりするから侮れない。

 まぁもうしばらくは好きにやってもらおう。

「テスト走行できるようになったら呼んでよ?」

「おう、任せておけ」

 ドクは言いつつ、何か思いついたのか図面にペンを夢中で走らせる。

 こうなると話もできないほど熱中するから、もうここにいてもしょうがない。


 さて、まだ時間あるわね。甘味処で休憩でもしてようかな。

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