第48話、感謝祭という名の闇市
ちょっとした争いも、終わってしまえばすでに過去のこと。自然と日常を取り戻した我がキキョウ会だ。
変わったことと言えば、襲撃を経験してから新人は訓練に身が入ってるようだし、戦闘班志望はさらに意欲を増してるように見える。
それから戦闘班志望は基礎訓練を終えると、どう戦うかで師事するメンバーもある程度決まってきた。
正統派剣術や槍術ならジークルーネ。喧嘩剣術ならグラデーナ、ボニー、ポーラ。斧や巨体を生かした戦闘ならアンジェリーナ。格闘戦ならヴァレリアとメアリー。短剣術ならブリタニーと獣人少女。臨機応変な戦闘ならオフィリア。弓術ならアルベルト。魔法戦メインなら元冒険者でおっとり系エルフのリリアーヌや穏やかなお姉さまのヴェローネ。大体こんなところか。
私も戦闘を教えることはあるけど、ローザベルさんやコレットさん、ジョセフィンと共に講義担当がメインになってる。主として魔法の基礎や想定対応、一般常識など。
異世界出身の私が一般常識を教えるのはどうかと思うけど、思った以上の世間知らずがたくさんいるから、私でも十分役に立つしやらねばならない。ローザベルさんたちの講義にも立ち会ったりするから、実は私も結構勉強になってたりする。
講義と言っても、いわゆる学校の座学とは違って実践的な内容だ。それもこっちの業界で生きるために必要なことが多い。
例えば、賭場での振舞い方とか、ならず者との接し方とか、詐欺師の常套句や手口なんかも教え込む。さらに裏社会の流儀や各所の関係、代紋の暗記、基本的な法律、まぁ色々と多岐にわたる。知識がなければ簡単に騙されるし、食い物にされないためにも必要なことだ。お勉強大事。
実はエクセンブラにも教育機関はある。義務教育なんてものはないから無条件で入れるわけじゃないけど、金さえ払えば身分や種族を問わず誰でも入れるし、年齢も関係ない。
さながら定時制の学校みたいな雰囲気かな。年嵩の人はあまりいなくて、メイン層としては若者が通うらしいけどね。
異世界の学校ともなれば、私自身も興味を惹かれるところもあるけど、さすがに今更学校に通う気はしない。
サラちゃんや元少女愚連隊にはまだ年少のメンバーも少しだけいるから、その子たちについては通わせようか相談中だ。キキョウ会での教育に偏りがあることは、さすがに自覚してるからね。
教育の重要性についてローザベルさんやソフィと話してると、新たな懸案事項というか、課題に片が付いたようだ。
ジークルーネが本部に戻ってきて、その進捗を伝えてくれる。
「ユカリ殿、ロジマール組のシマは問題なく恭順を示してくれた」
麗しの元青騎士は満足気にグラスを煽る。
「そう、ちょっとだけ範囲は広くなるけど、特に問題ないわね?」
「そうだな。稲妻通りと隣接している区画だから、それほどの負担はないだろう。ローテーションや人数も、これまでどおりでいいはずだ」
ロジマール組が壊滅した影響で空白のシマが生まれてしまったんだ。
あんまり気にしてなかったんだけど、そのままにしておけばキキョウ会の近くで争いが発生しかねない。そこで稲妻通りと隣接してるシマだし、そのまま吸収してしまうことにした。飛び地だったらほっといたかもしれないけどね。
稲妻通り同様に大したシノギは取れないけど、それほどの負担もなく儲けが増えることに変わりはない。
最近は六番通りのシノギのお陰で金回りも良くなったし、酒場兼花屋の開店も近いからさらに金銭的余裕も生まれるだろう。
余裕ができれば、一定以上の金額を貯め込む必要もない。
メンバーには報酬として吐き出していくことにした。当然、会長の私にもね。キキョウ会はメンバーも多くなったから、まだ大金を渡せるほどじゃなけど、現物支給とは違って自由に使える金が定期的に入ってくるのは大きなモチベーションとなるだろう。
私はそんなこととは関係なく金持ちだけど、それでも定期収入があるのは嬉しいものだ。
ちなみに金の管理は会長である私と、経理全般を任せてるフレデリカで行ってる。
キキョウ会運営のための金は個人のレコードカードじゃなく、キキョウ会としてのレコードカードを商業ギルドに発行してもらってて、そこに入金されてるんだ。
組織としてのレコードカードは運用上、一枚じゃ成り立たないことも多いから複数枚発行することが可能だ。
商会はいくつも店舗を抱えることが往々にしてあるし、その場合に個人のカードで商会の金銭の管理を行うのは不都合がある。そのため、商会としてのレコードカードを複数枚発行する。
キキョウ会もその制度を利用して、今のところは三枚を発行済み。通常は私かフレデリカが決済を行うけど、もしもの場合に備えてジークルーネにも所持させてる。あくまでももしもの場合ってだけで、実際に決済を行うことはまず無いはずだけどね。
ジークルーネが所持することになったのは、金に汚いところがなく、キキョウ会に対して忠誠心が厚いことから、当時のメンバー全員から信任を受けてレコードを所持することになった経緯がある。
そんな金回りに余裕ができたことを分かったかのようなタイミングで、ある招待状が届いた。
「えー、キキョウ会会長、ユカリノーウェ様。この度は三十九番街にて、恒例の感謝祭を開催いたします。だってさ」
「感謝祭、ですか?」
「聞いたことありますね。三十九番街の感謝祭ってのは、表に出せない商品が集まる闇市のことですよ」
招待主はエクセンブラでも大手で鳴らす裏社会の組織だ。そこが主体となって、不定期に行われる闇市らしい。
盗品や略奪品を主として、一般的には流通されない魔道具、美術品、珍しい武具や装飾品、果ては珍獣や奴隷なんて商品まであるらしい。
そんなところに大手の組織から直々に招待されるなんて、キキョウ会も出世したもんよね。
「お姉さま、どうれされるのですか?」
「当然、行くわよ」
こんな面白そうな催し物に参加しないなんて有り得ない。
キキョウ会のような新参は奴隷売買のように本当にヤバい商品を取引するところには入れないらしいけど、それでも珍品が目白押しだろう。この機会を逃す手はない。なにかしら面白い物が手に入るかもしれないし、そうでなくても興味をそそられるイベントなのは間違いない。
「この招待状があれば、私以外にも、あと二人までなら同行できるみたいね」
言外に誰か行くかと聞いてみれば、争奪戦が始まった。
「ここは年長者のわしに譲るべきじゃろう」
「お姉さまとのお買い物には、絶対にわたしが行きます」
「鑑定魔法はこんな時にこそ活用されるべきではないでしょうか」
「情報収集にはもってこいの機会なんですけど」
「珍しいお花も~、あるかもしれないのですよね~?」
「いやいや、ここは元冒険者の見識をだな」
「あたしも武具を見に行きたいな」
「社会勉強したいです!」
新人までもが混ざってきて我も我もと自己主張を始めた。
最近にはないイベントだし行きたい気持ちは分かる。でもどうしたもんかな。
感謝祭は主催者側のメンツにかけて荒事は御法度らしいから、同行するのは戦闘班でなくても構わない。ここは公平に行ってみようか。
厳選なる抽選の結果、フレデリカと新人のロベルタが見事同行の権利を獲得した。
「やりました!」
「くっ、次こそは! あー、行きたかったなぁ」
「ロベルタ、ずるいよー」
「なんか土産買って来いよな」
くじに外れたメンバーの恨み言を聞きながら、今夜に備える。
招待状が届いてすぐの開催なのは、取り締まりや敵対勢力の妨害を警戒してのものだろうか。昨今の情勢じゃガサ入れなんてないだろうし、大手の組織同士での抗争の話も聞かないけど念のためかな。
夕食を終えて、夜も深まる時間。
今日は墨色の外套で揃えて、三十九番街に出撃だ。
リラックスして珍しい買い物を楽しもうとしてるフレデリカに、討ち入りに行くかのように緊張してるロベルタを伴って、オーバーホールを済ませたジープを走らせる。
「ロベルタ、少しは落ち着きなさい」
そわそわするロベルタに呆れた目を向けると、恥ずかしかったのか照れたように身をすくめた。
「……でも、緊張しちゃいますよ。闇市なんて初めてですし」
「楽に構えていればいいんですよ。いざとなればユカリが何とかしますから」
こっちの金髪メガネ美人は泰然自若としたものだ。緊張とは遠く、純粋に楽しみにしてる感じだ。
「心配事はないと思うけどね。フレデリカみたいに普通に買い物を楽しもうとしてればいいのよ。むしろ変に緊張してる方が注目を集めるかもよ?」
「うぅ、気を付けます」
会場付近には広い駐車スペースがあって、他の参加者と思われる強面の男たちが勝手にそれぞれの車を停めていた。私たちも同じように駐車して降り立つと、自然と注目を集めてしまう。
感謝祭の主催関係者と思われるガードマンが睨みを利かせてるから、堂々と絡んでくるのはいない。鬱陶しい視線を完全に無視して、私たちは感謝祭の会場である立派なビルに足を踏み入れた。
入り口で招待状を示すと、特に問答もなく奥へ通される。
上の階には立ち入れないみたいで、そのまま大広間へと誘導されると、一気に賑やかな空間が現れた。
「おいおい、これ以上の値下げは勘弁だぜ」
「そこのお兄ちゃん、これなんかどうだい!?」
想像以上に広々とした大広間に、おっちゃんのだみ声やおばちゃんの呼び込みの声が響く。
「うわぁっ」
随分と活気のある雰囲気にはロベルタも驚いたらしい。目を丸くしてる。
「もっと気取った雰囲気の売買かと思ってたけど、意外と自由な感じなのね」
「まさに闇市と言った感じです」
即売会やフリーマーケットといった趣ね。
招待客も粗暴な雰囲気のより、ちょっと癖のありそうな商人とか、収集癖のある資産家とか、ある程度の資産を持ってる層が中心になってるみたい。冒険者っぽいのもいるし、カジノの客層と大して変わらないわね。
安全面では強面のガードマンが目立たないように目を光らせてるし、売買は気楽な雰囲気だしで、これなら普通に楽しめそうだ。
「あっち、あっちにたくさん剣が置いてますよっ」
さっきまでの緊張はどこに行ったのか、ロベルタが楽しそうにはしゃぐ。
この会場なら問題なさそうだし、自由行動でいいかな。端っこには休憩用のスペースもあるから、後でそこに集合すればいいか。
「それぞれ見たい物があるだろうし、自由行動にしようか。フレデリカもロベルタも、問題は起こさないようにね」
「ユカリじゃないんですから大丈夫ですよ。掘り出し物を見つけてきますから、楽しみにしていてくださいね」
「行ってきます!」
フレデリカは装飾品が山と積まれた目立つ場所に向かって、ロベルタはさっき見つけた剣を目当てにして別れて行った。
さて、私は魔道具でも見に行こうかな。
広い会場だから手始めにざっと見て回ってるけど、さすがは闇市ね。
そこらの表の商店で売ってる物とか、ノリが全然違う。何がって、とにかく怪しい。ホントかよっていう説明文が付けられてる商品が平然とあったりするんだ。
例えば「この究極の指輪型魔道具があれば、魔法の威力が飛躍的に上昇! あなたも今日から世界最強の魔法使いの仲間入り!」みたいなインチキ臭い煽り文句が堂々と掲げられてたり。
他にも「炎の化身たる魔剣ゴールデンフレイムソード、入荷しました。超有名品につき、早い者勝ち! 現品限りです」みたいな、なんだよそれって感じのがね。
物騒な謳い文句が多めだけど、究極の美しさだの惚れ薬だのと、怪しい魔道具や魔法薬も所狭しと並んでる。
実用性のあるものでは、一般流通しないはずの結界魔法の魔道具もあったし、ギルドなんかで使ってる通信用の宝珠型魔道具もあった。通信用のはちょっと欲しかったけど高価すぎたんで見送った。そもそもの適正価格を知らないけど、どうせボッタクリだろう。
独特の雰囲気は、ただ歩いて見てるだけでも面白い。他のメンバーも連れてきてあげたかったな。
「ちょっと見ていけや、姉ちゃん。今日は女の客が少なくてな、なんか買ってくれたら取っておきも見せてやるぜ」
なぜかあまり声を掛けられなかった私だけど、小物系をメインにしたブースのところで呼び止められた。犬っぽい獣人のおっちゃんで、なかなか愛嬌がある。つい止まってしまったし、どうせだから見てみるか。
どれどれ。ざっと見ると、女性向けの商品が並んでる。小型の魔道具は護身用なのか、毒針が仕込まれてたり、閃光を発するようになってたりと色々あって面白い。形状も指輪やネックレスや髪飾りのようになってて、気軽に身に着けることができそうだ。
小物でかさばらないし、護身用兼装飾品としても悪くないわね。案外、綺麗だったり可愛いものも多いし。
みんなに買っていくお土産にはちょうどいいかも。値段は張るけど、まぁ私って金持ちだし。この程度でケチケチすることもない。
大量購入を決めると、こっからここまで全部ね、といった金持ち特有のいい加減な買い物を実行する。
「おいおい、本当かよ。気に入ってくれたんなら、こっちとしちゃありがてぇがよ。ちゃんと金はあんだろうな?」
「当たり前よ」
コミュニケーションの一環なんだろうけど、若干不機嫌にレコードカードを提示する。
「おおっ、凄ぇな。噂のキキョウ会は伊達じゃねぇってことか。ありがとよ!」
大きな紙袋の中に、意外と丁寧な手つきで商品を入れていくおっちゃん。
そう言えば、とっておきがどうとか言ってなかったっけ。
「他にもめぼしい商品があれば見せてよ」
「いいぜ、姉ちゃんくらいの気前のいいのになら出し惜しみはナシだ! 気に入ったのがあれば買ってくれよな」
おっちゃんはそう言うと、後ろに置いてある鍵付きの大箱を開けて中身を見せてくれた。
なるほどね。とっておきにするだけあって、それなりに価値のある商品が入ってるらしい。
「ふーん、悪くない…あ」
いくつもある中で特に目を引いた魔道具。かなり馴染み深い、懐かしい代物だ。まさか、こんなところで目にする機会があるとは。
「お、そいつは魔法封じの腕輪だ。そこらじゃ手に入らない貴重品だぜ? 使い方は簡単だ」
得意げに語り始めるけど、これはかつての収容所で私たちが強制的に付けられてた魔道具だ。忘れるはずもない。
思わず、わずかな時間だけ感傷に浸った。
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