第37話、雇用強化大作戦、経過
朝の短い訓練を終えて事務所に戻ってみると、キキョウ会の面々とリリィが挨拶を終えたのか、リリィを取り囲んで質問の集中砲火が浴びせられる光景に出くわした。
「ユカリ、この新入り中々面白い奴だな!」
「花魔法ってなんだよ!? すげぇな」
「面白いのが入ったものだ」
特に新入りで見習いのロベルタとヴィオランテは後輩に興味津々で嬉しそうだ。リリィの方が年は上だろうし、ああ見えて魔法を含めた総合的な戦闘力はふたりよりも上かもしれない。いずれにしても、キキョウ会に入ったからには基礎的な訓練から鍛え直さないと。
リリィは魔力はもちろん体力も意外とありそうだけど、ソフィたちのように護身術程度の戦闘技術を身につけたり、身体強化魔法は現状使えたとしてもレベルアップはしてもらわなければならない。キキョウ会の一員として、私たちの求める最低限のレベルは必要不可欠。
最低限と言っても、一般的なレベルから見れば結構高い水準だけどね。
「話は後にして朝食に行こう。今日の本部待機はアンジェリーナよね? 食後は見習いの訓練と、リリィに色々と教えてやって」
「ああ、任せろ」
「それから、リリィの他にも誰か来るかもしれないから、その対応は私がやるわ。他のみんなは街中で元気が有り余ってそうなのを見つけたらスカウトも試してみて」
今日の方針を簡単に決めてから、いつものおばちゃんの食堂に向かう。
リリィの加入は幸先がいいわね。この後も上手くいってくれるといいんだけど。
いつもより賑やかさが増した朝食の後、本部に戻ってから少しゆっくりしようとお茶の準備を始める。
毎度おなじみの紅茶フレーバーの回復薬を準備してると、表が妙に騒がしい。リリィに続いて応募者が来たか!?
さっと墨色の外套を羽織って、いそいそと外に出てみれば予想外の光景に閉口する。
「お、女が出てきやがった」
「早くメシ寄こせっ」
「おめぇか? こっちは忙しい中わざわざ来てやってんだ。早くメシの用意をしやがれ」
「あんがとよ嬢ちゃん。メシ食わせてくれるんだって? それから宿もな。ついでに一晩相手してくれよ、ふへへ」
汚らしい男どもが意味不明の要求を繰り返す。こっちは炊き出しの広告を貼った覚えはない。
これは何? 素で勘違いしてるのか、どっかからの嫌がらせか。
黙り込む私に業を煮やしたのか、ひとりの愚か者が唾を飛ばしながら迫ってくるけど、もちろん触れさせるわけがない。反射的に殴りそうになるのを抑えて、すっと後ろに下がる。
「……どういうこと?」
「なんだぁ?」
「張り紙で募集したのは女だけよ。あんたらみたいな男はお呼びじゃないわ」
あまりの面倒臭さに取り敢えず殴って追い払いたくなるのを堪えながら、どういうことなのか聞いてみる。
キキョウ会には、男に対して強い忌避感や嫌悪感を持ってる人もいる。紳士的な人でもお引き取り願うのに、こんな風に粗野な雰囲気であれば尚更だ。
「なんでぇ? こっちはメシが食えるって聞いから来ただけだぞ?」
「なんでもいいからメシ寄こせよっ」
「……募集の条件に女に限るって書いてあったはずだけど」
そもそも募集要項を見たわけじゃなくて、誰かから適当に都合のいい部分だけの話を聞いたってこと?
「んなもん知るかよ!」
「早くしろっての!」
「女が生意気言ってんじゃねぇっ!」
はぁ。言葉が通じないようね。
「無駄かもしれないけど一応、言っておくわ。ウチが募集したのは女だけ。あんたら男に用はないから、さっさと帰りなさい」
最初から態度の悪い小汚い男どもが、より険悪な雰囲気になるけど仕方ない。こうでも言わないと理解できないのだから。
「ふざけてんじゃねぇっ」
怒ってるのはこっちの方だ。
近所の目もあるし、さっさと終わらせよう。
一触即発の空気の中、一番前に陣取るおっさんに無言で近づく。
「な、なんか文句でも」
これ以上の無駄口を聞くつもりはない。腹を一発殴って黙らせた。
今度は隣の男にも無言で近づき、同じように腹を一発殴って即ノックアウト。ギロッと次のに目を向けると、さすがに理解できたのか脱兎のように逃げ出した。
「帰りなさい」
動けないのか、呑まれたように黙ったまま私を見る残った男どもに威圧を込めて警告すると、その後はまさに蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなった。
結局、初日のまともな応募者はリリィのみ。
早朝からリリィが来て幸先がいいなと思ったら、その後はあの変な男の集団を除いて誰も来ないなんてね。
まだ張り紙をして昨日の今日だからこんなもんか。そもそもまだ大方に認知すらされてない可能性もあるし次の指定日には、もうちょっとは来てくれるかな。是非そうであって欲しい。
まぁ午後にも誰か来るかもしれないけど、そっちは募集の時間外だ。別に時間外だからって受け付けないわけじゃないけど、こっちにも予定がある。
本部待機で訓練中のアンジェリーナたちを残して、私は手紙の件で冒険者ギルドに行かなければ。
さて、今日も来ました冒険者ギルド。
実を言えば冒険者って在り方にも惹かれるものはある。今はそれよりもキキョウ会やってる方が楽しいから、冒険者にはならないけどさ。
昨日も受け付けてくれた、グラマラスな妙齢の美女に近づくと、気安く挨拶を交わす。
「こんにちは。早速来たわね」
「うん、首尾はどうだった?」
「オフィリアさんのパーティーだけど、所在が分かったわよ。幸い、旧ブレナーク内に居てくれたようね。エクセンブラからはちょっと遠かったけどね。それから、王都支部に問い合わせた際に、ついでに傭兵ギルドのゼノビアさんについても聞いてみたんだけど、王都に滞在しているみたいね。こっちも合わせて手紙を送っておくわ」
なんて気の利くグラマーさん。仕事ぶりも完璧ね。ウチに欲しい人材だけど、まぁ無理だろうね。冒険者ギルドの受付嬢なんて女にとっては花形職業だし。
このままグラマーさんと世間話でもしたいところだけど、だんだんと混み合ってきて忙しそうだったんで諦める。少々お高い金額を清算して潔く撤収。
その辺をぶらつきながら、アンジェリーナたちの昼食を買ってキキョウ会本部まで大人しく帰る。果報は寝て待てだ。
次の指定日までは特別に面白いこともなく、通常営業の日々を送る。
そして、いよいよやって来た次の募集指定日には想定よりも大分少ないとは言え、十人程度の応募者が集まってくれた。こうして来てくれるのはやっぱり嬉しい。
気になるのは、どう見ても戦闘力がなさそうな女しか集まらなかったこと。募集要項はきちんと読んでくれてて、それなりの覚悟はあるらしいんだけど、できれば戦闘を生業にするんじゃなくて、それ以外の職種を希望してる人しかいないってのが想定外だ。てっきりじゃじゃ馬みたいなのばかりが集まると思ってたんだけど。
まぁ予想通りと言うか、大体が壊滅した王都やレトナークからの難民で、天涯孤独で何とかこれまで日銭を稼いだり、わずかな貯えを使って生き繋いで来たような連中だった。ハングリー精神だけはありそうだから、まぁ期待はできるかもしれない。
それに、中には性格的に戦闘に向いてるのもいそうだし、訓練の過程でそっちを希望してくれるのもいるだろう。
あとは研修中に脱落者が出てしまわないかが心配ね。
変わり種では、元貴族のお嬢様がひとりいたくらい。旧ブレナーク王国時代には一応の貴族だったらしいんだけど、元々領地持ちではないし、王都の屋敷も失って細々と生きて来たらしい。
まぁ貴族としての見識や学はありそうだから、活躍の機会は色々とあるかもしれない。魔法の腕もそこそこで、特に期待してる人材だ。
数日後の夕方、戦闘班の拡充をどうしようかと思案してると、外回り組が帰ってきた。
「お帰り。今日はどうだった?」
「おう。今日は朗報っつーか、ちょっと面白い話があるぜ」
「なんかあったの?」
グラデーナが勿体ぶってるけど何かな。他の外回り組も何やら楽し気。良い話っぽいけど。
「スカウトって話があっただろ? 元気の余ってそうなのがいないかと思って、帰り際にスラムに寄ってみたんだよ。そしたら、面白れぇことになっててな」
「あそこはいくつかの派閥に分かれて、年がら年中、若い奴らが争い合ってるって話は知ってるだろ?」
エクセンブラの住民なら誰でも知ってるし、一時滞在の人でも注意を受けて知ってるくらいに、ここじゃ当たり前の話だ。
主として身寄りのない少年たちが徒党を組んで争ったり、犯罪行為を働いたりしてるのが根城にしてる場所だ。そこから本職の組織にスカウトされたりなんてことも良くある話らしい。
「それで? 少年と言えども、男はダメよ」
現状、キキョウ会は女のための組織だからね。
「そうじゃねぇ。実はな、ウチに影響されたみたいで、スラムの女も徒党を組んで愚連隊の真似を始めたらしいんだ」
「ちょうど面白い場面にかち合ったんすよ」
「お姉さま、わたしと変わらないような娘たちが、少年グループと争っていました」
ふーん、聞いたことないわね。ヴァレリアと変わらないくらいの年齢の娘たちか。さしずめ少女愚連隊ね。
「しかも気合いがスゲェのなんの。同じくらいの人数の少年どもを圧倒してたぜ。ありゃあ、見込みがある」
「ほう、それは興味深いな」
今日は本部待機だったジークルーネは私と同じく現場は見てないけど、話を聞いてかなり乗り気になってるみたいだ。気合いの入った少女たちってのは、たしかに私も気になるところだ。その娘たちを引っ張ってこられれば、戦闘班も取り敢えずの頭数は揃いそうね。
「面白そうな話ね。その子たちがウチに影響されたってのは本当なの?」
「ああ、最近になって目立ち始めたグループらしいが、キキョウ会をモデルにして立ち上がったって、スラムじゃ瞬く間に有名になったらしいな」
それが本当なら、ウチがスカウトに行けば快く傘下に加わってくれそうだけどね。
あれ、でも待てよ。
「スラムには、前に募集要項貼ってもらってたはずよね。その時に応募に来なかったってことは、脈なしなんじゃないの?」
「……それもそうだな」
「だが、今日の様子を見た限りじゃ、命惜しさにどうのって奴らには見えなかったけどな」
「確かに。チャンスさえあれば食らいつく気迫があった気がするな」
うーん、よく分からないわね。
「まぁいいわ。声をかけるだけかけてみよう。むしろなんで声をかけて来なかったの?」
「いや、喧嘩中に割り込むのもな。野暮ってもんだろ? しばらく見守ってたんだが、話し合いを始めたと思ったら、またやり合い始めたりで長引きそうだったんでな。帰って来た」
だったらしょうがない。私がノリノリでヤッてる時に割り込まれたとしたら、それはムカつくもんね。
「それで、どうしようか。せっかくだし、今からまた行く?」
行動を起こすなら早い方が良い。
「いい加減に喧嘩も終わってる頃か。じゃあ、ちょっと行ってくるぜ。先に晩飯食っててくれよ」
「ちょっと、あんたひとりで行く気? 誰か連れて行きなさいよ」
「お姉さま、わたしが行きます」
即座にヴァレリアが立候補。やる気が漲ってるわね。
「わたしも行こう」
「あたしも行くぜ」
ジークルーネとボニーも間髪入れずに続いた。他にも行きたそうなのばかりだったから、ここでストップをかける。
「そこまでよ。あんまり大勢で押しかけて余計なプレッシャーをかけるのは止めた方がいいわね。あんたたちに任せるわ」
「おう、任せろ!」
この四人ならスラムの木っ端どもがどれだけ襲いかかって来ようと問題ない。後は任せて食事にしよう。
ちなみに募集に応じた新入りたちが入った影響でキキョウ会もかなりの大所帯になってきた。
いつものおばちゃんの食堂は割と広い店で、私たちが全員で押しかけても問題ない広さがあるけど、ガラの悪いのが毎日一気に大勢で押しかけるのも悪い気もするから、人数を分けて時間をずらして通ってる。
全員で食事会なりする時には、事前に言っておいて貸し切りにしてもらう配慮くらいはする。
今頃新入りたちはキキョウ会へのツケでたらふく食べてることだろう。まだ引率としてフレデリカたちが付き添ってるけどね。
彼女たちが帰ってきたら、私たちも食堂に行く。グラデーナたちが戻ったら食堂に来てもらおうかな。スラムの娘たちなら腹減らしてるかもしれないし、おばちゃんには人数大幅に増えるかもって言っておこうか。
墨色と月白の外套を翻して出かけて行く四人を、期待を込めた眼差しで見送った。
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