第38話、格の違い

 グラデーナたちが少女愚連隊に話を付けに行った夜、私はひとりで本部の屋上から稲妻通りを見下ろす。

 あいにくの曇り空で星明かりはないけど、街灯が煌めいてるから真っ暗なわけじゃない。でもこの辺は歓楽街じゃないから人通りは全然ないし、遠くから微かに聞こえる喧噪も気にならない静かでいい夜だ。

 深夜の冷たい風を感じながら、今夜のことを振り返る。



「ユカリ、連れて来たぜ」

 グラデーナたちは例の少女愚連隊を上手いこと引っ張って来れたみたいだ。

 続々と入ってくる少女たちは、嬉しそうな顔、不安そうな顔、興味深そうな顔、疑いの顔、挑戦的な顔、何やら縋るような顔をしてるのまでいる。まさに悲喜交々だ。どっちかと言えば、喜んでるのが多そうね。私たちとしては恐れられてるくらいでちょうどいいんだけど。


 それにしても多いわね。二十人くらいはいそうだ。見た目の年齢はヴァレリアくらいのを中心に、私くらいのが数人、サラちゃんくらいの子供までいる。ウチは託児所じゃないってのに。かと言って引き離すわけにもいかないし、どうしたもんか。まぁキキョウ会にとってみれば今更か。

「ご苦労様。上手くいったようね」

「いや、それがな。こいつらのリーダーがユカリと話をしてから返事をしたいってよ」

 いきなり傘下に入れって言われて、はいそうですかとも言えないか。リーダーからしてみれば待遇や条件なんかも気になるだろうし。

「構わないわよ。別に無理矢理ウチに入れようってわけじゃないんだから、話くらい当然ね」

「話せる会長さんみたいで助かりますよ。あたしはグレイリース。こいつらの頭張らせて貰ってます」

 前に出て話し始めるのは、私よりも少し下くらいの見た目年齢の女の子。話し方の感じだと、気の強いしっかり者系といったところだ。現に仲間の少女たちは騒ぐ様子もなく、リーダーの話に集中してる。良く統率されてるんだろう。


 丁寧なようでいて砕けた口調で話すグレイリースは、その余裕のある態度とは裏腹にかなり緊張してる様子。

 たぶん私が何気なく発動した身体強化魔法のレベルを見て格の違いを感じ取ったんだろう。

 グレイリースは最初から油断なく身体強化魔法を発動中だったけど、悪くないレベルだ。キキョウ会正規メンバーの戦闘班で、最弱のメアリーにも及ばないレベルだけどね。でも、それに迫るくらいのものはある。新入りとして迎えるのなら上等なレベルだ。


「私は紫乃上。キキョウ会の会長よ。ウチのことは知ってるわよね?」

「もちろん知ってます。あたしらが立ち上がる切っかけになったのが、キキョウ会だったので」

 へぇ、噂は本当だったのか。知らないところで影響を及ぼすってのは誇らしいけど、少し怖くもあるわね。

「早速だけど、ウチに入る気はない?」

 端的に要求を告げて様子を見る。話がしたいらしいけど、いったい何の話やら。

「……っ」

 何やら思いつめた顔で迷う素振りを見せるグレイリース。急にどうしたんだ。


「なに? 何か言いたいことがあるなら遠慮はいらないわ。はっきりと言いなさい」

 一転。強い瞳で私を見返したと思ったら、突然ガバッと跪いて、話とやらを始めた。

「会長さん、折り入ってお願いがありますっ!」

 黙って先を促す。厄介事か。

「敵対しているグループの奴らに、仲間が何人か捕まってるんです。あたしらじゃ居場所も掴めない。何人か締め上げてはみたんですが、空振りばかりでたどり着けないんです。あいつらを助けてくれるなら、あたしはどうして貰っても構わないし、無条件で従います。だから、どうか力を貸してやってください!」

 なるほど。ウチが張った募集の件は、その捜索やら抗争やらで応募してる暇がなかったということか。あるいは気が付いてすらいなかったのかもね。

「少なくとも、面白い話じゃなかったわね」

「だ、駄目ですかっ!? あたし程度じゃ力不足かもしれないですが、命張って役に立ちますよっ」

 早とちりするなっての。


「ジョセフィン、何とかなりそう?」

「そうですね。スラムの少年グループ程度の情報なら、それほど苦労もしないと思いますよ。今夜中にはなんとか」

「さすがね。悪いけど、急ぎみたいだからすぐに頼める?」

「ええ、あんな話を聞いちゃったら、のんびりもしてられませんよ。それじゃ、また後で」

 最早護衛も必要なく、たったひとりで夜のスラムに出かけて行くジョセフィン。面白い奴ね。

「あ、あの、それじゃあ」

 グレイリースは戸惑いながらも嬉しそうな顔をする。当然、言ったことは守ってもらうけどね。

「聞いての通りよ。後は私たちに任せておきなさい。その代わりにグレイリース、あんたには今後、ウチで働いてもらうわよ」

「それはもちろんです。あ、でも仲間たちは」

「好きにしなさい。キキョウ会は絶賛人手不足だから、入りたいと言うなら歓迎するけど、嫌だというのを無理に引き込むつもりもないわ。あんた以外はね」

 グレイリースを見やってニヤリと笑って見せる。


「ユカリ、いつもの条件でいいですよね? 彼女以外の娘たちには、ちゃんと話をした上で決めてもらいましょう」

「そうね。いつも通りその辺の説明はフレデリカに任せるわ。食事でもしながら話してやってね。おばちゃん! この娘たちにもなんか適当に持って来てやって!」

 グレイリース以外の娘たちには、例の募集要項の内容で本当にウチに入るか良く考えてから決めてもらう。今日はキキョウ会の空き部屋に泊まらせるから、そこで話し合いでもしつつ、みんなで決めたらいい。

「ほら、グレイリースはこっちに。さっきの話、もう少し詳しく話しなさい」

「はい!」



 食堂での会話を振り返って、少しだけ憂鬱な気分になる。どう考えても愉快なことにはなりそうもない顛末が予想されるだけにね。

 ぼーっと物思いにふけってると、夜の屋上から見下ろす稲妻通りにジョセフィンが走って来るのが見えた。

「早かったわね。さすが頼りになる」

 遅れないように事務所まで降りよう。今夜出撃する他の戦闘班メンバーも事務所に待機中だ。


 事務所に戻って、みんなにもそろそろ帰ってくると告げると、程なく玄関から姿を現すジョセフィン。ここからは私たちの出番だ。

「早速だけど、どうだった?」

「単純な話でしたよ。スラムの外れの倉庫に攫った女の子を監禁してるって話です。グレイリースが締め上げたっていう連中が知らなかっただけでしょうね。どうやら少年グループの幹部しか使えない場所らしいので」

「実際に倉庫の中は確認できた?」

「ええ、グレイリースに聞いた人数よりも多かったですけど。でも急いだ方がいいですね。案内するんで早く行きましょう」

 多いってことは、関係のない女の子もいるってことか。

「みんな、急いで行くわよ。ジークルーネ、アンジェリーナ、シェルビー、留守は頼むわね」

 案内役のジョセフィンを先頭にキキョウ会本部を飛び出した。


 スラムのガキどもなんて私たちの相手にならない。戦闘よりも、女の子を保護してここまで運ぶ役目として多めの人数で現地に向かう。グレイリースには仲間を確認してもらう必要があるから一緒に連れて行く。

 ちなみにグレイリース以外の少女愚連隊の連中も一緒に行きたがったけど断った。単純に足手まといはいらないし、仲間同士ならお互いに見ない方が良かったり、見られたくない状況だってある。

 それからロベルタたち見習いも留守番だ。見習いはまだ自分のことだけを考えてればいい。リリィは早寝だから何も知らずに眠ってるし。


 身体強化魔法を使って走ればそれほど時間はかからないし、車両は使うまでもない距離だ。静かな夜にあの走行音は目立つしね。

 グレイリースが必死に汗をびっしょりとかきながら付いて来るのを尻目に私たちは息一つ乱さない。ぜいぜい言いながらも気合いで付いてきた彼女はそれだけでも褒めてやりたい気になる。


 目的の倉庫に到着すれども、一見すると窓は全て板で塞がれて中の様子は窺い知れない。

「ジョセフィン、中の様子を確認したいわ。どこからなら見える?」

 正面から踏み込むにしても、女の子たちは最優先で確保したい。人質にでも取られたら面倒だし、とち狂ったのが傷つけないとも限らないからね。どこにいるのかは予め把握しておきたい。

「こっちです。窓じゃなくて、窓の上が少し破れていますので、そこから中が見えますよ」

「なるほどね。どれ、ちょっと見てみるか」

 覗きなんて趣味じゃないけど、今回ばかりは仕方ない。


「……ちっ」

 思わず舌打ちしてしまう。あー、胸くそ悪いわね。予想通りすぎる光景で、ガキどもが一丁前にお楽しみ中だ。

 パーティーよろしく馬鹿ヅラ下げたガキどもがウヨウヨいやがる。幹部だけが使えるんじゃなかったっけ。まぁいいか。

 肝心の女の子たちは命までは取られてない。取られてはいないけど、見るも無残な有り様だ。


 予想通りの結果に驚きはしないけど腹は立つ。まだ大人になりきれないガキのやったこととは言え、許せるはずもない。予め覚悟してたのもあるけど、私の無言に他のメンバーも察したようだ。でも場所は把握した。個室にばらけられたりするよりも簡単だ。踏み込んで一気にしばき倒す。

「ガキどもは人数だけは多いわ。私とヴァレリア、ポーラ、ブリタニーは女の子の確保を優先。守りを固めて私の治癒を邪魔させないで。グレイリースは私を手伝いなさい。ジョセフィンは外に残って周辺の警戒を。グラデーナ、ボニー、メアリーはガキどもを蹴散らしなさい。一応言っておくわ。殺さない程度にしておきなさいよ」

 女の子たちを優先的に確保することには頷きながらも、殺しについては全員が承服しかねるようだ。

「ユカリ、そいつは保障できねぇな」

「……ええ、ユカリさん、今回はわたしも保障できませんよ」

 特にメアリーは早くも尋常じゃない殺気を漲らせる。私もこれ以上は特に何も言わない。


 大きな鉄の扉の前に移動して突入を開始する。

「行くわよ」

 私のブーツが唸りを上げながら前蹴りで扉に突き立つと、鉄の扉とは思えないような勢いで面白いように吹っ飛んでいく。

 運のない奴が吹っ飛んだ扉に巻き込まれて悲鳴を上げてるけど、どうでもいいことだ。

 衝撃音と突然の出来事にガキどもは雁首揃えて呆気に取られてる。そこを救出班の私たちが一気に駆け抜ける。進路に立ち尽くす間抜けは容赦なく殴りつけて吹っ飛ばし、一直線にそれぞれの女の子たちの元へ駆け付ける。


 私は絶賛行為中の阿呆の肩を掴むと、それを握り潰しながら仲間のガキに向かって思いっきり投擲する。そう言えば人間をこうやって投げるのは初めてね。

 周りにいるのも同じように捕まえては握り潰しながら適当にぶん投げると、女の子の周辺から邪魔者を排除した。


 声ひとつ上げない女の子を見れば、ぐったりとした様子で辛うじて息はあるけど意識はない。危険な状態だ。素早く浄化魔法で汚れを落とし、魔力を練り上げて回復薬を身体に染み込ませる。傷回復薬だけの効果じゃなくて、状態異常や病気、体力、魔力の回復も含めた、とっておきの超複合回復薬だ。これで取り敢えずは大丈夫。せっかく私たちが助けたんだし、特にグレイリースの仲間なら愚連隊を気取るくらいなんだから克服して見せなさいよ。


 他の状況はいうと、ウチのメンバーはやっぱり凄い。

 喚いたり怒鳴ったりうるさいガキどもを淡々と排除するメアリーたちの姿は恐ろしいものがある。一応理性的に攻撃魔法も武器も使わず、拳で語ってるんだけどね。

 治癒を終えたこの場は私の傍にいたグレイリースに任せて、他の女の子のところを順に治癒して周る。

 ガキどもは逃げ出そうとする奴ばかりでこっちに襲いかかって来たりはしなかったから治癒はスムーズに進んだ。不幸中の幸いで命は助けられたし、身体の傷は完治させた。


 女の子たちの浄化と治癒がひと段落する頃には、大方の決着がついていた。

 こんなことを仕出かしたガキどもをメアリーたちが逃がすはずもなく、漏れなく全員がしばき倒されて昏倒するか痛みに蹲る。聞こえてくるのはガキどもの弱々しい泣き言だけだ。


 メアリーたちも少しは手加減したのか、皆殺しとまではいかなかったようね。無論、こんなのがどうなろうと知ったこっちゃないけど。

「グレイリース、あんたの仲間はこれで全員?」

「……はい。こいつらで全部です。助けてくれて、ありがとうございました」

 俯くグレイリースの表情は分からないけど、あとはあんたがフォローしなさい。手伝いくらいならするからさ。

「ならこれで片付いたわね。さっさと引き上げるわよ」

「ガキどもはどうする?」

「ほっときなさい。何かしたいなら止めはしないけど、早くこの娘たちを連れて行ってあげた方がいいわ」

 全員が黙って頷き、眉を寄せたまま眠る女の子たちを担いで薄汚れた倉庫から脱出する。

 今夜はウチで保護して、家のある娘は明日帰らせるし、グレイリースの仲間の娘は他のと同じように話をして決めさせる。


 それにしても、同じ悪党をしばくにしても、もっと強かったり戦利品があったりしないとちっとも楽しくないわね。あんな歯ごたえの欠片もないガキども相手じゃ返ってストレスが溜まる。

 はぁ、何かスカッとするような楽しいことはないもんかな。

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