第36話、花の女

 今日は人材募集の貼り紙が指定する日の第一弾だ。たくさん集まってくれるといいんだけど。

 私はいつも早寝早起きだし、今日は張り切ってるから爽快な目覚めで日の出の直後にはもうベッドから起き上がる。


 まだ静かなキキョウ会本部の中、気合を入れるべく、少し冷たいシャワーを浴びて心と体をスッキリとさせた。

 脱衣所で紫紺の髪から滴り落ちる水気を丁寧にタオルに吸わせてると、誰かが入って来た。

「ユカリ、相変わらず早いですね」

「あんたは珍しいわね、フレデリカ。いつもはもう少し遅いのに」

「いえ、それが……」

 私とは逆にあまり眠れなかったらしい。浅い眠りを繰り返してる内に日が昇ってしまったから、もうシャワーを浴びて眠気を覚まそうとしてるんだとか。

「なに、緊張でもしてんの?」

「そういうわけではないと思うのですけれど。募集を開始してから昨日の今日ですし、あまり来ないと思いますよ?」

「やっぱそうかな」

 命の危険があるとも書いたわけだし、募集したところで、そうそうたくさん来るはずがない。

 ひょっとするとゼロってことも。いやいや、まさかゼロってことはない……ない、よね?

 嫌な想像をしながら身支度を整えると、いつもの日課に繰り出す。

「じゃあ、私は地下で魔法の訓練してるから、何かあったら呼んで頂戴」

「ええ、わたしもシャワーを浴びたら、一度表の様子を見に行きます」


 集合は午前と指定したけど、さすがにこんな朝早くに来る志願者はいないだろう。

 地下訓練場に行くため、一旦外に出るべく玄関に向かう。訓練場はガレージからしか行けないから必ず一度は外に出なくちゃならない。今更遅いけど、この構造は何とかならんものか。


 外に出ると朝日が眩しく、乾いた空気も気持ちがいい。地下に籠るんじゃなく、外で体操でもしたいところね。

 そんな爽やかな朝の一ページを切り取る白い影。朝日を遮るように立つ姿は逆光になって、その顔を窺い知ることはできない。この時間に出歩く人は少ないんだけど、まさか、募集を見て来てくれた人!?

「あのぅ、キキョウ会さんはこちらで良かったのでしょうか~」

 意外に間延びした声。近寄ってみれば、困ったような顔で頬に手を当てる麗人。

 優しげな雰囲気の女性で、白の装いが良く似合ってる。白い魔女ルックとでも呼べばいいだろうか。

 白いつばの広い先の尖った大きな帽子に、同じく白のふんわりとしたドレスのようなローブと至る所に散りばめられた色とりどりのコサージュ。腰のあたりに大きなキキョウの花飾りが付いてるのはポイント高い。足元に置かれた鞄にも花のデコレーションがなされてる。よっぽどのお花好きなのね。


 正直に言おう。

 ウチに応募してくるような人には全く見えない。だけど今、確かにキキョウ会って言ったわよね。何か別の用事かな。

「キキョウ会はここで合ってるけど……」

「まぁ、良かったです~。あたし、良くそそっかしいところがあるって言われるのでぇ、心配しちゃいました~」

 こういう人、初めてのタイプだわ。独特のペースがあるわね。嫌いじゃないけどさ。

「あー、ここにはどういった用事で?」

「人材募集ってあったのでぇ、是非にと思って来たのですよ~」

 マジか。キキョウ会を何か勘違いしてるんじゃないのか。もしかして、こう見えて意外と武闘派だったりするとか?


 分からないわね。とにかく話を聞いてみよう。今日の訓練は中止ね。

「あなたの希望する職種があるか分からないけど、とりあえず中に入って。まだほとんど寝てるけど、私が話を聞くわ」

「まぁ、ありがとうございます~。それでは、お邪魔します~」

 白い彼女を先導して本部の中に戻る。

 フレデリカはシャワー中だし、他の早起きのメンツもそろそろ起きてくるだろう。それまではゆっくりとお話でもしてようかな。



 応接セットに座ってもらって、手早くお茶の準備をする。

 いつもの紅茶フレーバーの体力回復薬だ。ポットの中に温かいのを生成して、ティーカップへ注ぐと良い香りが事務所に漂う。地味に紅茶フレーバーのクオリティが上がってると自負する一杯だ。

「紅茶よ、どうぞ」

「とっても良い香りですね~。頂きます~、んっ、あらぁ? とっても美味しいのですけどぉ、これは茶葉を使ってはいないのですか~?」

「よく分かったわね。これは魔法で紅茶に似せて作ったものよ」

「ふふふ~、こう見えても植物の専門家なのでぇ、すぐに分かるのですよ~」

 へぇ、花が好きそうな恰好は伊達じゃないのね。専門家か、面白そうね。その辺も聞いてみよう。


 彼女の正面に腰かけて向かい合うと、紅茶をひと口飲んでから切り出す。

「まずは自己紹介からね。私は紫乃上。キキョウ会のみんなにはユカリって呼ばれてるわ。あなたは?」

「あたしはオーキッドリリィって言います~。花魔法が得意なのですよ~」

「花魔法?」

 また珍しい魔法ね。それとも何かの比喩か。

「そうなのですよ~。お花を咲かせる魔法なのです~。えっへん」

 へぇ、花を咲かせるか。勉強家の私でも知らないかなりユニークな魔法ね。花を咲かせるって言ってもどこまでの範囲なのかな。本当に花だけ?

 花であればありとあらゆる植物が可能なのか、樹木や果実も可能なのか、植物の成長を促進させるだけなのか、魔力で生み出すことが可能なのか。規模や速度も気になるわね。


 パッと思いつくだけでも色々あって面白そう。研究したい。

「あれ、その服に付けてる花って、もしかして本物? 造花じゃなくて本物っぽいけど、魔法で作ったってこと?」

「ふふふ~、その通りなのですよ~」

 自慢げに立ち上がってくるりと回って見せる。極自然にこういうことをして見せるところが天然っぽいわね。

「花の良い香りがするし、とてもいいわね。それにしてもあなた、随分と朝早くに来たわよね」

 素直に褒めつつ、早すぎる朝の来訪について聞いてみる。

「早朝にしか咲かないお花がこの近くの花壇にあるのですよ~。そのお花を見ながらお散歩してたら早く着いちゃいました~」

 近所のおばちゃんたちが共同で管理してる花壇がいくつかあったわね。それのことかな。

「本当に花が好きなのね。ところで、花魔法ってのが気になるんだけど、良かったら可能な範囲でいいから教えてくれない?」

「もちろんなのですよ~」


 かなり興味深い魔法なんで色々と聞いてみれば、専門家と言うだけあって、私程度が思いつくことならすでに試してあるそうだ。

 そして大抵のことはできるらしい。はっきり言って凄い魔法だ。

 なればこそ、キキョウ会に来る意味が分からない。これほどユニークかつ、有用な魔法適正を持ってるなら引く手数多であるはず。彼女にとって、もっと快適な環境を提供できる機関や組織は他にあるはずだと思うんだけどね。それがどうして、キキョウ会に?

「実はですね~、こう見えても以前はレトナークの宮殿でお庭の管理を任されていたのですよ~。それがあんなことになっちゃいまして~」

 驚きというか納得の経歴を披露しながら落ち込んだ様子の彼女に詳しく聞いてみれば、ずいぶんと苦労してきたみたいだった。


 レトナークでクーデターが起こるまでは、宮殿の庭を好きにさせて貰ってたそうだ。王妃は花が好きで彼女が自由気ままに作る花園をいつも褒めてくれてたんだとか。

 クーデターの後に王妃がどうなったのかは分からないらしいけど、丁寧に作り上げた花園や庭園は反逆者に踏み荒らされたあげく、彼女には魔法を軍事で活かすように強要したそうだ。

 花好きの彼女がそれを了とするはずもなく、レトナークを出奔してエクセンブラまで流れ着いたというわけだ。で、なんでキキョウ会?

「ふふふ~、このお花なのですよ~」

 腰の部分に付けたキキョウの花を優しい手つきで触りながら、それだけで分かるでしょと言わんばかりの彼女。いや、分からんて。

「それはキキョウよね。まさかキキョウ会って名前だけで来たわけじゃない、わよね?」

「そのまさかなのですよ~。あたし、数あるお花の中でもキキョウが一番大好きなのですよ~。キキョウ会のお名前を見た瞬間、これはもう絶対運命だって思ったのですよ~」

 満面の笑顔で嬉しそうに運命を語る彼女。


 どうしたもんか。ちゃんと募集要項は全部読んでるのかな。

「あのさ、ウチの募集要項はちゃんと読んだ? 危険なのよ?」

「問題ないのですよ~。あたし、珍しいお花があると聞けば火の中水の中、魔獣の巣にだって突撃しちゃいますよ~。実際、逃げ出す時には兵隊さんたちを薙ぎ倒して来たのですよ~」

 こう見えても強いのですよ~なんて宣う彼女。それが本当なら実際、大したもんだけどね。花魔法が聞いた通りに実現できるなら、逃げるくらいは問題なかったんだろう。

 良く聞いてみれば、薙ぎ倒したと言うよりは単なる足止めにすぎないとは思うんだけど、大勢の兵士から逃げ切るのはそれなりに大変だったろう。うん、意外とやるわね。

「それに募集要項にはこうも書いてありました~。各分野を募集中で~、能力を活かしたいとか何かを求めるなら~ってあったのですよ~」

「何かやりたいことがあるってわけ?」

「ふふふ~、それはですね~」

 得意げな顔をした彼女の自己アピールを聞いてみれば、のほほんとしてて天然そうなのは見た目だけ、なのかな。意外と打算的なところもあった。


 まず、花が好きで特にキキョウが好きってこと。それでキキョウ会に興味を持ったらしい。それが第一。


 次に募集要項を軽く見ただけで、普通じゃないことくらいは分かったけど、むしろそれが良かったらしい。

 当然だけど、彼女はレトナークのお尋ね者。まぁ、お尋ね者と言っても本物の犯罪者というわけじゃない。これだけ稀有な魔法適性があれば、無理に戦闘をさせなくても活かし方は様々ある。国家としては何としても、確保しておきたい人材だろう。

 そんなわけで便宜上というか、無理やりお尋ね者になってるらしい。難癖付けて無理矢理にでも捕らえて言うことを聞かせようって魂胆だ。私としても、すっごく気に入らない。

 キキョウ会は怪しい奴らの集合体だからね。そんな中に紛れつつ、万が一の時には仲間になった私たちに保護してもらうと。


 それから、普通じゃないところなら、普通じゃないことをやらせてもらえるかもしれないってこと。

 彼女はとにかく花が好き。究極の夢は世界中を花で満たすことなんて豪語する。宮殿にいた時代から、箱庭の中だけじゃなくて、もっともっと色々なことがしたいと思ってたそうだ。個人でやってみればいいんじゃないかと思わなくもないけど、組織力をバックに大規模に実践する構想でもあるんだろうか。


 最後に、先立つものがないといった、即物的な事情から待遇面で惹かれたところもあると。ウチに入れば食事と宿の心配はないしね。


 やりたいことがあるのは大変結構。

 だけど、いくらウチでも儲けられない事業に金を出してやることはできない。儲け以外の他に納得できる何かがあれば考えなくはないけど、基本的には金儲けができないなら却下だ。個人で勝手にやる分には構わないけどね。その前にキキョウ会の利益になる、役に立ってもらわなければならない。ウチの看板しょって、何かをしようってんなら当然見返りを求めるとも。



「おはようございます。お客様ですか?」

 奥の扉が開くと、さっぱりした様子のフレデリカがようやく登場した。髪も完璧に乾かして来たみたいでサラサラだ。

「募集要項を見て来てくれた、オーキッドリリィさんよ」

「えっ!? さっそく応募の方がいらしたのですかっ」

「リリィと呼んでくださると嬉しいのですよ~」

「じゃあ遠慮なく、リリィって呼ぶわね。フレデリカ、紹介するから座って」


 みんなのカップにお茶を注ぎつつ、簡単にフレデリカをリリィに紹介する。それから今しがたリリィと話した内容を本人に再確認しつつ、フレデリカに伝える。

「花魔法ですか。とても素晴らしい魔法適正ですね。これは儲け以外にも色々な可能性がありますよ」

「可能性ねぇ」

 何やら考え込むフレデリカ。良い考えがあるなら任せてもいいけど、リリィの意思も大事だから良く聞いてみないとね。

 とにかく重要なのは、キキョウ会に入ることが命がけであると本当にきちんと理解しているか。意欲があり、役に立ってくれるかどうか。まずはそれが満たされるなら良し。

「……ユカリ、キキョウ会にも表の看板が欲しいとは思いませんか?」

 スクエアの眼鏡がキラリと光る。

「ん、どういうこと?」

「キキョウ会とは何をやっているところですか? と聞かれた時に、当たり障りのない表向きの看板があれば、と考えていたのです。護衛や警備、ゆくゆくは酒場の経営も行う予定ではありますけれど、もっと夢のあるといいますか、別の看板が欲しいとも思っていました。そちらをメインに働いてもらう人も雇う事ができるようにもなりますし」

 表の看板か。そういうものがあれば便利なのかな。

 それに今後、メアリーたちのように成り行きでウチに入るのも出てくるかもしれない。こんな世の中で悲惨な境遇の女なんて、それこそ掃いて捨てるほどいるに違いない。誰も彼も助けてやる気なんてないけど、それでも私に助けを求めて来るのなら、出来る範囲でくらい何とかしてやろうとも思う。


 今のところは私とロクデナシどもの趣味で、キキョウ会は暴力と金儲けがメインの組織になってるけど、その他の部門があったっていい。

「確かにね。それに表の顔と裏の顔ってのは、ある種の憧れでもあるか。なんかカッコいいし」

「格好いいかはともかく、実利にも結び付くと思います」

 その表の看板とやらが実利に結び付くのなら、尚更文句はない。

「あの~、あたしは何をすることになるんでしょ~?」

「……そうですね、せっかくの素晴らしい魔法を活かして、花を売る店なんてどうでしょうか。世界を花で満たす前に、まずはエクセンブラを花で満たしましょう。如何ですか?」

「まぁ~! それは素敵ですね~」

 花屋か。そう言えば、この街には花屋がない。アクセサリーやインテリア用品として造花を売ってる店はあれど、生花を販売する店はない。少なくとも、個人レベルでやってるような店舗は今までに見かけたことはない。


 商売としては庭師がいるし、花壇もあればガーデニング用に種子なんかを売ってる店もある。花とは自分で育てるか、森や野原から採ってくるものであり、買うものではないといった考えが無意識にあるのかもしれない。

 売り物であれば手軽に手に入るし、需要がないとも思えない。やってみる価値はあるかもしれないわね。

「よし、分かった。店舗の用意やなんかで準備が色々と必要になるだろうけど、そこはフレデリカとリリィに任せるわ。まずはそこで利益を上げることね。でも、その前にもう一度確認させて。キキョウ会に入るってことは命がけよ。それから、最初は見習いからになるし、報酬はほとんど出せないわ。さらには厳しい訓練だって待ってるし、かなりキツイわよ。それでも構わない?」

「ご飯とお宿は保障されるのですよね~? でしたら、望むところなのですよ~」

 むんっ、と気合を入れるリリィ。


 結論。

 持ってる魔法適正のユニークさ、少女染みた夢と情熱、儲けられる可能性、意外な戦闘への応用力、キキョウが好きであること、リスクを理解し受け入れていること。魅力的なところばかりで不満なんてないわね。

 フレデリカと頷き合う。決まりだ。

「フレデリカ、適当な部屋に案内してあげて。どこを割り当てるかは任せるわ。もう少ししたら他のみんなも起きてくると思うから、そうしたら朝食にしよう」

「朝ごはんです~」

「リリィ、こちらに付いて来てください」


 リリィとは結構話してたけど、まだ早朝の内だ。今から訓練でもしてこようかな。

 そろそろ他にも起きてくるのはいるだろうし、彼女の紹介やなんかはフレデリカに任せて、私は日課を少しでもこなそう。その間に他の応募者が来たら、メンバーの誰かに任せてしまっていいし。あの調子で来る人来る人、全部と話してたらキリがない。まぁリリィとの話は面白かったけどさ。

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