第35話、お手紙出します
・キキョウ会、募集要項、女子求む
【種族】不問
【出身】不問
【身分】不問
【年齢】不問
【経歴】不問
【条件】女子に限る
【報酬】成果次第
【待遇】十分な食事と住居の提供、傷病治療
【職種】各分野を募集、応相談
【危険】命の保証なし、常なる危険
【期間】命ある限り
【集合場所】稲妻通り、キキョウ会前。
【集合日時】明日の午前及び、三日後の午後のどちらか。指定日の午前、午後の範囲内で任意の時間。
※研修期間あり。研修期間中に既定の基準を満たさない場合、不合格とす。研修期間中の待遇保障。
※意欲ある者、能力を活かしたい者、何かを求める者、キキョウ会まで来られたし。
「こんな感じでどう?」
朝から事務所に集まるキキョウ会一同。
夜なべしながら考えて作り上げた募集要項を見せてみれば芳しくない反応だ。割と自信あったんだけど、おかしいわね。
「……こんな感じ?」
「ユカリ、本気か?」
「命の保証なし、常なる危険。その通りではあるが」
「これでノコノコ来るような奴はバカだろ。だが、あたしはバカな奴が好きだっ!」
「まぁ、ぬるい奴に来られてもしょうがね-ってのはあるな。しかし、これで来る奴がいるのか?」
「正直すぎると思いますけれど……でも、これで来てくれるのであれば期待はできそうですか」
他の面々からも微妙な評価が聞こえてくる。正直でいいと思うんだけどな。
これからはヤバい場面には事欠かない予定の我がキキョウ会。生半可な覚悟で来られたら迷惑だ。
「いいから、いいから。誰も応募してこなかったら、変えればいいの。これで行くわよ。外に行くときに貼って来て頂戴」
何枚か作ったんで外回り組に貼ってもらう。問題はどこに貼るかだ。
「稲妻通りと六番通りに貼るので構わないか? 掲示板もあるしそこなら貼っても文句は言われまい」
いつも活動してる通りに貼った方が効果は高いだろうし、そこは必須よね。ちなみに掲示板は当日限定であれば誰でも貼ることができる。特別な許可を得たもの以外は深夜には剝がされてしまうので注意が必要だけど。
「あとはやっぱりハングリー精神がありそうな連中が集まるところか」
「それならスラムと難民区画だな。どうする?」
うーん、そこは正直迷うわね。意欲のありそうなのが多そうではあるけど、本当にダメな奴も混ざってそうだし、そういうのに時間を取られたくない。
「ユカリ、心配ねぇよ。舐めた態度のふざけた奴がいれば、丁重にお帰り願っとけばいいだろ? いつもと変わらん」
「それもそうね。じゃあ、そこにも貼り出しといて。頼んだわよ」
見回り組と学習組を見送って応接用のソファーにふんぞり返る。
まずは明日ね。少しは期待しておこうか。
今日の本部待機組であるグラデーナと見習いのロベルタとヴィオランテに留守を任せて、私は手紙を出しにちょっと外出。
留守番と言ってもボーっと待機するわけじゃなく、見習いは地下訓練場でグラデーナにしごいてもらってる。おいしい昼食でも買って帰るから頑張って欲しいわね。
ギルドには商業ギルド以外行ったことがないから結構楽しみ。どんな雰囲気なのかな。
まずは一番近くの冒険者ギルドに立ち寄ってみると、最初に目を引くのは商業ギルドと同じような受付カウンターに綺麗どころの受付嬢。依頼が張り出されてると思しき大きなボード。それから食堂らしき奥に続く部屋。
それぞれに武装した冒険者がたむろして何かをやってる。特にこっちに目を向けてくるのもいないし、絡まれたりする展開はなさそうね。
混み合う時間帯はすぎてるのか、それほど人数も多くない。空いてるカウンターに向かうと、グラマラスな妙齢の美女、受付嬢がにっこりと笑顔で迎えてくれる。うん、さすがね。これなら荒くれ冒険者でもイチコロだろう。
もちろん私にお色気など通用しないし、相手にもそんなつもりはないんだろう。あくまでもいつも通り、自然体での応対に違いない。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。初めて見る顔ね。ご用件は?」
随分とフレンドリーな感じね。まぁ嫌いじゃないけど。
「手紙を届けて欲しくて。これも依頼になるのかな?」
「そうね、依頼という形で受注する事になるわ。どこの街まで?」
「あー、それが分からないのよ。冒険者のオフィリア宛なんだけど」
「オフィリア……名前だけじゃね。同名がいないとも限らないし、パーティー名は分かる?」
しまったな。そこまで聞いてなかった、知らないぞ。いきなり躓いたわね。
困ってると、グラマーさんから助け舟を出してくれた。
「他に何か手掛かりはない? 例えば他の仲間の名前とか」
「あ、それなら。アルベルトってエルフがいるわね。他にもヴェローネにリリアーヌにミーアだったかな」
オフィリアの仲間の名前を挙げると、グラマーさんは綺麗な字でメモを取っていく。
「それだけ分かれば十分。でもギルド間通信で所在を探す事になるから、料金は高くなるわよ?」
「まぁしょうがないわね。ちなみにいくら?」
「通信料が結構高いのよ。一回で済めばそれ程でもないんだけど、手掛かりも無いんじゃ各ギルド支部に虱潰しに連絡する事になるから」
「やってみなきゃ分からないってことね」
「そういう事。最悪、見つからなくても通信料は払って貰う事になるけど、どうする?」
「お願いするわ。手付はどのくらい払ったらいい?」
予定外の出費だけど仕方あるまい。また明日結果を聞きに来て、その時に追加の料金が必要なら払うことに。
ついでに王都の様子を訊いてみると、多くの人が復興のために尽力してる真っ最中らしい。それならゼノビアとカロリーヌも王都にまだいるかもしれないってことで、追加で王都の傭兵ギルドまで手紙の配達を頼んでおいた。
正式に依頼をするとなって、キキョウ会のユカリノーウェと書類に書いてると、「へぇーあなたがあの」なんて意味ありげにつぶやかれた。どんな風に伝わってるのか興味はあるけど、まぁいい。
「それじゃ、また明日」
魅力的な笑顔で見送るグラマーさんに、改めて感心する。これなら荒くれ男を手玉に取るどころか骨抜きにして見せるだろう。
続けて治癒師ギルドに直行する。
中に入れば、今度も同じような受付カウンターが出迎える。ただし、ここは綺麗どころじゃなく、神経質そうな眼鏡をかけたおっさんやおばさんが暇そうにしてる。他のギルドとは違って、客商売ってよりは仕方なくやってるお役所みたいだ。第一印象はあまり良くないわね。
治癒師はその需要の大きい能力のため、社会的な地位が高い。末端で働く治癒師じゃなく、ギルド勤めともなればエリートなのかもしれない。
受付の態度はサービス業といった感じとはほど遠く、単なる受付と言えどもプライドの高さが表に現れてる。
「要件は手短に」
まともな挨拶さえない、なんともツレナイ反応だ。こっちも用件を済ませてさっさと帰ろう。
「荷物を届けて欲しいんだけど」
「荷物? 治癒師ギルドは配達屋じゃないぞ。冒険者ギルドにでも行ったらどうだ?」
回復薬も同封した手紙だから、手紙を届けるというよりは荷物の配達になってしまう。それにしてもムカつくわね、こいつ。ローザベルさんには治癒師ギルドから手紙を出すって話してあるから、来てみればこんなんだとは。
「あんたね。知り合いの治癒師から、治癒師ギルドから送れって言われてるから来たんだけど、その態度はないんじゃないの?」
「ふん、どこの治癒師が言ったか知らんが、さっさと帰るのだな」
あったまきた。もういい。これ以上何かあれば徹底的にやってやる。治癒師ギルドめ。もういいわ。
話の通じない奴にこれ以上は時間の無駄だ。無言で踵を返すと今度はおばさんから声がかかる。
「ちょっと! 待ちなさい。一応誰から言われたのか聞かせなさい」
「おい、余計な事をするな。せっかく追い払ったというのに」
「まぁ待ちなさい。治癒師宛の手紙や荷物を預かるのは、本来の業務の内よ」
はぁ? ふざけた奴らね。
「あのさ、やる気がないんなら、こんなところに用はないわけ。あんまりふざけたこと言ってると容赦しないわよ」
「おい、女、お前如きに何ができるんだ? こっちこそ容赦せんぞ」
「こら、待ちなさい! あなたも、いいから誰から頼まれたのか教えなさい!」
こっちは問題を起こさないよう穏便にしてやってるってのに、いい加減ブチ切れそうだ。
「ローザベルよ。それじゃ、もう二度と来ないわ」
「ちょ、ちょっと待て! ローザベル、様だと!?」
「まさか! いや、ちょっと待って。あなたの名前は!?」
「うるさいわね。一体何なのよ」
「いいから、名前は何なの!」
なぜか焦り出す、おっさんとおばさん。他の冷たい目で見守ってた治癒師たちも驚いたように右往左往し始める。
「……私は紫乃上。これ以上のふざけた真似は許さないわ」
「で、出鱈目だ! 嘘吐き女め!」
おっさんが急に切れて、私を罵倒する。意味不明だ。だけど、これ以上は許さないと言ったはず。
静かな怒りを拳に込めつつ、受付に向けて戻る。おっさんが続けて何事かを言おうとした瞬間、頑丈そうなカウンターに向かって怒りの鉄槌を叩きつける。
ドゴン! バキバキバキバキバキッ!
振り下ろした拳の一撃でめちゃくちゃに破壊された頑丈そうなカウンターを、信じられないように見つつ静まり返る治癒師ギルド。
「許さないと言ったはず。次はあんたらをぶちのめすわよ。ここなら治癒魔法使いがたくさんいるし、死なない程度にしておいてあげるわ。それなら大丈夫でしょ?」
「……くっ」
無言の治癒師どもは何を考えているのやら。もう帰るか。
「待って! ちょっと待ってください。あなたはユカリノーウェ、いえ、ユカリノーウェ様で間違いないのですね!?」
おばさんが立ち直ってまた話が始まる。こっちの方こそ、もう用はないんだけど。
「しつこいわね。聞こえなかったの?」
「申し訳ありませんっ。ユカリノーウェ様からローザベル様への預かりもので間違いないでしょうか!?」
「さっきからそう言ってるんだけど。いい加減にして欲しいわね」
また怒りを漲らせる私に、青い顔になる治癒師ども。
そっちから喧嘩を売って来たくせに情けない奴らだ。取り敢えずあの無礼なおっさんを殴ってから帰ろうかと思ってると、新たなおっさんがご登場。
「一体何の騒ぎだ」
また偉そうなのが出て来たわね。
「ギルド長!」
「その、ローザベル様から通達のあった、例の件です」
ギルド長自らのお出ましか。偉そうなおっさんは、カウンターの惨状を見て何となく事情を察したようだ。
それにしても職員の教育が全くなってない。これはギルド長の責任だと思うんだけど。
ジト目でギルド長とやらを睨んでると、申し訳なさそうに詫びを入れてくる。
「申し訳ない。なにか不手際があったようだ。別室でお話を伺おう」
面倒だけど、ギルド長を蔑ろにするわけにもいかないか。ギルド長やってるだけあって、話は通じそうだし。
「人の話をきちんと聞く。治癒師ギルドってのはたったそれだけのことに、大きな回り道が必要なのね? 大したもんだわ」
「貴様っ!」
私の皮肉に懲りない受付のおっさんが一言を発した瞬間、ギルド長が鋭い一瞥を投げかけて黙らせる。
「重ね重ね申し訳ない。おい、お前一緒に来なさい」
呼びつけたおばさんを伴って、私を別室とやらに先導するギルド長。やっと本題に入れるのか。
これ以上の邪魔が入ることを厭ったのか、応接室じゃなくてギルド長の執務室に招かれた。
ギルド長の趣味なのか、部屋にはなんと、メイドさんがいてお茶の準備を始めてくれた。これは、ちょっと羨ましい。私の部屋にもメイドを付けようか。
「改めて、エクセンブラ治癒師ギルドのテルミオーデだ。此度の不手際にはご寛恕願いたい」
「まぁいいわ。ギルド長自らの謝罪を無下にはできないしね。それにカウンター壊しちゃったし」
「なんともざっくばらんな女だな。普通なら許さんが、こちらの不手際の手前、そうなるのもやむを得んか。ローザベル様の客人でもあるしな」
若干、不愉快そうなギルド長。こっちも普通なら丁重に応対するところだけど、あんなことがあっちゃね。丁寧にする気なんて完全に失せた。
メイドさんが注ぐコーヒーの香りに私のささくれ立った心も、ちょっとは落ち着きを取り戻す。
「それで? ローザベルさんから何か聞いてるようだけど」
ありがたく入れてもらったコーヒーをすすりながら話を促す。
「そうだ。以前に各地の治癒師ギルドに通達があってな。ユカリノーウェと名乗る人物から、自分宛ての手紙と荷物を預かったら最優先で届けろとな」
「ああ、ローザベルさんは治癒師ギルドの重鎮だったわね。気を利かせておいてくれたのか」
「ローザベル様からは、くれぐれも失礼の無いようにと伺っていたのだが、まさかこんな事になろうとは。そなたの実力や気性も伝わっていたが、まさにその通りだな」
胡乱気に私を見るギルド長。ローザベルさん、どんな風に私のことを伝えたのやら。
「話が通ってるなら、なんであんなことになるのか疑問だけどね。まぁいいわ。手紙と荷物を持って来たから、それを届けて。用件はそれだけよ」
「中身については詮索無用となっているのだが、聞いてはならんのか?」
「ダメね。ギルド長、はっきり言って、ここの職員は質が低いわ。念を押しておくけど、この荷物を詮索するような真似をすれば、ローザベルさんの威光は関係なく、このキキョウの紋に喧嘩を売ったと見做すわ。いくらギルドが庇い建てしようと、そいつには必ず報いを受けさせる。覚えておきなさい」
質が低いの辺りでおばさんが気色ばむけど、私の威圧に押し黙る。これは脅しじゃない。それくらいは理解してくれたらしい。
それにギルド長を務めるほどの人物なら、この墨色の外套が普通じゃないってことくらいは理解できるはず。私の実力も分かってるならこれ以上の下手は打たないと思っていいかな。
「……キキョウ会か。噂程度には聞いているが、それ以上のようだな。分かった。荷物は儂が自ら預かろう」
「へぇ、ギルド長が自分で届けに行ってくれるってわけ?」
「職員の質の低さは言い訳できん。そなたの言っている事が本気であろう事も理解している。自分でやるしかあるまい」
「ギルド長、いくらなんでもご自分でなんて!」
うん、まさかギルド長をお使いにしちゃ、私が悪者みたいじゃないか。そこまでは望んでないんだけど。要はきちんと仕事をしろってだけの話なんだからね。
「ローザベル様が滞在されている街には用事もあったしな。なに、そのついでだ」
「そう? そこまで言うなら、こっちに文句はないわ。ギルド長になら任せられる。ローザベルさんによろしくね」
「承ろう。出発は少し先になるが構わないな?」
「余りにも遅くなるなら別だけど、そうじゃないなら構わないわ」
数日程度らしいから、それくらいは問題ない。あとはお任せして退散する。
帰り際、壊れたカウンターを見ないふりしてさっさと帰った。あの場にいたおっさんたちがせっせと掃除してたし、こっちに向ける視線が気にはなったけど、目を合わせるとロクなことになりそうもないしね。賢明でしょ。
ギルドの傍でおいしそうなジャンクフードをたんまり買って、本部に帰ろう。
手紙出すだけなのに、なんだか疲れたわね。
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