第34話、雇用強化大作戦、始動

 六番通りデビューから幾日経ったろうか。毎日のようにトラブルはあれど、特に深刻な事態までは発生してない。

 馬鹿が現れては叩き伏せるだけの簡単なお仕事だ。いつ本当に強い奴や、他の組からの本格攻勢があるか分からないから、六番通りに送り出す戦力はあまり削れない。

 そうは言っても、今後はキキョウ会本部が狙われる可能性も高くなると思うし、そうなった場合に対処できる戦力も残しておく必要がある。


 すると戦力配分としては、私がここに残るのが一番順当になる。自分で言うのもなんだけどキキョウ会の最高戦力は私だし、他に誰か一人居てサポートしてくれれば、非戦闘員を守りながらでもなんとか戦える。

 残りの戦闘班を稲妻通りと六番通りに振り分ければ、今のところは何とかなってる状況だ。ロベルタとヴィオランテはまだ見習い扱いで人数には含めない。


 しかしだ。

 現体制だと訓練も捗らないし休みもない。今はトラブル時の実戦が対人訓練になってるとは言え、雑魚相手が多いし、街中じゃ攻撃用の魔法だって使えない。訓練に偏りが出てしまうし、慣れてしまえば気の弛みも生じてくる。このままじゃいけない。


 早急に人材の確保が必要だ。それもできるだけ多く。

 ゆくゆくは酒場や賭場を開くから、そこの護衛にだって戦力は必要だし、ジョセフィンのように情報収集要員だとか色々な役割が必要だとも思ってる。最近は忙しくて自分で情報収集や分析をする時間も取れない。


 それにキキョウ会は近距離戦闘が得意なメンバーに偏りすぎてる。中距離や遠距離に十分な適性を持ってるのは私と見習いのヴィオランテくらいだろう。私の最も適した戦い方は後衛を守りながらの中・遠距離戦闘支援じゃないかと思うんだけど、好きなのは近距離戦闘だからね。近接格闘術のスキルあるし。でも今の陣容だと、いざという時には必要とされるポジションを務めざるを得ない。ズバリ、もしそういった場面になった時に、その役割を誰かに任せて私は前に出たいんだ!


 それに他に役割をこなせる人材がいなければ、私がそこにいない時点で詰んでしまうかもしれない。会長として多様な人材を求めるのは当然のこと。

 さらに贅沢を言えば清掃員とかの雑務を任せる人員だって欲しい。とにかく人が足りないんだ。


 いい人材なんて、そこらに転がってるはずもないし、運良く出会えても数人が限度だろう。そうすると、自分たちで育てるしかない。キキョウ会が望む水準まで。メアリーという前例もあることだし、不可能ではないはずだ。

 でも即戦力が欲しいなぁ。どっかにいないものか。育てるのもいいんだけど時間がかかる。


「ユカリ殿、難しい顔をされているな?」

「うん。人が足りない、と思ってね」

「まさしく。毎日忙しいし、猫の手も借りたいとはこの事だ」

 今日は私と共に本部待機となったジークルーネ。ちなみにキキョウ会の建物のことは"本部"と呼称することにした。今後は"支部"を作る構想もあるし。別になんだって良かったんだけど、これに落ち着いた。

「どっかに強くて信用できて仲間になってくれる人は居ないもんかな」

 私の軽口に考え込む素振りのジークルーネ。

「……ふむ、わたしの元同僚にも女性がいてな。手紙でも出してみるのはどうだろうか?」

「いいの? 元青騎士なら実力は折り紙付きだし、やるだけやってみてくれる? でも私たちのやってることは正直に伝えてね」

 本当に来てくれるなら大歓迎なんだけど、どうなるかな。

「無論だとも。面白がって何人かは来てくれるかも知れないが、どうなるか。とにかく、早速やってみよう」

 いそいそと自室に向かうジークルーネを見送りつつ、引っかかるものを感じる。手紙、そういや何かあったような。


 あ!? 私、手紙出してないじゃん。収容所時代のあの人たちに!

 傭兵のゼノビア、娼婦の元締めだったカロリーヌ、旅の治癒師ローザベル御一行に、その護衛冒険者のオフィリアたち。彼女たちには手紙出すって言ってたよ、思い出した。

 忙しかったとは言え、我ながら不義理なこと。遅ればせながら手紙を出しつつ、ついでに勧誘でもしてみよう。芋ずる式に仲間も引き連れて来てくれるとありがたい。なんてね。

 勧誘はおいておいても、久しぶりに会えたらいいな。ともかく、手紙を出そう。


 そう言えば王都はどうなったんだろう。手紙は届くのかな。あとでギルドに聞いてみればいいか。

 手書きの手紙なんて初めて書くわね。一通ならともかく、複数も書くとなれば結構面倒。電話みたいな魔導具が欲しい。FAXみたいな魔道具が実用化されてるから、通信に関する魔道具も流通してるのか思いきや実はそうでもなかった。


 余談になるけど、某魔導技術結社が技術を秘匿・独占してるらしく、全国の一部のギルドや国家に、機能を著しく制限したモンキーモデルのみが提供されてるって話だ。それさえもブラックボックス化されてあって解析は難しいらしい。そもそも通信用に使える魔法適性がレア中のレアだし、全国の国家においても魔道具としては実現できていないらしい。

 そんな噂はいずれも所詮は噂のレベルでしかないけど、通信用の魔道具はFAXを見れば実在は明らか。庶民にも気軽に使えるようにして欲しいもんよね。


 それはそうとして手紙作戦は結果が出るまでに時間がかかるし、上手くいくとも限らない。

 会長としては楽観せず、知人の勧誘は失敗を前提に次の作戦を考えておかねば。スカウトか、いっそのこと大々的に募集でもしてみるか。あとでみんなにも相談してみよう。



 慣れない手紙を丁寧に書いていく。

 ゼノビア宛には傭兵ギルド、カロリーヌにはどこに出せばいいのかよく分からないから知ってくれてることを願ってゼノビア宛に同封。

 オフィリアには冒険者ギルド、ローザベルさんには第二級と思われる回復薬を同封しつつ治癒師ギルドへ。

 明日はギルドを順に巡って届けてもらいに行こう。


 たった四通しかないのに、やたら時間かかって疲れた。書き終わって休んでたところに、ぞろぞろと帰宅してくるキキョウ会の面々。今日もご苦労さま。

「みんなお帰り。今日はどうだった?」

「お姉さま、六番通りはいつも通りでした。何人か追い払ったくらいで特に問題ありません」

「いつもと変わらん」

「稲妻通りは今日も平和だったな」

「当初話に聞いてた割には、大したことないな」

「そうっすよ、姉御が出るまでもありません」

 うーん、今のところは実際その通りなんだろうけど、やっぱり良くない傾向ね。油断してるつもりはないんだろうけど、何かあってからじゃ遅い。

「そういや、ジークルーネはどうしたんだ?」

「部屋で手紙書いてるわよ」

「手紙だって?」

「勧誘のね。人手が足りないから知り合いに当たって貰ってるってわけ。あんたたちも良さそうのがいたら教えてね」

「そりゃいいな! また賑やかになるぜ」

 心当たりがどうのと盛り上がってると、学習組も帰ってきたようだ。


「賑やかですねー」

「ただいま戻りました。盛り上がっているみたいですけれど、何の話ですか?」

 人手不足解消のために、まずはみんなの知人に手紙を出して勧誘する話をすると納得してくれた。

「即戦力のスカウトと新人の教育を並行して進めるしかないでしょう。キキョウ会の構想には、絶対的に人手不足です。積極的に人材募集をかけましょう! わたしも少しは楽ができるようになるといいのですけれど」

「ユカリさん、でも稼ぎが出てくるのはこれからですよね? いきなりそんなに雇っちゃって大丈夫ですか?」

「運営資金にまだ余裕はありますが……ユカリ、報酬についてはどうするつもりですか?」

 教育が必要な新人には食事と寝床だけで十分だと思うけど、即戦力になるような人にはそれなりの報酬もいるわよね。どうしたもんか。現状はみんなにも出世払いと言うか趣味で働いてもらってるようなものだし。


 キキョウ会の運営資金についてはまだまだ余裕があるはずだけど、みんなを差し置いて金を払うわけにもいくまい。それに現状で給料なんて払ってたらすぐに金が底をつく。今はまだ、収入の少ないボランティアに近い状態だしね。いかんいかん。

 今、定期的に入ってくるのは稲妻通りからの僅かなみかじめ料くらい。それにしたって食費や生活費を賄える程度でしかない。


 そろそろ最近の活動実績を持って六番通りに話を付けに行こうかな。

 ウチの用心棒代はいつまでも無料じゃないんだ。お試し期間はもう終わってもいいだろう。トーリエッタさんから話は伝わってると思うし、頃合いと思っていいんじゃないかな。できれば向こうからのアクションを待ちたかったんだけど、状況は待ってくれないんだ。仕方ない。


 それができたら早々に六番通りに酒場を開こう。ソフィを店主にして従業員を雇う。イニシャルコストがまたかかるけど、これは想定してプール済み。

 六番通りはみかじめ料だけでもそれなりの収入は見込めるだろうし、酒場が開店できれば資金面では問題なくなるはず。まだ時間はかかるけど、目途は立つ。あとは実行するだけだ。

 獲得してるシマを完全に支配下に置けば、みかじめ料は今の何倍にもなるし、酒場からの収入は見込みだけでもかなり大きい。初期の資金源としてはこんなところかな。


 なにをするにも人手は必要ってことで、やっぱり人材の確保が問題だ。即戦力はすぐには仲間にできないだろうし、できても人数は少ないはず。

 みんなと同じように現物支給と出世払いで納得してもらうしかない。現にキキョウ会の外套はそれだけでひと財産になるほどの超高級品だ。文句など言わせない。危険はあれど収入といった意味では将来のビジョンも明るいし、これでダメなら諦めよう。うん、そうしよう。とにかくトライだ。

「金は払えないから、現物支給ね。みんなと同じ。それでいい?」

「相手次第ですけれど、その辺は説得のやり方次第でしょうか」

「そもそも即戦力が仲間になるかどうか分からないし、その時になったらまた考えよう。あとは即戦力以外の新人をどうやって集めるか」

 キキョウ会はこの世界においても真っ当な職業というわけじゃない。金さえ払えば広告くらい出せるかもしれないけど、それはなんか違う気がする。


 さて、どうやって集めようか。

「張り紙でもしておけばいいんじゃないですか?」

「そんなんで集まるの?」

 掲示板とか、どっかの店の前に張らせてもらうやつか。その程度で集まってくれるなら楽でいいんだけど。

「ユカリ、キキョウ会は結構人気があるんだぜ? 最近は評判になってるみたいでな」

「へー、いつのまに。そんなことになってんの?」

「お姉さま、キキョウ会は目立ちます」

「外套がまず目を引くしな。それに、あたしら強いし。普通の男どもにはかなり煙たがられているようだが、反対に女にはかなり人気があるな。あたしは男に人気が出て欲しいんだが」

「男に人気が出ないのは分かってたことでしょうが。でも人気があるなら張り紙なんてしたら、たくさん来すぎない?」

 あんまり想像できないけど、たくさん来られたら来られたで面倒ね。捌ききれる人数に収まるならいいんだけど、少し不安だ。


「どのくらいの人数が集まるかまではさすがに読めないですね。でもたくさん来て貰えたのなら、いっそのこと数十人規模なら全員雇ってしまいましょう。いくら何でもそれ以上集まる事はないでしょうし。訓練をしながらふるいにかければ人数は減っていくと思います。ユカリや戦闘班の求める水準はかなり高いのでしょう? 最悪、半分も残らないかもしれません。もし多くが残っても、配置は山ほどあるんです。むしろ、そうなって欲しいくらいです。店舗の経営やキキョウ会の運営のために雇う人材は、また別の基準が必要でしょうけれど、そちらは別に考えましょう」

 ふむ、希望者はまとめて全員とってしまえと。清々しい程に大胆な意見ね。

「どうかな。体を張る仕事だし、フレデリカのようなポジションにしたってキキョウ会の紋を背負ってもらう以上は常に危険はあるからね。覚悟もない奴に入ってもらっちゃ困るわ。募集の段階でふるいにかける必要があるわよ」

 せっかく鍛えても、後になって話が違うとか言われても困るんだ。


「なぁ、ちょっと待てよ。そう考えるとサラの奴はどうなんだ? 思いっきりキキョウ会の外套着て遊びまわってるが」

「……あ、うん、そうね」

 今更脱げなんて言えないわね。護衛を付けよう。ああ、また人が。

「まぁそれはともかく。募集の張り紙は私が作ってみるわ。それとは別に有望そうだったり、やる気があるのがいれば連れて来て頂戴。私も外に出た時には、ついでに探すようにしてみるから。みんなもお願いね」


 新人募集は意外と上手く行きそうな感じだけど、集まりすぎないように厳しいことを書いておかないと。誰も来なかったら、もうちょい考えることにして、最初は厳しく行こう。


 私とジークルーネの手紙は相手に届くまで早くても数日はかかるし、結果が分かるまでにはさらにその倍以上かかる。いい結果を楽しみにしておこう。

 ちょっと気が早いけど、トーリエッタさんには金属糸だけでも大量に渡しておいて、生地だけ先行で作っておいて貰おうかな。正式にキキョウ会に入る人が増えるなら、外套はその分たくさん作ってもらわなくちゃならないんだしね。スケジュールの確認もしておいてもらおう。

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