第31話、お茶の代償
ノーコン野郎が闇雲に放った攻撃魔法。さて、その行方はもちろん。
キキョウ会の面々が興味深く見守る中、その攻撃魔法はよりにもよって、このテーブル目がけて飛んで来た。一体何の因果かね。
私たちは微動だにせず、アクティブ装甲で余裕をもって防御する。大した威力じゃないし、何の被害もあるはずはなかったんだけど。
ガタッ
修羅場に慣れてないメアリーだけは驚いて立ち上がってしまい、テーブルに足が当たってお茶が少しだけ零れる。
「す、すみませんっ」
恐縮するメアリーには当然、非はない。普通に考えれば、無反応で私の防御魔法に任せてる、こいつらの方がおかしい。加えて言えば直撃したところで、この外套の防御力の前には全く効かないはずだけどね。
「いいのよ。どう考えても悪いのは、まともに狙いもつけられない魔法を使った馬鹿だからね」
「まったく、その通り。お茶代は弁償してもらわないとな」
「これは許されないよなぁ」
「午後の優雅なひと時、ティータイムを邪魔されちゃあな」
「あたしらだけじゃない。このお店の皆さんにも、詫び入れてもらわないと」
「成敗です」
今か今かと出番を待ってた連中だ。嬉しそうなのが滲み出まくってるわね。
「せっかくのお茶とコーヒーが台無しになるからね、血はダメよ。血生臭くちゃ、ティータイムを楽しめないわ」
「はははっ、そりゃそうだ!」
一斉に席を立つ。
墨色と月白の外套を身に纏い、胸には小さな紫水晶のキキョウ紋。背中側にはうっすらと浮かび上がる大きなキキョウ紋。各々の武器を手に持って、仰々しくテラス席から通りに出ていく。
キキョウ会の威容に、そこら中の注目を独り占めにする。もちろん戦ってた女の子も護衛たちも。戸惑ってるようね。
私は大将らしく、少し後ろで見守ることにする。心配はしてないけど、いざという時のフォローもね。
「今、魔法使った奴。こっちに来い」
「ずいぶんとまぁ、ふざけた真似してくれたよな」
ボニーとポーラが主導するようね。ガラの悪さなら私の横でニヤニヤしながら見守ってるグラデーナに続いて、キキョウ会きってのふたりだ。私たちは慣れてるけど、客観的に見れば中々の迫力だろう。
ふたりとも得物はオーソドックスな剣。剣は鞘に納めたままだ。切るんじゃなくて鞘で殴るつもりだね。近頃はジークルーネに剣の稽古をつけてもらってメキメキと腕を上げてる。
「な、なんだ、お前らは。女がしゃしゃり出てくんじゃねぇ!」
「ちっ、関係のない奴らは引っ込んでいてもらおう」
護衛たちは四人。対するこっちは明らかに、ただ者じゃない雰囲気の九人。しかもやる気満々だ。
旦那様とやらの手前、冷静さを装ってはいるけど腰が引けてるのが丸わかり。護衛なんて仕事してるくせに情けない奴らだ。
「あん? 関係あるから出て来てんだろうが」
「いいから魔法使った奴、お前だよ。こっち来い」
物凄く上から目線で堂々と威圧しながら応ずるふたり。おー、おっかない。
ちなみに、これは女の子の件とは関係がない。あくまでも私たちのティータイムを街中での攻撃魔法によって妨害されたことへの報復と損害賠償だからね。きっちりと対価は支払わせる。
いい年こいた大の男が若い女の子をだまくらかしたあげく、寄って集って攻撃してたのを見てムカつくといった感情に基づくものではない。断じてない。キキョウ会はそこまで甘くはないのである。
まぁ、このシマで無用なトラブルを起こした輩を放っておけないってのはあるけどね。
「我々は攻撃魔法など使っていない。言いがかりはやめてもらおう」
「ほう? ほーう、そう来たか!」
「証拠を出せってか? はっはっはっー、笑わせてくれるじゃねぇか」
これだけの人の目がある中でやったんだ。証拠もくそもない。むしろよく白を切ろうなんて思えるわね。
「ユカリ、こいつらに話は通じねぇようだぜ? やっちまうが、あんまし血が出ないようにすりゃいいんだろ?」
「そっちの旦那様とやらだけは無傷にしておきなさいよ。弁償させるんだからね」
「おう、任せとけ」
旦那様とやらは未だに状況が理解できてないのか、不遜な態度を崩してない。護衛への信頼が厚いのか、単純に馬鹿なのか。余裕の態度で護衛に活を入れる。
さすがにこれ以上の攻撃魔法はまずいと思ったのか、護衛たちは緊張の面持ちで武器を構えて攻撃系の魔法を使う素振りはない。
事ここに至っては問答無用だ。
先手必勝。ボニー、ポーラ、ヴァレリア、メアリーが身体強化魔法での超速をもって肉薄する。
驚く暇も与えず、ボニーとポーラは鞘を使って相手の手首を打ち砕き、ヴァレリアとメアリーは手甲の拳打と足技でもって相手を地面に叩き伏せる。
ヘボとは言え一応は相手もプロの護衛、のはずなんだけど。
手際も悪いし練度も低い。何より戦闘経験が全く足りてない。逆に、手加減をしながら初撃で仕留めるキキョウ会の手際は見事なもの。メアリーも中では一番弱そうなのを相手にしてとは言え、良くやったわね。
今回はかなり多くのギャラリーが見守る中での立ち回りだったから、とても満足よ。キキョウ会の会長として鼻が高い。
最初の方から見てた人にとっては、勧善懲悪のストーリーだったし、話のネタとしてかなり美味しかったんだろう。そこら中で私たちを称える歓声が上がった。ボニーとポーラは陽気に手を振って歓声に応え、ヴァレリアとメアリーは恥ずかしそうに俯いてる。
そんな状況でもまだ空気の読めない奴はいるもんだ。
「おい、お前らは女ども相手に何をやっているんだ! こっちは高い金を払っているんだぞ、しっかりしないかっ!」
普通に重症を負ってる護衛に向かって無茶を言う。でもこの程度の護衛に高い金を払うなんて、見る目がないにも程があるわね。
「だ、旦那様、これ以上は……ぐぅっ」
護衛リーダーは完全に心が折れてるようね。これ以上はもう御免だという気持ちがありありと見える。ここまで実力の違いを見せつけられちゃ、そうなるのも当然か。
護衛が最早役に立たないと、ようやく分かったと思いきや今度はこっちに牙を剥き始めた。やっぱり馬鹿ね。
「ええい、わしはこの街の有力貴族とも懇意にしているんだぞ! 女風情が何をしてくれる! ただでは済まさんぞ!」
何を言い始めるのかと思えば、強気の理由はそれか。
「だってよ? ユカリ」
しょうがない、聞いてやるか。
「どうタダでは済まないのか教えてもらいたいものね。で、どうなるの?」
「……後悔させてやるっ! 許さんからなっ! 兵どもの慰みものにした後で家畜のエサにしてくれるわっ」
どいつもこいつも下品なことをペラペラと。
まぁ、こんな奴の戯言はどうでもいい。時間の無駄だ。さっさとお茶の弁償をさせよう。さて、どうしようかな。
「はぁ。それよりも私たちのお茶を台無しにしたんだから、その弁償をしなさい」
「ふざけるな! わしが、な、ぎゃああああああっ」
鉄のトゲを貫通しない程度の長さに調節して、足の裏に突き刺してやった。なんか柔らかそうな靴はいてるし。
「お、おま、おまえっ、何をした! ぐぅぅっ、はぁ、はぁ」
右足を抑えてしゃがみ込む旦那様。
「なんのこと? なに言ってんの?」
すぐにトゲを消して証拠も隠滅。証拠、出してみれば?
そしてまた同じ右の足裏にトゲトゲ攻撃。両足潰すと、歩かせるのが難しくなるからね。
「ぎゃあああああ、い、いだ、痛っ、やめろ、やめんか!」
「なにやってんのよ、あんた。そんなことより早く弁償しなさいよ」
「ま、待てっ! 待つんだ! 何の弁償だっ」
「話聞いてなかったの? お茶の弁償よ。あんたの護衛がこんな街中で攻撃魔法なんか使うから、こっちはお茶が台無しよ。お茶の弁償をしろってさっきから言ってんの。分かった?」
テンパる太ったおっさんと、呆れた顔で見下ろす私。
「くぅ、お茶だな!? ふー、ふー、よ、よし、分かったぞ。おい、お前ら! いつまでぼーっとしているんだ! こっちに来て肩を貸せっ! それからすぐに回復薬を持って来い!」
こいつは傷の治療が終わるまで悠長に私たちが待ってやるとでも思うのだろうか。
「ボニー、こいつが回復するのを待ってやってると、時間がかかりそうね」
「ああ、そうだな。せっかくのケーキが乾いちまうよ。おら、早く来い」
「ちょ、ちょっと待て、待たんかっ」
容赦なく襟首掴まれて甘味処まで引きずられていく。あとはボニーに任せておこう。
私はもちろん、健気な女の子への最低限のフォローを忘れない。
呆気にとられたままの、騙された女の子へ毒用の回復薬を生成して渡してやる。第三級なら十分だろう。
「これ、持って行きなさい」
「えっ?」
何がどうしたのか分かってなさそうだけど、無理やり押し付ける。そうすると気を取り直したようだ。
「毒用の状態異常回復薬よ。第三級で十分よね」
「でもっ」
「いいから。急いでるんでしょ? 早く行ってあげなさい」
私のありがたーい言葉に一瞬迷うような顔をしつつも、女の子はすぐに決断する。
「ありがとうございますっ、この御恩は絶対に忘れませんっ。あたし、ロベルタって言います。必ずお礼に来ますっ!」
それだけ言うとダッシュで駆けて行った。本当に急いでるんだろうね。急げ急げ。
「さすがです。お姉さま」
妙に嬉しそうなヴァレリアの柔らかい髪を撫でつつ、テラス席に向かって戻る。まだケーキを食べ終わってないし、新しくお茶も入れて貰わないと。
「馬鹿野郎! それじゃあ迷惑料が入ってねぇって言ってんだよ! 他の客にも店にも迷惑かけてんだろうがっ」
「な、なんでわしがそこまで」
「てめぇの子分がやらかした事だろうが。金持ちなんだったら、このくらいでケチケチしてねぇで、さっさと払えよ」
ボニーの罵声がちょっとうるさいけど、普通ならお茶代プラスアルファ程度じゃ許されないことを仕出かしてるんだよね、あの旦那様方は。
私が居たところにたまたま攻撃魔法が飛んで来たから普通に魔法で防いだけど、そうじゃなければ大惨事になってたかもしれない。店の人や他の客も攻撃魔法が撃ち込まれたのは目撃してるから、かなり厳しい目で見ながらボニーを味方してくれてる。
平時ならもちろん警備兵の出番だけど、今はそんな情勢じゃない。そのための私たちだ。幸いにも実害はなかったから、この程度で勘弁してやってるのを自覚してもらいたいわね。
結局、店の在庫全部のケーキ類とお茶代を搾り取って、開放してやったみたい。金持ちにとってみれば大した額じゃあるまい。
店側の計らいで、お客全員に無料で好きなケーキとお茶が振舞われることになって、大いに盛り上がった。
今までは遠巻きに見られるだけで、誰からも話しかけられなかったキキョウ会が、この一件を皮切りに次々と話しかけられる。
「お前さん、さっきのは凄かったのう」
「あのいけ好かない商人さ、頻繫にここらに来るんだよね。ガツンとやってくれて清々したわ」
「やるじゃねぇか! スカッとしたぜ」
いかにカッコよかったかとか、強かったとか、あの商人への不満とかが大いに語られた。
その割に、どことなくアンタッチャブルな空気でもあるのか、私たちが何者なのかといった質問は出なかった。聞かれれば普通に答えるんだけど、そうでもないのに自分から語り始めるのも何かね。
六番通りにキキョウ会あり。徐々に自然にでも広まっていけばいい。
少なくとも胸につけた紫水晶と背中にしょったキキョウの紋は、ここにいた人々の印象に強く残ったはずだ。
日も傾いて、今日はこれくらいかなと思った頃に、知った顔が現れた。
「お客さん、なにやってるのさ!」
「お、トーリエッタさん。この外套、最高よ。これだけ並ぶと壮観でしょ?」
「そりゃ、どういたしまして。ってそうじゃなくて! 聞いたよ、大立ち回りしたんだって!?」
順調に私たちの勇姿が広まってるようで良かった良かった。トーリエッタさんも、どんどん広めちゃって欲しい。
「まぁね。大したことはしてないけど」
「そんなに目立つことして大丈夫なの?」
「薄々気が付いてたでしょ? ここは今日から私たちが仕切るから。安心して頂戴ね」
一瞬キョトンとするウサ耳女。
「いや、全然。でもそういう事か。ははっ、確かにね。お客さんが仕切ってくれるなら、ちょっとはここも良くなりそうだね」
「何か困ったことがあったら、稲妻通りのキキョウ会まで知らせて。これからは昼間は何人か巡回させるし、その内ここにもキキョウ会の拠点を作るからさ」
「キキョウ会か。その紋のことだね。そういうことなら、他の職人連中にも伝えて構わないかい?」
望むところよ。広めてくれるのなら、こっちとしても都合がいい。隅々まで知らせてキキョウ会を頼るようになればいい。
頼られることが私たちの存在意義と言ってもいいんだからね。
「もちろん。今日はもう引き上げるけど、これからもよろしく」
「はい。こっちこそ頼りにしてますよ」
今日は裏社会の連中の雑魚が二組と木っ端犯罪者が数人、それから最後の悪徳商人がいたくらいだけど、今後はもっと本気でキキョウ会をつぶそうとしてくる連中が出てくるはずだ。
特に今日、痛めつけて追い返した組の連中とは本格的にやりあうことになるだろうね。
それからもっと強い奴にだって、いつか必ず遭遇する。そのいつかに備えて日々の努力を怠らないようにせねば。勝って兜の緒を締めよって感じね。
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