第32話、千客万来

 今日も元気に六番通りまで出撃する。我ながら真面目よね。

 昨日はそこそこ色々なことがあったし、会長たる私も念のため六番通りに行くことにした。今日の留守番はボニーとポーラ。昨日活躍した分、今日は大人しくて待っててもらおう。

 ただ雑務が色々あったから、他のみんなには先に行ってもらって私だけはお昼過ぎからの出撃になった。特に待ち合わせ場所なんかは決めてないけど、自然に合流できるだろう。キキョウ会は目立つからね。どちらかと言えば悪目立ちかもしれないけど。


 遅れて六番通りにノコノコ到着するけど、相変わらず六番通りは人が多い。とりあえずは適当な屋台で昼食を済ませてしまおうかな。

 ふーむ、食欲をそそるスパイシーな香りが漂ってくる。うん、あのドネルケバブっぽいやつにしようかな。美味しそうな匂いについ誘われてしまった。


 数人が順番待ちをしてたから行儀よく並んでると、見覚えのある顔がキョロキョロしながら歩いてるのが遠目に見えた。

 多分、私のことを探してるんだろう。気のせいかもしれなかったけど手を上げてやると、すぐに気が付いたようで嬉しそうに駆け寄ってくる。おまけの知らない顔も一緒にいるわね。


「あのっ、昨日は助けて頂いてありがとうございました!」

 昨日、金持ちの太った馬鹿商人に騙されてた女の子だ。たしか、ロベルタだったか。

「初めまして、わたしはヴィオランテです。あなたのお陰で命拾いできました。ロベルタから話は聞いていますので、わたしからもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

 真っ直ぐに私を見つめながら丁寧にお礼を告げるヴィオランテとやら。しっかり者系のなかなか可愛い子ね。何にせよ助かったようでなによりだ。あれで毒の治療が間に合わない事態にでもなってたら不憫でならない。

「いいのよ。それより助かって良かったわね」

 昼食を買いに並んでる最中だから、周りに話が丸聞こえだし人目も集まる。まだ何か話をしたそうだし、場所を変えたいわね。


「ちょっと待ってて、これ買っちゃうから。あんたたちお昼は?」

「いえ、まだですけど」

「だったらちょうどいいわ。あんたたちの分も適当に買っておくから、向こうのベンチ確保しておいてくれる?」

 私だけなら立ち食いでさっさと済ませるところだけど、話しながらとなると座って食べたい。ベンチはたくさん置いてあるから座る場所の確保は難しくないし、この際がっつり食べよう。

「え、そんな、悪いですよ」

「ロベルタ、せっかくのご厚意なんだから素直に受けようよ。それにわたしたちには、お金がない」

「うっ、それを言われると辛い」

 大分、懐も厳しいらしい。

「なんだか随分とお腹も空いてそうね。たくさん買ってあげるから、ベンチ確保して待ってなさい」

「ううっ、面目ないです」


 かなり多めに注文して、ドリンクも特大サイズ。あの子たちはお腹を空かせてるみたいだし、私は結構な大食いだから余ることはないはずだ。

 袋に入れて貰ったケバブとドリンクを抱えて歩き始めると、気が付いたらしいロベルタが手伝いに駆け寄って来て、ヴィオランテは席の確保を続けてくれる。気が利くし、いいコンビのようね。

「さ、好きなの取って、好きなだけ食べなさい。余ったら私が食べちゃうから遠慮はいらないわよ」

「こんなに……ゴクリ」

「わ、こんなにたくさん! ありがとうございます、ご馳走になります」

 最初に私が手を付けると、それを待ってたのか勢いよく食べ始めるロベルタとヴィオランテ。

 余程お腹が空いてたみたいね。何か話がありそうだったけど、そんなことよりも夢中になって食べてる。うん、美味しそうにたくさん食べる奴は好きだ。話は後にしよう。


 みんなして食欲を満たすべく食べ尽くし、特大のドリンクも飲み干すとようやく人心地ついたのか、ふたりは急にはっとして恐縮し始める。何度もお礼を言いながら、甲斐甲斐しくゴミを片付けてベンチに戻って来た。

「それで、何か話があるんじゃないの?」

 言いあぐねる様子にこっちから切り出してやる。これから見回り中のみんなと合流しなきゃならないし、何かあるなら早く済ませたい。

 私の一言に何か覚悟でも決めたのか、頷き合うふたり。

「あのっ、御恩を返させてください!」

「わたしからもお願いします」

 恩返しと言われてもね。こう言っちゃなんだけど、食事も満足に取れない貧乏な女の子に何かを要求するわけにもいくまい。

「あれは成り行きだったし、恩返しなんて必要ないわ。それにあんたたち、冒険者でしょ? そんな暇があったら依頼でも受けて、稼いで来た方がいいんじゃない? 金がないならなおのことよ」

 私の当たり前すぎる一言に気まずそうな彼女たち。

「そのぉ、実は……」


 話というか事情を聞いてみれば、なんとも情けない。よくもそんなんで、この世知辛い世界を生きてこれたもんだ。

 彼女たちは元は六人パーティーで冒険者をやってたらしい。この内の四人はかなり年上の男女で、それぞれ男女の組み合わせでいい仲だったそうだ。

 それなりの年の男女はそれ相応の貯蓄もあり、戦争を機に故郷が気になり冒険者を引退。いい仲同士で結婚して故郷に帰っていったそうな。


 そして取り残された若いふたり。

 世間知らずなところのあるロベルタとヴィオランテは、世慣れた年上の先輩冒険者たちに甘やかされてたところがあったんだろう。頼りない彼女たちに、互いの命を預け合う冒険者の仲間を作ることなど簡単にできるはずもなく、極々簡単な依頼を受けながら日銭を稼いで毎日をギリギリで凌いで来たらしい。

 そんな折、森で薬草採りをしてる最中に、凶悪な毒虫にヴィオランテが咬まれてしまった。なんとか街に戻ったものの、困ってたところにあの詐欺商人に出会ったという顛末。そこで私たちに助けられて今に至ると。


 ロベルタは唯一の財産とも言える剣を失い、貯金も無し。冒険者を続けることは事実上不可能になってしまったので、これからは街中でウェイトレスでもしながら働くしかないと思ってると。

 でもその前に私への恩を返したい。自分たちにできることがあるなら、それをしたいと思って私を探していた、というわけだ。


「なるほどね」

 まさか予備の武装や貯金も全くないなんてね。

 働き口を探してるのか。世間知らずとは言え冒険者だっただけあって、そこそこは戦えるようだし勧誘してしまおうか。我がキキョウ会は絶賛、人手不足だからね。


 だけど、その世間知らずのお嬢ちゃんを危険なことが分かり切ってる世界に引きずり込むのも考え物。このふたりなら断らないだろうから、余計になんか弱みを握って無理に引き込んだみたいに思えてしょうがない。

 そんでもってウチに加わって働いてもらうこと以外に、この子たちにして欲しいことなんて特にない。それを言ったところで納得してくれそうにもないと。うーん、どうしようかな。



 ふむ、と考え込んでると、また見知った顔が遠くからのっしのっしと歩いて来るのに気が付く。今度は全然会いたくない顔だけど。

 しかもぞろぞろとまた、良くこんなにかき集めたわねと思うほど大勢で、さらに悪そうなのばかりを引き連れて。

 あんなのがただの買い物客であるはずがない。全員が武装してるし、中には巨大な盾を持ってる奴までいる。壁役なのかな、面白いわね。

 先頭に立って引き連れてるのは、昨日懲らしめたばかり、例の太った詐欺商人。さっそく報復に来たか。

「あれは……」

 私の視線をたどってヴィオランテがまず気が付いた。厳しい表情で詐欺商人御一行様に注目し始める。一息遅れてロベルタも気が付いて、まだ距離はあるというのに警戒を始めた。


 どう考えても用があるのはキキョウ会よね。

 今、そのキキョウ会は私しかいないけど、当然逃げ回るつもりはない。六番通りには、なるべく被害が出ないよう速やかに処理したいからね。逃げる考えは露ほどもないし、買い物をするつもりもないだろう、あんな連中にここをウロウロされたくない。

 ここ六番通りは我がキキョウ会の縄張りだ。あんなふざけた真似を許すわけにはいかない。


 キキョウ会の会長たる私は墨色の外套を見せつけるように堂々と通りの中央に立ち、招かれざる客を待ち構える。

 向こうも私に気が付いてるんだろう、悠然とこっちに向かって真っすぐに進んで来る。

 この異常事態を目敏く察知して通行人はさっさと退避し始め、近くの商店や露店も大急ぎで店じまいを始めた。なんか悪いわね。


「あ、あの、昨日の仲間の人たちはどうされたんですか?」

 昨日は軽く撃退した私たちではあるけど、今は私だけ。相手の人数を見てロベルタは恐れを成したようね。無理もない。

「この六番通りにはいるはずだけど、ちょっと別行動中よ。その内にやって来るでしょ」

 私の暢気な回答に、今度はヴィオランテが目を剥いて抗議する。

「逃げた方がいいと思います! あの人数ですよ!? いくら何でも多勢に無勢ですっ」

 多勢に無勢? それがどうした。

 戦術的撤退というのも場合によってはあり得るけど、今はそうじゃない。


 自分らのシマで敵に背を向けて逃げるなんてあり得ないし、あってはならない。ある意味じゃ信用の商売だからね。キキョウ会は決して逃げ出さず、シマにも最小限の被害で守護する番人だ。それができて初めて、このシマの主って言えるんじゃないの?


 キキョウ会の戦闘班なら誰だってこうする。見なくたって分かる。恐れる気持ちなんて微塵もない。むしろ笑いが込み上げて来るってもんよ。

 それに、こんなシチュエーションをどこかで望んでたことも否定できない。だって、凄く面白そうでしょ?


 グラデーナやボニー、ポーラは間違いなく同じことを考えるだろうね。もしかしたらジークルーネやアンジェリーナだってそうかもしれない。ブリタニーとヴァレリアは多分、面倒くさいなんて言いながら立ち塞がるんだろうな。シェルビーとメアリーは多少怖がりながら、それでも胸を張って戦うだろう。そういうことが想像できる。


「あんたたちは下がってなさい。知らないだろうけど、この六番通りは私たちキキョウ会が仕切ってるシマなの。あんなのを放って逃げ出すなんて、できないのよ」

「でもっ」

 まだ何かを言い募ろうとする彼女たちを身振りで制して黙らせる。

 さすがにこれ以上は口出しできないと分かったのか、口をつぐんで私の後ろに少し下がる。でも逃げ出すまではしないようだ。さっさと逃げてもらった方がいいんだけどな。


 ところが一旦下がったと思いきや、今度は決意に満ちた顔で私の横に並び立つお嬢さん。おいおい、ちょっと待ちなさい。

「何考えてんの? 足手まといならいらないわ」

 呆れながら横目で問い質す。

「命の恩人を見殺しになんてできません。わたしたちは恩を返すために、今日ここに来たんですから」

「そうですよ!」

「そうは言ってもね。いくら私でもあの人数相手じゃ、フォローまで気が回らないわ。はっきり言って、足手まといだし危険すぎる」

 見上げた根性だとは思うけど、さすがにあの人数を相手にして足手まといのフォローまではしてられないし、邪魔になるのは目に見えてる。

「前に出るつもりはありません。わたしは後衛での魔法戦闘しかできませんし、ロベルタは剣がありません」

「悔しいですが後方から魔法で支援をさせてください! わたしは幻影魔法が使えますし、ヴィオランテは風魔法が得意なんですよっ」

「逃げ回りながら、ある程度の人数を引き付ける事や攪乱くらいならできるはずです。どうかやらせてください」

 むぅ、そう言われるとなぁ。そろそろ仕掛けたいし、押し問答をしてる時間が勿体ない。

「分かったわ、好きにしなさい」



 先手必勝、戦いは主導権を握るに限る。

 相手が少人数ならともかく、あんな大勢をわざわざ目の前に来るまで待ってやるほど律儀じゃない。

 鉄球の投擲でまずは頭数を減らしてやる。

 強者がいるならこの程度は凌ぐだろうし、雑魚は勝手に脱落する。もちろん街中だし、人相手だから手加減はする。特別重い金属や魔導鉱物を使った全力の投擲をすれば、強者であろうと大抵の場合ならミンチにできるけど、それをやってしまっては街の人たちにとって、私は恐怖の対象にしかならないだろう。そんなのは御免被りたいから適度な加減が必要だ。

 当然、薬魔法を併用した爆発や毒なんかは危険すぎるから慎む。これは切り札だから簡単には使わない。


 それに。勝つにしても勝ちすぎるのは良くない。

 半殺し程度なら魔法で治せるから遠慮なくやるし、不可抗力を忌避するつもりもない。そのつもりはなくたって、事故はどうしたって起こる。だけど意図した殺人、特に残虐に思えるような惨いやつは良くない。喧嘩上等ではあるけど、恨みを買いすぎて普通の喧嘩に収まらない暗闘の日々なんて嫌だからね。だからこそ、キキョウ会の戦闘班には強さが求められる。手加減しながら相手を制圧できる強さが。


 私は別にすべてを支配しようなんて思ってない。愛すべき馬鹿どもと敵対しながら、たまーに強い奴と面白おかしく戦えて、金をたんまり稼いで豪快に使う生活を送ることが今の目標なんだ。


 小手調べに軽く足元に向かって投げてやろう。私の馬鹿力で投げる鉄球だから、軽くでも直撃すればただじゃ済まない。あいつらだってその程度の負傷は覚悟してるでしょ。直撃しなくても石畳で整備された道だから、砕けて飛び散った破片で軽傷程度は負わせられる。


 ソフトボールサイズの鉄球を生成して握りしめると、振りかぶったりはせずに、次から次へと投擲していく。

 ロベルタとヴィオランテが唖然として見る中、次々と鉄球が向こうへ着弾する。

 何が起こってるのか分からないようね。満遍なく適当に足元付近に命中するよう投げまくってるんだけど、直撃してる運のない奴もいるみたいで阿鼻叫喚の声がここまで聞こえてくる。やっぱり、雑魚は勝手に脱落する。

「うそっ!?」

「えっ、魔法、じゃない!?」

 魔法じゃないわよ。身体強化魔法は使ってるし鉱物魔法で鉄球は作ってるけど、普通に鉄の塊を投げてるだけだからね。


 ちょっと時間が経つと混乱から立ち直ったのか、地面を隆起させて壁を作られてしまった。打ち止めね。かなり分厚い壁ができてるから、そこそこはやる魔法使いがいるみたいだ。

 でも、そこに籠ってどうするつもりなのかな。まさかこの程度で撤退するわけじゃあるまい。

 中央付近にいたデカい盾を持ってたのを中心に、強そうな奴は避けたり弾いたりしてたのが見えてたから、戦力はまだまだあるはずだ。さて、どう来る?


 わくわくしながら次はどう来るなんて思ったのも束の間。

「なにあれ?」

 疑問に思ったわけじゃなく、呆れただけだ。

 向こうからも遠距離攻撃を仕掛けてくるか、盾を持った奴を前に出して突貫でもして来るかと思ってたのに、出た答えは最悪の消極策。


 壁の前に新たな壁を作り始めやがったんだ。

 古い壁を崩して新しい壁まで進んで、また新しい壁を作って。そんな作戦でこっちまで来るつもりらしい。魔法の射程距離が数メートル程度らしく、ここまで来るのに少々時間もかかりそう。なんじゃそりゃ。


 大方、あの詐欺商人が自分を守ることを最優先にしろとか何とか言ってんのかな。

「壁、ぶち壊してやろうか」

 思わず呟いてしまう。鉄球の投擲で破壊することは難しくても、見た感じあの程度の魔法であれば、私の鉱物魔法で干渉すれば容易いだろう。

「できるんですか!? っていうか、さっきのあれは何ですかっ!」

「あんな攻撃は見た事ありません」

「見た通りね。鉄球を生成して投げただけよ」

「投げただけって……」

 絶句するロベルタとヴィオランテはともかく、なんとなく気が削がれてしまった。

 このまま、ちまちまと壁を作りながら近寄ってくるのを待ってるのもなぁ。いっそこっちから近づいてやろうか。

 だってさ、その作戦は待つにしても余りに遅い。

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