第30話、華麗にデビュー

 抜けるような青空が広がる清々しい日の昼下がり。

 颯爽と墨色と月白の外套を翻し、肩で風を切りながらイカした女の一団が威風堂々と歩みを進める。お揃いで胸に付けた紫水晶のキキョウ紋もキラリと光って道行く者の目を引き付ける。

 もうすっかりお馴染みとなった稲妻通りでは、住民たちの謎の歓声が上がるという珍事に見舞われた。ちょっと恥ずかしい。


 稲妻通りを通り抜け、しばらくすると六番通りが見えてくる。

 ここまでの注目度は抜群だ。誰もが私たちに目を奪われ足を止める。そして我知らず道を開ける。

 外套の威力だけじゃないと思いたい。これだけの人数で武器まで持って街中を歩くのは初めてだし、溢れ出る私たちの威容に我知らず恐れを成したと、そう思うことにしておく。


 荒事前提だから、今日は戦闘班のみの出撃でそれ以外は留守番にした。それから本拠地の戦力を空にするわけにもいかないから、念のためにアンジェリーナとシェルビーは残してある。

 当然の様に居残り組からは大ブーイング。みんなが楽しみにしてたのは分かってるんだけど、こればっかりは仕方がないだろう。


 今後はローテーションで本拠地待機、稲妻通り見回り、六番通り見回り、それから近い将来には酒場や賭場にも人を配置しなくてはならない。どう考えても人手不足だよね。分かってはいるんだけど、現状のままじゃそこまで手が回らない。他にもやりたいことはたくさんあるし、追々何とかしていこう。


 ちなみにメアリーさん改め、メアリーは今回同道してる。

 日々の訓練に懸ける情熱と努力によって、キキョウ会の戦闘班として最低限の水準に達したと判断したからだ。それを告げた時の歓喜の表情は忘れまい。でも、あくまでもまだ最低限。これからも努力が必要なことを自分でも十分理解してることも、ゴーサインを出した一因。キキョウ会の基準は厳しいんだ。


 私、妹分ヴァレリア、元騎士ジークルーネ、元村人メアリー、元収容所から一緒のボニー、ポーラ、グラデーナ、ブリタニー、総勢八人での出撃だ。

 キキョウ会だけじゃなく、メアリーにとってもデビューの日となる。良い一日にしたいわね。



 六番通りに到着してみれば、私たちを歓迎でもしてくれてるんだろうか?

 これまでに何回か訪れてた割には見かけなかった、強面連中がうろついてるじゃないか。しかも、あろうことか、通りかかりの商人に因縁まで付け始めた。

 今までに見たことのない連中だから、ブルーノ組の人間じゃないことは確かだ。ということは敵と考えて問題あるまい。なんというタイミング。


 ブルーノ組には今日から六番通りでの表向きの活動は遠慮してもらってる。今までも嫌がらせ目的で、こういった連中は枚挙にいとまがないと聞いてたけど、こんな感じなのね。

 六番通りの入り口では、目立ちまくる私たちに早くも視線が集まり始めてるけど、強面連中は因縁付けるのに夢中になって、こっちにはまだ気が付いてない。


 私だけじゃなく、みんながニヤリとして気がはやるの感じる。

「誰だか知らないけど、ちょうどいいわね」

「ああ、なんて運のない連中なんだろうな」

「あたしたちにとっちゃ、ありがたいがな。こうして出張って来たのに、出番なしじゃカッコ付かないところだったぜ」

「最初はあたしに行かせてくれよ?」

「何を言っている、わたしだ」

「遊びに来たんじゃないんだからね? 全員で行くわよ」

 よし、と気合を入れ直して馬鹿どもに向かっていく。


 あえて無視してるのか本当に気づいてないのか、連中はこっちを振り向かない。真後ろまで来てるってのに。

「ねぇ。どこの人たち? 迷惑なんだけど」

 哀れな商人を締め上げる、がっちり体系の背後から優しく声をかける。

「あ?」

 胸元を掴み上げてた商人を放り捨てながら、私に向き直るがっちり体系の青年。いきなりの喧嘩腰だ。

 続けてこっちを値踏みしながら、完全に舐めきった態度で脅しにかかってくる強面連中。

 残念ながら相手の身体強化魔法のレベルも量れない雑魚のようだ。

「なんだぁ? お前ら」

「おいこら、女ぁ。誰に向かって口聞いてんだ。今すぐその口塞いでやろうか?」

「こりゃまた、ずいぶんといい服着てるな。こんなアバズレにゃ勿体ねぇ。剥いちまおうぜ」

「だな。おい、その服置いてけ。ま、嫌だっつっても剥いちまうけどな。ぐへへ」

「あの髪の長いのは俺がもらうぜ」

「あ、ふざけんな! おめぇはそっちのブスがお似合いだろうが」

「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」

 ぞろぞろと雁首揃えて馬鹿そうな連中だ。こんなのに舐められたんじゃ今後の活動に支障が出る。キッチリと型にはめてやろう。

「聞こえなかったの? 迷惑って言ったんだけど。さっさと出て行きなさい」

 素直に言うことを聞くはずがないけど、段取りってものがある。挑発の意味も込めて殊更呆れたように応じてやる。

「なんだと! おい女、こっちは天下のマルツィオファミリーだぞ。二度と見れねぇツラにしてやろうか?」

 マルツィオ? どっかで聞いたことがある気がするけど、なんだっけ。別にいいか。どうせ大したことじゃない。

「ヴァレリア、みんなも。殺さない程度にしておきなさい。後の処理が面倒だわ」

「おう!」


 あっという間の出来事だ。何秒もかかってないに違いない。馬鹿どもが死屍累々。死んでないけど。

 みんなも以前にブルーノ組とやりあった時よりも遥かに強くなってる。

 キキョウ会は鍛え方が違うんだ。武器を使うまでもない。身体強化魔法ありでちょっとお仕置きしただけでこの通り。まぁ相手も丸腰だから武器を使っちゃ、カッコ悪くなっちゃうからね。

「……クソがっ。お前ら、一体なにモンだ?」

 まだ元気なのがいるのか。ちょうどいいわね、こいつに気絶してるのを持って帰らせよう。

「このキキョウ紋をよく覚えておきなさい。私たちはキキョウ会。喧嘩ならいつでも買うわよ? ただし、全てを失う覚悟してから喧嘩売ることね」

「キキョウ会だと? まさか例の噂の!? ブルーノ組はどうした!?」

「教えてもらわなきゃ分からないの? これ以上あんたらと話す気はないわ。さっさとそこに転がってるのを連れて行きなさい」

「なんだとっ! 女風情が調子に乗りやがって! このっ」

 這いつくばりながら言うセリフじゃないわね。最後まで聞いてやる義理もない。

「ジークルーネ」

「おい、お前。誰に向かって口を聞いているんだ? いい加減に立場をわきまえろ」

 私の合図にジークルーネが前に出て威圧する。ここまでやって、やっと格の違いを感じ取ったらしい。

 最後の意地なのか、悔しげに悪態をつきながら仲間を起こしてどこぞへと去っていく。


「そこの商人? 怪我はない?」

「は、は、はい、ありがとうございます! 助かりました!」

「いいのよ。それじゃ」

 商人はまだ物問いたげにこっちを見てるけど、いちいち説明してやるつもりはない。

「よし、こんな感じで見回りを続けようか」



 通りの店を順繰りに眺めながら練り歩く。キキョウ会の威容を見せつけながら。

 どんな店があるのか、きちんと観察しながらゆっくりと巡回する。店の中にまでは入らない。屋台で適当に軽食を買い食いしつつ、墨色と月白、キキョウ紋を存分に見せつける。ここにキキョウ会ありと、これ以上ない程のインパクトを与え続ける。


 しばらく時間が経つと、また嫌がらせ目的のどこぞの馬鹿どもが湧いてきて、かませ犬よろしく私たちに排除される。まるでエキストラね。

 他には難民かホームレスっぽい奴がスリや盗みをするのを目ざとく見つけては叩き伏せておいた。大した件数じゃなかったし、割と暇だったかな。いつもこうだと楽で良いんだけど、ずっとこうだと、それはそれでつまらないかな。

 これ程目立ってるから注目はされまくりだ。だけど不思議なことに話しかけて来る人はいない。ここの人たちは慎み深いのね、きっと。



 大分歩き回って疲れてきた頃、気になってた甘味処に入ることにする。みんなの視線もそこに向かってたしね。

「ちょっと喉が乾いたし、あそこに寄ってみようか」

「賛成です」

「歩き回って疲れたしな、喉乾いたよ」

 案の定、全員が頷いたんで入店すると、緊張の面持ちで私たちを出迎える若い女性店員。そんなに硬くなられると、やりにくいんだけど。

「席に案内してもらえる? それとも、勝手に座って構わない?」

「は、はい! すぐにご案内します!」

 割と混み合った店内の視線を一身に集めながらも、堂々たる態度を崩さない。結構な人気店で繁盛してるように見える。味に期待しよう。


 表側のテラス席が空いていて、そこに案内されると通りからも視線が集まる。ちょっとうざったいな。だけど気にするまい。目立ってなんぼの商売と割り切るしかないわね。

「ご注文はいかがされますか?」

「私はこのお薦めって書いてある、フルーツケーキと本日のハーブティーで」

「あたしはこっちのロールケーキとブレンドコーヒーにしとこうかな」

「わたしは……」

 思い思いに注文して少し雑談をする間に、いい香りのするお茶やケーキ類が運ばれてきた。

 少々疲労した身体に甘味とお茶。ん~、素晴らしいひと時ね。

 ところがどっこい、無粋や輩はどこにでも現れる。



 真向いの商店から出てきた冒険者風の恰好をした若い女の子と、金持ちそうな太った男にその護衛らしき数人の男たち。

 なんか揉め事が始まったみたいね。

「待って! 約束が違う!」

「何の事だ。人聞きの悪い」

「おい、いい加減にしろ、旦那様に近づくな!」

 必死に言い募る女の子と、煩わしそうにあしらう男たちのやり取りは、どっちが悪いのか一目見ただけで分かりそうなもんだ。

 どれどれ、ちょっと様子を見てみようかね。

「お姉さま」

「ヴァレリア、少しだけ様子を見守ろう。万が一ってこともあるし。みんなも少し抑えてなさい」

 事情も知らずに見た目だけで決めつけるもんじゃない。一応ね。


 女の子はかなり必死だ。尋常な感じじゃない。

「お金はちゃんとさっきの店に払いました!」

「だがあの商人はそんなものは知らんと言っているではないか」

「嘘です! あなたが言った通りにしたんですよっ! 剣だってあの店に預けていたはずなのに、なくなってる! どうなってるんですか!」

「言いがかりは止めないか!」

「知らんと言っておるのだ。言いがかりを付ける前に、証拠を出しなさい!」

 ふーむ。会話の流れからすると、冒険者の命である剣を担保に金を借りて、その場で支払ったってことかな。きちんと書面でやり取りもせずに。で、証拠もないと。なんて迂闊な。

「あのお金がないと治療できないの! 毒なんですよ!? 時間がないの!!」

 あちゃー、毒か。そりゃ焦るわけだ。毒を受けてからどのくらい経ったのか、それに何の毒か分からないけど、あの焦りようから見て一刻を争うのかな。

「だから他の担保を出せば金は貸してやると言っているだろう」

「その担保にした私の剣はどこにやったんですかっ! それであの店から金を借りて払っておけば、回復薬をくれるって約束だったでしょ!?」

 上手いこと状況説明をしてくれるもんだから、話が分かりやすい。周りの人たちも気の毒そうにチラ見してる。私たちはガン見してるけど。

「何の話か全く分からん」

 悪党には生き易いこの世界、証拠がないんじゃ苦しいわね。

 仲間のために大事な剣を捨てて駆けずり回る。こんな子には報われて欲しいんだけどな。


「旦那様、周りの目もあります。排除しても?」

「ああ、頼んだぞ。次の予定もあるからな」

「はい。お前ら、やるぞ」

 護衛のリーダーが号令をかけると一斉に武器を構えた。

 いやー、それはないわ。丸腰の女の子を相手に、寄って集って武器を向けて恫喝する。ないわー。これがシャバ憎ってやつか。シャバいにも程がある。


 だけどね。あの女の子、意外とやりそうなんだよね。身体強化魔法の使い方が分かってるというか、伊達に冒険者やってるだけのことはありそうだ。

「卑怯者! 絶対に返して貰うから!」

「黙れ!」

 男たちが容赦なく剣で切りかかるものの、女の子は微動だにしない。あっさりと八つ裂きに、なるはずもなく剣は女の子を透り抜ける。

 普通に殺す気満々なんだけど、街中でよくやるわね。一体どんなコネ持ってるんだか。

「幻影だとっ!? 気を付けろっ」

 魔力を感知してさえいれば上級魔法ならばともかく、中級程度までのレベルの幻影魔法なら見破れる。我がキキョウ会にその程度もできない奴はいない。あの護衛の男たちにはできないようだし、意外と剣がなくても女の子はなんとかしちゃうのかも。


 とは言ったものの、やっぱり武器がない状態だと女の子も攻めあぐねるようで、攻撃は全然できてない。避ける一辺倒になってしまってるわね。

「くそっ、魔力を感知しろ! 囲むんだ!」

 女の子もこれ以上粘っても手がないと悟ったのか距離を取り始める。それを察知した一人の護衛が愚かにも火の攻撃魔法を放った。しかも焦ったのか微妙にコースを外して。ノーコンか!

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