第24話、狩猟採集生活
今日から狩りを始める。街での必要なことをさっさと済ませると、昼すぎには意気揚々と北東の森へ向かう。
根回しでもあったのか、行政区での住民登録も驚くほどスムーズに終わった。これで街への出入りが少しは楽になる。
出発の前には、念のため商業ギルドに不在にすると伝えておいた。すると私たちの目的でもある魔獣狩りや素材採集に対しては、大きな期待を寄せられた。特に魔獣退治は感謝すらされる勢いで、獲得した素材は高く買い取ると言われるほどだった。こうなると、やる気も上がる。
何がより高く売れるのかは知らないけど、そこはジークルーネやジョセフィンがある程度は知ってるだろう。ま、そこはあくまでもついで。私の本命は森での鍛錬にあるんだからね。
森までは道なりに行けば到着するから道中は何事もなし。
エクセンブラ周辺じゃ名の知れた採集地らしく、採集や狩りで誰かいるかもしれないけど特に気にする必要はないと思う。昨今の状況からして、得物を巡って争う必要はなさそうだからね。
外から見る分には気持ちの良さそうな森の手前でジープを止めると、班分けをする。
積極的に魔獣を狩るアクティブ戦闘班と、植物を中心とした森の恵みの素材採集班だ。それと採集班を守る護衛班もね。
単独行動は厳に慎むようにし、念のため全員に回復薬を持たせる。
森の奥の方になると結構強い魔獣が出るらしいんだけど、戦闘班なら敵わない強敵がいたとしても逃げるくらいはできるだろう。
そんなわけで適当な時間に私が合図を送るまではそれぞれで自由行動だ。
今日の私は護衛班として、ソフィさんたちを守りながら周囲を警戒する。
採集といっても具体的には何を採るのか知らないから興味はある。ソフィさんやジョセフィンが中心となって、サラちゃんたちに近くに生えてる草だとか木の実を集めるように指示を出す。興味深いわね。
「それって何に使うの?」
「この辺りの植物は魔法薬に使える物が豊富にありますね。魔道具の材料になりそうな物もありますし、色々採れそうですよ」
ソフィさんがホクホク顔で説明してくれる。子供の頃は近所の森で素材を集めて家計を助けてたこともあるらしいから、その辺の知識もかなりあるそうな。
「へー魔法薬ねぇ」
魔法薬は治癒魔法の派生形である薬魔法とは全く異なる系統のものだ。
当然、作成には治癒魔法適正を必要としない。ただし回復薬とは違って魔力だけじゃなく素材が必要になるのが面倒なところ。魔法の適正じゃなく、素材や調合に関わる知識や技術が必要な分野でそれなりに難しい。
しかして。私の魔法適正である薬魔法はかなり応用が利く。
実は魔法薬の範疇も全部とは言わないけど大幅にカバーできてしまうのは実験済み。さすがは薬に関する特化型魔法だ。とは言っても実際の魔法薬を見たことや試したことはないし、私が作る薬は私のイメージに左右されるから、この世界の魔法薬と同じものにはならないだろうけど。まぁ似たような効果があれば問題ないわね。
しばらくすると、当初考えてた以上のペースで採集するもんだから、用意した籠がすぐに一杯になってしまった。私の麻袋も投入して、採集の鬼と化したソフィさんはどんどん袋に詰め込んでいく。
護衛としては暇だったけど、幸い魔獣が襲ってくることもなく、偶々なのか他の採集や狩りに訪れた人にも遭遇することもなく時間が経過した。
日も傾いてきたし、そろそろかな。
「ソフィさん、今日はそろそろ終わりにしよう。合図打ち上げるから、片付け始めて」
「はい、ユカリさん」
撤収の合図に魔法の閃光弾を複数打ち上げてしばらく待つ。
どこまで行ってたのか、大分時間が経ってからガヤガヤと戦闘班が楽しそうにしながら帰って来た。うん、聞くまでもなく大猟ね。
「また随分たくさん狩ってきたわね……」
「いや、間引きされていないというだけあって、森の奥の方に行くと出てくるわ出てくるわ。これでも厳選して運んで来たんだ」
楽しそうなのは結構なんだけど、多すぎでしょ。ジープに載せきれるかどうか。
無駄にするのは嫌だしなんとかするしかないか。
全員で大猟の獲物と採集物を無理やり積み込んで、狭苦しい車内に乗り込み街に帰還。
門番に呆れられながらも感謝されるという不思議な一幕があってから、この大荷物を処分すべく商業ギルドに向かう。
森の採集素材も街では不足気味らしいし、これだけあれば喜ばれるだろう。
商業ギルドでは門番と同じようなリアクションを受けながら、無事に売却ができた。
いくつかは買い取り拒否や捨て値で買い叩かれる物もあると思ってたけど、そんなこともなく望外の報酬を得てしまった。
「はっはー! 笑いが止まらねぇ!」
「だなっ! めっちゃ高値で売れたなー」
魔獣素材だけじゃなく、採集素材の量が多かったこともあって、予想以上の高額報酬に全員にっこにこ。
この調子だと狩猟、採集だけで生計が立てられてしまうわね。もちろん私たちの戦闘力があってこそだし、人の出入りが少ない今だからこその成果で、言うなればボーナスステージ状態なんだろうけど。
ともかく報酬は山分けして、今日の夜は自由行動とした。
「多少羽目を外すくらいならいいけど、トラブルは避けなさいよ」
「大丈夫ですよ。ちょっと贅沢しに行くだけですから」
「分かってるって! 気持ちよく飲んで食べるだけにしておくからよっ」
私の注意を聞き流しながら、元収容所組のロクデナシどもは意気揚々と酒場に向かっていく。全く、ホントにトラブルは勘弁してよ。
今は必要以上に自重してる私はキキョウ会の良心、元村人組のソフィ、サラ、メアリー、ジークルーネとヴァレリアを伴って、大通りのちょっとお高いレストランに来てみた。
元村人組の彼女たちもいつの間に買ったのか、収容所の作業服じゃなく普通の街着に着替えてる。
私とジークルーネ以外は高級店に慣れない様子で居心地が悪そうだ。ヴァレリアとサラちゃんは借りてきた猫のように行儀よく座ってる。
「みんな、緊張しすぎよ」
「お姉さま、こういう店は初めてです」
「なんかムズムズする」
「ええ、なにかこう、落ち着かないですね」
「はははっ、普通にしていれば大丈夫だ。メニューを見てもよく分からないだろうから、食べたいものを教えてくれないか。わたしが適当に注文しよう」
正直なところ私もメニューを見てもさっぱりだから、ジークルーネにおすすめを適当に頼んでくれるように任せた。
いわゆるコースじゃなく、単品で注文できるみたいだったから種類は多めに。健啖家の私はたくさん食べるんだ。
結論。高いだけのことはある。
この世界に来てから一番満足できた。ソフィさんたちは美味しさのあまり感動してた。どうやらそれを見てたらしい亜人のシェフが誇らしげにお見送りに来てれて、こっそりとクッキーをお土産に包んでくれた。サラちゃんも満足そうで何よりだ。
「是非またお越しください。本日はありがとうございました」
「ええ、必ずまた来るわ」
「おじちゃん、クッキーありがとう!」
値段はともかく、味と料理人の人格、アフターサービスと申し分ないどころか素晴らしいので是非また来たい。
今回は商業ギルドの受付でお薦めの店を聞いてから来たんだけど、当たりだったわね。
あの受付嬢にはその内に贈り物でもしてあげよう。ちなみに店によっては女性のみの客ではお断りされる場合があるらしい。そんな店に間違って入って不愉快な思いをしたくないし、させたくない。
私ひとりの時ならともかく、誰かを誘って一緒に行った時だったら最悪だからね。リサーチ大事。
翌日も意気揚々と森での狩猟採集生活だ。
今日の私は護衛班じゃなく、アクティブ戦闘班。
必要になるかどうかはさて置き、森での戦闘経験を積むいい機会だ。足元も視界も悪いし、かなり戦い難い。本当はひとりで気ままに狩猟をしてみたかったけど、単独行動を慎むように言ってるのは私自身だから、パートナーとして例によってヴァレリアを伴ってる。
しばらく行動を共にして狩猟をしてみればヴァレリアと一緒で良かったと思い直す。
ヴァレリアは狼獣人らしく森での活動はお手の物で、その動きや嗅覚にはとても敵いそうにない。立ち回りや気の配り方は見てるだけで、大いに参考になる。勉強家の私にとっては学ぶべき素晴らしいパートナーだ。
「ヴァレリア、さっきの動きだけど、こんな感じかな?」
「さすがお姉さまです!」
私がじっと観察したり、時折質問したりするからか、ヴァレリアは大いに張り切ってる。楽しそうでなにより。まぁ、私も楽しいけどね。
近接格闘術のスキルがあるお陰か、立ち回りや気配の感じ方、消し方は実感できるほどに、どんどん上達していく。
今も三角跳びの要領で襲撃して魔獣を仕留めたところだ。
直接攻撃するだけじゃなく、投擲も面白い。変化球での狙い撃ちや跳弾による間接狙撃とかね。やってみればみるほど面白いのよ。いやー、狩りって楽しい。
充実の狩猟活動を夢中になってしばらく続けたところで、護衛班から撤収の合図が上がったのが見えた。もうそんな時間か。
「お姉さま、もう時間みたいです」
楽しい時間の終わりに残念そうなヴァレリア。微笑みながら私も楽しかったと撫でてあげると、途端に嬉しそうになるから現金なものだ。
「獲物は厳選して持っていくしかないわね」
「はい、少し狩りすぎたかもしれません」
魔獣はどんどん間引いて欲しいと言われてるから問題はないけど、勿体無い症候群が首をもたげる。この気質は変えられないな。それでも全部は持っていけないから、高く売れる魔獣や部位を適当に集めて集合場所に移動した。
集合場所に戻ってみれば、私たちが最後で全員が揃ってる。
「何か問題あった?」
「今日も特に問題ありませんね。昨日とは違って何組か冒険者らしき人を見かけたくらいでしょうか」
「へー、他に来てたんだ。こっちは見かけなかったわね」
「トラブルでもなければ、お互いに不干渉が基本だからな。ユカリたちの戦闘音が響いていれば近寄らないだろ」
「それもそうか。けど、もしも他の誰かと問題が発生したらすぐに合図を送ること。いいわね、みんな」
こっちは女だけの一行だからね。不届きな輩がいてもおかしくない。気を付けねば。
「ああ、そうしよう。それにしても、今日も大猟だな」
他の戦闘班や採集班も昨日と同じくらい大量に集めたみたいで、積み込みが大変。
街に戻って、昨日と同じように平和にすごした。
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