第23話、特注品の注文

 特注を受けてもらえる店を求めて三件目。今度は服飾品の店で、女性物の仕立ても扱ってるみたいね。ここなら大丈夫かな。

 この辺りは大抵の店が軒先も店内も人が多い。入り口で荷物を積み込んでる商人を避けて店の中に入ると、買い物や商談に訪れた人でかなり混み合ってる。


 うーん、どうしたもんか。店の人と話し込んでる人や順番を待ってると思しき人がいるから、すぐに私が話せる感じはない。普通の買い物をするつもりはないんだけど、手すきになるまでは店の中を見てようかな。


 置いてある商品を順に見てると、服飾品の店といっても装飾品よりも衣類がメインの店みたいだ。それも街中で着る普段着よりも、旅人や冒険者向けの服を多く取り扱ってる店らしい。実用的で頑丈な服が多いってこと。

 私の目的には好都合の店だから、ここは当たりだったかな。

 腕のいい職人がいるってだけあって、素人目に見ても素晴らしい出来具合の商品が並んでる。魔道具でも使ってるのか、ミシンの様に縫い目も正確だ。服はこの店で一式揃えても良かったわね。


 しばらくの間、ヴァレリアとなんの気なしに店の中を見てると、ようやく手すきになったのか店員さんが近寄って来た。

「何かお探しの物でも?」

 陳列されてる商品は大体見終わったところだったし良いタイミングね。

「探してるのとは違うんだけど、特注で仕立てをお願いできないかと思って」

「特注ですか……通常の仕立てでも当店は予定が詰まっておりますので、お引き受けできても時間がかかってしまいますが」

 考えるようなポーズを取りつつ、言い淀む店員さん。


 簡単にあきらめてしまうのはもったいない。せっかくだし、もう少し食い下がろう。

「人気の職人の店だもんね。そりゃ予定も詰まってるか。できれば一度店長と話せないかな?」

「聞いてはみますが、なにぶん忙しい店主ですので……」

「だったらこう伝えてくれる? 珍しい金属糸を報酬に用意してるんだけど、興味がないようなら他を当たるってね」

 報酬をチラ見せしてやると、興味を示してくれたらしい。ただ、この店員さんは素材の目利きができるわけじゃないからか、詳しく聞こうとはしてこない。それでもなにか感じる物はあったのか、動いてくれるみたいね。

「珍しい金属糸ですか? それはそれは。お伝えして来ますので、少しお待ちください」

 店員さんは興味深そうだったけど、店長か職人も興味を持ってくれるといいんだけどね。あの金属糸なら報酬として破格なのは間違いないんだし。

 まぁ駄目ならまた他を当たればいいや。ちゃんとした物ができるなら、別に六番通りの店じゃなくても構わないんだ。


 さほど待たずにさっきの店員さんが奥から現れた。

 続けて職人と思しき女性が出てくる。服装からして職人だと思うけど、意外と若い見た目で外見だけなら私と同じくらいの年齢か。頭から伸びる長い耳が特徴の亜人。弟子の人かな。

「あなたが依頼人? 珍しい金属糸って聞いたんでホイホイ出てきちゃったんだけど」

「うん、そうよ。それよりもあなたが職人? 思ったよりも若いわね」

「そうかな? これでもここの店主だよ」

 弟子じゃなくて店主だったか。見た目は若いけど、この世界だと見た目の年齢は当てにならないから実は結構、年いってるのかも。

「店の商品を見せてもらってたんだけど、どれも素晴らしい完成度ね。そんな職人を見込んで頼みたいんだけど」

「待って! まずは金属糸を見せてくれる? それによって依頼を受けるかどうか決めるから。悪いけど、これでもかなり忙しくてね。大したことない物だったら断らせてもらうよ」

 失礼と取られてもおかしくないほどの、はっきりとした態度だ。でも、こういうのは嫌いじゃない。話が早いからね。

「じゃあ見てもらおうか。これなんだけど」

 麻袋から墨色の金属糸の束を取り出すと、店主の陽気そうな顔が真剣な顔つきに変わる。


 手渡すと慎重に受け取って、厳しい目でじっくりと観察を始めた。

 しばらく観察してなにか心当たりがあったのか、ゴクリと一度喉を鳴らした。

「……まさかとは思うけど。これ、もしかして、カーボニウム魔導鉱の金属糸?」

 さすがは職人。見事正解したわね。レアものでもきちんと知ってるようね。この人になら任せられそう。

 職人は疑わしそうに問いながらも、期待に満ちた眼差しで私を見つめる。

「そうよ。報酬としては十分だと思うけど、どう?」

「この一束をもらえるの!? もしそうなら最優先で引き受けるよ!!」

 思わず後ずさってしまうほど、猛烈な勢いで食いついてきた。まさかここまでの威力とは。

 月白の金属糸はちょっと落ち着いてから出した方が良さそうね。他の客の注目も集めつつあるし、注意しないと。

「ねぇ、ここだと話がしにくいから別の部屋とかない? 貴重な品物だし、人目が気になるのよね」

「それもそうだね、付いてきて!」

 早く早くと言いながら私の手を取って歩き出す。なんだか無邪気な子供みたいな人ね。ここまで無言のヴァレリアと大人しく職人に付いていく。



「それで、さっきの束をもらえるって事でいいの!?」

 どれだけ欲しいんだよ、もう。

 応接室じゃなく、私室っぽい部屋に通されるやいなやこれだ。

「依頼を受けてもらえるならね。最優先とか言ってたけど、ホントに大丈夫なの?」

「いいのいいの。他の仕事は弟子が頑張ってくれるからさ。私はお客さんの仕事に専念するよ! それで依頼内容は?」

 そんな適当な感じでいいのかと思うけど、話が早くてこっちとしては助かるわね。

「外套を作ってもらいたいの。とりあえず私とこの子の分」

「外套? カーボニウムの金属糸を報酬にって事は、まさか、まさか!?」

 大袈裟に驚くウサ耳店主。リアクションの大きい奴だ。

「そうよ。この墨色の金属糸で外套を作って欲しいの。そんなもの特注でなきゃ普通は売ってないし、仕立てられないでしょ?」

「あるわけないよ! かなりの量が必要になるけど、ま、まさかその麻袋の中全部がそうとか言わないよね?」

「半分はカーボニウムよ」

「半分も!? 十分すぎるよ! それだけあれば外套を二着どころの話じゃないよ」

 実はもう半分は、さらにレアな金属糸なんだけどね。そっちは一通りの話が済んでからにしよう。

「最優先で二着を作ってもらえるなら、報酬も二束にするわ。受けてもらえる?」

 これまでの感じなら一束でも受けてもらえそうだけど、ケチる必要はない。気分よく仕事を引き受けてもらうことが重要だ。

「ホントに!? そりゃあ、もちろん受けるよ! でもでも報酬は先にもらうよ!? あとからやっぱりなしとかダメだからね!?」

「きちんと仕事をしてもらえるなら、そんなことは言わないわよ」

「よしっ! じゃあ決まりね! 具体的にはどんなのにする?」

 即断即決。気持ちのいい人ね。


 報酬は先払いでもう決まったから、あとはデザインと納期について。

 納期は張り切ってくれてるから水を差さないようにお任せでも良さそう。最優先でやってくれるって話だし、急かすまでもなく早く完成しそうね。

 デザインも特にこだわりがあるわけでもない。私の分はシンプルなロングコート、ヴァレリアも特に希望はなさそうだったから私の趣味でフード付きのダッフルコートっぽいものを注文。一応、背中にキキョウ紋がうっすらと浮かぶようなデザインだけは共通にして、細かいところはお任せにした。

 それからヴァレリアのは墨色じゃなくて、月白の金属糸で作ってもらうんだけどね。


 互いの要望やらの話が終わると、店主は張り切って仕事を始めようとする。

 すぐに決めるし、すぐに行動する。こういうのは好きなタイプだ。これから良い付き合いができるといいな。

「総カーボニウム魔導鉱の外套なんて職人冥利に尽きる仕事だよ! 一世一代の大仕事にするから期待しててよっ!」

「ふふっ、期待してるわ。あ、この子の分はカーボニウムじゃなくて、別の金属糸で作って欲しいの」

「え、その子のはカーボニウムじゃなくていいの? まだそんなに余ってるのに」

 不思議そうな職人を放っておいて、もう一つの麻袋から月白の金属糸を取り出す。

 白色にほんのりと青が混ざったような美しい色合い。それを見るなり、徐々に鋭さを増す職人の目。カーボニウムの時と同じように渡してやる。

「これよ。この子の分はこの金属糸で作ってもらいたいの」

「……凄く、物凄く美しい。だけど、これは何? 恥を承知で聞くけど、こんなのは見た事がない」

 正直さは美徳だ。カーボニウムもレアだけど、これに比べればメジャーとさえ言ってもいい。このやり取りだけでも、この職人は信用できる。


「これは青輝鉱の金属糸よ」

「せいきこう? 見た事も聞いた事もないね。どんな特徴があるの?」

「カーボニウムと似たような性質があるの。要は色違いって感じね」

「色違いだって? 疑うわけじゃないんだけど、本当に? そんなのは聞いた事がないよ」

「結構なレアものだからね、知らないのも無理はないわ。でも本当よ。強度や柔軟性はカーボニウムと遜色ない貴重品よ」

 今は分からくなくても、実際のところは製品に加工していく段階で理解できるだろう。私が嘘を吐く理由だってないしね。

「こんなものがあるなんて……。ま、こっちはこっちの仕事をするだけか。あのさ、後学のために報酬の一束はこっちをもらってもいい? カーボニウムよりも値が張るのは分かるから無理にとは言わないけど」

「構わないわよ。その代わり最高の仕事を頼んだわよ」

「……言ってみるもんだね。まさか本当にくれるなんて。お客さん、一体何者?」

 これまでの能天気さとは変わって、若干恐れを含んだような様子になってしまった。そんなつもりじゃないから、こっちは陽気に行きましょうかね。

「普通の客よ。あなたの仕事ぶり次第だけど、できれば長い付き合いになるといいわね」

「普通のお客さんね。ははっ、この報酬で普通はないよ。上客さ! じゃあこれから採寸するよ!」


 必要な手続きを終えて店を後にする。金属糸入りの麻袋は持って帰るのが面倒だからそのまま預けてきた。十分すぎる量があるし、ケチらず必要な分を使ってくれと言ってあるから、あの職人なら容赦なく実行してくれるだろう。


 納期は一応、二十日ほどとなった。それよりも早くできそうだけど、念のためだそうだ。完成次第、届けてくれるとも言ってたけど、こっちは宿暮らしだしいつ拠点が完成して移動するか分からないからね。期日になったら自分で取りに行くことにした。

「それじゃまたね。完成を楽しみしてるわ」

 燃えた瞳で仕事場に戻っていく職人と別れて宿に戻る。当初の目的は果たしたし、これ以上の長居は無用だ。



 心配してたトラブルもなく無事に宿まで帰還すると、ジークルーネとジョセフィンはすでに戻って、お茶を飲みながらくつろいでいた。

「ただいま」

「ユカリ殿、帰られたか」

 フレデリカたちが戻るまでは私ものんびりとお茶でも飲んでよう。

 ちなみに外套を特注した話はまだ内緒だ。出来上がりを見て問題ないなら全員分を注文するからその時に言おうと思ってる。でないと、全員ですぐに行こうってなるからね。全員分ともなれば失敗はしたくないから、念のため仕事ぶりを見てからにしたい。


 しばらくのんびりと雑談してると、そろそろ日が沈む時間に。

 お腹も空いてきた。フレデリカたち、ずいぶん遅いわね。そんな話をしてると、がやがやと騒がしい一団が宿屋に入って来た。相変わらず騒がしい連中だ。

「お姉ちゃんだ! ただいま!」

「……遅くなりました」

 元気なサラちゃんを先頭に、全員揃って帰って来たみたいね。

「お帰り、ちょっと早いけど夕飯にしようか。リフォームの話は食べながら聞かせて」

 宿のおばちゃんに注文して食堂で夕飯だ。


 食べながら今日の顛末を聞いてみれば、リフォーム案は相当難儀したみたいだ。特にフレデリカが。

 予想した通り、全員が適当にあれやこれやと好き勝手に言い始めるせいで、業者の担当者を相当困らせたらしい。商業ギルド理事のコネで紹介してもらったのでなければ、匙を投げられても仕方がなかったに違いない。


 結局、時間をかけて全員の希望が出尽くした段階で、フレデリカと業者の担当者が成案を練り上げたらしい。

 なるべく多くの希望を叶えるべく、予算を抑えながら実現可能なレベルに落とし込むのがどれだけ大変だったかと力説してた。


 他の好き勝手言ってたメンバーはさすがに反省してるのか、神妙にフレデリカの話に耳を傾ける。

「それで結局、いつから住めるようになるの?」

「見積りは出してもらいましたけれど、大体十五日くらいはかかるそうです。費用は頑張って抑えても四百万ジストになってしまいました。ユカリ、もしダメならまた練り直しますけれど。何でしたらわたしもお金を出しますから、やり直しは……」

 そんな縋るような眼で見ないでよ。私も鬼じゃないんだから。

「ダメなんかじゃないわよ。それでいいから進めてもらって。費用も私が持つから気にしなくていいわ。後でフレデリカに渡すから引き続きお願いね」

「ええ! あとは前金の支払いを済ませれば始めてもらえますから、これで目途は立ちましたね」

 さて、本格的に動き回るには拠点が必須。

 まだ十五日もかかるなら、それまでどうしようか。家具類は既製品を買うにしても、拠点が完成してからにしたいし。



「ユカリさん、みんなもちょっといい?」

 ジョセフィンが珍しく音頭を取る。どうしたんだろう。

「なに、どうしたの?」

「ジークルーネと昼間にあちこちで話を聞いてきたんですけど、北東の森に魔獣が沢山出るらしいんですよ。リフォームが終わるまでまだ時間もかかりますし、良かったら狩りに行きませんか?」

「そうなんだ。人手不足で魔獣を間引く人員も少ないせいで、気軽に採集にも行けなくなりつつあるらしい。まだ街で活動するわけにも行かないのだから、暇つぶしがてらやってみないか?」

 ジークルーネも言い出すタイミングを待ってたみたいね。


「暇つぶし、鍛錬、魔獣素材の確保、ついでに街のためになってキキョウ会の好感度アップ。悪くないわね」

「わたしたちもご一緒してもいいでしょうか? 戦闘ではお役に立ちませんが、森の素材採集はできると思いますので」

 ソフィさんたちだけ街に置いていくのも心配だし、採集中は護衛を立てれば心配ないかな。

「決まりね。全員で明日からは森に行こう。どのくらいの距離なの?」

 森か。きっと私のイメージする森とは、どこか違うんだろうな。そういう意味でも楽しみだ。

「魔道具での移動なら六十分ほどですね。大してかからないかと」

「それなら、キャンプの必要もないわね。宿は追加で確保しておいて、毎日通えばいいかな」

「雑魚に用はねぇ! 大物狩りだぁっ!」

「あたしは数で勝負するよ。一番のハンターはこのあたしだよ!」

「なにおぅ、負けないよ!」

 うん、ノリの良い連中だ。街でやることはまだあるけど、狩りに出かける前や後でもいいだろう。

 私も体を動かさないと落ち着かない。それに狩りってワクワクするし、ちょっと楽しみだ。

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