第25話、休息と鍛錬

 充実した狩猟採集生活を数日続けて楽しんでると、ふと疑問に思わないでもない。

 対魔獣との戦闘力向上は著しいし、何より大金が稼げる。稼げてしまう。うーむ、キキョウ会は狩人の集団としてしまおうか。

 と、思ったりすれども杞憂に終わる。


 調子に乗って連日、魔獣を狩りまくったせいで、徐々に魔獣が減って来たんだ。良いことなんだけど、何事もやりすぎは良くない。魔獣も貴重な資源だからね。他の冒険者も森に出入りするようになってるみたいだし、目を付けられるのは面白くない。

 採集素材も同様で採り尽くすわけにはいかない。ソフィさんたちも心得たもので、その辺は気を付けてくれてたらしい。


 そんなわけで狩猟採集バブルは終焉を迎えつつある。

「狩り尽くすわけにはいかないから、今日は襲って来た魔獣だけ倒して、あとは休憩にしようか。どっか落ち着けそうな場所ってない?」

「それなら、ちょっと遠いけど北に行ったところに滝があったぜ」

「滝? いいわね。行ってみようか」

「ならあたしと誰かで先行する」

「それじゃ頼んだわよ」

 アンジェリーナが斥候を務めてくれるなら、ソフィさんたちもより安全になるだろう。お任せだ。



 マイナスイオンのヒーリング効果だろうか。

 まだ少し寒い時期だけど真上に輝くお日様がぽかぽかで気持ちがいい。

 滝から流れ落ちる水音まで聞き心地がよくて眠気を誘う。このまま昼寝でもしてしまおうか。

「あ、お魚さんだ!」

 サラちゃんの無邪気な声をよそに、巨岩の上に寝そべってウトウトしてると、退屈を持て余したのか例によってロクデナシどもが、またロクでもないことを考え始める。

「魚獲りやろうぜ! 今日はあったかいしよ」

「小腹も空いたし、ちょうどいいな」

「よし、ならあたしが一番多く獲ってやる!」

「負けるか!」

「わたしだって負けませんよ!」

 なぜこの穏やかな時間を尊重できないのか。子供か。子供なのか。


 みんなで楽しそうに魚獲りを始める様子に眠気は吹き飛び徐々にそわそわしてくる。人のことは言えない。先生、魚獲りがしたいです。

 最早我慢できぬとばかりにコートと靴を脱ぎ捨て、巨岩から川へ飛び下りると猛然と魚を探し始める。

「お姉さま!」

「ユカリも参戦か!」

「負けない!」

 魚は探すまでもなく、一見しただけでたくさんいるのが見て取れた。アユのような形状だけど、割と大きめなのが多い。こいつは食べごたえがありそうだ。


 素手で捕まえようとするけど、すばしっこくてなかなか上手くいかない。これは意外と難しいわね。

 ヴァレリアやアンジェリーナは経験があるのか上手いこと掴まえてる。むぅ、くやしい。

 真似してみるけど中々上手くできない。あー、まどろっこしい。なんとか手っ取り早くできんものか。

「へへっ、ユカリはまだ獲れないようだなっ」

「ユカリさんも苦手なものがあったんですね」

「ふっ、今回はあたしの勝ちだな」

 くっ、こんな下らないことでも負けるとなれば妙に焦る。別に勝負を受けた覚えはないのに、ここまで負けず嫌いだったのか、私。どうにかせねば!


 やっぱり私は都会っ子。コツも分からないし素手での魚獲りには無理がある。となれば道具を使えばいい。釣り具はないから銛?

 あ、素手がダメなら魔法を使えばいいじゃない。銛で串刺しにするなら、銛じゃなくて普通に魔法のトゲでやったらいいんだ!

 そうとなったら実践あるのみ。いつもの要領で、鉄のトゲを魚の真下から生やして一気に突き上げる。ふっ、余裕ね。

「あっ! ずりーぞ!」

「魔法って便利ね」

「ユカリ殿、それは大人げないのでは」

「勝つためなら手段を選ばない、さすがユカリだぜ!」

「くそっ、そんな器用な魔法使えねぇぞ」

 こうして今日も私は勝利を積み重ねる。凄くどうでもいい勝利だけど、勝利は勝利なのだ。



 またもや乱獲によって大漁になってしまった。調子に乗って獲りすぎてしまったわね。ま、食べきれない分は街に持って帰って売ればいいでしょ。宿へのお土産にしてもいいし。

 さんざん遊んでお腹も空いたから、さっそく獲物を塩焼きにしてみんなで食べるべく、鉄串と岩塩の塊を生成する。我ながら便利すぎる。


 あとの準備は野生児たちに任せて、焼き上がりまでいつものように紅茶フレーバーの回復薬を用意して今度こそのんびりとする。

「んー、気持ちのいい場所ね」

「そうだな。こんな風に穏やかに一日を送るのはいつ以来だったか。森に来る時はいつも魔獣退治や犯罪者を追いかけてだったからな」

 隣にやって来たジークルーネが感慨深げに相槌を打つ。エリート騎士だったから厳しい規律と任務の毎日だったんだろう。森の中でこうして遊ぶなんて不可能な環境だったに違いない。

「あたしも傭兵時代は、森なんて魔獣を狩る以外の事では来た事がなかったな。こういうのも悪くない」

 続けてやって来たアンジェリーナまで感慨深そうにつぶやく。みんな結構ハードな人生送ってたのね。

「拠点が完成すれば忙しくなるからね。今の内だけよ?」

「ははっ、ユカリ殿には全員こき使われそうだな」

「キキョウ会なら忙しくても楽しそうだからな。それも悪くない」


 三人で寝ころびながら雑談して焼き上がりを待ってると、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。そろそろかな?

 匂いに誘われて全員が集合すると、串を取って思い思いにかぶりつく。

 大量に火にかけられた魚を食べては焼き、食べては焼き、それでも余った魚はきちんとお持ち帰り。さて、これはどうしようか。


「確か稲妻通りには食堂がありましたよね? まだ正式にブルーノ組から引き継いだわけではありませんが、近い内にキキョウ会のシマになるわけですし、そこに格安で売るのはどうでしょうか? 正式に挨拶をしに行った時に好感度が高くなりそうですし。それでも余ってしまった場合には、食料品店に売りに行きましょう」

 稲妻通りはキキョウ会のおひざ元で、ブルーノ組から譲られたシマだ。

 拠点から一番近い食堂ならしょっちゅう通うことになるかもしれないし、上手く付き合っていきたいところね。

「それがいいわね。どうせ余ったものだし、事前に交流があっても構わないわ。一応、正式に引き継ぐまではキキョウ会のことは念のため伏せておくわよ。じゃあ、そろそろ戻ろうか」

 今日は積極的な狩りはしてないから獲物は少ない。採集もほどほどにしておいたから積荷は少なく帰りは快適だ。もう十分稼いだし惜しくはない。

 明日からは今まで以上に鍛錬メインにしよう。



 エクセンブラに戻って、久しぶりに稲妻通りにやって来た。目的は食堂で魚を売り捌くこと。格安でだけど。

「こんにちはー」

「いらっしゃい! 見ない顔だけど、女ばかりなんて珍しいね? お食事でいいかい?」

 小奇麗な食堂の中に入ると、愛想のいいおばちゃんが出迎えてくれる。中途半端な時間のせいか、他の客は見当たらない。

「食事はまた今度お願い。今日は魚がたくさん獲れたから、買ってくれないかなと思って寄ってみたんだ」

 籠の中の大量の氷に浸かった魚を見せてアピールする。

「おや、魚? ずいぶんとたくさんいるね。どのくらいいるの?」

「二十匹とちょっとかな。安くしとくけど、どう?」

「そんなに? ちゃんと氷漬けにしてあるし、安くしてくれるなら欲しいね。いくらだい?」

「そうね、全部引き取ってくれるなら、うーん、千ジストでどう?」

「あら、安い! ホントにいいのかい?」

 大き目サイズの新鮮な魚が一匹当たり五十ジスト以下なんだ。お買い得だからすぐに商談成立ね。

「魚獲りに行った時の余りものだから、気にしないで」

「ちょっと待ってね。はい、千ジスト。また余ったら持っておいで。それから今度は食事も食べに来ておくれよ」

「そうさせてもらうわ。それじゃ、また来るわね」

 ファーストコンタクトはこんなもんか。暖かな雰囲気で気の良さそうなおばんちゃんだったな。あとは料理の味に期待したいところだけど。魚を全部引き取ってくれたし、食料品店に行く手間が省けて良かった。


 もちろんエクセンブラには食料品店がたくさんある。普通の生活を営んでいる人がたくさん住んでるからね。

 ただこの街は食料品のほとんどを他の街からの輸入に頼ってる。

 エクセンブラは職人の街。作って売る、二次産業、三次産業がメインの街だ。農業や漁業、あるいは鉱業など一次産業に従事する人はかなり少ない。


 自然の恵みが豊富な世界ゆえ、普通なら食糧危機になるようなことは無いらしいけど、昨今の旧ブレナーク王国の情勢は不透明だ。

 新たな支配者たるレトナーク次第でどうなるか予測がつかない。今では平時と変わらなくなったとは言え、戦後すぐには一時的に食料品の価格が上がったこともあった。

 そんなこともあって、正規の輸入食料品以外からもたらされる、狩人や冒険者からの魔獣肉や魚などの食料品提供は歓迎される傾向にある。別に食料品の輸入が少なくなってるとかはないから、高く売れるわけじゃないけどね。街の人たちの好感度が上がるってだけで。

 だけど魚獲りを継続してやるつもりはないし、狩った魔獣は商業ギルドにまとめて買い取ってもらうから、これ以降は街の店に直接卸すようなことはないと思う。必要以上に好かれるのも面倒事を招きそうだから止めておくのが賢明だ。


 翌日からもまた、慣れてきた森での活動を続ける。



 狩猟採集を控えめにするようになってから、私以外も目的を鍛錬主眼に切り替えた。とある軍曹程じゃないけど、収容所時代にやってたみたいに厳しめにね。

 これからは厄介事が多くなることは明々白々。戦闘力の向上は私自身を含めて必須であり、少しでも底上げしておきたい。言うまでもなく全員が承知のことだし、やる気もあるから成果も上々。


 全員が基礎体力と身体能力、身体強化魔法の向上を多かれ少なかれ成し遂げ、主として肉体面で戦闘能力の向上を達成した。これは戦闘班だけじゃなく、サラちゃんまで含めて全員だ。

 特にやる気に溢れるメアリーさんは目覚ましい成長を成し遂げつつある。私たちに比べればまだまだとは言え、近い将来は戦闘班として期待できるほどに。本人も目に見える成長を実感してか嬉しそうだし、さらに気合が入ってる様子。将来有望ね。


 私個人に限っても基礎的な身体能力の向上以外に、対魔獣戦闘や魔法戦闘応用力、身体強化魔法の習熟が大いに向上したと思う。短い期間とはいえ、魔獣相手に実戦経験を積めたのが大きいのかな。ついでに足場の悪い場所での戦闘経験や採集物の知識向上もある。単なる暇つぶしが非常に有意義な時間になったと言える。やっぱり実践はいい。他のみんなもそれぞれで収穫があったはずだ。

 本当は個々の戦闘力のみならず、連携の訓練なんかもしたいところだけど、まだまだ手が回らない。まぁ、いずれね。


 こうして私たちキキョウ会は拠点が完成するまでの間、面倒事もなく金を稼ぎつつ、十分に鍛錬を積みながら日々を送ることができた。

 まぁ、多少のトラブルはあったんだけど、それはまた別の話。概ね順調だったと言えよう。

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