第6話、土魔法使いの講義と謎のサイレン

 ローザベルさんの魔法講義や、他の治癒師のありがたいお話を聞いて、薬魔法については実践へに向けての目途が立った。あとは実践あるのみ。

 そうなると今度はもう一つの魔法適性、鉱物魔法についても、もっと具体的に考察しておきたくなる。


 収容所内の事情通、ジョセフィンさんに土魔法の魔法適性の持ち主を知らないかと相談してみれば、打てば響くようにすぐに教えてくれた。

「あれ? ユカリさん、知らないんですか? よく一緒にいるところを見かけるけど、カロリーヌさんは土魔法の適性持ってますよ」

「え、そうだったの? そう言えば、カロリーヌとは魔法談義をしたことなかったかも……」

「彼女は元は色街の元締めですからね。それなりに戦闘力もあるはずですよ」

「ふーむ、それもそうね。トレーニングでも結構良い動きしてたし、戦闘用の魔法が得意でも不思議はないわね」

「ですね。それから冒険者のエルフには聞いてみました? 土魔法の適性はないらしいですけど、魔法が得意な種族ですからね」

「もう聞いてみたわよ。参考になったけど、やっぱり本職の人にも聞いてみたいじゃない? ジョセフィンさん、ありがとう。カロリーヌに聞いてみるわね」

「いえいえ、それじゃ」

 まさかカロリーヌがそうだったとは。灯台下暗し。


 カロリーヌを探して、収容所内をうろうろ。

 昨日新規に入ってきた、ちょっとイカつい女性に先輩収容者たちがなにやら偉そうに、ここの説明をしてるのを見かけた。

 特に構わず横を通りすぎると、少しして声が聞こえてきた。聞こえてしまった。私は耳がいいからね。

「特にあいつには手を出すなよ。今通りかかった奴だ。一番ヤバイ奴だから覚えておけ」

 ……あのさぁ。まぁ、面倒が減るならそれでもいいか。いいのか?

 そういや、さっきの連中は初期の頃に喧嘩して、まだ手加減が分からなくてボコボコにしちゃった奴らか。でも私は悪くないぞ。


 なんとなく悩み始めると、ちょうどカロリーヌが通りかかったのが見えた。さっきのは聞かなかったことにしよう。うん。

 相変わらずの凄いスタイルに、色気が爆発してる。特に着崩したりしてるわけでもないのに不思議なもんよね。

「カロリーヌ! ちょっといい?」

「あれ、ユカリ。どうしたんだい?」

「土魔法について聞きたいんだけど、今いいかな?」

「もちろん構わないよ。土魔法適性は持ってるし、あたしで分かることなら」

「ありがとう、じゃあちょっと付き合って」

 土魔法についての基本は当然学習済みだけど、やっぱり専門家に聞くことは重要だと学んだばかりだからね。


 一応、土魔法でできることはこんな感じ。

 よく使われるのは、土や岩の壁を作りだしたり、穴を掘ったり、礫を飛ばしたり、足元からトゲを生やしたり。

 もっと上位の魔法になると、ゴーレムを作ったり、砂嵐を起こしたり、地形を作り変えたり、地震を起こすなんて凄いものまであるらしい。

 無論、魔法はイメージ次第なんで、もっと別の凄いことや、応用の効いたこともできるんだろうけど。


「私の魔法適性で、鉱物魔法ってのがあるんだけど」

「……それはまた尖った魔法適性だねぇ」

「でしょ。図書館の資料を調べても、そんな適性が載ったのはなかったんだよね。それで土魔法の使い手に、どんなのが考えられるか聞いてみたいと思ってさ」

「なるほど。まぁ、想像でしか答えれられないけど、それでも良ければ」

「想像だけでも参考になるわよ」

 ありがたく拝聴しましょう。


「そうだね。まずは、その名のとおり鉱物に特化しているということ。多分、土魔法とはできることが全然違うんじゃないか」

「まぁ、穴を掘ったりとかは苦手そうかもね」

「よくある鉱物と言えば、鉄鉱石とか、宝石類なんかも想像しやすいね」

「宝石かぁ。いいわね、金の匂いがする」

「冗談じゃなく、そうかも知れないね? なんせ鉱物に特化してるんだからさ。土魔法ではできない、金属や宝石類の生成ができてしまう、かも」

 余りにあいまいな言い方にちょっと笑う。

「なによそれ」

「あくまでも想像だよ。作り出すだけじゃなくて、加工したり、現物を探したりするのにも向いてるかもしれないね」

「……ちょっと待って」


 正直、石とか岩とかを操るイメージだったから、これは天啓を得たに等しい。

 魔法はイメージ。想像できることは何だってできる可能性がある。しかも私には多少なりとも物理化学の知識がある。そのイメージ補正は決してバカにできないレベルであるはず。むふふ、これは期待してもいいんじゃない?

「……ユカリ、なにニヤけてんのさ?」

「へ? いやいや、そんなことはありませんわよ? おほほ」

「どうみても怪しいんだけど。まぁいいよ」

「とにかく! カロリーヌ、とっても参考になったわ。ありがとね。でもこうしちゃいられない、図書館で鉱物類をもっと勉強しなくっちゃ!」

「元気だねぇ。あたしも行くよ、その方がいいだろ?」

「助かる! 一緒に行こう」


 鉱物といえば多種多様だ。それもありふれた鉱物の他に、異世界特有のファンタジックな鉱物だっていくつもある。

 資料に成分までは載ってなかったけど、写真に特徴や性質についてもきちんと記載があったはず。もう一度、具体的にイメージできるように徹底的に勉強し直そう。これが私の力になることは間違いないんだから。

 やっぱりお勉強大事!



 そんなこんなで勉強により一層、力を入れる毎日をすごしてる。勉強の虫って奴?

 あれから図書館では、フレデリカだけじゃなく、カロリーヌや治癒師組みも毎日一緒に読書三昧、勉強三昧してるんだ。みんな知性派だしね、納得できる。


 ところがどっこい。そうしてると、ゼノビアやオフィリアたち冒険者組み、果てはトレーニング参加者の面々まで集まってきて、ワイワイし始めた。

 強面の職員が一喝して静かにさせたけど、懲りずに図書館に集まってきてる。さすがにもう騒いだりはしないけど、脳筋組みまで読書をしてる風景は違和感しかない。

「みんな急にどうしたのよ?」

 真面目な顔して読書中のゼノビアに聞いてみる。

「みんなでやっているトレーニングの時間以外は結構暇だからな。今までは給金の出る仕事をしたり、ゲームして遊んだりだったんだが、なんとなくだ。一応、ブレナークとレトナークがどうなるかって不安もあるし、一緒いると安心するしな」

「それにしても読書や勉強なんて柄じゃないでしょうに」

「ユカリたちがいつもやっているからな。みんな気になってはいたんだ。最初はぎこちなかったが、今では結構馴染んできただろう?」

 うーん、そうでもないんだけどね……。

「まぁ、みんな真面目にやってるみたいだし、いいけどね」

「ああ、自分でも意外と楽しんでいるよ」

 本人たちが楽しんでるなら別にいいか。もう騒いだりもしないしね。



 ゼノビアとの会話から間もなく。

 穏やかなお勉強タイムに水を差す、非日常が訪れた。


 ヴーーーーーーッ! カン! カン! カン! カン! カン! カン!


 朝の目覚ましベルとは全然趣の違う、不安を煽るサイレンが鳴り響く。

 初めて聞くサイレンだけど、なんとなくヤバそうってことだけは分かる不吉な音だ。

「な、なに!?」

「なんだこれ、初めて聞くぞ」

 みんな混乱してるわね。

「全員、部屋に戻って待機だ! 早くしろ、急げ!」

 強面職員はそれだけを叫ぶと、焦ったように飛び出していく。


 わけが分からないけど、取り合えず指示に従おうか。無意味に勝手な行動を取ってもしょうがない。

 図書館にいた他の面々も、不安そうにしながら、ぞろぞろと移動を始める。


 まさか、ブレナークに何かあったって事態じゃないだろうね。

 新聞なんかじゃ本格的な戦争が始まるとしたら、冬が明けてからって論調だったけど。


「あ、ジョセフィンさん! 何があったか知ってる!?」

 ちょうどいいところに。ここの事情通なら何か知ってるかも。

 フレデリカたちも興味津々に集まってくる。

「具体的にはまだ。だけどこのサイレンは知ってますよ」

「さすが! で、なんなの?」

「大規模な魔物の襲来じゃないかと。これは対魔物用の防衛体勢を敷く緊急サイレンですね」

「よく知ってるわね。ここの塀って、あんまり頑丈そうには見えなかったけど、平気なのかな」

「結界魔法の魔道具がありますからね。職員たちも魔法で迎撃するでしょうし」

 結界魔法か。詳しくは知らないけど、強固な防御用の魔法だったはず。

「ならいいんだけど。ジョセフィンさん、いつもありがとね」

「構わないですよ、趣味みたいなもんですからね。追加で何か分かったら、みなさんにも教えますよ」

「おー、それじゃまた!」



 みんなと別れて部屋に戻ると、大人しく待機する。相変わらずサイレンがうるさい。

 防衛体勢とやらができたんなら、この音はさっさと止めて欲しいんだけどね。

 そんなことを考えてると願いが通じたのか、サイレンがピタッと鳴り止む。これだけで少しほっとする。


 ほっとしたのも束の間。今度は緊急放送が始まった。

「緊急放送! 緊急放送! 当施設に大規模なカプロスの侵攻が予想される!」

 カプロスは牛くらいの大きさの猪みたいな魔獣で、バッファローみたいな角が生えてるのが特徴だ。

 猪突猛進を絵に描いたような魔獣で、障害物もなんのその。群れのボスが止まるまでは、どこまでも何があろうとも真っ直ぐに突き進む一種の災害として考えられてる。


 大規模ってどの程度なんだろうか。ここが直撃を受けるなら、さすがに少し不安になるんだけど。

 とはいえ猪鍋とか考えてしまって、ふとフレデリカを見ると目が合ってお互いにすぐ逸らした。同じこと考えてるね。ちょっと恥ずかしい。


「今から呼称する者は至急、管理棟前まで急行するように! これは命令である! 繰り返す!」

 おっと、この状況下での呼び出しとは穏やかじゃない。囮にされるとか有り得るんじゃない?

 いや、なりふり構ってられないくらいピンチなら、女の収容者の命なんて安いもんだと思われても全然不思議じゃないしね。

 すっごい嫌な予感するなー。


「今から呼称する者は至急、管理棟前まで急行するように! これは命令である!」

 ものすっごく嫌な予感するなー!


「ユカリノーウェ! ゼノビア! アンジェリーナ! オフィリア! アルベルト! リリアーヌ! ヴェローネ! ローザベル! …………!」

 ……はぁ、一番に呼ばれたよ。


 その後は、主だった武闘派や治癒魔法使いが呼ばれてたみたいね。ホントにヤバそうだなぁ。

 でも収容者たちは武器も魔法もなしで、なにをどうしろっていうんだろ?


 取り合えず行ってみるしかないか。一応は命令だしね。

「フレデリカ、行ってくるわ」

「……ユカリ、本当に気をつけてくださいね」

「うん、まだまだ死にたくはないからね。なんとかするわ」

 このまま私たちを出撃させたとしても、意味があるとは思えない。ということは、何かしらあるはず。そう信じよう。

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