第7話、イメージの具現

 緊急招集に応じて部屋を飛び出すと、途中で他の呼び出された人と合流しつつ、急いで管理棟前に集合する。

 ここで待ち構えてた職員は三人。入所するときにしか会ったことがない所長と副所長、それといつものおばさん職員だ。

 この女子収容所では唯一というか、二人だけど、ただ二人きりの男性が所長と副所長だ。共に初老で、穏やかな雰囲気の所長と厳格な感じの副所長のコンビだ。


 呼ばれた人が全員集まると、副所長がさっそく話し始める。

「集まったな。さっそくだが、カプロスの大群が迫っている。放送では言わなかったが、少なくとも数千から数万の規模になる大群だ。あるいはそれ以上も有り得る」

 みんな唖然。それってすぐに避難しなきゃ全滅じゃないの?

「言いたいことは分かる。だが群れの規模が大きすぎて避難は難しい。それに今のところは真っ直ぐここに向かう進路だが、それが変われば無防備に襲われることにもなりかねん。我々はここで防衛体制を敷くのが最善だと判断した」

 妥当な判断なんだろう。ここなら結界魔法の魔道具とやらもあるらしいし。


 副所長の説明は続く。

「施設の進路上にやってくるカプロスどもを、防御陣を敷いて排除する。すでに職員が施設の外で、土魔法による壁や堀などで進路を妨害するような措置をとっている。だが奴らは、ものともせずに真っ直ぐにやってくるだろう。時間稼ぎにしかならんが、弱らせることはできるはずだ。そこを叩く」

 ちょっとした壁を作っても数万の巨大猪が押し寄せるんじゃ、そりゃ防げないよね。

「だが、我々職員だけでは、とてもではないが手が足りない。数が多すぎるし、群れが途切れるのがいつになるのかも分からない。最初から打てる手は打つことにした。すなわち、諸君の力を借りるということだ」

 それは合理的だと思うけどね。ただ、私たちは丸腰だ。武器もなく、魔法だって封じられてる。


 収容者連中もそれは分かるけど、どうすんだよって顔つきだ。

「女である諸君の力を借りねばならんのは業腹だが、背に腹は代えられん。それから諸君の心配は無用だ。今から魔法封じの腕輪を限定解除する。外すわけではないが、今から半日だけ効果がなくなるように設定し直す。半日経てば、効果が復活するので妙なことは考えないようにな」

 そんなことできるんだ。結構応用利くんだね、これ。


 でも待って。それよりも、魔法。魔法が使えるってことよね?

 今から、魔法!

「諸君の装備も一時的に返還するので、心置きなく戦ってもらえると思う。装備に不安がある者には、貸し出しもしよう。早速だが、付いてきてくれ」

 みんなが移動を始める。

 ピンチであるはずだけど、特に武闘派連中は久々の全力戦闘にウキウキしてるみたいだ。

 かくいう、私も。ふふふ。うふふふふふふふ。

「ちょっと、おい、ユカリ、顔怖いんだけど」

「え? なに? オフィリアも気合入れなさいよ! ふふふ」

「あー、おう。また後でな」

 魔法! 魔法! まほーーーう!



 魔法封じの限定解除の前に、倉庫で装備の返還がなされる。

 私には装備は何もないけど、貸してくれるなら、せっかくだし何か借りておこうかな。


 おばさん職員が私に気が付いて気を使ってくれる。

「ユカリノーウェは装備ないんだろ? 剣でも使ってみるか?」

「武器はいらないかな。使ったことないし、すぐに壊しちゃいそうだからね」

「なら、防具はどうだ? 何もないよりマシだろう」

「うーん、でもよく分からないから適当に見繕ってくれない?」

「そうだな、いつものように無手で戦うなら、ガントレットにグリーブ、それからお前なら腹当かな。動きにくいの嫌だろう」

「じゃあ、それにしようかな。ちょっと身に付けてみる」

 付け方が全然分からなくて、結局おばさん職員にやってもらう。


 ふーむ。初めてだから当然だけど、違和感ハンパない。

 だけど、思ったより動きづらくもない。脛まで覆う鉄のグリーブで蹴りつければ、人間なら一撃で重症にできそうだ。これまた拳から肘まで覆う鉄のガントレットは、殴っても肘で打っても大ダメージになりそう。手が開く構造なんで掴み技も問題ない。

 武器の所持は辞退したけど、これなら強い打撃を繰り出せるはずだ。


 魔法がどうなるかまだ分からないってのに、無手で戦おうとするなんて我ながら正気を疑う。

 でも一体全体何なのか、この湧き上がる高揚感は!

「どうだ、別のに変えるか? それに兜なんかはいるか?」

「いらないわ。このままの装備でいいわよ。すぐに慣れると思うしね。それより魔法の限定解除は?」

「他の奴らの装備が終わったらな」

 ふぅ、もうちょい待ちましょうか。


 全員の準備がつつがなく終わると、再び副所長からのお話が始まった。

「遠見の魔法によれば、あと半刻ほどで仮設置の土壁と堀にカプロスが接触する。それから朗報だ。進路が少しずれたらしい。山脈よりにずれたようで、これなら真正面から群れを受け止めなくても済みそうだ」

 僥倖だね。群れの中央を真正面から受け止めるのと、端っこを受け止めるのとじゃ負担が違いすぎる。

 ちょっと光明が見えたんだろうけど、今の私にはもう、そんなことはどうでもよろしい!


「では、これより魔法封じの腕輪の限定解除を実施する。ひとりずつ前に。久しぶりの魔法だろうから、会戦までにきちんと慣らしておいてくれ。まず、ユカリノーウェ」

「はいっ!」

 喰い気味に返事をする。

 来た来たキタキタキタキターーーーーーーーー!

「少し落ちきなさい。でも頼もしくもあるな。頑張ってくれたまえ」

「分かってますって、任せときなさいよ!」

 いよいよ忌々しい枷が外れる。


 どきどき。

 副所長が腕輪に魔力を通すと、程なく、解除されたのが分かった。

「ふふふ、んふふふふふふふふふふふ。んーーーーーーーーー気っ持ちいいっ! じゃ、外で慣らし運転してるわね」

 飛ぶようにダッシュで外に駆け出す。

「「「「「怖っ!」」」」」

 何人もの呟きが聞こえたけど、今なら全てが許せそうだ!



 魔法はイメージ。

 そう、ずっとずっとイメージだけはしてきた。

 何日も何日もずっと。それこそ夢にまで見るくらい。

 今日は、その夢を現実に変える。


 まずは身体強化魔法だ。これが使えなければ、これから始まる戦闘には耐えられまい。

 敵は凶暴な魔獣なんだ。普通の人間が、普通のままに立ち向かっても無駄死にするだけ。


 だけど、何の問題もない。

 何故なら、既にできてるから。あの枷から解放された直後に、私の全身は超絶強化されてる。

 息をするように、極当たり前に強化できた。これまでに何度も夢想した、イメージそのままにしたがって。


 この全能感。この開放感。

 人目がないのをいいことに、遠慮も恥もなく思い切り跳んだり跳ねたり、シャドーしたりで身体の調子を確かめる。

 超人としか思えない速度と力強さには感動するかしない。この世の覇者にでもなった気分。

「もう、最っ高っ!」

 まるで、スーパーなんとか人にでもなったみたい。残念ながら見た目は変わってないけどね。


 イメージだけじゃない。こんなにあっさりと適応できるのには、もちろんカラクリがある。

 それは投擲術、近接格闘術に続く、私の最後の天武の才。その名も"馴致即応"だ。

 馴致も即応も適応するというような意味だったはず。スキルとして発現してるくらいなんだから、これの影響はかなり大きいはずだ。もしかしたら、私にとって最も重要なスキルかもしれない。


 身体強化魔法は、特別な魔法適性がなくても誰でも使える魔法の代名詞みたいなもんだ。

 それにしても、私とは相性が良いように感じる。初めて使ったってのに、妙に馴染むんだよね。

 実際のところはこれくらいできて普通なのかどうか、他の武闘派連中の身体強化魔法も見てみないと何ともいえないけどね。いかんいかん。慢心、ダメ、絶対。

 高揚感はなくならないけど、少し落ちついてきたかな。


 何人かあの腕輪の限定解除が終わったみたいで、私から少し離れた場所で魔法の試し撃ちや武器の素振りを始めてる。

 そっちの様子も気にはなるけど、今は人のことより自分のこと。


 次に獲得した魔法適正の実践だ。これもいよいよね。

 先に薬魔法を使ってみる。

 イメージした通りに、傷回復薬が指先で球状に膨らんで大きくなっていく。適当に止めると、落下してパシャッと音を立てた。

 よし、イケル! 思ったとおりというか、結構簡単にできるわね。


 そして鉱物魔法。

 今は難しいことは必要ないし、魔力の無駄遣いもすべきじゃない。

 そうね、単に壁を作るよりも、逆茂木の方が効率よさそうよね。あれだ、木の先端を尖らせて外側に向けて並べて繋げたやつ。


 試しに小さな鉄の逆茂木をイメージして魔法を発動すると、イメージ通りのかわいい逆茂木が地面から生えるように出来上がる。

 オーケー! イケル!

 これはまさしく、何でもできる奴ね。できちゃうわね!

 私って天才じゃね? 凄くない?

 ふふふふふふふふふ。またテンション上がって来た。


 続けて鉄の礫を放ってみようとするけど、礫はできても上手く飛んでいかない。私から数メールほど離れると、ボテッと落下して終了。

 あれ? これは適性上、上手くできないパターンか? それともイメージがまずいのか。

 まぁいいか。礫ができるんなら、あとは投げればいいし。なんてったって、投擲術あるし!

 今はそれで十分よね。


「準備ができたら移動を始めるぞ!」

 いつの間にか全員外に出てきてたみたいだ。

 本当はもっと、じっくりと研究したいところだけど、もちろん今はそんな暇はない。それよりも早くぶちかましたい気持ちで一杯だ。


 ダメで元々、どうせならってことで、思いのたけを副所長にぶつけてみる。

「副所長! 私は進路上、中央の塀の上で待機するわ! 投擲術あるのは知ってるでしょ!? 今の私なら下手な魔法より凄いの投げるわよ!」

 どこからこの自信が湧いてくるというのか。

 我ながら初の実戦とは思えないほどの闘志が湧き上がる。

 ひょっとしたら、これは狂気に近いのかも。それとも身体強化魔法の弊害かな?

「いいだろう。ただし、その配置には他の職員も付くことになっている。ひとりにはしてやれないが、思う存分暴れてこい」

「それでいいわ。私の邪魔さえしなけりゃね」

 周りを見れば、私の気合に当てられたのか、みんな今にも飛び出していきそうな熱気と興奮に包まれて、雄たけびを上げる奴までいる始末だ。

 これは勝つに決まってる!

 逆に治癒魔法使いたちは引き気味だ。このノリに完全に置いて行かれてる。ローザベルさんでさえも、呆れた顔が隠せてない。

「ではこれより、所定の配置へ移動しろ。諸君の健闘を祈る」


 三、四階くらいの高さはありそうな塀の上に登ってみると、幅は結構狭い。

 カプロスの突進をまともに受ければ、ひとたまりもなく突き破られそうな頼りなさ。

 結界魔法がどのくらいの強度か知らないけど、防御陣地を突破されたらアウトだろうね。強力な魔道具の効果がいつまでも続くなら、そもそも防御陣地を作るなんてことはしないはずなんだ。どれだけ結界魔法が強力だったとしても、その持続時間はおそらく短い。

 そして魔獣の群れは果てしないほどに多いって話なんだ。私たちが上手くやらなきゃ、どうにもならないってこと。


 武闘派連中のような白兵戦担当は、塀の前に間隔をあけて待ち構えるらしい。

 魔法攻撃担当の連中は、塀の上に散らばって魔力を練ってるみたいね。


 丘のほうを見れば、カプロスの群れが目に入る。もう大分近づいてきてるわね。丘を埋め尽くすほどの大群だけど、その向こうにもまだまだいるに違いない。

 魔獣対策の第一弾として、収容所への進路上には丘の手前辺りから、土壁がいくつも作られているみたいだ。その後ろにも堀らしきものが作られてるのも、なんとなく見える。職員が魔法で急造したってやつね。



 しばらく見てると、カプロスの先頭が土壁を易々と突破した。

 全然ダメじゃん。時間稼ぎにもなってない。

 土壁程度じゃ、焼け石に水にもならないみたいね。せっかくの堀も見る間に埋まって、その上を平然と進んでくる。


 このまま近づいてくると、あとは結界魔法とここにいる全員の奮戦頼みになる。その前に例の逆茂木作戦をやってみるか。


 いざ本番、魔法の実践だ。ここからだと少し遠いけど、カプロスの先頭にぶつけるイメージで照準する。

 距離が離れるほどに、魔力の消費が大きくなるのが感覚で分かる。この感じだと多用はできそうにないわね。


 逆茂木は収容所の進路上にだけ、三重に。

 先端を尖らせるだけじゃなくて、全体にトゲトゲを生やした凶悪な形に。イメージは固まった。

「いくわよ」

 魔力解放。私のイメージが世界に具現化する。

 鉄の逆茂木が次々と隆起して思った通りの形を成す。


 よくある呪文の詠唱は必要ない。いや、その方がイメージが強化されるなら意味はあるけどね。今はまだいい。

 凶悪な障害物の出現に上がる、あちこちからの歓声が心地良い。ふふふっ、もっと褒めてくれてもよくってよ!


 それからすぐ、カプロスが逆茂木に激突!

「よし、受け止めた!」

 さすが私、完璧。とはいえ先頭の突進を止めただけで、後から次々と突進してくるんで大変なことになってる。

 倒れたカプロスを足場にして突進、その先でトゲに串刺し、その倒れたカプロスを足場にって具合に、侵攻がやむ気配はない。まぁこの程度で完全に防げるなんて誰も思ってないでしょ。それにこれはタダのお膳立てだ。


 次は頼んだわよ、魔法攻撃担当の出番だ。

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