第2幕〜戦う理由〜
昨日はあのようなことがあったのに、変に清々しい朝だった……
甲高い声で泣きわめく目覚まし時計をあやし、速やかに学校の支度を整えて階段を降りリビングの扉を開けた。
「おはよう」
いつも通りは気のない声で食卓につく。
父親と妹はもう家を出ていたようだ。
「おはよう、お弁当はもう出来てるから早く準備しちゃいなさい」
何度目だろうか。母はいつも通りのセリフを吐いて家事をこなしている。
僕はテーブルに並べられたテンプレのアメリカンブレックファーストを食べて家を出た。
私立伊都芽沢高校は自宅から約800メートルの距離にある。およそ10分も歩けば着く距離だ。
商店街を通り、大通りを抜ければすぐだ。
周りにはスーパーやコンビニはもちろん。
小さい遊園地や工場、廃墟もあり見てて飽きないものだ。
実際、よく分からない建物も多い気がするが特に関わりはないので気にはならない。
この学校は他の学校と比べて随分と広い。
体育館は2つあり、屋内プール完備。
椅子と机が置かれている生徒ホール
様々な娯楽が楽しめる娯楽室
他にも農業関係の施設や工場があったりとある意味街のように化していて最初はよく迷う生徒が続出する。
校舎の扉をくぐり教室に入るといつものように友人と仲良く会話する平和な風景が広がっていた。
僕は自分の席に座り、いつも通り本を読んでチャイムを待つことにした。
朝のSHRを終えると、僕に唯一喋りかけてくる騒がしい奴が来た。
「よっ、輝。今日も退屈で死にそうな顔してんな!
そんなんじゃ、築地に出荷されちまうぞ」
朝からつまらない皮肉を言ったこいつの名前は越川信司。
いつもニコニコしてて陽気なやつだ。
誰にでも優しくて、気さくに接しているから男女問わず友人が多い。
ちょっとした出来事以来、よく絡んでる僕の唯一の親友だ。
「おはよう信司。朝から元気だな」
「俺の渾身のボケを綺麗に無視すんな、ちょっと凹むだろ……」
「そうか、お前はお笑い死亡なんだな。
可哀想に……」
「文面でしか分からない事を言うんじゃねーよ。まず、俺はお笑い死亡でも志望でもねーよ」
こんな呑気な会話をしていると、昨日あったことは嘘みたいだ。
そんなことを思っていた刹那。
信司は急に青ざめた顔でこう聞いてきた。
「なあ輝。お前、その左手の指輪……」
「ああ、昨日の帰りに胡散臭い人から貰った。
着けたらなかなか外れなくて困ったよ」
さすがに高校生が指輪してたら青ざめるよな。
ましてや紫っぽくて怪しい変な模様があって。
こんなものは厨ニ病真っ盛りのやつか、趣味の悪い占い師でも付けていそうだ。
数秒硬直していた信司は少し怯えた様子で口を開いた。
「お前も参加者の一人だったのか……
なあ、今からでも遅くねぇ。参加辞退してくれねーか?
俺はお前を殺したくない」
「殺したくないって、どういうことだ?
」
「おいおい、もしかしてお前、ルールとか全く把握してないわけじゃないだろーな?
……まったく、ほんと調子狂うなー」
そういえば昨日の貰ったものの中に資料が入ってたな。家に帰って机に置いてからそのままだ。
「簡単にまとめると、その願いを叶える指輪を手に入れるには参加者のうち一人を殺さなきゃいけないんだよ。
細かい説明は今日の説明会でしてくれると思うがな……
とにかく!俺はお前を殺したくない。
だからよ、辞退してくれないか?」
信司は呆れた顔でそう言った。
普通の人なら驚いて拒絶するかもしれない
人なんか殺したくないと。
正義感の溢れた主人公ならば
そんなことしてまで願いを叶えたくない。
とでも言うのだろうか。
でもなぜなのだろう、不思議と慣れてた。
いや、慣れていたというのは語弊があるかな。
そうなってもしょうがないのだと心のどこかで妥協してたからなのだと思う。
そんなことを冷静に分析しながらも、会話を続けた。
「ごめん、僕に参加理由は無いけど何だか参加しなくちゃいけない気がするんだ。
それは信司も同じだろ?」
少し黙ったあと、信司は少し決意を決めたような顔で言った。
「わかった……でもな、俺はそれでもお前を殺したくない。
それだけは変わらないからな。
お前も、今日の説明会出るだろ?
一緒に行かないか」
もちろん断る理由もなく、放課後に近くの公園に集合して向かうことにした。
───現在20時20分。公園に向かうともう信司は待っていたようだ。
「おいおい輝、彼女とのデートの30分前には
集合場所に着いてるのは常識だろ?」
「僕がいつ信司の彼氏になったんだよ。
ってかこんなゴツい彼女がいてたまるか」
そんな言葉を交わして約束の公民館へ向かった。
ここから公民館までは20分もしない程度でつく距離。
歩き始めてすぐ、信司が話し始めた。
「輝は本当に願い事はないのか?
ほら例えばさ、金持ちになって家に引きこもりたいとか。
富豪の娘と結婚して紐になりたいとかさ」
「まて、どれだけ俺を引きこもりの駄目人間にさせたいんだよ。
いや、確かにそれはいいかもしれない……
それじゃ信司は一体どんな願いがあるんだ?」
俺のことを馬鹿にしたんだ。もし金持ちになりたいとか美人と結婚したいとか言ったら少し懲らしめてやるか。
そう企んでいると信司は真剣な表情になっていた。
そして数秒後、その重い口が開いた。
「あるところに、とても妹思いの兄がいたんだ。
妹のことが大好きで、いつもしょうもないことをして笑わせたり、ときにはプレゼントをしたりしたんだ。
妹の笑顔のためなら何だってできる。そう思っていた。
でも、そんな平和な日常が崩れ落ちるのは一瞬だった。
ある休日の朝、妹は言ったんだ。
手足が痺れて力がなかなか入らない……ってな。
不安に思った両親と兄は病院に行った。
診断の結果は筋萎縮性側索硬化症。
つまりALSだったんだ。
兄は絶望した。なんで妹だけがこんな目にあってしまうのかと……
この瞬間ほど世界を長く感じ、神を恨んだことはなかった。
妹と両親は泣き崩れ、それ以来妹の笑顔を見ることはなかったとさ……
その妹も、もう体を動かしたり喋ることすら困難な状態なんだ。
医者が言うに、もってあと一年あるかないからしい。
だから兄は唯一、助かるかもしれない希望のために戦うんだとよ……」
まるで物語を語るように話した信司の瞳は少しだけ、涙が滲んでいて。
その拳は強く握られていた。
こんな姿を見るのは俺達が出会ってすぐの時と今回で二回目か。
僕は、信司に妹がいるのは知っていたが、病気なのは全く知らなかった。
だから部活にも入らず、早く帰ることが多かったのか。
───僕にも妹がいるけど、信司のように命を懸けてまで救おうとすることが出来るだろうか?
一体いつから妹と喋ることが無くなったのか……
それに、なんの参加する理由も目的もない僕が参加してもよいのだろうか……?
……いや、参加する目的なら今出来たかもしれない。
こんな出来損ないな僕でも、人の為に、親友のために死ねるのならそれで……
僕達は公民館に着くまで会話を交わすことはなかった。
その時間はとても短かったが、とても長く感じられた。
中に入り、指定された会議室に僕達はその思いの重い枷を引きずりながら扉を開いた。
それが天国への扉なのか。
それとも地獄への扉なのかは、僕達はまだ知らない……
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