第3話 友達

───自己紹介


 初対面の人に自分の姓名や夢中になっていること等を大勢の前で述べる事。

 よろしくという挨拶の意を兼ねる───


 四月九日、今日俺が一番緊張しているイベントだ。


 この教室の120人にも上る大勢の、それも初対面の人達が一斉に自己紹介をするために教卓に立った一人の生徒に注目するのだ。


 重圧、そしてどこか期待されているのかされてないのかよく分からない空気に襲われる。


 頭が真っ白になり、差恥感により体が嘘のように熱くなる。


 実際、一番最初に当たった人はラッキーだと思える。


 何故なら、一つまた一つと迫りくる順番の待ち時間という恐怖を体感しなくてもいいからだ。


 終わった人は達成感に包まれ、まだかまだかと待っている人はより良い自己紹介をするために必死に言葉を模索する。  


 ただ紹介するだけなのに、大勢の前となったらそれはもう罰ゲームだ。


 そして今、それが始まろうとしていた。


「───あい............せいとてちょうくばるまえに......みなさんばんごうじゅんにじこしょーかい......にゅぅ......おねがいします」


 相変わらず眠そうに目を擦りながら教卓の上でそう言ったメイル・クローゲン先生は、そのまま寝てしまった。


「「「「「「「「「「......」」」」」」」」」」


(おーい寝ちゃダメでしょーよ先生!)


 先生が寝た結果、クラスが少し気まずい状況になってしまった。


「出席番号一番は誰かな? 早速自己紹介をしようよ」


 そんな中、一人の爽やかな男子の声が響き渡る。


(いい声だな......しかもイケメンとか反則かよ)


 俺を含め、全員が爽やかな声を発した人物の方に注目する。


 そして俺が思っていることはクラス内の女子達がその声元の方を見て頬を赤く染めているのを見る限り、間違ってはいないだろう。


 ────少し赤みがかった程よく伸びた髪に、キリッと細くともその青い目と細長くしゅっと伸びる綺麗な鼻、輪郭等は女子共々が見たら惚れてしまうということが俺が思うに明らかである。背も181センチの俺と同じくらいで、サッカーを本気でやってきた中で俺も鍛えたつもりだがそれ以上に引き締まった筋肉が制服の上からでも想像できる程の体だ。8頭身とはこの事かと実感させられるイケメンは恐らく立ち振舞いから見て才色兼備で質実剛健だろう。まさにゲームやウェブ小説等の創作物に親しんできた俺から見るとこれからこのイケメンが勇者になる確率が100パーセントだ。羨ましいし憎たらしいが、あの鍛えた体から見ると努力家なのが理解できるため、尊敬するに値する存在だろう。眉目秀麗、才色兼備、質実剛健......うん、勇者だなこりゃ。憎たらしいなぁ......


 そんな勇者くん(仮名)の提案に出席番号一番の生徒が承諾したようで一人立ち上がり、大学の教室みたいな、いやまんまなこの広い教室の大きい黒板の前に立ち止まる。


 俺達の方にやがて向き、口を開いた。


「えーと......」


 出てきたのは肌が少し赤いからドワーフだろうか。背格好と容姿は平凡な男子だった。


 少し悩んでいる様子だ。


(?......あぁ~! もしかして何言えばいいのか説明されてないから分からない感じか)


 悩んでることを察した俺だが、当然こんな大勢の前でしかも自己紹介をするため静かになっている状況の中そんなことを言える度胸がない。


「───にゅう......」


(あ、起きたぞあのロリ先生)


 周囲も少し驚いている中、先生は自己紹介に悩んでいる生徒を手招きをし、生徒も困惑な表情で先生に近づく。


 何か耳元で先生が言っているようだ。


 恐らく、自己紹介で何を言うかのアドバイスだろう。先生役に立つじゃん。


 数十秒先生に耳を傾けた生徒は納得した表情で力強く頷き、自己紹介を始めた。


「えーっと......初めまして。俺の名前はジルー・サクリルです。出身はユグス連邦で、種族はドワーフです。ここに来た経緯は父や親戚からの推薦で、俺もこの学園に興味があったので来ました。今のところ目標は騎士なることです。これからよろしくお願いします」


 少し静寂が訪れる。


 が、その自己紹介に全員が拍手し、ジルーという人が安心した表情で席に戻るのだった。


 俺は拍手をしながら黙考していた。


(なるほど......まず名前から出身で種族を言ったあとに中ボスの経緯と、ラスボスである目標を言うのか~ふむふむ。俺の出席番号は25番......時間はあまり少ない......ここでバシッと決めたら格好いいな。よぉ~し決めてやるぜ!)


 入学式が終わった後、全3120人の入学生徒は120人ずつ一組のクラスに当てられ、全部で26組の教室では、個々にそんな俺みたいな思惑が取り巻いていることだろう。


 今日入学した生徒は全部で3120人。内、120人の生徒はこのB組の教室に在籍する。


 自己紹介をするときは1人対119人の状況だ。そんな皆からの重圧に負けてここで自己紹介をすかしたらその紹介内容のままのイメージが自己紹介をした人に固定されてしまう。


 俺は深呼吸をした後、全て真実でこの自己紹介をすると決めた。


 勿論、スカかしてしまうかもしれないが種族のなかにもし真実を見透す能力の人が居たらその後がこわいし、自分を自己紹介で悪いところを隠して逆に嘘で持ち上げたりもしたら気持ちが優れないためだ。


「よし......」




 それから自己紹介が続き、出席番号19番の時に教室が一気に沸く。


「おい......あの人って......」「あぁ、いつ見ても美しさと凛々しさがあるぜ」


 教室の端から、優雅に黒板の前に進み出る人に皆は瞠目している。


「エリスさんか......」


 周りのそんな似たようなこそこそ話に耳を貸さず、俺はただその人に釘付けだった。


「お初にお目にかかります......エリス・ルーベルヴァイン・ジェストと申します。気軽にエリスとお呼びいただいて結構です。ここに来た経緯はと言いますと......前々から興味が湧いていたところで父と話した結果承諾がでたのが理由です。目標はここで学んだことを将来の国のために大いに活用できるように出来るだけ沢山の知識を得るというのが目標です。これからもよろしくお願いします」


 そう美しい立ち振舞いで一礼をした瞬間、どっとこれまでにない大歓声(主に男子)で沸き上がった。


「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」


 可憐な笑顔を浮かべながら、エリスさんは吠える野獣(男)共に手を振った。


「お! 今俺に手を振ったぞ!」

「は!? 俺だろ!」

「いや俺だな! 妄想やめろよ」

「おめーだろ!」

「といってる奴が一番の妄想野郎~」

「そう思ってるやつもなんだよなぁ~?」

「ちょっとうるさいよ!」

「エリス様に何色目使ってるのよ! 失礼だし見てて不快になるわ!」

「そうよ! もうちょっと恥じらいって言うのを知らないのかしら!」

「う、うるせぇ! 大体女の癖に突っかかってくるんじゃねえよ!」

「こっちの台詞よ! 言わせてもらいますけ───」


 すると一人の男から早々に軽い論争が繰り広げられた。


 しかし


「皆さん、次の方がお待ちですよ?」


 いつのまにか自分の席に戻っていたエリスさんは論争が繰り広げられている戦場の方に女神のような優しい笑顔を浮かべた。


「「「「「「「「「「......お許し下さい、エリス様......」」」」」」」」」」


(おい、何てところで謎の団結力を見せてんだっ! さっきの争いはなんだったのか教えろっ!)


 エリスさんの言葉に、論争してた全員が拝むような姿勢でエリスさんを崇めた。


「......?」


(ほらー! エリスさん顔ひきつってるよー! なんなんだよこの人達は......確かに女神級の人徳と美貌を兼ね備えているけどもいくらなんでも神格化するのは危ないな)


 エリスさんは出てるところはしっかりと出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいるグラビアアイドルを優に越すスタイルだし、女神っぽい服装にさせれば信じられると推測できるぐらいだ。


 神格化するのは危ないけども、これから先この人の笑顔で俺らが救われる時が多くなるだろう。全く男いうのは安っぽい生き物だな......


(やべ......もうすぐで俺じゃん......今20番だからあと五人で俺か! ひゅぃ~妙に緊張するぜ)


 そう思いながら、窓際の席に座ってよかったと外の景色を眺めていると不意に後ろからの目線に気づく。


「うん?」


 横目でチラリと見たらそこには


「───......ッ!」


(ハインリッヒッ......!?)


 素人でも殺気が若干入っているのが分かるぐらいに目をこれでもかと言うぐらいに鋭くしているハインリッヒがそこに居た。


(同じクラスかよ~......これは参ったな)


 久しぶりにガン萎えした気がするが......いやほんとまじで萎えるんだが......


「へ、へぇ~......金山くんか......日本人やっぱり少ない印象だな~......」


 一先ず自己紹介をしている金山(かねやま) 義樹(よしき)に集中しているような素振りを見せる。


 ハインリッヒにこれ以上睨まれると力を入れている俺の体の方が持たない。入学式前の一件で心身ともに傷つけられた俺に、今度は疲れさせる攻撃をしているつもりだろうか。


 そんなもの、いち高校生としての俺には効果が抜群だからやめてほしいです。はい。


(ハインリッヒどんだけエリスさんに執着しているのだろうか......執事かなんかなのか? あんなイケメンな執事、どこぞの少女漫画ぐらいしか見たことないぞ? 禁断な恋をやるつもりなのか? そうなのか? あ、だったら俺の目の前でいちゃラブしないでくれる? 自然と拳に力が入ったり、眉間に筋が入ったり、歯を食い縛っちゃうという症状が出てしまうから。え? その症状は二人が羨ましい、つまり嫉妬によるものだって? そうだけど? 何が悪いの? 行動に移さないだけでも俺マジで偉いじゃん。あんな彼女ヒロイン候補No.1な彼女できてみ? 至高だぞ? 他人といちゃつくところなんて見たら腹立たしいに決まってるやん!)


「───これからもよろしくお願いします......」


 黒板の目の前で丁寧にお辞儀をする金山くん。自己紹介が終わったようだ。


(あ、自己紹介聞いてなかった......)


 色々考えてる内に同志(日本人)の紹介が終わってしまった。あとでその話題を元に友人申請しようと思っていたが聞き逃してしまった。そもそも睨んでくるハインリッヒのせいなため、さらに俺の中でハインリッヒの印象が悪くなった。


(ハインリッヒの野郎......睨んでくるなら堂々と言ってくれば良いものを......まぁ断然無視するけど。それにしても......やっぱり気になるな......エリスさんの名前)


 俺はエリスさんの自己紹介を聞いた瞬間、どこか引っ掛かった。


 不確定だが、心の中では何処か確信ができるものでさっきから引っ掛かっていたのだ。


(うーん......エリス・ルーベルヴァイン・ジェストだっけか......ミドルネームだな。なんだかこれ聞いた瞬間引っ掛かったんだよな.....)


 何処か聞いたことがある気がするという気持ちだ。


 しかし、無情にも時は来た。


「うーん......」


「あ、あの......自己紹介」


 隣からおずおずと猫耳の美少女が教えてくれた。


「え? ......あ、ああ俺か......」


(うお~......順番来てしまった......あ、そういえば内容考えて無ぇっ! っべぇ! どうしよ......あぁ! もうアドリブで!)


「あ、ありがとうございます。教えてくれて......」


「あ......は、はぁぃ......」

 

 教えてくれた猫耳の子に礼を言ったあと俺は席を立ち、皆が紹介してきた黒板の前に歩いて向かう。


(うぅ......皆からの視線がすごい量だ......119人とかこれまでだったら学年単位だけどこの人数で1クラスは多すぎっ......)


 大人数に見られている。


 俺の顔や背中等、とにかく色んな部位に視線が突き刺さるのが実感できる。


 心を落ち着かせるために、深呼吸をしながらゆっくりと歩く。


 俺とエリスさん以外の皆は早く終わらせたいのか早歩きで進み出ていたが、エリスさんは知らないが俺は心とか落ち着かせるためにわざと歩いて教卓へと向かっている。


 噛んだら噛んだだが、出来るだけ噛まないようにしたいという気持ちが先行しての行動だ。


 落ち着かせることで、多少は噛みにくくなるだろう。


(まずは名前からだな......)


 突き刺さる視線の嵐に、俺の体は石像のように固まる。


 視界一杯に広がる119人の聞き手は容赦なく俺という一つのモノを観光客のように注目させる。


(よ、よし......)



 



「初めまして。カケル・イシザキといいます。日本からやって来ました。ここに来た経緯は14才の時この学校の開校の事を知り、その時から憧れてここに入りました。目標は日本にはない冒険者の職業に興味があるので、戦闘技術等を習いながらプロサッカー選手の夢と平行して頑張り、無事卒業したいという目標です。これからよろしくお願いします」


 やり遂げた。俺は最も無難な挨拶ができたと思う。誇るべきでもないが。


(ど、どうだ......?)


 静寂が数秒間続いたが、一人が拍手した後伝染するかのように広がり、見るからに全員が拍手を響かせてくれた。


(っしゃ! これで後は説明聞いて家に帰るだけだな)


 失敗はしてないはずだ。自信を持っていえる。



********************



 チャイムが鳴り、俺は帰宅の準備に入っていた。


 今日は一時限目・入学式、二時限目・学活、三時限目・学活という初日にしてはまぁ無難と言える日程だった。


 自己紹介だけで二時限目から三時限目の半分まで時間をかけた。


 何せ120人がそれぞれ自己紹介するんだ。それぐらいかかってしまうだろう。


 後半では寝てしまう生徒も居たが、大半は皆ちゃんと起きて自己紹介を終えた。


 出身は本当に知らないところばかりだった。追ってそのことは話そうとは思うが......忘れている可能性もある。すまんな。


 それとどうやらこの大陸でいがみ合ってる勢力は魔族ぐらいしかいないらしい。


 どれも同盟は組んでないが、友好な関係を結んでいるのはこの教室の光景を見たら確かだ。


 何故ならエルフは置いといて、ドワーフやウンディーネ、シーフの亜人達と猫耳族キャットピープル狼耳族ワービースト等の獣人達が分け隔てなく会話しているところを今目の前にしているからだ。


 教室の隅や、それぞれ一人の席に複数集まって話に花を咲かせている。


 しかし、孤立するものが出てくる。


 例えばこの俺。いや、日本人。


 種族同士話し合っている構図は、頭のなかでは出来ているつもりだ。だが、まだ会って間もない人に話しかける勇気なんて大半の人なら常識に無いだろう。俺も含めてな。


 だが今こうして見ると、見知らぬ人に話しかけて会話を弾ませている亜人や獣人達がそこら中に居るのだ。これはどうもおかしい。種族が違えど見知らぬ人に対する緊張感があるはずだと思っていたんだが。いや、俺がおかしいだけかもしれない。ここは日本じゃないし、もともと違う次元の世界で存在していた大陸が丸々ここに十年前来て、そして今俺はその大陸の上にたっている訳だから。


 通用してきた常識がこれからどんどんひっくり返されてくるだろう。


(よし、そろそろ帰るか)


 バックを背負い、忘れ物がないかその場で数十秒間確認したあと、教室を後にしようと一歩扉へ向かう。 


「えっと......石崎君でしたっけ?」


「......?」


 どうやら呼び止められたため、声がした方向に体を向ける。


「俺に何か?」


「その......」


「宮内さん......だったよな? 確か剣道が得意とか」


 俺は呼び止められた目の前の女子に何かの勘なのか自然と言葉が出てしまったが、名前を言われた女子は嬉しそうに頬を染めた。


「ですです! 覚えててくれたんですね!」


(どうやら合ってたみたいだ......いやぁ~覚えてて良かった~自己紹介もちゃんと聞いてて本当に良かった~)


 ───目の前の女子、宮内みやうちさんは肩まで伸びたポニーテールが特徴だ。俺もその特徴をつかんでいたからこそ名前も浮かび上がった。見るからに大和撫子だ。目は青く、サファイヤを彷彿とさせる。容姿は普通に可愛い。というか女子って皆大半は顔整っているように見えると小学校の頃から思っている俺である。しかし、宮内さんはそれ以上のものを感じさせる整いようだった。エリスさんと見比べても大差ないが少し見劣りしてしまうのは悪く思っている。スタイルだが恐らくはD以上いっているのは確かだ。腰もくびれているし足も少し鍛え上げられ細くとも丁度良い肉付きである。まさに美脚といっても過言ではないだろう。結菜も美脚だがこっちの方が綺麗に見えるのはなぜだろうか。恐らくは他人の女子という理由も高いだろう。妹の足なんて毎日見ているため新鮮だったのではないだろうか。背は剣道をやっていることもありピンと真っ直ぐなため、清楚なイメージに凛としているが追加され宮内さんは、今俺から見たらすごく眩しいものにこの思考の途中から早変わりしてしまう。背はざっと169センチ位だろう───


 そんな清楚系美少女が俺に何の用なんだろうか。


「あの......今クラスの日本人全員と友達になりたいと思ってて、最後が石崎君だったので話しかけたんです......」


「最後ってことはもう皆とは話せるようになったのか?」


「はいっ!」


「すごいな......それで主な用件は?」


(行動力パねぇな。俺だったら話しかけるの時十分葛藤するんじゃないか?)


 俺は感心しつつ、出来るだけフレンドリーな感じで微笑む。


「手始めに、強制ではないんですけどLINE交換してるんです......その......ダメだったら引きます「いいよ」......え?」


 即答だ。当たり前だろ?


(だって女子からだもんなぁ......! 男で断る奴の気が知れない......マジで論外!)


 少し呆然としていたが、すぐにまた嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます! では早速いいですか?」


「うん」


 可憐な笑顔に少し見惚れながらQRコードでもいいが、ふりふりを選択。宮内さんもそうみたいだった。


 一緒に軽くスマホを振り続けると『宮内 茜』が追加される。


 宮内さんも同様に俺のLINEが追加されたようだ。


「よし......いつでも遠慮せずにトークで聞きたいことがあれば最低限答えるから」


「では私も同様に石崎君が聞きたいことがあれば答えますね......あ、引き留めてごめんなさい」


「いや、いいって。こうして宮内さんという初友達が出来たんだし。それにタメ語でいいよ。宮内さんだけ敬語は堅苦しいし、悪いって」


「うん! 敬語止めるよ。......石崎君、改めてよろしくお願いします」


 何だか嬉しそうに宮内さんは律儀に礼をする。


 俺は腰を折った宮内さんに微笑ましく思いながらも礼をする。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


(n? ちょっと待てよ?)


 ふと気付いた事があった。


(この状況......ひょっとしたら告白に見えないか?)


 礼をし合う俺と宮内さんのこれは、まさにそう見えてもおかしくない。


 俺の心は警鐘をならし、周りがどんな反応しているのか急いで確認する。


「ねぇ......あれって」

「もう? 早くない?」


(やはりな......)


 この子だったら逆に勘違いされても嬉しいだけだが、宮内さんは違う。


 数秒ほど手段を考え、俺は行動に移す。


「じゃあ宮内さん。俺はこれで」


「うん。さようなら石崎君」


「こっちの人達とも俺みたいに友達になれるといいな」


「そうだね。時間はかかるかもしれないけどいずれは......ね?」


「ふっ......じゃあ」


 俺は手を振りながら、教室を後にする。


「バイバイ! 石崎君」


 手を振り返してくれる宮内さんは可愛く感じたのはご愛嬌というやつだ。


(とりあえず......考えた策はさりげなく友達になったよ公言作戦だ。まぁ俺はそこまで頭が切れる訳ではない。よって奇抜な作戦なんて思いつかないから当たり前っちゃ当たり前の作戦を選択したんだけど......明日には誤解が解けてますようにと祈るばかりだな)


 誤解は解けている。物分かりが下手な奴が一杯いるのだとしたらお手上げ。少なくとも一ヶ月は宮内さんと俺が付き合ってる疑惑が主流になって続くだろう。


「さてと......っと、十一時だな。腹へったし急いで帰るとするか」


(というか入学初日から女の子とLINE交換か......よしゃあああぁっ!!


 様々な人達が廊下にばっこしている中、俺は一人家に帰るために転移ゲート広場に行くのだった。



*******************



「翔兄ぃ! おかえり!」


 扉を開けると、騒がしくキッチンからエプロン姿で結菜が迎えてくれた。


「ただいま」


 母は仕事が忙しく、大抵月曜日朝から金曜日の夜まで帰ってこないため、基本は交代交代で飯の支度をする。


「じゃあ線香あげたあと、俺部屋に居るから。出来たら呼べよ?」


「うん! 分かった! 今日はハンバーグだから楽しみにしといてね!」


「おっ! 俺の大好物とは......中々やるな」


「あったりまえじゃん。今日は記念すべき入学式の日なんだから」


「ありがと結菜。昼にハンバーグは最高だな」


「朝はきついけど昼と夜だったら全然行けるでしょ?」


「余裕のよっちゃんすよ。ほら、支度支度! 腹ペコペコなんすよ......」


 頭を撫でながら、早く食べたい俺は昼食の支度を促した。


「むー......分かってるよ!」


 結菜は料理が楽しいのか終始笑顔でキッチンへと戻っていった。

 

 制服を自分の部屋のクローゼットに丁寧に入れて、ワイシャツと靴下を洗濯機の側の篭に入れた。


 パジャマに着替えた俺は、一階のとある和室に入った。


 何もなく、清潔にされた和室に唯一仏壇が置いてあった。


 おいてあった座布団の上に座り、線香を出して火をつける。


 片手にライターを持ちながら、線香に息を吹き掛けて、二三回ほど強く上下に振った。


 煙を焚くようになった線香を、遺影の側に置いてある香炉にゆっくりと差して鐘を鳴らした。


 正座で手を合わして、心の中でこう呟く。


───ただいま父さん


 遺影の人物の目を見ながら、数秒間。


「......」


 悲しみはない。


 憎しみもない。


 じゃあこの遺影を見て俺は何を思うのか。


 ───何も思えなかった。


(知るかよ......俺が生まれる前に亡くなっちまったからな)


 一度もその顔を見たことがない。


 見るのは遺影に写っている凛とした表情を見せる父の顔と写真に残されている様々な父の姿だけだ。


 血以外の関係性を何も持っちゃいなかった。小学一年生までは。


 俺はある日一つの写真を掘り出した。


 その写真の内容は、ユニフォーム姿でボールをシュートしている父の姿。


 背番号は10番。エースだったのだろうか。


 ほとんど関係性を持たなかった父と俺の間に、俺は何故かサッカーという共通点を作ろうとした。


 サッカーというスポーツで関係性を一つでも増やしたかった。


 その頃の心境はよく覚えている。


 それからずっとエースだった父を抜かそうという目標を立てたのが一つ。


 そしてもう一つ、父が夢中になったスポーツをこの身で感じたかった。


 この二つの理由で俺はサッカーを始めたのだ。 


「ふぅ......部屋に戻ってゲームでもするか」


 入学式は疲れた。まさかあんな学校とは想像もしなかった。


(カルディナ学園......あそこは完全に年の差とか関係ないな......じゃあ何が優劣を決めるか───実力だ)






────そう、あそこは実力で全てが決まると言っても過言ではない。


 俺は部屋に戻りながら入学式での出来事をゆっくりと回想することにした。

 

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