第2話 入学式前に......

はぁ......ちょっと迷った。広いわまじで」


 と、ため息をつきながら一年B組と記されている札が掛けられた教室前で足を止める。


(緊張する......)


 扉越しから凄い量の談笑が聞こえてくる。


 ちゃんと接しられるだろうか。


 そんな不安と緊張感を煽る声達は、俺の気も知らないで呑気な雰囲気が多数だった。


 苛立ちというより、どこか場違いな気がしてならない。


 それでもあともう少しで集合予定時刻が来てしまうため、意を決して重く感じる扉を開く。




「「「「「「「「「───?」」」」」」」」」


「ぃ......!?」

 

 開いた瞬間、ほとんどの人が集合していたのか注目を浴びてしまう。


 思わず驚いて少し声を出してしまったが、とりあえず扉を静かに閉めた後、すみませんの意味を込めて片手で頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「へへへ......お、おはようございます」


 流石にへへへ......だけじゃいきなり笑った狂人みたいに思ったので、挨拶も並べておく。


 自由席らしいので、注目を浴びながら静寂の教室の中を早歩きをして何となく一番前の窓際の席に座った。


「......ふぅ───」


 やっと一息着ける......と、思った後、まだ注目を浴びていることに気づく。


「へ......?」


 半数の人はそれぞれの話を再開するものの、まだ半数は俺を横目かちょくで見ていた。


(俺なんかしましたか? もしかして日本人が珍しいんですかね? 待てよ......日本人このクラスに居るよな......)

 

 見渡してみると30人ほど顔はわからないが黒髪の人物の後ろ姿を確認する。


(ふぅ......よかった。まさか俺だけ日本人だと思ったぜ......俺が来る前に30人くらいの日本人が入ってきてるはずだからもう慣れてると思ってたんだけど妙に注目浴びちゃったしそうかもって心配したぞ......)


 ほっと撫で下ろし、ネクタイを少し緩める。


 ───因みに制服の見た目はシャツが白、ネクタイが赤、ブレザーは主に青、トリムが黄、ズボンは白となっている。女子もズボンがスカートに変わっただけで色は全く同じだ。ブレザーの右胸には剣と杖が交差し後ろにはジェスト王国の紋章と日の丸で半分に分かれた校章が金箔で付けられている。───



(お、あと一分で先生が来るな。) 


 まだ見られているのを感じつつ、背伸びをして失礼がないように意気込める。


そして一分後。

 

 ガチャ......と、俺も開けるときに間近で聞いた覚えがある音が教室に響いた。


「「「「「「「「「「............」」」」」」」」」」


「......」


 全員が一瞬にして口を閉ざす。


 入ってきたのは───





「はぁい......さっそくですけど......みゅぅ......にゅうがくしきにいくのでじゅんびしてくらさい......」





「「「「「「「「「「えっ......!?」」」」」」」」」」



「えっ......!?」


 

 ───日本人と同じく黒髪だが、紫に光る瞳。眠そうに可愛く目を擦りながら欠伸を浮かべ、服は黒一色のワンピースを着ている。そんな推定十才程度の幼女が俺達の教師だった。




********************



(納得いかん......幼女が教師だなんて......)


 俺はそんなことを思いつつも、萌えていたことには変わりなかった。


(もうちょいで入学式が始まるな~......そうだ、ちょっとスマホでこの様子を撮って結菜に送るってみるか......ここが結菜の志望校のだったときはモチベーションも上がるだろうし)


 ポケットからスマホをとりだし、適当に周りの風景にシャッターを切る。


 俺は今、武道館らしき建物の中に居た。


 道中で見かけたあの建物だ。


 広さは圧巻。


 何でも広さや天井の高さは東京ドーム1個分ぐらいなんだとか。


 内装はというと、真ん中にサッカーコートぐらいの広さの平らな石の床が広がっており、それを席が囲むようにして敷き詰められているといった感じだ。

 

 イメージはサッカースタジアム、まんまで大丈夫だろう。


 どうやらステージは真ん中の石床らしい。


 俺の正確な位置は分からないが、出口側に座っている。


 暗くなっていくドーム内、もとい体育館(?)に少し興奮する。


 映画館で映画が始まる前に暗くなっていく時に感じるあの感じだ。


 直に真っ暗になり、非常口の所だけ光っている。


(何が始まるんだろうって......入学式だけど)


 そして音量が響き渡る。


『式を始める前に、お願い申し上げます。携帯、スマートフォンをマナーモード、機内モードにしてください。式を円滑に進めるためには必要なことですので、何卒ご協力をお願い申し上げます。また、周囲に聞こえるような私語もお止めください。迷惑行為、または妨害行為がありましたら、近くにいる警備員がすぐに駆けつけ、その場で取り抑えます。抵抗すると刑に処されることもあります───』 


 進行が透き通った綺麗な声をそう響かせたあと、俺も周囲の日本人もスマホを機内モードに設定し、ポケットに仕舞った。


「「「「「......?」」」」」


 こっちの方の人間と獣人や亜人達はスマホを持っていないため言われたことが理解できないようで困惑の表情を浮かべていた。


(無理もないな......あっちにとっては未知の技術な訳だし) 


『───それでは以上です。長らくお待たせいたしました』


(あ、全然聞いてなかった......)


 ぼーっとしていたのか、聞き取れなかったが別段静かにしていればいいだけだ。


「───あの」


 突然、隣から肩をちょんちょんと叩かれた。 


「あ、はい。なんでしょ───ぅ......?」


 俺は叩かれた方に振り向くと


「大丈夫でしょうか?」


 思わず目を見開いた。


 ───シルバーブロンドのロングヘアー。翡翠色の綺麗で透き通るような瞳。まさに眉目秀麗だ。十分なほど実感させられる美しさ溢れる雰囲気を漂わせ、顔が本当に小顔だ。端正な顔立ちから放たれる進行顔負けの綺麗な声はさらに神秘さを倍増させ、美しい聖女といっても過言ではないほどだ───


 そんな超絶美少女に俺は今、魅入ってしまっている。


「先生からの伝言です。入学式が始まった時に合わせて、私たちはステージに入場するらしいです。今から一旦ここから出て並び直すらしいので、隣の方に伝えてくだ......いや、貴方が最後でしたか。あ、早速行くらしいですよ? 私達も行きましょうか」


「............ぁ! は、はい! あのっ! その......えと、伝言ありがとうございます」


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっ......! 初めて話す相手がハードル高すぎんだろっ!)


 珍しくもこんなに動揺してる自分がいい例だ。


「いえ、伝言ですので礼を言われるほどではないです。それよりも皆さんは出口にもう行ってますので、私達も急ぎましょう?」


「あ、はい......」


 俺と聖女(仮名)さんは邪魔にならないように腰を落としながら、先生と他の皆が向かっている客席の出口の方に急いだ。


 客席の出口に出ると、左には突き当たりに続く廊下と右には階段に続く廊下が伸びていた。


 聖女さんは皆がいった方向が分かるのか、迷いなく右の階段の方に走った。


 俺もつい、聖女さんに付いていってしまった。


「あ、あの! 皆が行った方向が分かるんですか?」


 疑問に思ったので、階段を降りながら並走する聖女さんに質問した。


「はい。空気中の魔力が行くべき道を教えてくれますので」


「え? ......魔力?」


 可憐な笑みを浮かべる聖女さんに、俺は耳を疑った。


「日本人の方でしたね? 大丈夫です。信じてください」


「え、ええ......分かりました」


(そうじゃん! ここ異世界じゃん! 魔法あっちの人使えるじゃん! 疑ってしまった......なんてことを......)


 階段を降りきり、広いエントランスに出ると<闘技場入り口>と書かれた扉が受付の横にあった。


「闘技場......? まさかここって闘技場だったんですか?」


「私は知らなかったですが、そうみたいですね。恐らくあの扉の先が闘技場もとい今日の入学式のステージなのでしょう。さぁ、先を急ぎましょう」


「......はい」


 俺と聖女さんはその扉の先に進んだ。


 数十秒ほど走ると、追い付いたようでクラスメイトらしき背中姿を確認出来た。


「本当に居た......あっ」


 思わず口に出してしまって急いで口を抑えた。


(おいおいまだ疑ってたのか俺は! 無意識に出ちまった......)


 するとそんな俺をクスッと笑った聖女さんは次にはこう言い放った。


「ふふっ......何故隠すのです。疑うのも当然ですよ? むしろ信じてと言ってひょこひょことついてきてたりしたら私、少し失望してました。でも無意識に貴方は貴方自身の信念を貫いたんですから、今は貴方自身を誉めるべきですよ? これから先、決してこの経験を忘れてはいけません。疑って疑ってください」


「ぇ......」


(この子......凄い......大人顔負けで、雰囲気もすごいし、何かの著名人なのか?)


 翡翠色に光る真剣な眼差しは、常に俺を見透かしているかのようだ。


「わ、分かりました」


 俺がそう返事すると、聖女さんは再び可憐な笑みを浮かばせる。


「並び順から見ると......自由みたいですね。私たちは一番後ろの列に付きましょうか」


 俺にとってこの誘いは人生初のまともな女子からの誘いだ。しかもこんな美少女に。


 断る理由もない。


「......もちろ「エリス様!」ん......?」


(誰だよ!? ていうかエリス様......? もしかしてこの聖女さんのことか?)


 俺が笑顔でそう頷こうとした瞬間、突然誰かに返事を遮られた。


「───心配したんですよ!」


 そう叫んだ当人は前から人を押し退けながら向かってきた。


「この声は......ハインですか?」


 エリスさん(?)は男らしき名を口に出し、瞠目した。


「はい! ハインリッヒです! 全く何処に行ってたんですか! エリスさ───貴様......誰だ」


「え?」


 俺とエリスさんが並んでいた一番後ろに前からわざわざやって来た金髪美男子に何故か睨まれた。


(俺なんかしたか!? 存在するだけでも恨みを買うっていうそういう能力手に入れちゃったのぉ!? こ、ここは......名乗っておかないと......交流を積極的にしろって書かれてたし......)


 俺は唾を飲み込んで、手に汗握っているが平然を装って名乗ることにした。

 

 その前に───


「聞きたいことがあるんですけど、ここって家名と名前は逆にして名乗るんですか? 俺は日本人なので......」


 するとエリスさんが微笑みながら優しく答えてくれた。


「ここでは日本の方とは逆にして名乗りますよ?」


「ありがとうございます。えーっと......俺はカケル・イシザキと言います。先ほども言いましたが日本人です」


 依然として俺のことを睨み続けるハインリッヒとやらがさらに眦を鋭くさせた。


「そうか。カケル・イシザキ......今すぐその方から離れてもらおうかッ!」


 突然、ハインリッヒが俺の胸ぐらを掴み凄まじい力で壁に向かって俺を投げた。


「ぐぁッ......!」


 うなじを思いきり壁にぶつけ、ピリッと神経が痛んだ。


 肺が予想していなかった出来事に対応できず、空気が口から強制的に吐き出される。


 ドオン! という大きな音が響いた瞬間、周囲の皆が騒ぎ立てる。


「きゃぁああああ......!」「な、何だ......!?」「おいッ! 何やってんだよッ!」


「ハインッ! 貴方は何やってるんですかッ......! イシザキさんは何もやってないでしょう!? 」


 エリスさんが顔を真っ赤にし、口をこれまで以上に大きく開けて、声を張り上げた。


「ですが! この男はエリス様の立場も知らない上で平民風情が気安く近づいたのですよ!?」


「......ハインッ!」


 次にはハインリッヒが激昂した。


「エリス様と話せるのは辺境伯や侯爵などの高位な殿方だけ! 平民が到底話すことも近づくことも許されないエリス様の近くに......こんな男がエリス様と話し、さらにはだらしない笑顔を浮かべていたことは死罪にも値しますぞッ!」


「......」


 そんな激昂の中、頭を余りの痛さで抱えて悶絶している俺に声がかけられる。

 

「だ、大丈夫ですか?」


「頭いてぇ......あ、ありがとうございます」


 近くに居た日本人の女子と男子が俺の身を案じてくれて、肩も貸してくれた。


(いてて......いきなり何だこいつッ! 今すぐぶん殴りてぇな畜生! ん? エリスさん?)


「......」


 俺がそうやって拳を作っていると、エリスさんは依然として前髪で目を隠し拳を強く握り締めながら震えていた。


 疑問に思った矢先、エリスさんに更にハインリッヒは畳み掛けるように激昂を重ねていく。


「大体この男ッ......日本人という何も出来ない、歩いて喋ってるだけで食料を無駄にするただの家畜な種族じゃないですかッ!」


(何......?)


 今のハインリッヒの言葉で、俺の沸き上がる熱い感情が一気に最高潮まで達する。


「何? あんたッ......」「は? 図に乗るなよ糞金髪野郎」「お前今、日本人全員敵に回したな......?」


 騒ぎは収拾がつかなくなっており、全員が注目していた。


 俺を介抱してくれていた日本人女子と男子、そして端から見守っていたもう一人の男子がハインリッヒへの敵意を露にする。


 また、その話を聞き付けた日本人の男子や女子が続々とこの場に集まってきた。


「こいつが言ったのか?」「あぁ、言ったらしいぞ。日本人は家畜だってな」「いかにも自己中そうな金髪だな」「私はっきりと聞こえたわ......ムカつく」「日本人を歓迎してくれない人もいるんだろうけどって思ってたけど......流石にその言葉は許せない」「ていうかいきなり人を投げるとか最低だな」「ほんとっ! 最っ低!」「かわいそう。あの人たしか丁寧に挨拶してた人だよね?」「あぁ確かに。背が高かったから覚えてる」「普通に性格良さそうなのに......この人が何かやったのなら理解できるけど、何かやったわけでもないんでしょ?」「理由はあの可愛い女の子と喋ったから、だそうだぞ。どんだけ独占欲強いんだよ......」「え? それマジ? 気持ち悪っ......」


 俺とエリスとハインリッヒを囲み、そんな会話が繰り広げられる。


(けっ! ざまぁねぇな......いや、でもこれって......)


 何かが引っ掛かる。


「でもこの子もこの子だよな。こんな危ないやつと近くにいるからこうやって理不尽にこの人も巻き込まれた訳だし」


「......!」


(......エリスさん!) 


 小さい肩を分かりやすく揺らしたエリスさん。


 俺はこの状況の危うさに気づき始める。


「貴様ッ! エリス様を愚弄したなッ!」


「やんのか! あぁッ!?」


 ハインリッヒは発言した男子に掴みかかる。


 俺はそれを見て、咄嗟に体を動かした。


「やめてください!」


 俺は掴みかかろうとする男子とハインリッヒの間に、体を大の字にして割り込んだ。


「おい! どけ! お前金髪野郎にやられたままで良いのかよ!?」


「そうよッ! そんな最低な変態に!」「そうだ!」「国を舐められたんだぞッ!? 俺達がそいつに教えてやらないとこれからも周囲から舐められたままだ!」「お前も手伝え! 本当に良いのかよ!?」



「───良くねぇよッ!」


 俺のそんな初めての怒鳴り声に、周囲は動揺し静寂が訪れた。


 エリスさんも、ハインリッヒも、誰もが瞠目する。


 実は俺も怒鳴るのが久しぶりで、少し動揺している。


「良くねぇけど......今は入学式の前。入学早々暴力事件を起こしたらどうなると思う? 三年間そのレッテルを貼られ続けるんだぞ?」


「「「「「......」」」」」


 発言していた女子や男子が、顔を俯かせる。


「職業に就くときこれが原因で難しくなるぞ。犯罪をしたことは一生心にも履歴書にも残される......一生消えない......消せない。しかも渡されたパンフレットに書いてあったはずだ。〔あなた方の行動で、国家関係に大きな変化をもたらすかもしれません。〕とな。俺らは日本政府が送り込んだ使節団ということだ。もし俺らがハインリッヒに暴力したとき、被害者側のジェスト王国側が有利になってしまったらどうなるんだろう。もしかしたらこいつを王族とでっち上げて戦争を始めさせる魂胆なのかもしれないぞ?」


「それはっ......分かってるけどさぁ......」


 介抱してくれた人に言うのもなんだかむず痒いものを感じる。


(どこが分かってんだよこいつは......)

 

 そう溜め息を着いた俺に、一人の男子がこう言ってきた。


「お前......もしかして許すのか?」


(は? 許すわけねぇじゃんこんなやつ!)


「......許さない───」


 そう言いながらエリスさんを一瞥する。


 会ったときとは比べ物にならないほど暗い。


 顔も悲しげで、すらりと伸びているはずの背が何処か今は情けない。


(だけど......)


「けど今は止めよう。先生も来るだろうし。どっち道ハインリッヒは厳しく罰せられる」


「何だとカケル・イシザキ。どういうことだ! 私は「お止めなさいっ!」......エリス様?」


「イシザキさん......私のせいでこんな目に......本当に申し訳ありませんでした」


「......何でエリスさんが頭を下げるんですか。あなたのせいではなく、今回は私とハインリッヒがやったことです」


(とにかく、エリスさんが何処かの貴族かは分かった......これ以上騒ぎ立てると、本格的に俺とこの場にいる人が危ない。職員が来る前に止めさせないと本当に喧嘩騒ぎになる) 


「エリス様っ! 止めてください! そんな奴に貴方みたいな人が下げる頭じゃないんです!」


「......ハイン......命令です。イシザキさんにこれから先、敬意を払うこと。そして軽率な態度を取らないことです」


「エリス様!? し、しかし......!」


「命令です。ハイン、気づかないのですか。イシザキさんは私達と日本人の方々の仲を取り持ってくれているのですよ? これ以上の騒ぎを立てたら入学早々罰が下され、監視がつく場合もあります......ハイン......もう止めてください」


「くっ......」


 苦渋な表情を浮かべたハインリッヒは、やっと諦めたようで武の心得があったのかどうか知らないが妙な構えも解いてくれた。


「......カケル・イシザキ。貴様後で覚えてろよ......」


 そう睨み付けられ、俺も睨み返した。


「......ハインリッヒ。忘れてはいないだろうな? お前は俺達日本人を家畜と種族差別をした。ここに来る前に紙を見たか? そこにはこう書いてある」


 俺はスマホで撮っておいたパンフレットのある文章をハインリッヒの前に突きつける。


「〔交流上で種族差別や身体的特徴を侮辱をした場合は厳しい処分が下されます。これは条約の元で刑に処されることもあります〕って日本語で書かれてる。日本語は分からないと思うが......そっちの言語で書かれたこのような案内用紙があったはずだ......これを踏まえて、もう一度言う。お前は俺達日本人を家畜と種族差別をした。俺がこの騒ぎを先生に報告した場合、ハインリッヒがいくら貴族でも、お前に厳重な罰が与えられる。ここは学校。身分は公平に扱われる......これ以上エリスさんと俺達、周囲の人が迷惑な行動するんだったら───」


「......ッ!」


 ハインリッヒは動揺し、分かりやすく後ずさりまでする始末。


 俺はそんな奴に忠告した。


「───......覚悟は出来てるんだろうな?」


 今にも殴りかかりそうなのを我慢し、俺ができる精一杯の脅迫をしたつもりだ。


「くッ......!」


 ハインリッヒは顔を真っ赤にしながら、列の前まで戻っていった。


「ふぅ......」


 俺は深呼吸をして奴によって荒げられた心を静める。


「さぁ皆も早く戻ってください! そろそろ入学式が始まると思うので」


 俺は敬語に戻し、並ぶように促した。


 皆もさっきの俺の話で意図を分かってくれたのか、列に戻っていってくれた。


 すれ違いざまに、俺はここにわざわざ来てくれた日本人一人ずつ礼を言って、今回の騒ぎはなんとか職員に聞かれる前に終わることができた。


 入場が案内されたのか、約100人が通路に並んでいるため、徐々にだが前に進み始めた。


 どうやら入場前にこの騒ぎは起こってしまったらしい。


 俺はスマホの電源を切り、ポケットにしまうと顔を俯けているエリスさんに声をかけた。


「......入場ですよ。準備してください」


「本当に申し訳ありませんでした......」


「え? 何故エリスさんが謝るんですか?」


 俺がそういうとエリスさんは俯かせた顔をこちらに向けた後、罪悪感に押し潰されそうな顔をしながら、こう言った。


「先程......私に言った人がいましたよね」


(エリスさんに......? あぁ、確か......この子もこの子だよな。って言った人か)


「えぇ......」


「私のせいで......イシザキさんの心も体も傷つけて......私は本当に......」


「確かに、心身共にハインリッヒに傷つけられましたけど、本当にエリスさんのせいじゃありませんよ。悪いのはこの場にいる全員がそうです。ハインリッヒを怒らせた俺も悪いし、ハインリッヒだって投げ飛ばしたり種族差別をしたり、皆も怒って喧嘩になりかけて、勿論エリスさんだってそう自分に思うこともあるみたいですし、そもそも騒ぎを起こした時点で全員が同罪です。誰かが悪いとか、誰かが悪くないとかいちいち決めることも間違ってます。もう起こした時点で決まってるんです。エリスさんは巻き込まれた方ですので、俺は反省するところはないと思うんですがね~?」


「......!」


 エリスさんは目を一杯に見開き、次には何か分かったかのように優しく微笑む。


「イシザキさんの言葉は一理ありますが、やはり私の心が済みません。この恩は、いつか必ず返させて頂きます......」


「えっ......い、いえそんな恩なんて......」


「ふふっ......問答無用ですからね?」


 そう言って小悪魔を想像させる笑みを浮かべたエリスさんは、俺の袖をその小さな手で引っ張り、俺は振り払う度胸もなく、引っ張られながら入学式のステージの上に入場するのだった。





───鳴り響く拍手の嵐の中、入学式が始まった。

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