その3

 ずきずきと痛む額を押さえ、ヨアキムは帝国上層部からやってきた書類の処理をやっていた。


 その容貌にかつての余裕は存在しない。目の下には隈が張り付き、艶のあった金髪からはすっかり水分が抜けている。顔色は暗く、ただその双眸だけがかつてと変わらず鋭くぎらぎらと輝いていた。


 かつて権勢を誇った『剣士ギルド』の影響力は今や見る影もなかった。一年前のヨアキムが今の状況を知ったら悪夢だと思うだろう。

 積み重ねた貴族や各機関への借りに、疲労した構成員。数ヶ月前に蔓延った根も葉もない噂も完全には消えておらず、ヨアキム自身の剣の腕は全く変わっていないがその力は下降の一途をたどっている。


 【帝都フランマ】の剣士ギルドマスター、ヨアキム・アンタレスの人生は順風満帆だった。

 実力主義が根底にある帝都の剣士ギルドに於いて、剣の腕は最も重要視される。


 ヨアキムは自らの組織を優れた暴力装置と定義した。


 剣の才能があった。実力を見せつければ誰もが服従し、徒党を組めば帝都において逆らうものはいなかった。

 敵対する者は全て叩き潰した。商人も、同じ剣士ギルドのライバルも、忌むべき魔道士ギルドや召喚士ギルドも。

 いつしか剣士ギルドは帝都にて並ぶもののいない勢力になっていた。


 全てが、『赤火』の二つ名を持つヨアキムの力によるものだ。

 時の皇帝はヨアキムに都合のいい事に、特に実力のある者を好んでいた。

 道さえ違えなければいつか帝国貴族の地位にすら届くだろう。今はまだヨアキムの力は国内にのみ及んでいるが、固められた地盤と権力はいずれ帝国から溢れ世界全体に降り注ぐことになる――。


 ――はずだった。


 最初は極わずかな傷だった。

 右腕であるイグリートを派遣し、落とし前をつけさせ、それで全ての決着がつくはずだった小さなミス。


 それが、気がついたらヨアキムの野望をも阻みかねない大きな障害になっていた。

 象徴の盗難。失敗した口封じ。いつの間にか蔓延った根も葉もない噂に、ヨアキムとは相容れない白の剣王の横槍。


 そして――隠し金庫にしまっていたはずの書類の盗難。


 一緒に入っていた金貨や貴金属が盗まれた事はどうでもいい。組織が盤石ならばすぐに稼げる程度のものだ。

 だが、本命の書類にはヨアキムの今の地位を築くに至った全て――特に、表に出せない内容が記されていた。

 商会や貴族と行った不正な談合の記録に、暗殺者ギルドへの指示書。然るべき場所に出せば、ヨアキムの築いた全てを破滅させる証拠だ。

 取引相手への脅しの材料にもなるため、処分出来なかった負の遺産が今やどこの誰とも知れない者の手に渡っている。


 ヨアキムは金庫が破られたその日以来一度も安眠していない。


 後手を踏んだ。何としてでも記録が明るみに出る前に握りつぶさなくてはならなかった。帝国が如何に剣士ギルドを優遇していても、あれが暴露されればヨアキムを庇うものはいない。


 不思議な事に、一月がたっても情報が明るみに出る気配もなければ、脅迫状が来ることもなかった。

 帝国の主たる機関にはヨアキムの配下のものが忍び込んでいる。情報の欠片でもリークされればすぐさまヨアキムにはそれがわかる。


 もしかしたら、金庫破りはあの書類の意味がわからず処分してしまったのではないか? もうあれが明るみに出ることは二度とないのではないか?

 ふとそんな楽観的な思考が脳裏を過ることもあったが、あの隠し金庫のセキュリティはその辺の盗賊に破られるほど甘い物ではない。


 結局、何事もないまま二月が過ぎ、何も知らされずにただ捜索を命令されていた剣士ギルドの面々の熱も収まりかけていたその時――ふと手掛かりが現れた。


 共に盗難された貴金属を、こともあろうにこの帝都で処分しようとした馬鹿――ノルマ・アローデだ。


 正念場だった。ヨアキムはなりふり構わず剣士ギルドの全メンバーを動員し、ちょこまか逃げる女を追い詰め、捕らえることに成功した。

 後は書類の場所さえ吐かせれば完璧だ。拷問は得意分野である。事態の収束は時間の問題だと思われた。


 だが、それも失敗した。


 部屋の扉が開き、禿頭の巨漢――巨大な剣を携えたイグリートが入ってくる。

 青筋の立った頭に、よく研がれた刃のような目。普段も、いつ爆発するかわからない爆弾のような気配を持つ男だったが、今のイグリートの纏う気配は噴火した火山のように荒々しい。


 ストレスや怒りを感じているのはヨアキムだけではない。

 イグリートが単刀直入に報告してくる。


「ヨアキム、奴が出た。いつも通り、剣士ギルドのメンバーが襲われている」


「……クソっ。わかった。行くぞ。射手を揃えろ。空に逃がすな。奴を捕えてブロガーをおびき寄せる。手足をもぎ取って幽閉してやるッ!」


 いかなる摂理か、飛行能力を持つ剣を得たノルマ・アローデの襲撃は今やヨアキムの最も大きな悩みの種だった。

 剣士ギルドの構成員では数人でかかっても倒せない程強く、ヨアキム達が駆けつけたらすぐさま空に逃げるという機動力により、既に幾度となく煮え湯を飲まされている。おまけに昼夜問わず、まるで散歩でもするかのように不規則に襲ってくるのだからたまったものではない。


 獣の野性に人の知性を併せ持つろくでなし。


 しかし、果たしてそれを捕らえたところで、その黒幕であるブロガーは素直に現れるのだろうか?


 ブロガーの行方は不明だ。帝国の力を借りても足取り一つつかめない。最後に残された情報によると故郷に帰ったらしいが、故郷というのは一体どこにあるのか。まるで存在自体が幻だったかのように消えてしまった。


 イグリートが、幾度とないノルマの襲撃に心身ともに疲労した部下達が待っている。


 脳裏に湧いたその疑問を心の奥底に押し込め、ヨアキム・アンタレスは苛立たしげに立ち上がった。


 平穏の日はまだ遠い。



§ § §



「そういえば、青葉ちゃん元気かなぁ……」


 【古都プロフォンデゥム】の召喚士ギルド。

 今日も一仕事を終え、併設された酒場で行っていたささやかな宴の席で、パトリック・ディエロはふと思い出したように言った。


 足元の眷属の前に、食事を取り分けていたイレーナが顔をあげる。


「そうねぇ。日本? だっけ。聞いたことがない国だけど、きっと元気にやってるわよ」


 中堅召喚士パーティ、『金猫の調べ』にとって、ここ半年余りはパーティを組んでから最も騒がしく、そして色濃く思い出の残った半年だった。


 原因となったのは、急に古都に現れた二人の召喚士だ。


 ブロガーに、七篠青葉。

 パトリックが深く関わり共にクエストに励んだのは青葉だけだったが、今思い返せば、ここしばらくの激動は全て二人を中心にまわっていたように思える。


 『赤獣の王』、ギオルギ・アルガンの襲撃。

 エルダー・トレントによるパーティ壊滅危機に、【古都プロフォンデゥム】の召喚士ギルドのメンバー、一丸となっての竜退治。


 これまで古都で安穏とクエストをこなし、一度も外国に出たことのなかったパトリックにとって、それはまるで荒れ狂う激流に巻き込まれたかのような日々だった。


 特に最後の竜退治の事は生涯忘れることはないだろう。


 発端は飛行船の修理だった。

 七篠青葉という一つの旗頭を元に、普段はバラバラな召喚士ギルドのメンバーたちが一眼となった。


 パトリック達、古都を拠点にする召喚士達の能力はそこまで高くない。竜種のみが生息するダンジョン――【竜ヶ峰】に挑むには余りにも心もとない戦力だ。


 だが、七篠青葉はそれを成し遂げた。機材を揃えあらゆる方法を模索し、ドラゴンに挑み、苦戦しながらも一人の被害もなくそれを打ち破った。

 あの瞬間、確かにパトリック達はドラゴンスレイヤー――英雄の末席にいた。


 七篠青葉はただの女の子だった。率いていた眷属は強力だったが、それでも常識の範疇を出ない。

 だが、彼女は芯が強かった。強大な魔物に立ち向かうだけの勇気を持っていた。初めはその華奢で可憐な、荒事に従事しているとは思えない容姿に下心のある視線を向ける者もいたが、いつしかそれもなくなっていた。


 彼女は英雄ではなかったが、偶像アイドルだった。


 一人では何もできない。だが、彼女には他人を動かす力があった。その優しさに、掲げたとても不可能な理想に心惹かれる者がいた。

 パトリック達が結束し、本来の力量以上の力を発揮したのも七篠青葉あっての事だ。彼女がいなければ、とてもパトリック達はまとまらない。


 あれ以来、貴族や商人達がドラゴンスレイヤー誕生の噂を聞きつけ、何度か召喚士ギルドに依頼を持ち込んだが、誰一人手を上げる者はいなかった。竜退治に従事した事を自慢げに吹聴する者もいなかった。


 竜退治は七篠青葉一人ではとても達成できなかっただろう。

 だが、ドラゴンスレイヤーと呼ばれるべきは青葉だった。そして、それに従事した他のメンバー達もそれを理解していた。


「しかし、随分落ち着いたなぁ……」


 目を細め、パトリックがつぶやく。青葉が目的を達成して古都を去って以来、召喚士ギルドは静かになった。

 いや、実際には七篠青葉がいなくなるその前に戻っただけだ。だが、渦中にいた身からするとまるで火が消えてしまったかのように感じられる。

 皆があの黄金の日々を思い出さないようにしていた。どこか胸に穴があいてしまったかのようだ。


 パトリックは、七篠青葉の近くにいた者として、手紙を受け取っていた。


 帰れないと思っていた故郷に帰れる事になったこと。今まで色々お世話になったという感謝と、お返しを出来なくて申し訳ないという謝罪。


 近くにいたパトリックは青葉がたまに寂しげな表情をしているのを知っていた。

 故郷に大切な者をおいてきてしまった事を。


 だから、きっとそれは七篠青葉にとって幸福なことなのだ。


 だが、生活のために日々クエストをこなし、仲間と笑い合うその隙間に、ふとパトリックは思うことがある。


「また戻ってこないかなぁ……」


 いや、戻ってこなくてもいい。活躍を風の便りで聞くだけでもいい。それだけでまた、古都召喚士ギルドは発奮することだろう。


 召喚士コーラーの仕事は荒事だ。不意の別れはいつだって覚悟している。

 仲間との別れ。眷属との別れ。だが、こうして実際に訪れてみるとそれは余りにも寂しい。


「地図にも載ってないんだなあ……一体どこにあるんだ、日本って? 【廃都リヤン】の向こうか?」


「ドラゴン退治にまで臨む青葉ちゃんが帰還を諦めていたくらいだから、相当遠いんでしょうけど、誰も聞いたことがないっていうのは不思議よね」


 もう一度言葉を交わしたい。面と向かって別れを告げたい。

 そう考えているものは召喚士ギルドには大勢いる。


 どこかしんみりとしてしまった雰囲気を打ち破るようにイレーナが言う。


「まぁ、元気だしていきましょう! こんな所見られたら、青葉ちゃんに笑われる――いや、心配されるわよッ!」


「……ああ、そうだな」


 どちらにせよ、パトリックに出来ることは多くない。

 眷属と共にレベルを上げ、強くなる。また青葉にどんな無茶振りをされても笑って手助けできるように。


 そして、もう一つ目標が出来ていた。日本について調べる事だ。


 手掛かりは余りにも少ない。だが、きっといつかやり遂げる事ができるだろう。

 何しろパトリック達は竜退治の手伝いまで出来るのだから。


 決意を固め顔をあげる。その時、パトリックの視界の端を白い何かが横切った。

 一瞬思考が固まり、慌てて視線でそれを追う。


 それは、コミカルな動きでカウンターに向かって歩いていた。



「ッ!? ????? アイ……ちゃん?」


「え?」



 身の丈一メートル程の白銀の騎士。背負った盾が薄暗い灯りを反射している。

 眷属の種類は多様だ。少なくともパトリックが知る限り、そんな見た目の眷属を持っているのは一人しかいない。


 パトリックの声に、アイちゃんが振り向く。慌ててあたりを確認するが、いつも一緒にいるはずの青葉の姿は見えない。

 アイちゃんはきょろきょろとあたりを見回すと、パトリックの方に歩いてきた。


 正面から見るその姿に、パトリックは目の前の眷属がアイちゃんだと確信する。共にドラゴンまで狩ったのだ、見間違える訳がない。


「戻って……きたのか? 青葉ちゃんは?」


 期待を込めたパトリックの言葉に、アイちゃんはしばらく固まり、首をゆっくり横に振った。

 眷属と召喚士は一蓮托生だ。そして、眷属にロストが訪れても召喚士はいなくならないが、召喚士が死んだら眷属は消える。


 召喚士のみがいなくなるなどありえない。


「どういう事だ? まだ王都にいるのか?」


「(ぶんぶん)」


「青葉ちゃんは元気なの? 古都に帰ってきてる?」


「(ぶんぶん)」


「何かあったのか? 青葉ちゃんがピンチなのか? 一人だけ逃げてきたのか?」


「(ぶんぶん)」


「もしかして……置いてかれたの?」


「…………(こくり)」


 アイちゃんには表情などはなかったが、どこかその所作には打ちひしがれた雰囲気があった。


 何やってるんだ、青葉ちゃん……。あんなに仲がよかったアイちゃんを置いていくなんて……。

 イレーナが引きつった表情で、どこか荒んでいるアイちゃんを見ている。

 いや、そもそも置いていかれるもなにも、一度『送還デポート』して再度『召喚コール』すれば手元に呼び出せるはずだ。


 アイちゃんの姿を見つけた他のパーティのメンバーが何事かと集まってくる。青葉の事を探している者もいる。


 一体――何が起こっているんだ?


 ぞくぞくと得体の知れない悪寒が背筋を駆け上がる。アイちゃんが言葉をしゃべれない事が口惜しい。 

 心配そうな視線の中、アイちゃんは力のない動作で肩を竦めた。



§ § §




「ななな……」


 エレナ・アイオライトは、羊皮紙をくしゃりと握りしめ、身を震わせていた。


 エレナはハイエルフだ。見た目とは違って長い年月を生き抜いてきた。並大抵の事では動揺しない自信はあったが、手紙の内容は常軌を逸していた。

 執務机の上には開封された小包と、まとめられた書類の束が置かれている。


 副ギルドマスターであり、片腕でもあるロックが、青ざめたエレナに心配そうに声をかける。


「どうしました、エレナ殿。ブロガーからの手紙には何が?」


「い、…………一切音信不通になったと思ったら、こんな手紙送ってきて……ブロガーさんは、エレナにどうしろっていうんですかああああああッ! もうッ! もうッ!」


 エレナの眷属は強い。強い上に厄介だ。

 その強さは、叡智の一族と呼ばれその深淵に限りなく近い魔術の腕で恐れられるハイエルフの一族が一も二もなく追い出す程の強さである。


 召喚すればそれだけで街の一つや二つは滅び、真っ向から立ち向かうとすれば英雄が何ダース必要になるかもわからない、圧倒的な強さ。

 だが、エレナ本人はただの一ギルドのマスターでしかない。自分の眷属をさえ御せる殿方を一途に探し続ける生娘でしかない。


 実務能力についても、片腕のロックの方が優れているくらいだ。

 そんなエレナにとって、ギルド一の問題児が久しぶりに持ち込んだ騒動の種は、処理できる域を大きく超えていた。


 エレナは手紙を置くと、両手で顔を覆った。


「【フランマ】の剣士ギルドの…………ふせいの、しょうこです……」


「なんですと!?」


「こんなの貰っても…………エレナは……困ります……」


 小包の消印は一ヶ月以上前だ。恐らく、手紙一通ではなく距離もあるので届くのに時間がかかったのだろう。

 中に入っていたのは一通の手紙と、分厚い書類の束だった。


 書類の束は剣士ギルドの証拠である。

 剣士ギルドは巨大な組織だ。組織としての規模だけならば召喚士ギルドを大きく超え、特に【帝都フランマ】に置いては他のギルドの追従を許さない圧倒的な権力を誇る。


 書類は、そんな剣士ギルドを統率するヨアキム・アンタレスの行った不正の証拠だった。

 門外漢であるエレナにはそれがどれほどまずいものなのか正確には理解できなかったが、敵対組織に送りつけただけでヨアキムが失脚するのは明らかだった。


「ここは……古都ですよ? ブロガーさん、なんで他国のギルドマスターのエレナにこんなもの送るんですかぁッ!!」

 

 困る。こんなもの貰っても非常に困る。

 エレナは古都プロフォンデゥムの召喚士ギルドのマスターだ。帝都とは関係ないし、剣士ギルドとも関係ない。野心があるものならばこの証拠を活用して剣士ギルドに手を伸ばそうと画策するかもしれないが、エレナには権力欲など微塵もないのだ。


 エレナから受け取った証拠に眼を通したロックの顔色が青くなり赤くなり、最後に黄色に変わる。分厚い唇が震えていた。


 ギオルギの件はエレナの管轄だ。エルダートレントもエレナの管轄である。だが、この件ははっきりいってエレナとは関係ない。


「あぁ、ブロガーさんは、いつもエレナを困らせて……酷い置き土産です。エレナは……誰を……恨めば」


 ブロガーは不思議な男だった。

 強力な眷属に、どこか浮世離れした言動。散々苦労を掛けられたが、エレナはブロガーの事が嫌いではなかった。


 エレナは強い者が好きだ。ブロガーの言動はエレナに対する敬意が微塵も見えなかったが、万人から恐れられ敬われてきたエレナにはそれが心地よかった。

 剣士ギルド周りで散々迷惑を被ったがエルダー・トレントの件で借りもあったし、今となってはいい思い出だったと言っていい。


 だが、最後の置き土産はひどすぎた。

 これは爆弾だ。しかも、その持ち主をも破滅させるかもしれない爆弾。


 エレナに押し付けてきたのは嫌がらせにしか思えない。


「ヨアキムは野心のある男です。これがここにある事がバレたら、どんな圧力を掛けられるかわかったものではない。平気で暗殺者くらい仕向けてくるでしょうな」


 ロックがしかめっ面を作る。

 帝国は大国である。その力は古都の持つそれよりもはるかに上だ。

 戦争になることだけは避けねばならなかった。


 戦争になれば、さすがのエレナも『深青ディープ・ブルー』を出さなくてはならない。

 そうなれば、帝国は為す術もなく海に沈むだろう。

 帝国は強国だが、『深青ディープ・ブルー』とそれの生み出す『深きものども』に限りはない。


 ブロガーは果たしてエレナにどうして欲しいのか。金庫からドロップとはどういう意味なのか。

 故郷に帰ったらしいブロガーを引きずり出して小一時間問い詰めてやりたい気分だった。


 エレナはしばらく机に頬をつけ、声にならない悲鳴をあげていたが、ぽつりと判断を下した。


「…………【聖都ルーメン】のギルドマスターに連絡を取ります。ブロガーさんの知り合いらしいです」


「……よろしいので? 無視するという方法もありますが」


 ロックの言葉に、エレナが小さく笑みを浮かべた。


「冗談を。エレナはこれでもギルドマスターなのですよ? メンバーから送られた証拠品を握りつぶすわけにはいかないでしょう。エレナは、ブロガーさん程無責任じゃないです」


 その言葉に、ロックが満面の笑みを浮かべる。

 それでこそ召喚士ギルドのマスターだ。


 エレナはギルドマスターとしては未熟である。だが、善人だ。それこそが得難き資質だった。

 甘いと言わざるを得ない性格に、それを押し通すだけの『強さ』。


 エレナが顔をあげ、疲れたように笑みを浮かべる。


「安心してください。いざとなれば――エレナの『深青ディープ・ブルー』に敵はいません」


「承知しました。それでは、連絡を」


 ロックが急ぎ足でギルドマスター室を出ていく。

 戦争が始まる。だが、何が起ころうが、何が立ちはだかろうが、エレナの眷属に勝てる者などいない。


 ――今はまだ。


 エレナは大きくため息をつくと、小包の奥に丁寧に包まれていた見覚えのあるブローチを取り上げ、光に透かした。


「ブロガーさん、これを返したくらいでエレナの機嫌が直ると思ったら大間違いなのです。もうッ!」


===


後日談その3:ヨアキムやエレナ達のその後


すっかり更新が遅くなってしまいました。

次回、後日談最終回予定です。まったりお待ち下さい。


書籍一巻、ファミ通文庫さんより発売中です。

よろしければそちらも宜しくおねがいします!

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